ハブ ア ナイス doi!

いつまで続くのかコロナとの戦い。
全て解放されて、もっと、もっと
心から楽しまないとねえ。

ハンドボール

2008年01月31日 21時49分04秒 | 最近の出来事
皮肉なことに、
連盟のイザコザが引き金となって、
今ハンドボールが注目を浴びている。
これまでハンドボールといえば、
男子は湧永製薬、
女子がオムロンが強い
ぐらいのことしか知らなかったが、
今や宮崎(男子)や
谷口、早船(いずれも女子)といった
日本のエースの名前なども
TVなど各メディアに頻出しているから
知っている人も多い。
中学校の頃
ハンドボールをしていて、
全国制覇した学校の
2軍選手だったわしでさえも
そんな名前など聞いたこともなかったぐらい、
マイナーだったスポーツが、
メジャーになりつつあることは少しうれしいものだ。
そうハンドボールは
わしが39年前に取り組んでいたスポーツ。
やっと時代が追いついてきたかって感じやね。
しかし、
トライアスロンは一向に
メジャーにならんなあ。
まあ、あと20年くらい待ってみようか。
その頃には
地球温暖化と
オゾン層破壊による紫外線増加、
海洋汚染、
大気汚染で
競技そのものがなくなっているかもね。
ま、それはさておき、
ハンドボールに話を戻そう。
わしがしていた当時、
ハンドボールは
本当にマイナーな競技で
近隣の中学校でも
ほとんど取り組んでおらず、
練習試合なんかも
高校に出かけていってやってたぐらいだ。
当然体育館なんかは
バスケットボール部に取られ、
屋外での練習だったので、
練習はグランドの小石拾いから始まったもんだ。
練習は厳しく、
冬なんかはボールをつかむために
小さな手を思いっきり広げていたから、
指先や指のマタのあかぎれが裂け、
ボールが血まみれだったことも覚えている。
そんな傷を先生に知られると、
あかぎれのひび割れの中に
火で溶かした黒い軟膏を流し込まれるから、
その強烈な痛みがいやで
みんな傷のことを隠していたからだ。
夏は、夏で
夏休みの休みなど一日もなく、
水を飲んではバテるからと、
今では考えられないような指導で、
練習が終わったら
餌に群がるライオンのように、
みんな水道に群がっていた。
また、
雨が降ったら校舎内で筋トレ。
当時の運動理論では普通だった
ウサギとびを散々やらされたよ。
そうそう、
寝転んで伸ばした足を
少し持ち上げ、
その滞空時間の長さで
腹筋の強さを競う筋トレの練習で、
一軍の連中を軒並み破っていたわしは、
筋トレのエース、二軍のヒーローだったっけ。
そんなときは練習の帰り道、
駄菓子屋で二軍のみんなに
よくやったとジュースや
お菓子をおごってもらったりしたもんだ。
最近でこそ
わしの中学校は
女子駅伝の全国大会に
たびたび出場して名を馳せているが、
当時ハンドボールで
全国制覇したにもかかわらず、
全然注目を浴びなかったことからも、
このスポーツが
いかにマイナーだったかということがわかる。

最近メジャーになりつつある
ハンドボールの姿を見るにつけ、
あの頃の辛かったけど、
めちゃめちゃ楽かったことを思い出しては、
感慨にふけるとともに、
つい最近のことのように思える
あんな時代から
もう40年近く経つのかということに
驚いている今日この頃なのだ。