自在コラム

⇒ 日常で観察したことや環境問題、金沢大学での見聞、マスメディアとインターネットについての考察を紹介する宇野文夫のコラム

☆日経新聞と農業

2009年07月20日 | ⇒メディア時評

  最近、日本経済新聞を読むと、一瞬、日本農業新聞と錯覚しそうなくらいに農業に関する記事が多い。7月18日付もそうだった。一面トップの見出しは、「企業の農業参入加速」だった。イオンなど小売や、外食・食品、それにJRなどの交通分野の企業までもが農業参入を目指している。ある大手の外食産業は現在480㌶のファームを今後600㌶に広げる計画だと報じていた。

   その日の日経新聞の別刷り面では、「夏休みに行きたい農園レストラン」のランキングが掲載されていた。1位の山形県鶴岡市の農家レストランは「農村の隠れ家」と紹介され、農業のサービス産業化を強調するような内容だった。農業参入にしても、農家レストランにしても何も珍しいことではないが、日経がこのように農業関連の記事を正面から取り上げること自体に何か新鮮さを感じる。

  農業関連の記事を日経新聞が取り上げるのにはいくつか背景があるようだ。一つは、食の安全を巡る問題が連日のように報じられ、企業が生産履歴のはっきりをしていないものを扱わないようになっている。むしろ、「自社ブランド」とPRする絶好に機会になっている。二つめに、食料自給が40%を割り、耕作放棄地が増える中、国民は国の農業政策にば漠然とした不安を持っている。21世紀に生きる企業として、農業への新規参入は消費者に「たくましい企業」のように思える。三つめに、国が農地法を改正し、企業が農地を賃借する際の規制を緩和したことだろう。今後、企業の農業分野への参入はトレンドになるだろう。

  そして、日経の記者にとってみれば、取材先の企業と同様に農業は新規分野であり、すべてのものが可能性に満ちている、そんな視線ではないか。メディアが新たな取材フィールドを得たという意義は大きい。というのも、日経の記事を丹念に読むと、その視点は、プロダクツ(商品・サービス)、プライス(価格・ロット)、プレイス(販路・流通)のビジネスモデルを今後、企業がいかにして農業分野で事業設計していくかという点である。

   取材を受けるが側の企業も新規分野だけに真剣である。昨年、金沢大学の「地域づくり講座」で、農業参入を果たした水産物加工会社の社長に、農業参入をテーマに講義をお願いしたことがある。すると、「事業的には黒字になっていないので・・・」と謝絶された。この企業は能登半島で25㌶規模の計画に着手している。綿密な計画で3年がかりでここまで持ってきた。社長の断りの言葉に、農業参入への「本気度」を感じたものだ。

   東京・丸の内の企業などが農村に本格的に目を向けるようになれば、日本の農業の風景は劇的に変わるに違いない。そんな視点で時折、日経新聞を読んでいる。

 ⇒20日(祝)夜・金沢の天気   くもり

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★七尾湾のゲストブック

2009年07月19日 | ⇒トピック往来
 地図を眺めると、能登半島が大きな口を開け、食べようとしているのが能登島である。そんな風に見える。能登島は周囲72km。口の部分を七尾湾と呼び、島で3つの支湾に仕切られる。南湾に加え西湾、北湾を総称して七尾湾と言う。かつて、能登半島の地図を眺め、その奇妙なカタチに興味を抱いて七尾湾を訪れた外国人がいた。

 今からちょうど120年前の明治22年(1889)5月、東京に滞在していたアメリカの天文学者パーシバル・ローエル(1855-1916)は能登半島の地形とNOTOという地名の語感に惹(ひ)かれ、鉄道や人力車を乗り継いで当地にやってきた。七尾湾では魚の見張り台である「ボラ待ち櫓(やぐら)」によじ登り、「ここは、フランスの小説でも読んでおればいい場所」と、後に著した「NOTO: An Unexplored Corner of Japan」(1891)で記した。ローエルが述べた「フランスの小説」とは、当時流行したエミ-ル・ガボリオの「ルコック探偵」など探偵小説のことを指すのだろうか。ローエルの好奇心のたくましさはその後、宇宙へと向かって行く。

 1893年に帰国したローエルはアリゾナ州に天文台を創設し、火星の研究に没頭する。その成果である「Mars(火星)」を発表し、火星の表面に見える細線状のものは運河であり、火星には高等生物が存在すると唱えた。ローエルの説は、H・G・ウエルズの「宇宙戦争」などアメリカのSF小説に影響力を与えていく。ローエルは1916年に海王星の彼方に惑星Xが存在と予知し、他界する。その弟子クライド・トンボーが1930年にローエルの予知通りに新惑星の発見し、プルートー(冥王星)と名付けた(2006年の分類変更で「準惑星」に)。初の冥王星探査機、NASAのニュー・ホライズンズは2006年1月に打ち上げられ、2015年7月14日に最接近する。

万葉の歌人、大友家持も七尾湾を船で訪れている。家持は29歳の時、当時、都があった平城京から越中国(現在の富山県と能登半島)へ、国守として赴任してきた。赴任3年目の天平20年(748)に能登を巡る。春に農民に種籾(たねもみ)を貸し出し、秋になって貸した分と利息分を合わせて徴収する、いわゆる公出挙(くすいこ)のため。七尾湾では、「香島より熊来(くまき)を指して漕ぐ船の楫(かじ)取る間なく都し思ほゆ」(「万葉集」巻17-4027)、「鳥総(とぶさ)立て船木伐(ふなきき)るといふ能登の島山今日見れば木立(こだち)繁(しげ)しも幾代神(いくよかむ)びそ 」(「万葉集」巻17-4026)と詠んでいる。「鳥総」の歌は、七尾湾周辺で当時、造船が行われていたことが読み取れる。

 七尾湾に今、珍客が訪れている。北湾の通称「カタネ」と呼ばれる地域の入り江に、野生のイルカ(ミナミハンドウイルカ)がファミリー5匹でコロニーを作って生息している。観光ツアーの遊漁船や漁船が近づくと伴走してくれる。その様子は陸からでも観察することができる。石川県水産総合センター水産部能登島事業所の永田房雄さんによると、もともと島原半島の南端にある有明湾のコロニーにいたペアがやってきたのではないか、という。

   能登には、さまざまな客人を引き寄せ、その客人の才能を開花させるような、土壌がある。それがその地に住む人々なのか、自然なのか、あるいは地勢なのか定かではない。ひょっとすると三位一体となった、創発的な不思議な仕掛け=システムなのかもしれない。

 【お知らせ】七尾湾を船で周遊し、海の生物多様性を考察する「能登エコ・スタジアム2009」を8月2日実施します。野生イルカのコロニーも訪ねます。詳細は7月16日付の読売新聞石川版で記事紹介されました。

⇒19日(日)朝・金沢の天気  くもり 
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☆オクトパス伝説

2009年07月18日 | ⇒トピック往来
 前回に引き続き、七尾市能登島での話題。16日に訪れた能登島で、「ちょっと面白いから」と石川県水産総合センター水産部能登島事業所の永田房雄さんに誘われて行った先が、野崎地区にあるタコの蓄養所、通称「タコ牧場」だった。個人の漁協者の経営で、タコ壺漁などで採れたマダコを一箇所に集め、大きく太らせてから出荷する。5メートル四方ほどの水槽がいくつかあり、常時、数百匹のタコが飼われている。

 なぜ蓄養かというと、市場では小さなタコは値がしない。すくなくとも1キロは必要で、キロ1000円が相場。難しいのは、水温が上がるとタコが弱ってしまうこと。このタコ牧場では海水をそのまま汲み上げている。太平洋側に比べ、日本海側は海水温が一定していない。そこで、水温が高くなるころを見計らって、大きなものから出荷する調整も必要とのこと。タコを飼うのも簡単ではない。

 ところで、「イモ、タコ、ナンキン」と呼ばれるくらい、日本人にとってタコはお気に入りの食材である。が、ヨーロッパやアフリカでは、タコやイカを「デビル・フィッシュ」(悪魔の魚)と呼び、忌み嫌う。海底の大ダコや大イカが人間を襲うという設定の映画もあるくらいで、まるで怪物か怪獣の扱い。前回のブログを読んでくれた友人から、「能登島ではタコは神様ですよ」とメールをもらった。以下、要約して紹介する。

 能登島・向田地区の愛宕(あたご)神社で執り行われる蛸祭。11月3日の祭りは神官の家から飯びつに2升に飯を盛り、蛸の頭の形にして、3日の未明に神社近くの中屋家のカマドの上に黙って置いてくる。家の主(あるじ)がこれでおにぎりを作り、隣近所に配る。300年ほど前の昔、向田地区で大火が相次いだ。すると、大ダコに乗った神様が中屋家にやってきて、「高台に祠(ほこら)を造れ」と告げた。当主がその通りすると、同地区では火災など災害がピタリと止んだという伝説である。以来、中屋家ではタコを食べることをタブーとしている。その祠が愛宕神社の由来だという。

⇒18日(土)朝・珠洲の天気  あめ
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★「子落とし」狛犬の話

2009年07月16日 | ⇒トピック往来

 神社の神殿や社寺の前庭には、さまざまな表情をした一対の狛犬(こまいぬ)が置かれているものだ。きょう(6月16日)訪ねた、石川県七尾市能登島の大宮神社の狛犬は凄みがあった。「獅子の子落とし」がモチーフなのである。

  大宮神社の狛犬は、獅子(ライオン)が千尋の谷に子供を落として、その子供を見守っているという姿で、左手の子は千尋の谷に落ちて仰向けになり、右手の子供は崖を這い上がっているという構図=写真=になっている。説明書きには、台座に使われている岩は富士山から運んだ溶岩であると記されている。これが黒く、ゴツゴツした感じで、崖というイメージにぴったり合っている。

  「獅子の子落とし」は、自分の子供に厳しい試練を与えて、立派な人間に育て上げることのたとえで使われる。インターネットで検索をかけてみると、「子落とし」をモチーフにした狛犬は、東京・赤坂の氷川神社など関東地方にいくつかある。この狛犬の寄進者が裏面に記されている。昭和14年(1939)、東京・亀戸の「野中菊太郎」となっている。ちょうど70年前のことだ。今回ガイド役を引き受けてくれた県水産総合センター水産部能登島事業所の永田房雄所長の話だと、野中は当地出身という。財を成して、生まれ故郷に報いたのだろう。

  内湾のため穏やかな七尾湾と海辺に青々と広がる田の海。のどかな半農半漁の里に似つかわしくない、激しいモチーフである。ただ、写真のように、崖を這い上がる子をじっと見守る親の表情がどことなく優しい。能登人の気風にあっているのかもしれない。

                  ◇

  ここからはお知らせ。では、なぜ能登島を訪ねたかというと、金沢大学と石川県が主催して実施する環境ツアー「能登エコ・スタジアム2009」の見学コースの確定のため。ツアーの詳細はきょう16日付の読売新聞石川版で記事紹介された。この狛犬はツアー2日目、午前の能登島バスめぐりのコースで見学できる。

⇒16日(木)夜・金沢の天気  あめ

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