人間にとっては、感情というものの存在が本当に大きい。とりわけ感謝と、それを受ける喜びというのは、時に命をかけての行為さえ生む。自分を知るもののためには、命も投げ出す。
逆に、自分のことばかりで、相手の心模様がどうなのかを考えたことすらないという風潮もある。自分中心であり、周囲は、その利益のために存在していると考えるのである。これとつきあうのは、本当にはりあいもなく、寂しいばかりである。
朝日新聞は、自公が合意をしたポイントで、新聞の論調が一変した。米朝さん死去をトップ記事にしたときにはどうなるのかと思ったが、さすがに、あの調子を続けるということではないようだ。朝日に対する感情は、全否定から、復帰した。
だが、マスコミ全般が信頼の置けるものではないことは、知っておかなくてはならない。理想と現実という対比が、正論を吐かせなくする傾向がある。理想が正論であることを、安易にすててはならない。理想のなかに、正論があり、その実現が目指されなければ、この世に生きている甲斐がない。