アメリカの農業というと、大規模経営による「農業の工業化」や、除草剤や病害虫に抵抗性を持つ遺伝子組換え農作物(トウモロコシや大豆など)といったイメージが強い。そのアメリカで地産地消(Buy Local)運動が盛り上がっている。このシリーズ15回目でも述べたCSA(Community Supported Agriculture)と呼ばれる取り組みである。『食料危機とアメリカ農業の選択』(食糧の生産と消費者を結ぶ研究会編・家の光協会・2009)から引用するかたちで紹介する。
今アメリカで起きている地域と農業のうねり
まず、この本を手にした経緯から。今月4日と5日、金沢大学が能登半島で展開して「能登里山マイスター」養成プログラムなどを見学させてほしいと、愛媛大学社会連携推進機構から村田武特命教授ら3人が訪れた。村田氏は欧米の農業政策などが専門で、CSAやスローフードなど生産者と消費者を結ぶ動きにも詳しい。そこで、能登に足を運ばれたついでに、新年度の同プログラムの授業をお願いしたところ、快く引き受けていただいた。講義は「世界の農業と家族農業経営~アメリカの『コミュニティが支える農業』(CSA)運動~」と題して。その講義の参考文献としてリストアップして頂いたのが、村田氏が執筆に加わった上記の本である。ちなみに、講義は4月23日(金)午後6時20分から、能登空港ターミナルビルで。一般公開型の授業なので誰でも自由に聴講できる。
『食料危機とアメリカ農業の選択』の要点を抜き出してみる。金融資本主義など経済のグローバリゼーションの恩恵を受けたアメリカでも、富は一部の産業と階層に集中し、経済格差が拡大して、市民や農業者は「貧困化」しつつある。こうした格差に加え、アメリカの食料をめぐる問題は、貧困層ほど良質な生鮮食料品を入手できず、その食事が、カロリーは高いが栄養的にはバランスの悪い「ジャンクフード」と呼ばれる食品に偏っている。さらに日本でもヨーロッパでも忌避されているのがアメリカの遺伝子組み換え(GM)作物だ。アメリカでは、害虫抵抗性や除草剤耐性などの形質を2つ以上保有する「スタック(Stack)」と呼ばれる新たなGM作物が台頭し、作付面積が拡大している。2008年に農業法が「食料・保全・エネルギー法」と改正され、GMトウモロコシを使ったバイオエタノール増産が加速した。どのような害虫抵抗性がGMトウモロコシにあるのかというと、これまで茎の内部に入り込んでトウモロコシを食べてしまうアワノメイガを駆除するため農薬散布を行ってきた。が、アワノメイガは茎や実の中に入り込んでしまうため外からの殺虫剤散布は効果が少ないとされてきた。そこで、遺伝子組み換えが施されたアワノメイガ耐性のBtコーンでは、Btたんぱく質を食べたコブノメイガ幼虫が消化管にダメージを受けることによって駆除される。このことで、農薬散布の手間が省け、作業労力の軽減、燃料コスト削減などのメリットがあるとして、Btコーンが飛躍的に拡大したのである。
しかし、生産者はそれでよいかもしれない、あるいはエタノールの生産だったらそれでよいかもしれないが、そうしたGM作物が普及すればするほど、違和感を感じる人々が本場アメリカでも増えていて、有機農法で栽培された農作物を求める動きが高まっている。これが、今アメリカで起きているCSA運動のバックグラウンドとしてある。アメリカのCSAは日本語で「地域が支える農業」とも呼ばれ、1970年に公害問題を背景に広がった日本の有機農業運動の「産消提携」と似た仕組みを持っている。有機農家と消費者グループが契約を結び、農家は可能な限りの多種多様な農産物(主に野菜)を生産し、農産物の詰め合わせセットをつくり、毎週消費者グループへ配給する。
アメリカのCSAの特徴は次のようにまとめられる。第1に、農業経験のない新規の就農者によって農場が経営される場合が多い。異業種から若者がCSA農家に弟子入りしてノウハウを学び、独立するケースが多い。第2に、消費者や都市住民からの働きかけでCSA農場を開設するケース。消費者が農場を確保して、そこでSCA向けの野菜をつくってくれる農業体験者を探して来てもらう。第3に、農場の運営組織はNPO法人や協同組合が多く、農作従事者と農場経営者が分離されている。つまり、組織運営や投資は消費者側が行っているいる。第4は、第3とリンクするが、経営継承は親から子へではなく、CSA農場にふさわしいと認められた人である。第5は、農場の所有形態。都市に住む消費者が主導なので、都市近郊の農場のケースが多い。
著書では、ワシントン州シアトルにある「CSAルート・コネクション」という農場の例が挙げられている。経営面積は6.4ヘクタール。栽培のための労働者はフルタイム8人、パートタイム2人、ボランティアが15~20人。ボランティアはすべて女性で、毎日2人がローテーションを組み、1週間に5時間以上働くとレギュラーの詰め合わせセットの野菜がもらえる。農場では豆、ニンジン、トウモロコシ、レタスなど17種を作付けしている。農場を支える会員は560世帯。会費は2009年度で623ドル、前払いである。この前払い制度が生産者の安定した雇用と収入を保証している。会員はシアトル市内など3ヵ所に設けられた「ドロップ・オフ・サイト」と呼ばれる配布所に野菜セットを毎週取りに行く。また、会員が野菜を直接収穫することができる畑「ユーピック」もある。会員に配布した後に余った野菜は福祉団体に寄付される。また、長期間メンバーだった会員で世帯主が死亡した会員には無料で配布するという扶助的な活動も行われる。持続可能な運営を目指し、毎週ニュースレターを出すほか、料理のレシピを配布して料理教室を開催するなど会員拡大の活動も併せて行っている。
このようなCSA農場は2006年に全米で1308ヵ所だったが、2008年には2236ヵ所に急増、さらに増えているという。一つのムーブメントになっているのだ。また、オーガニック農産物を専門に扱うスーパーマーケットも出現しており、「ホールフーズ・マーケット」という店は地域の農産物にこだわって販売し、「ローカルを買う10の理由」というパンフレットを店で配布している。その「理由」とは、1)季節と連結して暮らす、2)農場から食卓までの距離を短くする、3)新鮮な生産物を得ることができる、4)生産物をもっと楽しむ、5)生産者の顔が見える、6)地域の仕事を支援する、7)地域のコミュニケーションを支援する、8)自立した農家を支援する、9)生活できる賃金を農家に払う、10)責任ある土地開発を支持する・・・である。
資本主義の総本山といわれるアメリカで、今起きている地域の新しいうねりを『食料危機とアメリカ農業の選択』を通じて紹介した。
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