ハブ ア ナイス doi!

いつまで続くのかコロナとの戦い。
全て解放されて、もっと、もっと
心から楽しまないとねえ。

読書完走文

2008年06月10日 22時09分58秒 | マラソン
村上春樹の本

「走ることについて語るときに僕が語ること」

というエッセイを読んだ。

走る人は、
何かと自分のことを語りたがる人が多い。
かくいうわしもこうしてブログに
いろいろあーだ、こーだと書いているが、
思いのたけをちゃんと書けているかというと
全然そうではないだろう。

少ない語彙で、しかも
日本語の使い方も間違いだらけで、
もしかしたら言いたいことと
反対の意味が伝わっているのかもしれないくらいだ。
そんな、にわかランニングエッセイが多い中で、
やはり文章を書くことについての
プロが書いた文章は素晴らしく明快だ。

例えば
トライアスリートがスタート地点で、
居並ぶ選手たちに対して抱く
漠然とした連帯感が
どこからやってくるのかを書いているくだりは、
僕がずっと思っていたことを、
すっきりと表現してくれている。

うーんやられたって感じ。

もういくら僕が声を大にしていっても、
村上春樹の二番煎じだと思われるやろな。

また、彼はサロマ湖
100キロマラソンを
11時間台で完走もしている。
そんなウルトラマラソンに挑んでいるときの心の動きも、
まるで自分が走っているように伝わってくる。
これは、
彼が文章が比類なくうまいということもあるが、
加えて何年もかけて
彼自身が体感してきたことを書いているせいだ。
体を張って感じたこと、
そこに虚飾はない。

しかしかといって彼は決してスーパーアスリートではない。
トライアスロンのスイムで、
パニクってリタイアしたことも
リタイアしたことのある人なら、
激しく共感を覚えるだろう。
それくらいの庶民感覚の身近なアスリートだ。

そしてさらに、
彼はフィジカルがいかにメンタルに影響を与えるかということも、
彼自身の生活と物書きという
仕事の関係の中で滔々と述べている。

これも、最近文章を書く仕事が多い自分にとって、
読んでいてそうなのかと感心することしきりだ。フムフム
これまでいろんな人の走る本を読んだが、
走ることに関して、
このエッセイほど明快で共感できる本は初めてだったな。

僕は図書館で借りました。
目にする機会があれば、
一度手にとってみてはいかがでしょうか。
そしたらあなたも
読書感想文ならぬ
読書完走文のひとつも書きたくなるでしょう。