自在コラム

⇒ 日常で観察したことや環境問題、金沢大学での見聞、マスメディアとインターネットについての考察を紹介する宇野文夫のコラム

★ブログ300回、印象に残る1枚

2006年07月31日 | ⇒トピック往来

 ブログ「自在コラム」は2005年4月にスタートして、今回で数えること300回となった。ブログを思わなかった日はない。「これをネタに書こうか」と思いながらも書かなかった日もあれば、書く予定ではなかったものの弾みで書いたこともある。ブログはすっかり私の生活習慣に根を下ろしている。ブログ率はおおよそ60%、5日に3日は書いている計算になる。

  写真も随分と撮った。画像ファイルがハードディスクの容量を占めるようになってきたので、外付けのハードディスクを急きょ購入した。この300回を振り返って、一番多くシャッターを切ったのがことし1月に訪れたイタリアだった。ローマで撮った中世街並みや文化財クラスの絵画や像の数々、遺跡、ミラノでのファッショナブルな街並みや人々など。こうしてみるとイタリアは絵になる国なのである。そこでその中から心に残る1枚の写真を掲載する。

  国立フィレンツェ修復研究所を訪れたときの画像だ。もともとこの研究所は16世紀に「美術のパトロン」といわれたメデイチ家が珍しい鉱石(貴石)の収集と細工を目的に設立した。いま世界でトップクラスの修復のプロたちが集う。研究所内を許可を得て撮らせもらった。ベッドに横たわる聖像があった。修復士たちが何やら聖像の声に耳を傾けているようにも見えた。聖像は右手を上げ、「病んでいる私を助けてほしい」と訴えかけているよう。まさに病院の医者と患者の光景であった。美術王国イタリアのひとコマである。

⇒31日(月)夜・金沢の天気   はれ    

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☆メディアのツボ-03-

2006年07月30日 | ⇒メディア時評

 このところテレビメディアの事件が多い。それも傾向がある。NHKならば番組関係者による出張費などの横領、フジテレビは一時期「やらせ」が続いた。そしてTBSは政治家がらみの表現の問題である。それにしても今月21日(金)のTBSの報道番組「イブニング5」で問題となったシーンはよく理解できない。

   映像表現と政治家

 実際に「イブニング5」の問題シーン(当日午後6時13分ごろ)を見ると、池田裕行キャスターが「旧日本軍の731部隊の石井隊長の日記の中に、終戦直後、上陸するアメリカ軍を細菌兵器で攻撃しようと計画していた記述があったことが分かった」と前ふりをしてVTRがスタートする。カメラマンがドーリー撮影をしながら、小道具置き場から数㍍離れて電話取材をする記者がいるブースまでの数秒間を移動する途中で、床にある安倍晋三官房長官の写真パネルが映っている。1秒間も映ってはいないが、安倍氏とはっきり認識できる。

  何点か疑問がわく。第一、なぜ雑然とした道具置き場でドーリーショットで撮影しなければならなかったのか、という点だ。電話をする記者を強調したいのならばムーズインでもよかったのではないか。しかもこれはVTRの冒頭のシーンである。このドーリーのシーンには「終戦直後もゲリラ活動」という女性のナレーションが入る。ひょっとしてこのコメントをイメージさせるためあえて雑然とした雰囲気が必要だったのか…。

 それにいくら使用済みの写真パネルとはいえ、あれほど雑然と、うっかりすると踏みつけてしまいそうな場所に置くものなのだろうか。次期首相を狙う政治家の写真である。普通に考えれば、再度あるいは緊急にスタジオで利用すことも想定して、パネルに傷がつかないように保管しておくのが常識だろう。キー局だったら大道具小道具を整理し保管する担当者がいるはずだ。

  新聞報道によると、TBSの広報は「決して意図的なものではありませんでした」とコメントしている。が、TBSは03年11月の「サンデーモーニング」で、石原慎太郎東京都知事の「日韓併合の歴史を100%正当化するつもりはない」という発言を「100%正当化するつもりだ」と字幕を付けて放送。知事から告訴と損害賠償訴訟を起こされた。そして、ことし6月の「ニュース23」で、小泉総理の靖国神社参拝について「行くべきでないと強く感じているわけではない」と語ったヘンリー・ハイド米下院国際関係委員長(共和党)のコメントを、「行くべきではないと強く思っている」との日本語字幕を付けて放送。今月5日になって、番組中で釈明した。意図的ではなかったにしろ、何度か続いた後だけに「またか」と思ってしまうのだ。

  関連法として、「放送法」の第三条の二には、テレビが番組の編集に当たって守るべき点が強調されている。一・公安及び善良な風俗を害しないこと。二・政治的に公平であること。三・報道は事実をまげないですること。四・意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。今回は、三のポイントが焦点だろう。事実を曲げる意図があったかどうか。テレビ局側のお詫びのコメントだけで安倍氏が納得できるかどうか。

 ⇒30日(日)夜・金沢の天気  はれ

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★メディアのツボ-02-

2006年07月28日 | ⇒メディア時評

  地上デジタル放送対応の受信機、つまりテレビはかつて「1インチ1万円」といわれた。ところがいまは37インチのフルハイビジョン液晶テレビが19万円という価格革命が起きている。この激安戦法で薄型テレビ市場に殴りこみをかけているのはベンチャー企業の「バイ・デザイン」(東京)だ。この会社は工場を持たないメーカーで、部品メーカーからパネルなどを買い、主に中国のアモイの工場で組み立てを行う。しかし、この会社がせっせと低価格テレビを製造したとしても、おそらく「2011年7月24日」問題は解決しない。

    「2011年7月24日」問題~下~

   日本の世帯数は4600万以上といわれる。世帯数の4分の3近くを占める「2人以上世帯」のテレビ所有台数は1台と2台がほぼ3割ずつで、3台以上がほぼ4割を占める。以上を計算すると、家庭分だけで少なくとも8000万台から1億台以上のテレビが存在することになる。家庭以外の事業所、公共施設などの分も数えれば1億数千万台になるだろう。前回記したようにことし6月末時点での地デジ対応受信機の普及台数は1190万台だ。あと1億台ぐらいのテレビを5年間で普及させなければならない。経済的に余裕ある家庭は買い替えに積極的かもしれない。

   が、独居老人宅などではどうだろう。総務省の「2005年国勢調査抽出速報集計結果の概要」によると、65歳以上の「一人暮らし高齢者」は405万人となっている。この数字は急速に増加していて、2000年の統計と比べると102万人(34%)増となっている。さらに5年後となると500万人を超えても不思議ではない。中には余命いくばくもない独り暮らしのお年寄りの世帯もあるだろう。37インチのフルハイビジョン液晶テレビが19万円という価格革命が起きたとしても、こうした独居老人や生活保護を受けているの傷病や母子世帯に「まもなくアナログが停波するので19万円出してテレビを買い換えてください」と催促できるだろうか。この現状を無視してアナログ波を止めれば、「情報難民」が続出する。あるいは「弱者切り捨て」との批判が渦巻くだろう。これが「2011年7月24日」問題だ。

    改正電波法以前は、「地デジ対応受信機の普及率が85%に達し、放送局のエリア内のカバー率が100%に達するまでは、現行のアナログ波を終了しない」となっていた。しかし、国費を使ってアナログ周波数変更対策(アナ・アナ変換=デジタル放送用チャンネル確保のためのアナログチャンネル変更)を実施したことによって、期限を切らざるを得なくなった。それはデジタルとアナログの同時並行放送(サイマル放送)を続けるテレビ局の経営負担を軽くすることにもなる。今回の地上デジタル放送化は行政が主導する「大いなる産業実験」とも言われる。5年後、この「2011年7月24日」問題が間違いなく浮上する。  

  テレビの買い替えではなく、デジタルのチューナーを取り付けるなどの方策はあり、これはテレビ業界か行政がそれこそ戸別訪問して取り付けなければ解決しない問題かもしれない。  

 ⇒28日(金)夜・金沢の天気  あめ

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☆メディアのツボ-01-

2006年07月24日 | ⇒メディア時評

  マスコミあるいはマスメディア、メディアとも言う。マスコミ業界では「媒体」とも呼ぶ。新聞やテレビのことである。では一体、メディアとは何かと問われるとなかなか端的に表現するのは難しい。そこで、メディアのさまざまなテーマを切り取りながらそのポイントを押さえるという手法で、メディアの全体像がぼんやりとながらでも浮かび上がらせたいと思う。このシリーズを「メディアのツボ」と名付ける。

    「2011年7月24日」問題~上~

 きょう7月24日、東京・霞ヶ関の総務省では総務大臣の竹中平蔵氏をテレビキー局(NHKを含む)の6人の女子アナたちが囲んで「地上デジタル移行まであと5年! カウントダウンセレモニー」を行われた。2011年7月24日に地上アナログ放送が終了するちょうど5年前ということで、銀座数寄屋交差点付近の「モザイク銀座阪急ビル」の広告スペースに「カウントダウンボード」が設置され、そのボードのスタートのボタンを押すというのがセレモニーの内容だった。竹中大臣らのスイッチオンで、カウントダウンボードには「あと1826日」と現れた。この様子は今夜、各テレビ局がニュースで報じていた。  

 セレモニーの席上、竹中大臣は「つい先日、ようやく我が家にデジタル対応のテレビセットを買うことができました。私が買うぐらいだから、相当普及しているということでしょう」と語っていた。社団法人地上デジタル放送推進協会(D-pa)も「今年度にアナログ終了の認知率50%以上、地上デジタル対応受信機の普及2000万台以上を達成する」と目標を掲げていた。では、実際の認知率や普及率はどうか。総務省の3月の調査で、アナログ放送の終了時期を正しく知っている人は32.1%である。さらに、6月末時点での地デジ対応受信機の普及台数は1190万台だ。目標と現実の差はかなりある。キー局の人気の女子アナを並ばせての派手な演出も理解できるような気がする。

  そもそも、なぜ2011年7月24日なのだろうか。総務省北陸総合通信局のホームページによると、平成13年(2001年)の電波法改正で、アナログ周波数変更対策(アナ・アナ変換=デジタル放送用チャンネル確保のためのアナログチャンネル変更)に電波利用料(国費)を当てるための要件の一つとして、アナログテレビ放送による周波数の使用は10年以内に停止することと規定された。

  もう少し詳しく説明が必要だ。アナ・アナ変換は、テレビ電波が過密状態にあるため、アナログからデジタルへの周波数変更の前に必要となる、アナログからアナログへの周波数変換をいう。具体的には、デジタル地上波はUHF13~32チャンネルを使うため、その周波数帯を使っている中継局を、別のアナログ周波数帯に移す。地域によっては家庭のテレビ1台1台のチャンネルを設定し直したり、アンテナを交換した。これには国費850億円が投じられた。つまり、国費を出して周波数を変更する以上は、古いシステムから新たなシステムへの移行が速やかに行われなければならず、古いシステムがダラダラと居座るようなことは困る、というわけだ。そこで、アナログ地上波は切りよく今後10年という期限が設けられた。改正電波法によるアナ・アナ変換計画の公示の日(平成13年7月25日)から起算して10年目の日、つまり平成23年(2011年)7月24日がアナログテレビ放送で使用する周波数の使用期限となったのである。

  ところで、この電波利用料はテレビ局も払っているが、そのほとんどは携帯電話会社が払っている。もともと目的税で使途が決まっていたため、改正電波法で「特定周波数変更対策業務」を新たに追加したのである。2011年7月25日以降、それまでテレビ局が使っていたVHF帯は携帯電話用に開放される見通しで、すでに「取引」は成立しているというわけだ。

  余談だが、改正電波法以前は、「地デジ対応受信機の普及率が85%に達し、放送局のエリア内のカバー率が100%に達するまでは、現行のアナログ波を終了しない」となっていた。この方針に不満を持っていたのはテレビ局側だった。つまり、受信機の普及が進まなければ、デジタルとアナログの同時並行放送(サイマル放送)を果てしなく続けることになり、経営を圧迫する。改正電波法で10年のタイムリミットが設けられ、テレビ局側も胸をなで下ろしたのだ。

  しかし、テレビ業界は安心したかもしれないが、一般の視聴者にそのツケが回ることになる。それは次回で。

 ⇒24日(月)夜・金沢の天気 くもり

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★人質の論理

2006年07月20日 | ⇒トピック往来

   一連のニュースを読み込んでいくと、これまで気づかなかったことが見えてくることがある。今回はとっさにそのタイトルが浮かんだ。「人質の論理」である。

  20日付の新聞各紙によると、北朝鮮が来月に予定された南北離散家族再会行事を取り消し、金剛山面会所の建設を中断すると韓国側に通報してきたという。この韓国と北朝鮮の離散家族の再会は南北の赤十字が窓口になって開催されているが、8月9日-11日、21-23日に予定されていたのを北朝鮮側が一方的に中止すると通告してきたというもの。

  北朝鮮側の中止理由は「南側がコメや肥料など人道的な事業を一方的に拒否した」である。この中止通告には伏線ががある。今月13日に韓国・釜山で開かれた南北北閣僚級会談で、北朝鮮代表団が「韓国の一般国民は金正日総書記の先軍政治の恩恵にあずかっている」と発言し、その代価としてコメ50万㌧の援助を要求した。しかし、この要求に対し、ミサイル発射問題から韓国側がコメの援助を凍結すると回答したのである。今回の南北離散家族再会行事の中止の直接の原因はおそらくこの韓国側の措置に対する主意返しである。

  もちろん、ミサイル発射問題で国連安保理が対北朝鮮決議を採択(15日)、国際的に四面楚歌になっている北朝鮮が「立場をはっきりせよ」と韓国政府に揺さぶりをかけているという見方があっても不思議ではない。20日付の中央日報インターネット版によると、盧武鉉大統領は19日の青瓦台での安保関係閣議で、北朝鮮がミサイルを打ち上げたことについて「状況の実体をこえて過度に対応し不必要な緊張と対決の局面を作っている一部(日本など)の動きは、問題解決にプラスにならない」と述べたといわれる。北側に配慮したコメントである。

  話を元に戻す。離散家族とは言うものの、先日話題になった金英男さんら韓国人拉致被害者も含まれる。拉致をしておきながら、韓国に帰さずに止めておき、韓国から家族を呼び寄せる。これは一体どういうことか。日本でも欧米でも、家族を誘拐されたらあらゆる手段を使って、奪還することを考える。だから、こうした「犯人」の意に沿った「離散家族の再会」などという手法には乗らない。日本人拉致被害者の横田めぐみさんの両親が北朝鮮には行かないのも、これは人質奪還闘争だからだ。

  ところが、今回の離散家族の再会問題にしても、北朝鮮の立場は人質を取った側の論理で、相手の弱みにつけ込んで身代金を要求するのは当たり前と考えている。一方、韓国側も人質を取られた側の弱みで、身代金を払う(コメや肥料の支援事業など)のは当たり前との考え方のようだ。これはまさに犯人側の人質の論理である。

  これに対し、日本は人質奪還の論理だ。日本と韓国の政府の立場は人質奪還闘争を展開するか、しないかの腹のくくり方の違いのように思える。かつて、日本も犯人側の人質の論理にすっぽりはまっていた時期が長らく続いた。「こちらが帰せと騒げば、(北で人質となっている)家族が殺される。それだったら穏便に日本政府としてコメでも援助して、肉親と会えるチャンスをつくってあげよう。それが人道というものだ」との考えだ。その論理で、寺越武志さんと家族の再会が演出された。おそらく森喜朗前総理まではこの発想だったろう。

 ⇒20日(木)夜・金沢の天気   あめ

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☆そのニュースでほくそ笑む者

2006年07月18日 | ⇒トピック往来

 ニュースの陰でほくそ笑む者がいる。パロマ(本社・名古屋市)が販売した瞬間湯沸かし器で一酸化炭素(CO)中毒事故が相次いだ問題で、経済産業省から指摘された17件以外に10件の事故が起こり5人の死亡者が出ていたと、同社は18日になって発表した。判明した事故は合計27件、死者数は20人に上る。

  記者会見したパロマの社長は「経営者としての認識の甘さや社会的責任に関して、本当に申し訳なく思う」と謝罪し、事故が起こる恐れのある7機種について無償で交換すると述べた。この一連のニュースを見ながら高笑いしている電力会社の経営陣の姿が目に浮かぶ。「ガスの連中もこれでお仕舞いだな」と。

  ガスと電力の攻防はすさまじい。都市ガスを供給している金沢市企業局のチラシを見ても、その一端が伺える。それは新築を希望している人に向けたチラシ。要約すると「(企業局が所管している)水道引き込み管工事は42万円、しかし都市ガス引き込み工事とのワンセットなら19万円となりお得です」という触れ込み。ガスを引いてくれれば双方の工事を水道工事費の半分以下に落とす、と。ある種の捨て身の作戦である。

  これに対し、電力会社は住宅メーカーを巻き込んで「オール電化で安全、クリーン」とキャンペーンを張っている。家庭の光熱費をめぐってガスと電力それぞれの関連会社が争奪戦を繰り広げている。今のところ勢いに乗っているのは電力側だ。今回のパロマ事件は会社単体の話ではない。「ガスはやっぱり危ない」との印象が国民に広がり、家庭のガス離れが加速する。ガス業界全体の敗色は濃厚だ。

  では、電力は安泰か。これまで電力会社が独占してきた電気の販売事業が2005年から本格的に自由化された。参入を始めている商社系企業と大口需要のシェア争いに勝つことが電力会社の本命、さらに小口の家庭も「オール電化」によって基盤固めをするのが電力側の戦略だろう。

  しかし、電気は米や水のように産地や生産者によって風味が異なるというものではない。差別化できない分、価格勝負、つまり値下げするしかないのである。安閑としていると隣のエリアの電力会社が攻めてくる。この市場原理を考えれば、どの電力会社もコストを削減し生産効率を上げ、どこよりも低価格を売りにするしかないのである。つまりエンドレスの戦いなのだ。

 ⇒18日(火)夜・金沢の天気  あめ  

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★京に見る町家の美学

2006年07月17日 | ⇒トレンド探査

 京都を仕事で訪れた16日は祇園祭の宵山の日だった。先方と待ち合わせた円山公園は、浴衣がけの女性らも繰り出して大勢の人でにぎわっていた。園内にある野外音楽堂では、高石ともや、上条恒彦、永六輔らが出演する「宵々山コンサート」と銘打ったコンサートが午後4時から本番とあって、リハーサルにもかかわらず、上条恒彦のボリューム感のある声が園内に響き渡っていた。人のにぎわいと音で騒然としていた、と表現した方が分かりやすいかもしれない。

  その音楽堂近くの路地の一角の民家にふと目をやると、一瞬、雑踏が遮断されたかのような静寂の世界に入る思いがした。すべての感覚がその光景に集中してしまったのである。民家の玄関入り口は一坪もないほどの庭である。その庭にはジグザグに敷石と波型の瓦の縁を幾何学模様に配してあった。瓦と瓦の間隙には緑色のコケがはえて、これが何ともいえない色彩美を醸し出しているのである。この種の瓦を配した作庭は以前、金沢でも見たことがある。が、京都のそれは時間に馴染んで趣(おもむき)があった。

  心を動かされたのは庭だけではない。屋根もである。かやぶき。京都の市内中心部で初めて見た。かやぶきとこの玄関の庭の絶妙なバランスが周囲にこの民家の風格をにじませているようにも感じる。

 しばし眺めているだけで、この家に住む人びとの美的センスというものを感じさせ、ひょっとしてこの家に京都の美的エッセンスというものが凝縮されているのはないか、と思ったりした。素材にしても、フォルムにしても西洋的なにおいを一切感じさせない、純粋な和の質感。隙のない建築美。それでいて、この屋根の形状からも伺える伸びやかで柔軟なフォルム。この家には和の輝きがある。それはまた、グローバルに通じる美の世界ではないだろうか。

⇒17日(月)朝・大阪の天気  くもり  

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☆国論分裂

2006年07月15日 | ⇒メディア時評

 北朝鮮によるミサイル連続発射(7月5日)の波紋がついにここまできたか、という思いで毎日記事をチェックしている。その状況は、国論分裂と言ってよい。ただし、お隣、韓国のことである。

  韓国の朝鮮日報や中央日報のインターネット版(日本語)には連日、ミサイル関連の記事が大きく扱われている。国論分裂とはマスメディアと、政府ならびに与党であるヨルリン・ウリ党との鋭い意見対立である。まずは、ホットなニュースから。国会統一外交通商委員会・金元雄委員長(ウリ党)は14日、北朝鮮に対し強硬姿勢を示している日本について「日本が核問題とは全く関係のない日本人ら致被害者問題を取りあげ続け、6カ国協議を成功裏に展開させるうえで障害物となっている」とし「(6カ国協議の)当事国としての資格を再検討すべき。日本が抜けるほうがさらに柔らかいだろう」と述べた(中央日報)。さらに、ウリ党議員43人が13日、「日本主導による国連の対北制裁決議案は明白な侵略主義」という声明を発表し、「日本が露骨に軍事大国化を試みている。膨張戦略を中断せよ」と主張した(朝鮮日報)。

 ウリ党議員らは、日本は6カ国協議から外れた方がいい、あるいは、対北制裁決議案は侵略主義と露骨に日本批判を展開しているのだ。ちなみに前述の金元雄議員は拉致被害者の横田めぐみさんの両親に「韓国には、日帝によって強制的に連行された数十万の『めぐみ』がいることを忘れるな」との手紙を送った人物である。

  こうした政府・与党の動きに敏感に反応しているのがマスコミだ。朝鮮日報の14日付のコラムは「・・・(北朝鮮のミサイル発射で)日本政府には北朝鮮への先制攻撃論が巻き起こり、これに対して大統領府は潜伏していた敵をようやく見つけ出したとでも言うかのごとく、戦争も辞さないような姿勢で日本を非難している。すでに北朝鮮のミサイル問題は、韓国と日本の紛争に発展したような様相を呈している。韓国が北朝鮮に代わって日本と争っているようなものだ」と政府の批判の矛先が違うと痛切に批判している。

 この政府・与党とマスコミの意見対立をさらに煽ったのが、釜山で開かれた南北北閣僚級会談。北朝鮮代表団が「韓国の一般国民は金正日総書記の先軍政治の恩恵にあずかっている」として、コメ50万㌧の援助を要求した(13日)。北朝鮮の軍隊が韓国を守っているのだからコメを寄こせと主張したのである。これで韓国世論がハチの巣をつついたような大騒ぎになった。

  韓国以外には向ける国もない射程距離300㌔のスカッド・ミサイルが何の目的で発射されたのかという点を検証せずに、盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領は6日間沈黙していた。そして、日本の「先制攻撃論」が出てきたタイミングで一気に日本叩きに出たことが裏目に出て、かえってマスコミの批判を浴びることになった。盧大統領は相当の策士なのだろう。が、今回は策を弄しすぎた。

 ⇒14日(金)夜・金沢の天気  はれ

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★ステマネの師匠逝く

2006年07月12日 | ⇒トピック往来

  こんな偶然というものが実際にあるのだ、と思った。11日付の朝日新聞の「惜別」のページに6月13日に亡くなった指揮者、岩城宏之さん(享年73歳)を追悼する署名記事が載っていた。「…音楽界を常に驚かせ、皆に愛され続けた希代の『ガキ大将』らしく、命がけで、自らの音楽人生にけじめをつけようとしているかのように見えた。」と。この記事を書いた吉田純子記者は、2004年12月31日にベートーベンの全交響曲を独りで振り切るという岩城さんの壮大なプランが持ち上がったとき、何度か朝日新聞東京本社に出向いて、番組化について相談させていただいた人だ。

   ところで、「こんな偶然」というのは、同じ11日付の北陸中日新聞に、「延命千之助氏 死去」の死亡記事が掲載されていたことだ。2人を知る人ならば、「延命さんは岩城さんを追いかけたのかも知れない」と言うに違いない。延命さんは石川県旧鹿島町(現・中能登町)の出身で、慶応大学文学部西洋美術美学科を卒業、音楽雑誌の編集部を経て、NHK交響楽団の演奏担当マネジャーを務めた。長男だったので父親の後を継ぐため54歳で故郷に戻った。

 岩城さんは延命さんのことを、「世界一の感じのステージマネージャー」と著書「オーケストラの職人たち」(文春文庫)で絶賛している。そして何よりも、オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の設立に奔走し、岩城さんをOEKの音楽監督に招いたのは延命さんだった。私は延命氏と直接の面識はなかったが、岩城さんから「延命さんが(石川県に)いたから金沢にきたんだ」と何度か聞かされたことがある。上記の延命さんのプロフィルも岩城さんから聞いていた。

  80歳。死亡記事によると、いまでもOEKのアドバイザーとして、時折り若手の団員を指導していて、「ステージマネージャーの師匠のような存在だった」。この業界ではステージマネージャーをステマネと呼んだりする。たいぐい希なるマエストロとステマネは同時に逝った。

 ⇒12日(水)午前・金沢の天気  あめ

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☆イタリア優勝と視聴率

2006年07月11日 | ⇒メディア時評

 サッカーのワールドカップ(W杯)ドイツ大会を制したイタリア代表の選手団が日本時間11日未明に帰国し、ローマで優勝パレードが行われた。24年ぶりのW杯勝者となった英雄たちをたたえようとおよそ100万人が沿道や屋外の競技場に集まった、と新聞各紙が報じている。政府主催の祝賀パーティーで、プロディ首相は「努力と汗で目的が達成されることを若者たちに教えてくれてありがとう」と選手たちに感謝を表した。

  イタリアは今回で4度目の優勝である。まさにサッカー王国なのだ。そう言えば、ことし1月にローマ、フィレンツェ、ミラノを訪れた際も、街角にサッカーのCMのポスターが目立った。ごらんの写真は、ミケランジェロの「アダムの創造」をモチーフにしたポスターである。こんなポスターがあちこちに貼られていて、サッカ-が街の中に溶け込んでいるという印象だった。

 日本の話である。10日早朝にフジテレビ系で生中継された決勝戦「イタリア対フランス」の視聴率は延長戦開始前までは平均11.6%、延長戦以降の平均視聴率(関東地区)が16.6%だった(ビデオリサーチ社調べ)。この数字をどう評価するか。NHKが6月23日早朝に生中継した日本ブラジル戦は22.8%(関東地区)だった。実は、この数字は意味深い。この数字を04年8月13日未明から早朝に行われたアテネ五輪開会式の中継と比べると、その視聴率は12.7%(NHK、関東地区)だったので、少なくとも平均してオリンピック並みに視聴率が取れたわけだ。しかも日本チームが出場していない試合である。

 松井秀喜選手やイチロー選手がアメリカ大リーグに移籍してから、アメリカの野球をテレビで観戦する大リーグファンが増えた。同様に、サッカーの醍醐味を楽しむという習慣が日本人に定着してきた、ということなのだろう。未明から早朝の10数%というのは、相当の覚悟と意欲がないと視聴できない時間帯だけに、ゴールデンタイム(19時-22時)の数字より価値がある。その数字は、単なる視聴率というより、意識調査のようなものだ。「あなたは寝不足を覚悟でサッカーW杯をテレビ観戦しますか」…YES16.6%。

⇒11日(火)午後・金沢の天気  あめ

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