ハブ ア ナイス doi!

いつまで続くのかコロナとの戦い。
全て解放されて、もっと、もっと
心から楽しまないとねえ。

明石を歩いた証1

2017年09月07日 20時49分03秒 | ウォーキング

明石をしっかりと
歩いた証に報告ブログを
歩いてきた話を書きましょう。

それは夏の暑い暑い日でした。
前からずっといきたかった所の一つでした。

帽子、たっぷりの水、
涼しい服など考えられる暑さ対策をして、
着替えも持って出かけていきましたよ。

出かけたこの日は終戦記念日でしたね。
ポツダム宣言の受諾を
関係国に送ったのは8月14日でしたが、
天皇が玉音放送で国民に公表された
8月15日を日本は終戦の日としています。

あんなにお国のためにと
国民が命を投げ出してから
まだ72年しか
時がたっていないんですねえ。

わずかな時の流れで、
人々の暮らしは大きく変わりました。

そんな時の流れをしっかり
感じるというためにも、
日本の子午線が通るという
この町を歩いてみようと思ったのです。

明治17年にイギリスの
グリニッジ天文台を
本子午線と決めることが
ワシントンの会議で決まり、
明治21年からこの明石を通る
子午線が日本の時刻
ということになったのでした。

東経135度。

イギリスとは9時間の時差があります。
こうして時間が決まったのも
まだほんの129年前のことです。

doironもこれまで
2度ほどそんな時間を
失いそうになりましたが、
1分1秒を大切に元気に
いきていかなくちゃなりませんね。

そんないろんな思いの詰まった
時間の基本線である子午線の
通る街を歩き、
後の明石焼きを楽しみに、
今回は電車でひょっこりと
出かけていくことにしました。

近辺の山に登っても
あの明石海峡大橋は
遠くに見えていますねえ。

かなり遠いなあと思っていましたが、
家を出て大阪から新快速にも乗り
明石につくまで合計二時間は
かかりませんでしたね。



思っていたより結構近かったです。

途中、須磨を通るときには、
ここを走る日本一揺れる
ロープウェイに乗ってみたいなあ
とまた次のお出かけに思いをはせつつ、
かつてオープン時に走った
明石海峡大橋のハーフマラソンを
思い返しつつ、進んでいきます。

そして明石の駅に新快速の
電車が入っていきますと、
駅の北側は緑に覆われて
意外に良さそうな感じです。

ああ明石駅って駅前に
城があるんですね。
そんな散策も含めて
歩く楽しみがどんどん広がっていきます。

基本的には子午線に行き、
そこから明石城(明石公園)、
明石川、海岸、魚ん棚の明石焼き
の順番で明石市内を
反時計回りに進んでいく計画です。

駅でナビをセットして、
では進んでいきましょう。

まずは駅を北側に出て、



公園沿いを歩いて
天文科学館を目指していきます。

むかし小学校なんかの時に、
ここに来たのかなあ。
まあ屋外学習の地としては
いいところですよねえ。

でも来たとしても、
あまりよく覚えていません。

まあ初めて来たような感覚で、
雰囲気を確認しながら、
ウロウロきょろきょろしつつ
歩いていきます。



明石城のお堀には、
噴水が付いています。

きれいやなあ、とか言っていてはいけません。

都会地のあまり動かない水ですから、
浄化のための曝気をしているんでしょうねえ。

たしかに水はどんよりと
緑色をしていました。

昔doironはこんな曝気槽の
水質改善なんかを仕事で
やっていましたねえ。

曝気すれば酸素が入って
嫌気発酵なんかが抑えられるのですが、
電気代やメンテが大変でしたねえ。

これが、明石市のマンふたです。



「子午線のまち」を中心に
作られていますねえ。

そんなマンふたを眺めながら、
子供の通学路舗装の道を進んでいきます。



明石小学校や神戸大学付属明石小学校
なんかがこの辺に集まっているんですね。

きっとこんな小学校ですから
遅刻には厳しいんでしょう。

「こんな子午線の学校で
遅刻するとは何事だあ」
みたいなね。

これがそんな大学付属小学校です。



さあ、もうすぐに天文館に到着です。
駅から歩いて15分くらいでしょうか。

続く