自在コラム

⇒ 日常で観察したことや環境問題、金沢大学での見聞、マスメディアとインターネットについての考察を紹介する宇野文夫のコラム

★世界農業遺産と持続可能な社会-下

2018年08月28日 | ⇒トピック往来

  和歌山県みなべ町で開催されている「第5回東アジア農業遺産学会(ERAHS)二日目のきょう28日はチャーターバスに乗ってのエクスカーション(視察)だった。日本や中国、韓国の参加者180人が4台のバスに分乗して、みなべ町の「県果樹試験場うめ研究所」「うめ振興館」、田辺市の「紀州石神(いしがみ)田辺梅林」「紀州備長炭記念公園」を巡った。

        紀州備長炭と南高梅の「共生」関係

     和歌山県の梅生産量は5万3500㌧で全国の62%を占める(平成29年農林統計)。うめ研究所によれば、その和歌山県の生産量のうち、みなべ町41%と田辺市35%だ。和歌山の梅生産の品種別割合でいえば全国で知られる「南高梅」が85%を占める。ちなみに「南高」というネーミングは、戦後に地元の優良品種の絞り込みが行われた際、南部高校園芸科の生徒たちが5年間の調査研究に協力して「高田梅」という品種を選び出したことから「南高梅」と命名されたという。ローカルから発した全国ブランドだ。

   その生産現場である紀州石神田辺梅林を訪ねて驚いた。急傾斜ですり鉢状の地形の底の石神集落を取り囲むように梅林が広がる=写真・上=。「ひと目三十万本」。その広さを説明してくれたのは紀州田辺観梅協会の会長、石神忠夫氏だった=写真・中=。30度から40度の傾斜地を上り下りしながら400年の歳月をかけて創り上げた世界農業遺産「みなべ・田辺の梅システム」のシンボル的な場所だ。坂道を速足で歩く石神氏は77歳。参加者の一人が「健康の秘訣は何ですか」と尋ねると、「暴飲暴食をしないこと。この土地の人は皆心がけていますよ」と即座に。条件不利地で伝統的な農業を受け継ぐには「体が資本」と言うことか。

   山並みの上部には水源涵養(かんよう)や崩落防止の役目を果たすウバメガシやカシ、クヌギなどの薪炭林が広がっている。薪炭林にはニホンミツバチが生息し、山の中腹に広がる梅林の花の受粉を手伝っている。システマチックに形成された自然環境と生物多様性はまさに里山、そのふもとに人里(集落)が広がる。ニホンミツバチの巣箱や梅の天日干しが行われているビニールハウスの現場を見る。梅の花が一斉に咲く2月の観梅期には地元に1万人ほどの来訪者がある。最近では台湾や中国からのバスツアーも増えた。「世界農業遺産のおかげですよ」と石神氏は目を細めた。

   ウバメガシを原料とする備長炭(びんちょうたん)もこの地域の主力産業の一つだ。紀州備長炭記念公園を訪れると、「炭琴」の演奏で歓迎してくれた=写真・下=。備長炭は鉄のように硬く、澄み切った音が響く。地元の女性たちで構成する「秋津川炭琴サークル」による 「上を向いて歩こう」「さくらさくら」の演奏に聴き入った。グループの中に20代の若さの女性がいた。演奏後に尋ねると、地域おこし協力隊のメンバーで去年3月に移住し、炭琴サークルに誘われて入った。「心に響く音色ですね」と水を向けると、「備長炭は湿気を吸って音程が変わるので、調律をしなければならないデリケートな楽器なんですよ」と。

   炭焼き窯に行くと、若夫婦が炭の窯出し作業を行っていた。窯の中で高温で蒸し焼きにし、窯から出して、素灰と呼ぶ灰を掛けて消火する。このため「白炭」とも呼ばれる。今月12日にウバメガシの原木を窯に入れ、きょう窯出しなので17日間の作業だ。3㌧の原木を入れて、製炭量は350㌔ほどになる。

   炭焼き業者は梅林の上にある薪炭林の中から太い幹だけを伐採する契約を梅栽培農家と結び原木を調達する。農家にとっても間伐は薪炭林の保全に必要だ。全国ブランドである紀州備長炭と南高梅はこうした「共生」関係にある。「梅システム」恐るべし。

⇒28日(火)夜・和歌山県みなべ町の天気    はれ

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☆世界農業遺産と持続可能な社会-上

2018年08月27日 | ⇒トピック往来

   きょう(27日)から和歌山県みなべ町で「第5回東アジア農業遺産学会(ERAHS=East Aisa Reserch Association for Agricultural Heritage Systems)が開催されている。2011年6月に「能登の里山里海」が世界農業遺産(GIAHS)に認定され以来さまざまな場面で関わっているが、今回は中国、韓国、日本の行政のGIAHS担当者や実践者、研究者を交えた学術学会に参加している。
    
       伝統的な知識とサイエンスをいかに統合していくか

   GIAHSは農業の大規模化や品種改良、肥料や農薬の使用などの近代化で失われつつある世界各地の伝統的な農業や農村の文化や景観、生物多様性に富む生態系を次世代に継承すること目的に、国連食糧農業機関(FAO、本部・ローマ)が2002年に始めた認定制度だ。現在21ヵ国52の認定地(サイト)がある。

   開催地のみなべ町は2015年に認定された「みなべ・田辺の梅システム」のサイト。養分に乏しい斜面の梅林周辺に薪炭林を残し、水源涵養や崩落を防止しながら薪炭林を活用した紀州備長炭の生産と、ミツバチを受粉に利用した梅栽培を行うことで評価されてる。400年の歴史があり、梅栽培は国内50%の生産量を誇る産地でもある。開会挨拶で和歌山県知事の仁坂吉伸氏は「梅の養分の機能性が世界で見直されつつある。これはGIAHS認定の効果ではないか」と。

   基調講演でFAOのGIAHS事務局長の遠藤芳英氏が「GIAHSをめぐる最近の動向」と題して3つポイントを述べた。一つは、ヨーロッパで初めて2017年にスペインの「アクサルキアのレーズン生産システム」と「アナーニャの塩生産システム」が認定されたのをきっかけに、イタリアやポルトガルでもエントリーが相次ぎ、GIAHSの地理的な拡大になっている。二つ目は、国連教育科学文化機関(UNESCO)の世界遺産とGIAHSの連携を図るため共同会議や連携作業を進めていく。三つ目は、GIAHSの次なるステップとして学術分野との連携。千年、2千年と続くGIAHSサイトには地球規模の気候変動に耐え、農法や伝統知識を伝承した知恵がある。科学的、経済的、社会的な分析を施すことで価値を共有したい。

   国連大学サステイナビリティ高等研究所上席客員教授でERAS名誉議長の武内和彦氏は「GIAHSとパートナーシップ」というテーマで、国連の持続可能な開発目標(SDGs)と足並みをそろえることの重要性を訴えた=写真=。SDGs目標 17「パートナーシップ」の意義は、「GIAHSのリソース(経営資源)は限られているものの、多様なパートナーシップを形成することで広がり、持続可能性が担保される」と述べた。

   GIAHSサイトにはそれぞれの歴史や伝承の知恵が詰まっているがゆえに、パートナーシップと言っても簡単ではない。ただ、共通価値を互いに見出すことでそれは国際的に広がり(ネットワーク)を形成できる可能性がある。武内氏のスライドには面白い提案があった。GIAHS「能登の里山里海」(FAO)、金沢の文化創造都市(UNESCO)、岐阜・白川の世界文化遺産(UNESCO)、GIAHS「岐阜・長良川」(FAO)を結ぶ「文化回廊(コリド-)」だ。広域でパートナシップを結ぶことで、新たなツーリズムルートが開発できるのではないか。ERAHSには行政担当者や地域の実践者、研究者が集まる。ごちゃ混ぜにして、伝統的な知識とサイエンスをいかに統合していくか、学会の狙いでもある。

⇒27日(月)午後・和歌山県みなべ町の天気    はれ

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★「張り手」と「搦め手」のバトル

2018年08月26日 | ⇒メディア時評

   24日付のニューヨーク・タイムズWeb版で気になる記事が出ていた=写真=。「Trump Asks Pompeo to Cancel North Korea Trip, Pointing to Stalled Diplomacy」との見出しで、非核化に向けたアメリカと北朝鮮の交渉で進展が見られないので北朝鮮への訪問(今月27日)を中止してはどうかとトランプ大統領がポンペイオ国務長官に指示した、と。その4日前、ロイター通信社のインタビューでトランプ氏が金正恩委員長と再び会談する「可能性が最も高い(most likely)」と述べたと報じられていた。それが一転した。非核化交渉が進まいことにしびれを切らしたトランプ氏が例の「張り手」を演じたのかと思ったが、どうやら背景はもっと複雑なようだ。

   「張り手」とは、横綱・白鵬の「張り手」も以前話題になったが、立ち合いで相手の頬っぺたを叩いてひるませるやり方なのだが、トランプ流は「行かない」「止める」「中止」の脅迫的な言葉でカウンターパンチを食らわせる。予定されていた米朝首脳会談(6月12日)を中止すると発表したことは記憶に新しい。交渉を優位に進めようとするにはそのくらいの手練手管は必要なのだろう。今回の一件で分かったことは非核化交渉は膠着しているということだ。メディアのニュースを斜め読みしただけでも、その背後に中国の存在があるかもしれないと思ってしまう。

   その一つ。北朝鮮の9月9日の建国記念日の行事に中国の習近平国家主席が参加するとのニュースが広がっている。金氏はことし、中国を3回(3月、5月、6月)訪問し習氏と会談している。会談の中で北朝鮮訪問を習氏に懇願したであろうことは想像に難くない。それが実現するとすれば、中国国家主席の訪問前に、アメリカに外交成果(非核化交渉)を誇示させることはしたくないと金氏は考えるだろう。非核化交渉の膠着はこれが要因か。

   二つ目が肝(きも)かもしれない。互いに高関税をかけあって一歩も引かないアメリカと中国の貿易摩擦だ。アメリカと厳しい貿易交渉を行っている中国は、北朝鮮とアメリカの非核化交渉の進展をただ眺めているだけだろうか。これまでの金氏と習氏の3回の会談で、金氏は自国への経済制裁解除を要求しているはずだ。貿易摩擦をめぐるアメリカと中国の駆け引きの材料の中に北朝鮮への経済制裁の解除が中国の「交渉カード」になってはいないだろうか。簡潔に言えば、米中貿易の交渉でアメリカの圧力が強まれば、中国は北朝鮮への経済制裁に協力しない、と踏み込む。アメリカにとって困ることは、北朝鮮との非核化交渉がさらに膠着化することだ。

   敵の背後に回って襲いかかることを「搦(から)め手」と言うが、まさにこれだ。北朝鮮への制裁解除を匂わせてアメリカの譲歩を引き出す戦術だ。アメリカの「張り手」と中国の「搦め手」の壮絶なバトルではないか。勝手な想像なのだが。

⇒26日(日)朝・金沢の天気    はれ

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☆暗雲を晴らす政策論争を

2018年08月24日 | ⇒ニュース走査

    昨夕(23日)自宅近くから西の空を見ると不気味な雲が覆っていた。午後6時40分ごろだ。黒い雲が幾重にも走るように重なっている=写真=。以前、図録で見た長谷川等伯の『龍虎図屏風』のようだった。鋭い前足の爪を立てながら一頭の龍が暴風の黒雲の中から現れる姿をイメージさせる。台風20号が北陸も通過するとニュースで流れていたので、暗雲が立ち込めるとはまさにこの空だと実感した。

   「暗雲」と表現すると誤解を招くかもしれないが、9月7日告示、20日投開票で行われる自民党総裁選の雲行きがおかしい。すでに石破茂氏(元幹事長)が出馬を表明し、現職で3期目を目指す安倍晋三氏と一騎打ちになる見通しだ。今月10日付のこのブログでも述べたが、総裁選では、石破氏は外交や安全保障政策について、安倍政権の不確実性を指摘して、トランプ大統領との日米同盟でこの国の安全保障を真に託せるのかと問うべきだ。「いつまでトランプに頼っているのか」と安倍氏の外交・安全保障を対立軸として明確にすれば、党内でも議論が起き、総裁選も面白くなるのではないか、と書いた。

   そのためにも「公開討論会」を期待しているのだが、どうやら雲行きが怪しい。メディア各社のWebニュース(24日付)を検索すると、自民の総裁選挙管理委員会が23日までに街頭演説などの日程について協議した。告示後に党が主催する遊説日程が実質5日間となる案も示された。ところが、公開討論会は日本記者クラブ主催のものに限定し、総裁選の公式日程には組み込まれないようだ。有権者に分かりやすいのは、まず公開討論を実施して、その後にそれぞれが持ち前の論点を街頭演説で訴えていくというのが筋ではないだろうか。政策論争なき政権与党の総裁選というのは一体なんだろう。

   政策論争で期待したいことは先に述べた外交や安全保障政策だけではない。アベノミクをめぐる論点にも注目したい。第2次安倍内閣が発足した直後の2013年1月から、企業に雇われている「雇用者数」は66ヵ月連続プラスとなり、今年6月は5940万人。実に450万人も雇用が生み出された(総務省統計局)。アベノミクスの「一億総活躍」「女性活躍」「生涯現役」「人生百年時代」の相乗効果だろう。

   ではなぜ、デフレ脱却の切り札として打ち出された2013年4月の「異次元緩和」、大胆な金融緩和の効果が表れないのか。日銀総裁はマネタリーベースを2倍にして、2年で2%の物価上昇を達成するとしたが、達成目標年度を何回も先送りしているではないか。消費が盛り上がらないのは可処分所得が増えていないからだろう。確かに賃金は上昇傾向にあるが、一方で年金掛け金など社会保険の負担も増え続けている。ではどうすればよいか。有権者が案じている経済、外交、安全保障の暗雲を政策論争を通じて晴らしてほしいものだ。

⇒24日(金)朝・金沢の天気     くもり時々あめ

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★豪雪、豪雨、そして「災暑」

2018年08月23日 | ⇒ニュース走査

           アメリカのCNNテレビのニュースが、大型のハリケーン「レーン」がハワイに接近していて、ハワイ島はきょう(23日)夜にも暴風圏に入る恐れがあり、州知事は非常事態を宣言したと伝えている。日本でも「W台風(19、20号)」が西と東で並んで日本列島を通過する。今夜から北陸でも風が強まりそうだ。このとろの異常気象が世界中で猛威を振るっている。

    きょうも金沢は35度を超える猛暑日だ。きのう小松市で観測史上最高の38.6度まで上がった。直射日光に焼け付くような痛さを感じる。1時間ほど駐車場に置いておいた自家用車のドアを開けると、車内から熱風が吹き出し、入れない。しばらく前後のドアを開けて待ち、それから運転席に着き、エアコンを最大限にしてようやく運転開始。それでも車内が熱い。「車は走るかまど」とはよく言ったものだ。県内のニュースによると、きのう県内で21人が熱中症の疑いで病院に搬送されている。

    ことしのブログのテーマは「異常気象」扱ったものが多い。2月9日付では、豪雪について書いた。金沢でも1㍍を超える大雪となった。ところが、気温が上がり、今度はまとまった雨が降るという。雪国で生活する者の直感として不安感がよぎる。屋根に積もった大量の雪にさらに雨が降れば、どれだけの重さが家屋にのしかかってくることか、と。屋根の瓦には雪止めがしてあって、自然には落ちてこない。屋根雪降ろしをして、木戸を開けると、背丈をはるか超える、まるで南極のような雪壁が迫っていた=写真・上=。

    7月10日付は西日本豪雨について書いた。「死者126人 平成最悪」と新聞の見出しは白抜きベタで伝えている。西日本豪雨での大雨特別警戒は全て解除されたものの、その後の被害は日々拡大している。昨日付の紙面では104人だった死者がきょう付で126人だ。安否不明者は86人もいる。先週5日に気象庁が「記録的な大雨になる恐れがある」と呼びかけたが、「平成最悪」になるとは想像すらできなかった。

    豪雪、豪雨、そして猛暑日。7月30日付では「災暑日」について述べた。気象庁は天気予報や解説などで予報用語を使っているが、最高気温が35度以上の日を「猛暑日」と定義して、2007年4月から使っている。これまでは最高気温が30度以上の日を「真夏日」としていたが、最高気温が35度以上の日が1990年以降急増したため、レベルアップした用語が必要となったからだ。熊谷市で41.1度を記録した23日、気象庁の予報官が記者会見でこう述べた。「命に危険をおよぼすレベルで、災害と認識している」と。深刻な発言に思えた。40度以上の日、これを「災暑日」と名付け予報用語としてはどうか。

    異常気象はすでに「気象災害」と化している。加えて、大地震などの地殻変動も世界各地で頻繁に起きている。我々の地球はどこに向かっているのか。ふと、そんなことを考えてしまう。

⇒23日(木)午後・金沢の天気    はれ(猛暑日)

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☆歩きスマホと二宮金次郎

2018年08月21日 | ⇒ドキュメント回廊

   「みなさんはご存知ですか。二宮金次郎の像は高さが1㍍ということを」。先日、学生たちと能登半島の珠洲市をインターンシップで訪れた。元小学校の跡地に建てられた保育所は数年で閉鎖され、昨年開催された奥能登国際芸術祭の作品(塩田千春作『時を運ぶ船』)の展示会場として活用されている。会場の入口付近に小学校の名残をとどめる二宮金次郎像がある。冒頭の言葉は、地域を案内いただいた地元の方の説明だった。この方は中学校の元校長で教育に詳しい。

    学生たちは「知らなかった、そんな1㍍という決まりはなぜあるのですか」と質問した。すると元校長氏は「私も詳しくは分かりません。ただ、一説に昔の尺貫法からメートル法に変わる時に、子どもたちが1㍍はどのくらいか判断できるようにと工夫されて造られたようです」と。あの薪(まき)を背負って歩きながら本を読んでいる金次郎像は、貧しい環境にありながらも自己実現に向かって勉学に励むモデルではなかったのか。それが、メートル法の周知のために造られたのか、意外だった。確かに2、3㍍の大きな金次郎像は見たことがない。統一されたサイズかもしれない。

   長さに尺(しゃく)、質量に貫(かん)を用いた日本固有の単位系が
メートル法へとシフトしたのは、明治8年(1875)に明治政府が度量衡制度を設け、メートル条約を締結したのが始まりとされる。独自の経済圏で栄えた鎖国だったが、1853年にアメリカのペリー提督が「黒船」で交易を求めて横浜・浦賀沖に来航した。外国の圧倒的な技術力や軍事力を見せつけられ、開国へ進む。西欧の技術力を導入するためにメートル法による度量衡制度が必要だった。そのメートル法が一般に普及し、尺貫法が法律上で廃止されたは昭和34年(1959)だった。金次郎像はその間に普及したのだろうか。

   学生からさらに質問が出た。「いまはメートル法が当たり前なので、二宮金次郎像は過去の遺物と解釈していいですね」と。この質問に対して他の学生から意見が出た。「薪を背負う子どもが読書しながら歩く姿は戦時中の教育といった感じで、いまの子どもたちは薪すら何なのか理解できない。でも、小学校に寄付してくださった方の気持ちを『過去の遺物』と簡単に決めつけてよいのでしょうか」と。別の学生は「歩いてマンガ本を読むのは転ぶから危険だよと小さいころに親から言われた。校庭にいたので、親が二宮金次郎の像を指さしていた。歩きスマホは危険と反面教師として金次郎像を活用すればどうでしょうか」と。このコメントは笑いを誘った。

   すると元校長氏は「珠洲市と姉妹提携を結んでいるブラジルのペロタス市から教育関係者が学校を訪れた折に、二宮金次郎の像を見て、知的な少年像ですね、教育熱心な日本のシンボルですね、と言われました。このようなモチーフの像は世界はないそうです」と。二宮金次郎像をめぐる会話はここで終わり。

   時間にして5分もなかったが、世代を超えた共通価値としての二宮金次郎像はそれなりに話題を提供してくれる。スマホと本を両手で掲げて未来を向く、そんな現代版金次郎像があってもよいのかもしれない。

⇒21日(火)夜・金沢の天気    はれ(猛暑日)

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★「山一つ」「海二つ」曳山の醍醐味-下

2018年08月19日 | ⇒キャンパス見聞

   学生たちが祭りで担う役割はとてもシステマチックに構成されている。曳山の運行で方向転換など担う「舵棒取り」に2基の曳山にそれぞれ男子学生10人が配置された。祭りの舞台となる黒島の街並みは重伝建(重要伝統的建造物群保存地区)に選定されていて、しかも道幅は狭いところで4㍍ほどである。ここを曳山が巡行するので道路沿いの家の屋根部分に接触しないよう舵取りが必要となる。そこに学生たちの活躍の場がある。巡行する街路は山と海それぞれに平行に走っている。地元のベテランの舵取り担当が「山一つ」と声を上げると、学生たちが一斉に山側に舵棒を1回押す。すると、曳山の車輪は海側に10度ほど舵を切ることができる=写真=。「海二つ」と声が上がると、海側に2回押して山側に20度ほど舵を切る。この作業を繰り返しながら、曳山は曲線道路を器用に巡行する。

     祭礼の人出不足、その地域課題にどう向き合うか

   女子学生は行列の先頭で枠旗を持ちや奴振りの扇ぎ手を担当する。地域の子どもたちが扮する奴振り行列では、子どもたちに歌舞伎役者のような化粧が施される。ところが顔に汗が出ると化粧が崩れてくるためにウチワで顔を扇ぐ。獅子舞係の男子学生は地元の若手といっしょになって路上でパフォーマンスを演じる。とくに、「お立ち」と呼ぶ行列の出発を神輿の担ぎ手に催促したりする。

   祭りで学生たちがそれぞれの役割を演じると、活き活きとした表情になる。この意味で、学生たちが地域の伝統文化をフィールドで学ぶ、教育的な体験プログラムにもなっている。地域にとっても、今年5月に日本遺産「北前船寄港地・船主集落」に追加認定されてから初めての天領祭だったので、妙に街全体が盛り上がっていて、参加者、見学者ともに例年に比べ多いように思えた。

   能登だけではなく、日本の多くの過疎地で祭礼の人手不足現象が起きていることは想像に難くない。一方で祭りが大好きな都会人や、日本で文化体験をしたいインバウンド観光客は大勢いるはずだ。人手不足の祭礼と、参加したい人たちとのマッチングをどう図るか、まさに課題解決型のプランが求められていると実感している。

⇒19日(日)午後・金沢の天気    はれ

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☆「山一つ」「海二つ」曳山の醍醐味-上

2018年08月18日 | ⇒キャンパス見聞

   この季節、能登でよく使われる言葉がある。「盆や正月に帰らんでいい。祭りには帰っておいで」と。これは古里を離れて都会などで暮らす子どもたちに対して親が使う。この言葉には2つの意味があると土地の人たちから教わった。能登の夏祭りや秋祭りでは「キリコ」と呼ぶ高さ10㍍ほどの奉灯(ほうとう)や、曳山(ひきやま)を動かす。祭りは地域や集落ごとに執り行われ、それぞれの家では親戚などを招いてご馳走でもてなすヨバレがある。年に一度の「我が家のビックイベント」でもあるので、子どもたちにも参加を呼びかける。

       粋な能登の祭り「黒島天領祭」に学生と行く

  もう一つの意味がキリコや曳山を動かす担ぎ手としての役割である。担ぎ手は1軒ごとに2人、あるいは3人と割り当てがある。かつては大家族だったので担ぎ手には不自由しなかったろう。今では能登でも核家族化が進み、さらに少子化でどこの地域や集落でも若い担ぎ手が不足している。この「盆や正月に帰らんでいい。祭りには帰っておいで」は親の願いであり、地域の願いでもあるのだ。

    輪島市門前町黒島の祭礼「黒島天領祭」(17、18日)に学生43人を連れて参加した。かつて北前船船主が集住した黒島は貞享元年(1684)に江戸幕府の天領(直轄地)となり、立葵(たちあおい)の紋が贈られたことを祝って始まった祭礼とされる。祭りはキリコを担ぐ能登のほかの祭りとは異なり、都(みやこ)風な趣がある。2基の曳山は輪島塗に金箔銀箔を貼りつけた豪華さ、「百貫」(375㌔㌘)の神輿(みこし)、小学生による奴(やっこ)振り道中など。地元の人たちは麻の黒い半纏(はんてん)を粋に羽織っている。

   2011年から黒島天領祭にかかわってる。きっけは2007年3月の能登半島地震だった。奥能登を中心に家屋が多く損壊し、過疎化に拍車がかかった。11年3月に奥能登の2市2町(輪島、珠洲、穴水、能登)と大学(金沢大、県立大学、看護大、星稜大)で構成する能登キャンパス構想推進協議会を発足させ、事業テーマの一つとして学生たちが能登の祭りを支援すると同時に祭りを通じて能登の歴史文化を学ぶことを掲げた。すると、黒島の祭礼実行委員会から真っ先に「学生のチカラを借りたい」とSOSの手が上がった。それ以来のかかわりとなった。

⇒18日(土)夜・金沢の天気     はれ

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★塩田村と塩田さん

2018年08月15日 | ⇒ドキュメント回廊

    盆休みを利用してゆっくりと能登めぐりを楽しんだ。海の幸と山の幸の物々交換がルーツとされ、千年の歴史を有する輪島朝市。1個1万2千円の「蒸しアワビ」(120㌘)を思い切って買った。別の店では1個700円のカラスミ(ボラの卵巣の塩漬け)を「2個ください」と言うと、おばあさんが「3個でおまけ」と差し出したので手に取ると、すかさず「100円おまけで2000円」と請求された。2個買ったので1個はおまけだと受け取ったのに、「100円まけるから3個買って」という意味だった。朝市という場を少々甘く勘違いしたのかもしれない。かなり高齢に見えたが、言葉の手練手管には舌を巻いて買ってしまった。

    次に向かった輪島の白米千枚田は駐車場が満杯だったので、車中から横目で見ながら珠洲市の塩田村(えんでんむら)に車を走らせた。「揚げ浜式塩田」と呼ばれ、400年の伝統を受け継いでいる。塩をつくる場合、瀬戸内海では潮の干満が大きいので、満潮時に広い塩田に海水を取り込み、引き潮になれば水門を閉める(入り浜式塩田)。ところが、日本海は潮の干満が差がさほどないため、満潮とともに海水が自然に塩田に入ってくることはない。そこで、浜から塩田まですべて人力で海水を汲んで揚げる(揚げ浜式塩田)。揚げ浜というのは、人力が伴う。しかも野外での仕事なので、天気との見合いだ。

    今では動力ポンプで海水を揚げている製塩業者もいるが、かたくなに伝統の製法を守る塩士(しおじ=塩づくりに携わる人)もいる。人がそれこそ手塩にかけてつくる塩は量産に限度がある。条件不利地ながら自然と向き合う人々の姿だ。ひとにぎりの塩をつくるために、人はどのように空を眺め、海水を汲み、知恵を絞り汗して、火を燃やし続ける。機械化のモノづくりに慣れた現代人が忘れた、愚直で無欲でしたたかな労働の姿でもある。

    この塩田での作業を見て芸術作品を創ったのが、ドイツ・ベルリン在住の現代美術家、塩田千春(しおた・ちはる)氏だった。昨年(2017)珠洲市で開催された奥能登国際芸術祭の作品を創作するために珠洲を訪れた塩田さんは、400年続く揚げ浜式塩田が日本で唯一残る当地に、自分のルーツにつながるインスピレーション(ひらめき)を感じて迷わず創作活動に入ったという。作品名は『時を運ぶ船』。戦時中、ある塩士が軍から塩づくりを命じられ、出征を免れた。戦争で多くの友が命を落とし、塩士は「命ある限り塩田を守る」と決意する。戦後、塩士はたった一人となったが伝統の製塩技法を守り抜き、その後の塩田復興に大きく貢献した。作品名はこの歴史秘話から名付けられた。

    塩田作品が今も展示されている旧・清水保育所に行く。舟から噴き出すように赤いアクリルの毛糸が網状に張り巡らされた室内空間。赤い毛糸は毛細血管のようにも見え、まるで母体の子宮の中の胎盤のようでもある。しばらく「胎盤」の中に身を置いてみる。一つ一つに心血を注いでモノづくりをする。一日一日を丁寧に暮らす。それが人として生きるということなのだ、と作品を眺めているうちに目頭が熱くなってきた。

    現代文明は脆(もろ)い。市場で約束されたことしかできない。売り買いが成立しなければ、生活すら危うい。それに比べ、塩田村で目にした塩士たちの姿は生命力にあふれている。

⇒15日(水)朝・金沢の天気    はれ

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☆石破語録「よそ者、若者、ばか者」

2018年08月10日 | ⇒ニュース走査

   きょう(10日)自民党の石破茂氏が午後4時から国会内で記者会見し、9月の党総裁選への立候補を正式に表明した。連続3選を目指す安倍晋三氏との一騎打ちとなる公算が大きいとメディア各社が報じている。党総裁選は6年ぶりの選挙戦となる見通し。前回2015年9月は無投票で安倍氏が再選、2012年9月は決戦投票で「安倍108、石破89」の接戦だった。安倍氏も石破氏の政治手腕や見識を評価していて、党幹事長や内閣府特命担当大臣(地方創生担当)に抜擢している。

   その石破氏とちょっとした出会いがある。私は大学で大学版地方創生推進事業(COC+)を担当しており、学生たちに授業の一環として視聴してもらうビデオ「地域創生概論-いしかわで学ぶ未来可能性」を作成していたときだ。地方創生大臣だった石破氏が講演に金沢市を訪れるとの情報を得て、内閣府を通じてインタビューを申し込み承諾された。インタビューは2016年2月7日、 場所は障がい者施設や児童養護施設、ケア付高齢者住宅などの複合型施設「シェア金沢」で。

Q:地方創生にはどのような人材が必要なのですか
石破大臣:昔から地域を変えるのは「よそ者、若者、ばか者」と言われ、外から新鮮な目で見ることが一つの要素なんです。若い感性とは、たとえばPCが使える、外国語が使えること。ばか者はこれまでの既成概念にとらわれない新しい考え方を持つこと。学生はそのすべてを持っている人が多いし、チャレンジ精神旺盛な方を求めたい。

Q:地域で活躍する若者に対して期待することは何ですか
石破大臣:地方は東京と違い、行政との距離が近い。地域の特性を最大限に活かして金沢の大学が未来を作っていくのか。この国の未来は「学生」に創ってもらわないといけない、今はそんな時代です。明治維新など、歴史の変わり目に常に若者がいるというのはそういうことなんです。

Q:地域の大学に期待することは何ですか
石破大臣:「象牙の塔」にならないこと。大学が持つ本来の真実を探求する心は忘れないでほしい。今は「地方が日本を変える時代」、その責任感や使命感、学生にはそんな感性を持って欲しい。

   10分足らずの単独インタビューだったが、石破氏は淡々と答えた。無駄のない、理路整然とし、そして奥が深い内容だった。冒頭での「よそ者、若者、ばか者」は意外な言葉だったが、印象的だった。確かに、よそ者=客観性、ばか者=専門性、若者=エネルギーは歴史の転換点を担ってきた。石破氏もテレビ出演などで「国防がライフワーク」と語ってきたように、外交や安全保障に精通する政策通で、ある意味で「ばか者」ぶりを印象付けてきた。 

   9月の総裁選に向けて、石破氏は「ばか者」ぶりを発揮すればよいではないか。つまり、外交や安全保障政策について、安倍政権の不確実性を指摘して、トランプ大統領との日米同盟でこの国の安全保障を真に託せるのかと問うべきだ。そこを突けるのは石破氏しかいない。報道では、森友・加計学園問題をめぐる安倍総理の政権運営を念頭に、石破氏が「正直、公正」な政治姿勢を対立軸に据えるとしているが、野党の使い古しで争点とすれば弱い。むしろ「いつまでトランプに頼っているのか」と安倍氏の外交・安全保障を対立軸として明確にすれば、党内でも議論が起き、総裁選も面白くなるのではないか。私は一票を持っていないが。

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