自在コラム

⇒ 日常で観察したことや環境問題、金沢大学での見聞、マスメディアとインターネットについての考察を紹介する宇野文夫のコラム

★メディアのツボ-19-

2006年09月30日 | ⇒メディア時評

  総理官邸と内閣記者会がもめている。その発端は、世耕弘成首相補佐官(広報担当)が9月27日、安倍総理の「ぶら下がり」会見を1日1回とするよう、内閣記者会に申し入れたことに始まる。

      「ぶら下がり」会見問題の実相

 この「ぶら下がり」会見とは、総理が立ちながら記者の質問に答えるもの。小泉総理のときは、政権発足当初は1日2回行っていたが、ことし7月から1回に半減した。安倍内閣では1回を踏襲したいとしたが、記者会側は「本来2回、一方的な通告は認められない」と申し入れを拒んでいる。

  広報担当の世耕補佐官の説明では、ぶら下がりは夕方1回のみだが、夜のテレビニュースに間に合う時間帯に実施。1回とする代わりに取材時間には配慮するとし、「より密度を濃くしたメッセージを国民に発信したい」「1日1回でも国際的には非常に多い回数」とした。つまり、今回の内閣では広報担当の総理補佐官が新設されたこともあり、総理の負担を減らしたいとの意向だろう。

  では実際、どのようなかたちで「ぶら下がり」会見が行われているのだろうか。その27日の当日は、午後8時50分から総理執務室での安倍-ブッシュの電話会談があり、午後9時15分ごろから、安倍総理の「ぶら下がり」会見があった。翌日の28日は午後7時過ぎから総理の「ぶら下がり」会見があった。が、この日は午後から総理と新聞各社論説委員との懇談、続いて総理とテレビ解説委員との懇談、さらに総理と内閣記者会各社キャップとの懇談があった。つまり、「ぶら下がり」会見は1回だったが、マスメディアとの対話には官邸サイドは応じているのである。

  記者会側は「ぶら下がり」会見は政府と報道各社の合意に基づいて実施しており、一方的な通告による変更は認められない」と主張し、29日には要請文を広報担当補佐官の世耕氏に提出した。あくまでも小泉政権で合意した1日2回を継続するよう求めたほか▽内閣記者会が緊急取材を求めた場合は応じる▽ぶら下がり取材はインターネットテレビで収録しない▽官邸や国会内で総理が歩行中の取材に応じる▽現在制限されている総理執務室周辺の取材を認める-など合計5項目を要請した。

  この「インターネットテレビで収録しない」との下りは、官邸ホームページの掲載のため政府のカメラも「ぶら下がり」会見の様子を撮影したいと世耕氏が提案したものだ。これに対して、記者会側は、政府のテレビ撮影は「取材の場であり広報ではない」と拒否したわけである。

  記者会側が要請文を提出した29日の安倍総理は所信表明演説の中でこう述べた。「私は、国民との対話を何よりも重視します。メールマガジンやタウンミーティングの充実に加え、国民に対する説明責任を十分に果たすため、新たに政府インターネットテレビを通じて、自らの考えを直接語りかけるライブ・トーク官邸を始めます」と。  この日の夜の会見で、記者が安倍総理に質問した。「国民の知る権利にこたえるためにも2回に応じるべきではないのか」と。これに対し、総理は「必ず1日1回、こうしたかたちで国民の皆様に私の言葉で語りかけて参ります」と述べた。

  27日から始まったもめ事が真相が29日になってようやくはっきりしてきた。つまり、官邸サイドはマスメディアのほかにインターネットテレビやメールマガジン、タウンミーティングなどを通じて国民に直接語りかけたいとの意向。これに対し記者会側は「国民の知る権利」はマスメディアを通じてのみ成立するのであって、官邸が直接インターネットなどで流す情報は「広報」であり、「国民の知る権利」に応えたことにはならない、としているのである。

  突き詰めれば、おそらく官邸サイドは記者のフィルターを通した会見内容より、会見の全容をインターネットで流し、国民が直接内容を判断してくれた方がよいとの考えなのだろう。ところが、記者会側は「広報と取材をいっしょにするな」と会見の政府のカメラ収録を拒否している。マスメディアはどう頑張っても字数や時間枠の制限のためにカットや編集が多くなるのだ。

  本来の「国民の知る権利」とは何かを考えれば、マスメディアによる情報の独占より、会見内容の全容を直接知ることができるインターネットがあった方がよいに決まっている。新聞やテレビを通してでしか一国の総理の言葉が伝わらないというのは合理性を欠く。今回のもめ事の本質は「ぶら下がり」会見の回数の問題ではなく、会見の政府のカメラ収録を記者会側が拒否していることこそ、国民にとっては問題なのではないだろうか。(※総理官邸のシンボルは竹と石)

 ⇒30日(土)夜・金沢の天気  はれ

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☆メディアのツボ-18-

2006年09月28日 | ⇒メディア時評

 この春に関東地方から転勤で金沢にやってきた男性会社員が当地の民放テレビを視聴した感想をこう述べてくれた。「金沢のテレビって、仏壇と和菓子、そしてパチンコのCMがやたらと多いね」と。

         危うさはらむパチンコCM

   これは去年、当地の新聞で掲載されたある民放テレビ局の3月期決算の記事。その中に、営業の収入の伸びを牽引している業種について書かれていて、「交通・レジャー、流通・小売り、自動車関連の広告収入が10%以上伸び」となっていた。金沢の視聴者ならおそらく想像がついたはずだ、「レジャー」が具体的に何を指すのかを…。パチンコのCMである。とくに、パチンコは「出玉、炸裂!」などと絶叫型のCMが多いので、見ている方が圧倒される。

  「売上アップのためには、背に腹は代えられぬ」とローカル局はパチンコのCMを受け入れてきた。何しろローカルスポンサーの取り扱い高のランキングではパチンコの会社が常連で上位に入っている。極端に言えば、パチンコ業界を抜きにしてはローカルCMは成り立たないのである。そしてパチンコ業界では、自社で広告代理店を持つ会社まで現れた。こうした系列の広告代理店のことを業界では「ハウスエージェンシー」と呼んでいる。

 ともあれ、パチンコ業界にすれば、ローカル限定の狭いマーケットでシェア争いに勝つにはテレビCMは欠かせない。そんな持ちつ持たれつの関係が続いているのである。

   しかし、ローカルのテレビCMを牽引してきたパチンコ業界も曲がり角にある。くだんのテレビ局の3月期決算の記事が掲載された同じ日、金沢市内のパチンコ店経営の会社が事業を停止し、自己破産を準備中との記事が出ていた。負債は7億円。かつて、この店の過激なテレビCMを見たことがある。企業業績が回復し経済の循環がよくなると、人の足は「身近なレジャー」であるパチンコに向かわなくなる。自己破産のニュースは小さい扱いながらも、パチンコ業界だけでなくテレビ業界にも衝撃が走ったはずだ。

  実は、テレビ局ともたれあっているように見えるパチンコ業界は「自主規制」という装置を持っている。過去に何度か、警察から「無用に射幸心をあおる」と自粛を求められると、すばやく自主規制に動いてきた。テレビCMがストップしてしまうのである。

  パチンコ業界に依存しないローカルのCM構築はテレビ局の課題だが、妙手がなく悶々としているというのが現状だろう。これまで何度か「メディアのツボ」で取り上げてきた消費者金融(サラ金)のCMも同様である。サラ金の方は政府の金利制限が強まれば利益率は落ちるわけで自ずとテレビCMは徐々に落ちてくる。しかし、パチンコのCMは突然止まるかもしれない。ローカルテレビ局にとっては、危うさをはらんだCMなのである。

 ⇒28日(木)朝・金沢の天気   くもり

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★「新米」2題

2006年09月26日 | ⇒トピック往来

 能登半島に金蔵(かなくら)という地名の集落がある。標高150㍍ほどの山村で段々畑が連なっている。ここを訪れると、日本の農村の原風景に出会える。稲はざで干されたコシヒカリがいかにも黄金色に輝いて見える。

  きょう26日、この集落を訪れたのは金沢大学が委嘱している研究員で、郷土史家の井池光夫さんに会うためだった。「新米を食べてみませんか。私もことし始めてです」と井池さんにすすめられた。金蔵の農家は米のブランド化に熱心だ。増産はせず、10㌃あたり450㌔以下の収穫、有機肥料、はざ干し、そして何より汚染されていないため池の水を使っての米作り。つまり、正直に丁寧に米をつくるのである。

  井池さんが懇意にしているお寺の坊守りさん(住職の奥さん)が新米のご飯をたいてくれた。そして能登の天然塩を一つまみ入れたおにぎりを「お昼に」と出してくれた。

  はざ干しに近づいてにおいをかぐと、光を吸収したなんともかぐわしい香りがするものだ。感覚で言えば、干した布団のぬくもりとでも言おうか…。おにぎりもそんな健康的なにおいがした。口にすると、ふっくらとして甘みがある。「うまい」という言葉が自然に出てきた。3個もいただいたせいか、終日腹持ちがした。

  新しい総理の安倍晋三氏が就任後初めて記者会見する様子が26日夜、テレビでライブ中継されていた。財政再建の模範を示すため自らの給与の3割、閣僚の給与の1割をカットすることを明らかにした。国家公務員の給与をばっさり落としていくと宣言したとも取れる内容だった。

  3割給与カットは並大抵の決意ではない。発表した組閣内容と会見内容を自分なりに読み解くと、内政的には、公務員改革、財政の見直し、社会保険庁の民営化、地方のリストラと裏腹の道州制への移行などがキーワードになろう。つまり、小泉政権を継承し、外交と防衛のみを担当する「小さな政府」を目指すと言葉に濃く滲ませた。

  外交では、北朝鮮の拉致問題で得た経験を生かし、今後は人権外交を展開していく。そのために塩崎恭久氏に官房長官と拉致担当大臣を兼務させ、総理の直轄とした。さらに、アドバイザーとして拉致被害家族の人望が厚い中山恭子氏(元内閣官房参与)を起用した。また、国連安保理の常任理事国入りに再度挑戦するという意志表示もした。政治の命脈はいかに政策の鮮度を保つか、である。52歳、新米の総理の手腕は未知数だ。

  きょうは「新米」という言葉を2度考えたのでそのまま「自在コラム」のタイトルとした。他意はない。

⇒26日(火)夜・金沢の天気  はれ

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☆メディアのツボ-17-

2006年09月25日 | ⇒メディア時評

 9月24日の朝日新聞の1面スクープ記事。「アコム、遅延金利率 違法の疑い」。前回の「メディアのツボ-16-」でテレビと消費者金融(サラ金)のCM問題点について触れたばかりだったので、関心を持って読んだ。

        ゼニのトライアングル

  記事を要約すると、消費者金融「アコム」は地方銀行など10社と提携し、地銀が商品化している消費者ローンで滞納者が発生した場合、アコムが債務保証、つまり借り手の保証人として残金を肩代わりしている。その後、アコムが新たな債権者として借り手に日数に応じて年率17%から26%の遅延損害金を課しているという。アコムの遅延損害金は消費者契約法で認められた利率(14.6%)を上回っており、同法違反の疑いが強いとしている。

  審査や回収のノウハウを持つサラ金と、個人向けの融資を増やしたい地銀がタイアップしたかたち。地銀にしてみれば貸し倒れのリスクが少なくて済み、消費者金融側にとっては手数料収入を得られるというわけだ。アコムの提携先は朝日新聞によれば、北海道、スルガ、十六、広島、青森、西日本シティ、長崎、南都、北陸の9銀行のほか、三菱東京UFJ銀行との合弁会社DCキャッシュワンの10社。北海道と北陸の両銀行は「ほくほくHD」の傘下。

  ちなみに北陸銀行の消費者ローン「クイックマン」をインターネットで調べてみる。借入限度額は1万円から300万円まで。審査によりこの範囲内で銀行が決める。ただし、初めての申し込みは100万円までとなる。専用のローンカードを発行し、北陸銀行やコンビニATMで引き出せる。融資利率は(保証料含む) 極度額100万円未満の場合は18.0%、極度額100万円以上の場合は15.0%となる。担保は不要だが、「アコム㈱の保証を受けていただきます」と明記されている。

  もちろん、銀行が消費者金融の保証をつけることに違法性はない。地銀はサラ金に残金を肩代わりしてもらい、回収さえすれば、後はどうでもよいのである。ただ、この先、どんな回収のされ方をするのか、おそらく銀行は知っていて知らん顔をしている。現実、今回の記事のように消費者契約法違反の疑いがある遅延金利が問題となっている。

  さらに債権者となったサラ金は今度は生命保険会社と提携して、借り手に生命保険をかけ、死亡した場合の「担保」に取ってじわじわと相手を追い立てる。ちなみにアコムなど大手消費者金融5社が借り手の自殺によって、3649件(2005年度)の保険金の支払いを受けた。5社だけで3649人の自殺者が出ているのである。これは社会問題ではないのか。

  サラ金は大手銀行から融資を受け、さらに地銀から「顧客」をもらう。生命保険会社と手を結び、借り手の「命を担保」にして高利の回収に入る。サラ金、銀行、生命保険会社の「ゼニのトライアングル」である。

  今回はメディアとのかかわについては触れなかったが、前回との成り行きで書いた。

 ⇒25日(月)朝・金沢の天気  はれ

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★能登に生かす民間ファンド

2006年09月24日 | ⇒キャンパス見聞

  7月初め、申し込んでいた民間企業の環境基金の採択が内定したとの第一報が電話で入ったとき、オフィスにいた5、6人ほどのスタッフから「やりましたね」と歓声が上がった。先方から何度か問い合わせがあり、その度に問い合わせの内容が細かくなり、手ごたえを感じていた。そして、内定の電話でその期待と緊張が一気に喜びに変わったのである。

  今回受けることになった三井物産環境基金はことしで2年目の新しいファンドだ。内容は、念願だった「能登半島 里山里海自然学校」の開設と運営に要する向こう3年間の運営資金の大部分をファンドが支援するという内容だ。先述のようにかなり細かな内容まで吟味が行われた。というのも、この環境基金の一部は社会貢献をしたいという社員たちのポケットマネーが原資になっているので、選ぶほうも真剣なのだ。

  このファンドの応募にはドラマがあった。 ことし3月、能登半島で金沢大学社会貢献室が開いたタウンミーティングにこの企業の北陸支店の社員も参加していた。討議の中で、地元の人たちから「能登の自然は素晴らしいが、過疎で悩んでいる。大学は知恵を出してほしい」 「大学が地域貢献を叫ぶのであれば即実行に移してほしい」と熱い要望が相次いだ。が、「できるだけ希望に沿うようにしたい」と大学側は答えるしかなかった。

  後日、参加した社員がエントリー用紙を持って大学を訪ねてきてくれた。「ぜひわが社の環境基金に申し込んでください。私もお手伝いします」と。金沢大学はキャンパス内の自然環境を生かし、里山自然学校を運営している。子どもたちを対象にした自然観察会や環境教育、市民ボランティアによる森林の保全、棚田の復元など活動は活発だ。ところが、これを能登で展開するとなると距離的に遠く、また、能登半島の独自の研究課題も山積している。当然、やるとなると腰の据えた取り組みとなる。

  今回の三井物産環境基金の採択で、ようやくその取り組みのスタートに立てた。その拠点に、石川県珠洲市の廃校となった小学校を活用する計画が進んでいる。民間の志(こころざし)を受けて、大学が地域に何ができるのか、いよいよ金沢大学の社会貢献の真価が問われるときがやってきた。

  手始めに10月9日(祝)午前10時から、「能登半島 里山里海自然学校」の設立記念シンポジウムを開催する。(※写真は「里山里海自然学校」の拠点となる旧・珠洲市小泊小学校)

 ⇒24日(日)夜・金沢の天気  はれ

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☆メディアのツボ-16-

2006年09月22日 | ⇒メディア時評

 前回の「メディアのツボ」で取り上げた、18日午後9時放送の番組「小泉純一郎を知っているか?」(日本テレビ)を視聴していて、違和感を感じた点があった。番組が始まって1時間、時計が10時を回ったころから途端に消費者金融(いわゆるサラ金)のCMが多く出だしたことだ。

         「背に腹は…」のサラ金CM

  これには訳がある。サラ金の大手6社は①7時-9時、17時-22時はCM放送をしない②22時-24時は1エリア内で1社のCMの総量を15秒スポットに換算して100本とする-という内容の「放送自粛」をしている。だから時計の針が22時00分を超えるとどっとサラ金CMが流れ出すことになる。

  サラ金業界が放送や活字メディアに突っ込んでいる広告費は年間700億円ともいわれる。日本のリーディングカンパニーであるトヨタ自動車の年間広告費は800億円なので、それに次ぐくらいの規模なのだ。サラ金の広告費のうちテレビへの投下額はざっと500億円と見積もられている。

  これだけのお金をテレビに突っ込んでいるだけあって、効果は抜群だ。昨年12月8日に開催された金融庁の「貸金業制度に関する懇談会」に提出された利用者へのアンケート調査によると、「消費者金融の会社の存在を知ったきっかけ」としてテレビのCMとした人が61.3%、次いで新聞で37.7%と、テレビCMの効果が高いことが分かる。さらに「最初に利用する店を選んだ理由」もテレビCMが33.4%と新聞広告の20.8%を離している。つまり、サラ金の存在を知るのも利用するのもテレビCMが一番なのである。

  そのようなことを念頭に置いて、この記事を読むと「何と罪つくりな」と思ってしまう。大手消費者金融5社が借り手の自殺によって2005年度に3649件の生命保険金の支払いを受けていた(9月7日付の各紙)。つまり、消費者金融が借り手に生命保険をかけ、死亡した場合の「担保」に取っているのである。さらに大手5社を含む業界全体では実に39880件に及ぶという。サラ金側とすれば、「金を借りるだけ借りて挙句の果ての自殺では回収のしようがない。だからリスクヘッジとして保険をかけている」との言い分だろう。個人が生命保険に入るのは分かるが、消費者金融が個人に生命保険をかける、「命を担保」にしたこんな商品があることは知られていない。「消費者信用団体生命保険」という。

 サラ金の口座は一説に1500万といわれる。重複もあるだろうが、巨大マーケットが形成されている。サラ金に銀行が元金を貸し付け、テレビが宣伝し、生命保険会社が「命を担保」にした商品を提供する。そして、その業界のどれも最高の収益を上げている。身震いするほど完成度の高いビジネスモデルである。

  利息制限法の上限金利(年15-20%)と、罰則規定がある出資法の上限金利(29.2%)の中間の金利はグレーゾーン金利といわれる。このグレーゾーン金利に関して、最高裁は去年12月15日とことし1月13日、消費者金融を利用した場合、利息制限法の上限を超える「グレーゾ-ン」の金利は事実上認めないという判断を示した。最高裁の判断を受けて、グレーゾーン金利をどのように扱うか政府レベルで論議がおこなわれている。その間もサラ金業者はグレーゾーンの金利をうたってCMを打ち続けている。

  いや、テレビ局が流し続けていると言った方がよいのかもしれない。テレビへの広告需要が頭打ちの中、「地上波デジタルへの投資が続く中、背に腹はかえられない」とテレビ局の経営者は言うだろう。とももとマスメディアの意味は「広告媒体」である。これが放送メディアの「あるべき姿」なのだろうか。 そして新聞メディアが最近よく記事で使っている「格差社会」とは、このすさまじいほどにシステム化された「金融商品」に手を出し、グレーゾーンの金利で収奪されている1500万口座の社会層のことではないのだろうか。

⇒21日(木)夜・金沢の天気   はれ     

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★メディアのツボ-15-

2006年09月19日 | ⇒メディア時評

 18日午後9時から放送された日本テレビの番組「小泉純一郎を知っているか?」を見た。小泉総理の在任2000日の主な出来事の舞台裏を再現したドラマと、20日の自民党総裁選挙を控えた安部晋三、谷垣禎一、麻生太郎の3氏とその応援団の議員をスタジオに呼び生中継で討論させるという、ドラマと生討論を融合させた野心的な番組だった。

     小泉政治とメディア④

 番組の中で次期総理に最も近いとされる安倍氏は、「北朝鮮による日本人拉致問題担当大臣を置く考えはないか」とキャスターから質問され、「外交ルートは二元化してはならないが、被害者の家族のケアもある。全体的に拉致問題を担当する人がいてもいい」と語ったことが、さっそく共同通信や新聞各紙のインターネット版でニュースとして流れた。これを質問したのであれば、すかさず「誰を大臣に」と突っ込めばさらに番組の価値が高まったかもしれない。

 なぜならば、その人物はおおかたの人が想像するように、02年に帰国した拉致被害者の支援を担当した中山恭子氏(元内閣官房参与)だろう。とすると、拉致担当大臣は外務大臣を兼ねることも十分予想されるので、安倍内閣では「中山外務大臣」の線も浮かんでくるのではないか…。

  「組閣」ともあれ、任期を終える総理をドラマ化するというのは前代未聞だ。しかも、高支持率のうちに辞するのである。安倍氏の大きな後ろ盾として小泉氏の存在感が増すに違いない。話をドラマに戻す。総理役の岩城滉一=写真=もツボにはまっていたし、亀井静香役の竜雷太は顔の引きつらせ方やしゃべり方まで亀井氏の仕草を相当研究したのだろう。

  印象に残ったシーンは去年9月の総選挙にいたる攻防だった。「干からびたチーズ」の大芝居は面白かった。森前総理(綿引勝彦)が郵政民営化法案が参院で否決されたら衆院を解散すると言い張る小泉総理を翻意させようと官邸に乗り込む。それは失敗に終わるが、帰り際に「小泉が本気であると(記者に)伝わるように、森さん本気で怒ってくれ」と小泉総理に言い含められる。すると森氏はわざわざ握りつぶした缶ビールの空き缶と干からびたチーズ(ミモレット)を持って官邸の外に出て、「寿司でも出してくれるのかと思ったら、この干からびたチーズだ…。オレはサジを投げたよ」と、とくとくと記者に語って聞かせる。

 この演技で記者はおろか国民も「衆院解散の意志は固い」という小泉総理のシグナルの読み取ってしまった。ここをスタートに300議席へとつながる選挙の政変が起きる。私は勝手にこの下りを「ミモレット劇場」と名付けた。歴史をつくった名演技だったからである。テレビドラマではない。名優は本物の森氏である。逆に見え見えの演技だったら選挙で大敗を喫していたに違いない。

⇒19日(火)夜・金沢の天気   はれ

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☆メディアのツボ-14-

2006年09月16日 | ⇒メディア時評

 たとえば事件があったとする。その見方というのはそれぞれの関わり方によって違うものだ。1972年2月、銃を持った連合赤軍の若者が長野県南軽井沢の企業保養所「浅間山荘(あさまさんそう)」に押し入り、管理人の女性を人質に立てこもるという事件があった。警察関係者ならば「過激派による銃撃で2人の殉職者を出した大事件」と言うだろう。ところがテレビ業界では「民放とNHK合わせて89.7%の驚異的な視聴率をとった事件。あの記録はまだ破られていないはず」と言う。

       浅間山荘事件とテレビ

  河出文庫から出ている「浅間山荘事件の真実」を読んだ。元・日本テレビのアナウンサー、久能靖氏の著書だ。この本の見どころは、当時の報道陣が取材現場の視点で書いた初の本というだけでなく、記述が詳細なので、34年前のテレビ局が事件をどう伝えたのかを知る放送史上の貴重な資料であるという点だ。

  それだけ高視聴率を取った事件でも、時は流れ、連合赤軍の名前すら聞いたこともないという若者も多い。そこで簡単に説明しておくと、キューバ革命のチェ・ゲバラを崇拝し世界同時革命をめざす赤軍派と、毛沢東理論で一国革命を唱える京浜安保共闘が連携したゲリラ組織だ。群馬、長野の冬の山中を警察に追われながら逃げ延び、ついに浅間山荘に人質を取って立てこもる。ライフル銃や猟銃のほか実弾2千発余り、手投げの爆弾も持っていた。

  当時はテレビが白黒からカラー化への普及段階だった。しかも、中継設備といっても、現在のように通信衛星を使って映像素材をリアルタイムに伝送するSNG(Satellite News Gathering)という仕組みはない。中継はマイクロ波を小型パラボラアンテナで何段にもつないで現地と東京を結ぶやり方。いったん固定すると機動性はなく、動きのある事件には対応し切れないという難点があった。

  犯人が立てこもってから10日目、いよいよ人質の生命が危ういと警察側は判断し、強行突入し救出作戦に入る。人命尊重を第一に慎重な態度を崩さない警察に対し、「警察のやり方は手ぬるいのではないか。だから過激派がはびこる」というような批判もピークに達していた。そのタイミングでの突入だったので、視聴率が一気にアップした。

  午前10時ごろからの突入のシナリオはすべて警察とメディアの「報道協定」で取り決めがなされていた。雑誌を含む新聞、テレビ、ラジオなど52社との協定は当時とすれば「史上空前の大報道協定」(「浅間山荘事件の真実」)だった。また、犯人を射殺した場合、射殺した警察官の氏名は公表しない、事件解決後のムービーカメラによる現場撮影は3分(100フィートのフィルム1本分)といった内容まで協定で細かく決められていた。

  午前10時に突入して午前中には終えると思われていたシナリオが狂う。催涙ガスと放水で警察自身もなかなか前に進めない。警官2人が射殺される。この様子は生中継でアナウンサーが逐一リポートする。即時性というドラマが視聴者の目の前でパノラマのように展開された。日本テレビの場合、9時間に及ぶ中継だった。当時、高校生だった私自身もテレビにクギ付けだったことを覚えている。

  この浅間山荘事件が放送史で画期的だったのは、89.7%という驚異的な視聴率だけではない。何よりも報道におけるテレビの存在感を視聴者に植えつけたことだ。1991年1月の湾岸戦争を中継し続けたアメリカのCNNが一躍メジャーになったように、である。

  犯人の引き回しの映像の中継に成功したのはフジテレビだけだった。NHKも日本テレビも中継ポイントの設定を見誤った。早々に事件は解決すると踏んで、犯人の引き回しは山からの俯瞰(ふかん)で撮影する予定だった。ところが夕方になってしまい暗くなった。当時は夜間の高感度カメラの技術はまだ途上だった。放送終了後に帰社した中継スタッフは慰労の言葉どころか大目玉をくらったようだ。テレビの裏面史を読ませてもらった。

 ⇒16日(土)夕・金沢の天気  くもり 

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★メディアのツボ-13-

2006年09月14日 | ⇒メディア時評

 あす15日は、おそらくインターネット放送がメディアの仲間入りをする記念すべき日になるだろう。

        小泉政治とメディア③

  USENの番組配信サービス「GyaO」はブロードバンドを活用し、番組コンテンツを提供スポンサー企業からのコマーシャル収入を得ることで、ユーザー(利用者)に無料で見せている。ビジネスモデルはテレビと同じだ。スタートは去年、すでに登録会員数1000万人を突破している。その「GyaO」が15日、東京都内で開催される21世紀臨調(「新しい日本をつくる国民会議」)主催の自民党総裁選の3候補者による公開討論会をノーカットで生中継する。総裁選まで5日と迫り、マニフェストを掲げての安部晋三、谷垣禎一、麻生太郎の3氏の激論が期待される。時間は午後3時から5時だが、中継の後はただちにアーカイブで放送(オンデマンド)するそうだ。

  既存のマスメディア、特に新聞は妙なところがあって、政治を扱うメディアをメディアとして認めるところがある。いわば一目を置くのだ。逆に新聞の体裁を整えていても、政治を扱わない新聞はメディアとしては認めない。この意味でGyaOがようやくメディアとして認められることになる。

  これは日本の新聞が政治部を中心にしていることと関係するかもしれない。明治時代の日本の新聞は言論(政論)型が中心の「大(おお)新聞」だった。それは当時の読者と言えば、地方ならば地主、都市ならば中産階級といった中央の政治に敏感な階層だったからだ。そして戦前は軍が、戦後は中央政界や官僚が情報を握ったため、どうしても政治部が新聞の中核となった。また、ローカル紙では県政が中心となった。いまでも政治の動きは扱いが大きい。

  かつて新聞記者がテレビを見て、記事を書くということはありえなかった。ところが、田原総一朗氏が司会をするテレビ朝日の討論番組「サンデープロジェクト」が政治のホットなテーマを果敢に取り上げ、政治記者の見方が変わった。特に1993年の政治改革論議から細川内閣誕生のころはテレビから目が離せなくなった。そして、「非自民政権が生まれるよう報道せよ、と指示した」とする発言内容が問題となった、いわゆるテレビ朝日の椿貞良報道局長の発言はそれを象徴する出来事であった。新聞が椿発言を徹底して叩いたが、それは裏返しに言えば、新聞の政治部がテレビをメディアとして認めた証拠でもあった。

  そしていまでは、「民放テレビ局の番組に出演した○○氏は…」の書き出しで始まる新聞記事をよく目にするし、当たり前のようになってしまった。

  小泉政治の5年間でインターネットの存在が単なる通信という分野だけでなく、経済、文化などあらゆる分野で大きく占めるようになってきた。そして、来年夏の参院選からいよいよインターネットの選挙活動利用が解禁になる見通しだ。すなわち政治におけるインターネットの存在が大きくなる。これを契機に選挙のあり方が様変わりし、政治における世代交代を促すことにもなろう。それはメディアとしてのインターネットの存在が増すということにほかならない。(※写真はことし5月、金沢市の兼六園を散策する小泉総理)

 ⇒14日(木)夜・金沢の天気  くもり 

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☆メディアのツボ-12-

2006年09月12日 | ⇒メディア時評

  小泉総理の靖国神社参拝に対しては数々の意見がある。しかし、政治家としてみれば、「ぶれない政治家」としての印象を得たし、政治家はぶれてはいけないという手本を示した。それより何より、総理の靖国参拝を通して日本人が中国と韓国の外交戦略というものを見てしまったのだ。

     小泉政治とメディア②

 総理は一貫して「靖国は外交カードにはならない」と主張してきた。この意味が当初理解し難かった。ところが、小泉政権の5年間で日中をめぐる事件がはっきりと見えるようになった。たとえば東シナ海の日中中間線付近でのガス田の一方的な採掘、国連の安全保障理事会に日本の常任理事国入りに反対、今なお強化している反日教育(中国版ホロコースト博物館の各地での建設)、反日デモの意図的な煽動…などを冷静に観察した日本人は次のような印象を持っているのではないか。

  「中国政府は小泉首相の靖国神社参拝が中国人民の感情を傷つけ、中日関係の政治的基盤を壊したために日中関係が悪化したと主張しているが、中国はもともと日本の対外政策全般に批判的で、日本を弱者の立場に抑えておくことが真の目的ではないか。これは外交戦略ではないか」と。

  だから、もし日本側が中国側の要求に応じ、日本の総理が戦争の歴史に正直に直面して対中関係を修復するためだとして▽靖国神社を参拝しない▽日中間で問題が起きるたびに第二次大戦での残虐行為について謝罪し続ける▽中国が不満を表明する歴史教科書はすべて書きかえる…などを約束し実行しても、中国は日本を許しもしないし、発展的な外交案を提示したりはしない。むしろ中国側は「日本はまだ十分に悔い改めていない」とし、あくまでも日本の国連安保理常任理事国入りには反対し、また日本領海への潜水艦での侵入を繰り返し、時には大規模な反日デモを扇動を続けるだろう。

  手短に言えば、中国側が日本からのさまざまな実利上の譲歩を獲得するために日本側の贖罪意識を責めることで、外交手段としているからだ。その日本攻撃の材料の一つが靖国参拝である。小泉総理が「靖国は外交カードにはならない」と言い切ったのはこの中国側の対日戦略が露骨に見えてきたためだ。韓国の対日外交ついても同様の意図が読める。

  もう一つ見えてきたことがある。それは、中国における日本のメディアのあり方である。新聞であれ放送であれ日本のメディアは正面切った中国に対する批判記事や番組を避けてきた。なぜか。中国には取材拠点となる支局の開設、取材の許可制など制限が数々あり、批判記事に躊躇せざるを得ないという事情がある。

 たとえば、こんな事例ある。駐中国の外国人記者協会(FCCC)はことし8月、北京で声明文を発表し、中国政府は北京オリンピック開催資格の条件付けとして「中国にいる外国記者に自由な取材環境を提供する」と誓約したにもかかわらず、現状では実現されていないと指摘し、さらにメディアへの干渉や妨害の撤回を求めた。この取材妨害とは、取材対象が環境汚染やエイズ病問題、農民の集団暴動などに及ぶと公安警察から干渉と妨害が入ることを指す。

  このような状態だから、ましてや日本のメディアが中国の外交戦略を真っ向から批判をしようものならどうなるか。日本のメディアは沈黙することで、その「難」を避けているのである。だから、前記のFCCCの声明ですら日本では記事にならなかった。

  こう考える。「正面切って中国を論評できない日本のメディアはもどかしい。中国に対し毅然とした態度を取っているのは小泉総理だけではないか」と日本人は見透かしてしまったのではないか。さらに言えば、1990年代からの中国側の外交戦略(前述のガス田問題など)は本来きちんと論評すべきであったのに、「ぼかしの表現」で隠してしまった。これはメディアの責任ではないか、と。(※写真はことし5月、石川県輪島市の千枚田を訪れた小泉総理)

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