自在コラム

⇒ 日常で観察したことや環境問題、金沢大学での見聞、マスメディアとインターネットについての考察を紹介する宇野文夫のコラム

☆続々・サンマの煙

2007年09月28日 | ⇒トピック往来

 きのう(28日)も金沢市内の寿司屋でサンマの塩焼きを食べた。ここに顔見知りの学生がアルバイト=写真=をしているというので、ちょいとのれんをくぐった。サンマの塩焼きは大ぶりで500円。これがうまかった。つい熱燗が進み、2合とっくりで3本も飲んだ。学生に酔った醜態をさらしたくないと自制心が働いて、そこそこの時間で店を出て帰宅した。

  大学の研究員から「自在コラム」の「続・サンマの煙」に対してコメントが入っていた。その内容を紹介すると、サンマが豊漁というのは少々理由があって、「北海道の漁場が陸から近く、例年の半分ほどの時間で漁場に到着できるそうです。そのため、漁をする時間が長くとれ、たくさんとれるということらしいです」というのだ。生物学的に豊漁というのではなく、ことしはたまたま漁場が北海道の近くにあり、どんどん獲っているだけということらしい。そして、研究員は「決して魚が増えているわけではないので、漁獲量の制限を設けた方がよいのではと思いました」と。なるほど、ある意味で由々しき問題なのだ。

  話題を変える。漫画雑誌「ビックコミック」で「築地魚河岸3代目」という連載がある。8月から9月にかけて2週連続で能登の魚をテーマにしていた。能登の魚を定期的に仕入れするよう、市場の役員から依頼された3代目はグルメ雑誌の編集長を伴って、能登を訪れる。しかし、訪ねた輪島市門前町の「星田」という頑固者の豆腐屋が「それは出来ない」と漁業関係者への取り次ぎを断る。なぜか。本来、食材は東京に集めて食するのではなく、獲れた土地で食べるもの。そのことを3代目は理解し、納得する。それを星田は「本来の地産地消」と説く。

  3代目は命題であった仕入れを半ばあきらめるのだが、ビジネスはビジネスであり、最終的には星田の計らいで仕入れ先を確保する。つまり、仲買業者には本来の地産地消の意味を知ってほしいという意味を込めたストーリー展開なのだ。

 星田は名前が異なるが実在の人物。姓を一字だけ違わせている。先の地震では、地域の区長として随分とお骨折をされた。確かに頑固者という印象だが、心根はやさしい。その証拠に、幼い子供との遊びがとても上手である。

⇒28日(金)朝・金沢の天気  はれ

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★デープな能登=5=

2007年09月23日 | ⇒トピック往来

 能登半島の風光明媚は、リアス式海岸と呼ばれる、谷が沈降してできた入り江が見所となっている。ところによっては、別名で溺れ谷(おぼれだに、 drowned valley)ともいうそうだ。

  リアス式海岸の伝説

  海と谷が複雑に入り組んだリアス式海岸は歴史的な伝説も生んだ。たとえば「義経の舟隠し」という名所が能登半島には3ヵ所もある。鎌倉幕府からの追手を逃れて奥州(東北)に落ちのびる際、天候が荒れ、能登の入り江の奥深くに48隻の舟を隠したとされる。写真・上は、松本清張の推理小説「ゼロの焦点」(1961年映画化)の舞台となった「ヤセの断崖」の近くにある「義経の舟隠し」である。

  そうしたリアス式海岸を悪用したのが、北朝鮮による拉致事件だった。1977年9月19日、東京都三鷹市役所で警備員をしていた久米裕さん(当時52歳)は、能登の宇出津海岸から北朝鮮に拉致されてた。久米さんを能登に連れていった在日朝鮮人が、入り江にいた北朝鮮の工作員に引き渡したとされる。複雑に入り組んだリアス式海岸は工作員の絶好の隠れ場所となっていたのだ。

  写真・下は、珠洲市内のバスに貼ってあった「拉致・日本は見すてない」のポスター。

⇒23日(日)夜・金沢の天気    はれ

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☆続・サンマの煙

2007年09月15日 | ⇒キャンパス見聞
 先に9月13日付で、金沢大学キャンパスにある創立五十周年記念館「角間の里」でサンマを焼いた話をした。この角間の里は、築300年の養蚕農家の古民家を白山ろくの旧・白峰村から移築再生したものだ。黒光りする柱と梁(はり)に歴史の風格というものを感じる。この建物を「角間の里山自然学校」という研究事業で使っていて、私はそのプロジェクトメンバーの一人だ。

 サンマの話の続きである。サンマを七輪コンロで焼いていると、この自然学校で藍(あい)染を研究しているのグループ(市民)がやってきた。日本の伝統的な染色「あい染め」を藍の種まきから栽培、葉の収穫、染めまでを研究する女性たちのグループだ。どうすれば藍をうまく栽培できるか,染めるときのコツなど試行錯誤を繰り返し、もう5年目になる。

 グループの活動開始は午後1時。サンマを焼くのに熱中していて、その時間を忘れていた。グループは寸胴の鍋で湯を沸かし、染めを始めている。その側で、サンマを焼いていたのである。ウチワを扇いでいた私にグループの一人が近いづいてきた。「あのう、いい匂いですが、染物ににおいが・・・」と遠慮しながら言う。

 うかつだった。焼くのに集中していて、周囲に匂いが立ち込めていることをすっかり忘れていた。確かに、サンマの匂いは布に付きやすい。新しく染めたものにサンマのにおいがついては台なしだ。そこで、「ごめんなさいね」と詫びて、七輪を30㍍ほど離れたサトイモ畑に移動し、焼きを続行したというわけだ。あのこうばしいサンマの匂いも場所によっては、迷惑になるというのがこの話のオチだ。

 ところで、女性たちが創作した染物は角間の里の長い廊下を使って干された=写真=。秋の日和に照らされ、廊下がまぶしい。念のためにサンマのにおいが付いていなか、こっそりと染物に鼻を近づけてみた。あの魚の生臭さはなく安心した。

⇒15日(土)夜・珠洲の天気  くもり


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★サンマの煙

2007年09月13日 | ⇒キャンパス見聞
 「お昼にサンマを焼きましょう」。金沢大学「角間の里山自然学校」の同僚の研究員が言い出した。ことしはサンマが豊漁で安いらしい。スーパーでは1匹100円だとか。さっそく、外で七輪コンロを据え、焼き始めた。

 円筒形の七輪なので、そのままだとはみ出てしまう。サンマを胴で2つに切り、頭の部分と尾の部分に分けて焼く。ウチワであおぐと、サンマの脂が炭火に落ちて、煙が立ち上ってきた。あたりに焼き魚のこうばしい匂いが立ち込める。

 気の利いたスタッフは大根をおろし始めている。脂が相当にあるので、ポン酢で食することにする。こうばしい匂いをかぎつけたのか、空にはトンビが円を描いている。ネコはいないかと横目であたりを見渡しながら、さっそくいただく。「脂がのっているね」とサンマ焼きを実行してくれた研究員にお礼を言いながら、身と骨をほぐしていく。

 この身をほぐす作業はナイフとフォークではできない。和食ブームで、欧米人も箸を持つようになったとはいえ、この焼き魚料理を食べるまでには手先がついてこないのではないか、などと考えてもみる。

 幼いころ、「魚をきれいに食べる」とほめられたこときっかけで、いまでも丁寧に身をほぐしている。「ネコまたぎ」と言われたこともある。ネコもまたいで通り過ぎるくらいに身を残さず食べる、との意味だ。ほめ言葉ではないが、そう言われても悪い気はしない。この魚の身をほぐす技術は年齢とともに磨かれ、今では、ゆでカニだとズワイガニで1匹5分間で「始末」する。話は随分とサンマからそれたが、カニだとそのくらい集中できるから不思議だ。サンマはカニに次いで2番目、ホッケは3番目ぐらいだろうか、集中できるのは。

 しかし、私などはまだ「甘い」。すでに他界したが、父親はご飯茶碗にその骨を入れ、熱湯を注ぎ、醤油を少したらして、すすっていた。「これが一番うまい」と。いま考えてみると、確かに晩酌をしながら、酒の肴にサンマをつつき、食べ終えて口直しに骨湯をすするというのは理にかなっているかもしれない。そんなことが薄々理解できるということは、父親に近づいたということか・・・。

⇒13日(木)夜・大阪の天気   はれ
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☆「北海道異聞」その後

2007年09月07日 | ⇒トピック往来

 8月28日夜に「いしかわシティカレッジ」という市民向けの公開講座があり、「メディアの時代を読み解く」のテーマで90分の講義を担当した。メディアに関心を持つ市民30人ほどが受講に訪れた。その話のつかみは北海道旅行中(8月中旬)に読んだ北海道新聞の記事などから拾った。以下は講義で紹介た北海道の「いま」の要約。

       テレビ塔から見えた「いま」

  「白い恋人」で知られた石屋製菓(札幌市)は社長が責任をとるかたちで辞任し、メインバンクの北洋銀行から新社長がくることになった。一連の事件は、チョコレートの賞味期限の延長問題や、製品の中からの大腸菌の検出など広がりを見せた。6月にミートホープ社(苫小牧市)による、牛肉偽装事件と続いており、北海道の食品における安全性と企業倫理の問題が問われた。そして、新千歳空港の土産品売り場では、石屋製菓の商品が撤去され、ガランとしていた。それほど大きなスペースを占めていた。

  しかし、観光バスのガイド嬢は「ミートホープ(苫小牧市)の牛肉ミンチの品質表示偽装事件のときは北海道の人もバカしていると怒ったものです。でも、石屋さんの場合は北海道の銘菓のシンボルのような存在ですので、社長さんも交代したことだし、頑張って立て直してほしいと願っているのです」と。続けて「みなさんもこれに懲りずに召し上がってください」と頭を下げた。社員でもない彼女をして、頭を下げさせる理由はおそらく、石屋製菓という存在の大きさである。地元のプロサッカーチーム「コンサドーレ札幌」の有力なスポンサーであり、退任した社長は札幌財界の若手のホープだった。「北海道の星」を落とすわけにはいかない。そんな道民の愛郷心をガイド嬢は代弁したのだろう。

  北海道のリーディングカンパニーと言えば、かつては北海道拓殖銀行だった。通称は拓銀(たくぎん)。拓銀が経営破綻したのは1997年11月だった。あれから10年、拓銀香港支店の社員が中心となり、香港で投資会社を興した。かつての仲間を呼び寄せるなど、いまではグループ社員合わせて200人の規模になった。そして、8月17日にシンガーポール証券取引所に株式を上場を果たした。上場式典でたたく銅鑼(どら)を囲んで並ぶ同社の幹部たちの写真は勇姿であり、「赤穂浪士」のイメージとダブって見えた。そして北海道出身の45歳の副社長は「いずれは拓銀破たんで後に疲弊した道内経済にも貢献できれば」とコメントしている。苦節10年ではある。

  「さっぽろテレビ塔」=写真=は札幌市の大通公園内にあり、まさにランドマークタワーである。完成が昭和32年(1957年)だから、50歳になった。高さは147㍍で、90㍍あたりに展望台がある。展望台に上って眺望すると、札幌の「いま」が見える。テレビ塔の間近に、住友不動産が開発している40階建てのマンション「シティタワー札幌大通」がある。ほぼ完成していて、総戸数182戸のうちすでに150戸ほどが「ご成約済」となっている(ホームページ・9月4日現在)。この数字は読み方によっては、札幌経済の一つの目安にならないか。

 そして、高さ90㍍から360度で見渡して、クレーンが上がっている建設中のビルをざっと数えると8カ所だった。道央経済圏340万人の中心で8カ所である。月例経済報告書なども参照にして、ひと言でいえば現状は「厳しい」のである。

 ⇒7日(金)夜・金沢の天気  くもり

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★欧米人はマツタケを食さない

2007年09月01日 | ⇒トピック往来

 きょうから9月、秋はキノコ採りのシーズンだ。新聞記事で拾った話題だが、中国産のマツタケは食に対する不信感から大幅に需要が落ち込み、北朝鮮産は経済制裁の影響で輸入禁止が続いている。そこで、北欧産マツタケが人気だとか。

  フィンランドやスウェーデンでは、もともと森林からマツタケが採れる国だが、食する習慣がなく放置されていた。日本のマツタケとほぼ同じDNAを持ち、価格も安く、人気が出ているそうだ。ここで不思議に思う。ヨーロッパでは、すしなど日本食ブームでそれに合う日本酒の売れ行きも好調と聞く。にもかかわずらず、マツタケを欧米人は食さない。それはなぜか。

  これは知り合いの料理人から聞いた話である。いわく、「欧米の人がマツタケを食さない理由は、マツタケの香りが靴の中のこもった臭気を連想させるからだそうですよ」と。確かに、そう言われればそのようなにおいかも知れない。欧米では靴の歴史が長いので、「マツタケの特徴は香りで楽しむもの」と日本人が説明しても嫌がられるだけだろう。ところが、日本は靴が入ってきた文明開化の明治以前からマツタケを珍重していたので、「キノコの王者」としてすり込まれている。でも、ひょっとして若い世代は「あんな靴の中の臭いがする高いマツタケなんて食べたくない」と言い出す日がくるかもしれない。

  もう一つ、料理人から聞いた話だ。北欧でもニシンの卵であるカズノコは獲れる。ところが食さない。乾燥させて、硬くなったものもヤスリの代わりに使うのだとか。そのカズノコヤスリで何をかけるのを聞くのを忘れたが・・・。

  ところが変われば、食習慣も異なるものだ。日本でもトリフは採れるが、それを熱心に探す人の姿を見たことがない。

⇒1日(土)夜・金沢の天気   くもり

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