自在コラム

⇒ 日常で観察したことや環境問題、金沢大学での見聞、マスメディアとインターネットについての考察を紹介する宇野文夫のコラム

☆鴨足黄連

2016年02月23日 | ⇒ニュース走査
  我が家の鉢植えのカモアシオウレンが小さな花をつけた=写真=。毎年、春一番に咲かせる花だ。漢字表記で鴨足黄連と書く。葉っぱの形状がカモの足のような面白いな形をしている。花は白い梅の花のようなので、「梅花オウレン」とも呼ばれる。もともと、中国の四川省や雲南省の高い標高で分布している植物、と図鑑に書かれている。花が少ないこの季節、ちょっとした心の安らぎになる。

  昨日(22日付)の朝日新聞『天声人語』に目をやると、金沢のことが書かれてあった。以下引用させていただく。「鮮やかな色彩の記憶がある。以前、金沢のひがし茶屋街を歩き、加賀藩時代の面影を残すお茶屋の中を見学した。かつて舞や三弦が披露されただろうお座敷の壁は、紅殻(べんがら)で塗られ、あでやかな赤だった▼「はなれ」と呼ばれる奥の座敷に進んで驚いた。一転して群青色に彩られた空間である。宴の場に似つかわしくない印象も持ったが、引き込まれるような心地よい感覚があった。聞けば前田のお殿様も愛(め)でた色とのこと。赤と青の競演を堪能した…」

  金沢で特徴ある色彩は紅殻と群青だ。『天声人語』では赤と青の2色を、彩色と人々の心と行動の関係性へと文を展開している。

  ふと思った。最近報道されるニュースはグレイばかり。まるで、北陸の冬の空模様だ。丸川環境大臣が「環境の日」(6月5日)を「6月1日」と誤って国会で答弁した、とか。重箱の隅をつつくような話から、IS(イスラミックステイト)がシリアで連続自爆テロ攻撃を強めているとか、ロンドン市長がEU離脱を支持、覚せい剤で清原容疑者を再逮捕など、まるで色彩がないニュースばかりだ。

  なぜだろう。面白いと印象に残る、エッジの効いたニュースが薄いのだ。これは記者のニュースの発掘力が低下しているからなのか、あるいは、世の中がこうしたグレイのニュースを好んでいるのか、はたまた自らのニュースの読み込みが甘いのか。我が家で春一番で咲いたカモアシオウレンを眺めながら、世情をふと思いやった。空を見上げると、金沢はきょうも曇りだ。春はまだ少し先か。

⇒23日(火)朝・金沢の天気   くもり 
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★質問の価値

2016年02月09日 | ⇒メディア時評
   還暦も過ぎると、世の中の見方が変わるものだ。最近、同年代の友人の会話の中で「ニュース断ち」という言葉があった。「最近の新聞やテレビのニュースは気分が悪い。別に見なくてもよいので、ニュース断ちをしている」と言う。聞けば、ここ数か月テレビも新聞も見ていないのだとか。確かに、最近のニュースは気分はよくない。親の子殺し、SMAP騒動、元プロ野球選手の覚せい剤、北朝鮮による水爆実験・ミサイル発射、世の中が殺伐とした雰囲気だ。でも、私は言葉を返した。「ニュースを知識のワクチンだと思えば、苦にならないだろう」と。気分の悪いニュースも見ておけば、心の耐性ができる。もっと悪いニュースが起きて、心がインフルエンザに罹るよりはましではないか、と論を述べた。すると友人は「なるほど」と笑った。

   きょう(9日)は朝から雷鳴がとどろき、庭の木々もうっすらと雪化粧のたたずまいだ=写真=。さて、朝刊のニュースは何だろうと新聞を手に取る。目にとまったのが、高市総務大臣が8日の衆院予算委員会で、テレビ局が政治的な公平性を欠く放送を繰り返したと判断した場合には、「放送法4条」違反を理由に、電波法76条に基づいて電波停止を命じる可能性もあると言及したという記事だ。民主党の議員が放送法の規定を引いて「政権に批判的な番組を流しただけで停波が起こりうるのか」との質問に答えたものだ。

   民主党の議員の質問の前段には、週刊誌報道で、安倍政権に批判的とされる番組の看板キャスターが相次いで降板するとあり、それを質問のネタにしたものだ。この記事を読んで思い出したのが、「椿(つばき)発言」だ。

   1993年、テレビ朝日の取締報道局長だった椿貞良氏(2015年12月死去、享年79)が日本民間放送連盟の勉強会で、総選挙報道について「反自民の連立政権を成立させる手助けになるような報道をしようではないかと報道内部で話した」などと発言した。当時、非自民政権が樹立され、細川内閣が発足していた。この内輪の会合の椿氏の発言が大きく新聞で報じられ、同氏は責任をとって辞任。その後、マスメディア関係者として初めて、国会に証人喚問され、テレビ報道の公平公正が問われた。このとき、初めて放送法違反による放送免許取消し処分が本格的に検討されたが、視聴者へのインパクトも大きいとして、行政処分にとどまった。

   つまり、民主党の議員が週刊誌報道を引用し、軽々と「電波停止はあるのか」と質問をしたが、こうした椿発言のような事例を踏まえての質問だったのか、どうか。降板が相次ぐ看板キャスターがこれまで、国会に証人として引っ張り出されるような国政を揺るがす発言したのであれば、その質問も価値があろう。

   しかし、週刊誌の記事引用で、電波停止を質問をするというのは少々軽い。質問の価値というのはどこにあるのだろかと疑ってしまった。

⇒9日(火)朝・金沢の天気    ゆき
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☆共存のモデル

2016年02月08日 | ⇒トピック往来
   「地方」という言葉は、地方に住む物にとってピンとこない。よく、中央である首都圏との対比として使われるからだ。かつて、「表日本」と「裏日本」という言葉があった。商工業で栄える太平洋側と、新幹線も走らず、寂れる日本海側といった比較で使われた。どこかと比較して、何かの基準の優劣だったら、比較されたほうが不快に感じるものだ。ただ、「地域」という言葉は関東地域、関西地域などそれぞれ独自の文化があり、その地域の固有性性を指す言葉のように感じる。単なる比較ではない。

    ただ、今政府が取り組んでいる「地方創生」という言葉は、ちょっとした凄みがある。それは「東京一極集中」VS「オール地方」という構図からだ。地方は地方で崖っぷちに立たされている。地域を再生させる総合戦略をそれぞに打ち立ている。東京の一極集中をこのまま放置してはならない、という地方の意気込みが見え始めている。それが凄みだ。では、どのような仕掛けがあるのか。

    今月5日、石破地方創生大臣が地域再生法の一部を改正する法律案を閣議決定したと記者会見で報じられた。それは、「企業版ふるさと納税」「日本版CCRC」のための措置、新型交付金を講じるという3本柱のだった。今年度内に成立させるという。なるほどと思ったのが企業版ふるさと納税だ。企業が自治体の総合戦略などに基づき、その意義に賛同してて寄付金をすることによって税制上の措置を講じ、企業と地域の連携をはかるという。「一社一村」運動の様相だ。

    もう一つ、注目したのは日本版CCRCだ。都会から地方に移住したいという人々を地域が受け入れ、一つのコミュニティー(共同体)をつくることで新たな考えや発想、仕事が起こすという作戦。CCRC(Continuing Care Retirement Community)は高齢者が健康なうちに地方に移住し、終身過ごすことが可能な生活共同体のような小さなタウン。1970年代にアメリカで始まり、全米で2000ヵ所のCCRCがあるという。都会での孤独死を自らの最期にしてなるものか、と意欲あるシニアが次なるステージを探しているのだ。そうした人々を受け入れる仕組みが地方で創る、それが日本版CCRCの狙いだろう。

    日本版CCRCにしても、企業版ふるさと納税にしても、問題は国と地域の本気度だ。物事を成し遂げる実行可能性を見せることが必要だろう。石破大臣が7日、金沢市を訪れた。地方の雇用創出に向けて必要な課題や対応を考える政府の「地域しごと創生会議」第3回会合に出席するためだ。午前中は、複合型福祉交流施設の「シェア金沢」を視察した=写真=。

    ここでは、3万6000平方㍍の敷地の中に高齢者向けデイサービス、サービス付き高齢者住宅、児童福祉施設、学生向けアパート、温泉、レストラン、カフェなどが点在している。つまり、高齢者や学生・若者、障害者らが一つのコミュニティーの中で生活している。全国でも珍しい、ある意味で先駆的な施設だ。温泉や売店など見学した石破大臣は「外から来ても楽しいだろうなという印象を持った」「若者、よそ者が地域に必要。その人たちが地域に新たな付加価値を生み出す」と、シェア金沢の取り組みを高く評価した。

    シェア金沢での石破大臣の視察は1時間30分にも及んだ。同施設への入りから出までの視察の様子を観察させてもらった。視線はどこにあるのか、どのような言葉を発するのか。その中に本気度を確かめたかった。案内してくれた人、招き入れてくれた人、それぞれに「ありがとう」と出がけに声をかけ、言葉に無駄がなかった。園内に飼っているアルパカを見て、質問した。「なぜこの施設にアルパカを飼っているの」と大臣。「吠えない、噛まない、やさしい動物なんです」と職員。「それだったら高齢者や障がい者も(アルパカを)お世話ができますね。なるほど」と大臣。その後、帰りがけに「さまざまな人が共存するというモデルがここ(シェア金沢)にある」と大臣が評価したのだった。

⇒8日(月)朝・金沢の天気   はれ
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