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ハブ ア ナイス doi!

いつまで続くのかコロナとの戦い。
全て解放されて、もっと、もっと
心から楽しまないとねえ。

灼熱の羨望

2010年07月19日 20時51分12秒 | トライアスロン
さて、今日までの3日間、
第30回皆生トライアスロンの
応援に行ってきました。

出だしから色々あったことは
すでに現地から携帯で
投稿したので
ご存知でしょう。

結果はというと、嵐の予感は
全くの杞憂で
応援したひとすべてが
完走するというおめでたい結果となりました。

T美嬢は年代別2位で
お立ち台にあがり、
その強さに改めて敬服した次第です。

濱ちゃんも、目標に
あと10分でしたが
あの灼熱を差し引けば
10分などあっという間に
蒸発してしまうってなもんですよ。

T蟹クンはもう回数を重ねてきて
ベテランの風格も漂わせながらゴールしてましたねえ。

ひげママ、ひげパパも
共にゴールし、
おしどりトライアスリートの
面目躍如の結果でした。

あの色々あったトラブルは
すべてこの大会のための
厄払いとなったわけですね~。

この日、大会の主開催地である
米子の最高気温は
34度を越えていました。

これはあくまで日陰での
値であるから、
アスファルトの照り返しもあり
体感温度は40度を越えていたかもしれません。

間近で応援していると
目の前をバイクで駆け抜けていく選手から
汗が飛び散ってくるからすごい。
それはまるで
この日のために一年間
積み上げてきた情熱を
発散させているかのようでした。

命を輝かせて頑張る選手達は
強烈な羨望の対象となって
次々とdoironの前を
通り過ぎていきました。

故障続きで
ともすれば折れそうな
doironの心に注がれた
灼熱の羨望は燃え盛り
沸々と闘志をかきたててくれました。

あの情熱の群像の中に
自分も身を置いていたい。
さび付いた命を
きらきらと輝かせたい。
そんな風に思えたことが
選手達に力をもらったということだろう。

応援に行けてよかったと
今、しみじみと思っている。
選手の皆さん、
素敵な夏のプレゼントを
ありがとうございました。

荒れる予感

2010年07月17日 15時44分32秒 | トライアスロン
さあ、皆生観戦だと意気込んで早朝に家を出たまではよかった。すでに渋滞している宝塚を敬遠し、吉川周りの山越コースをとったのだが、途中車の調子が悪くなった。いくらアクセルを踏んでも回転数が上がるだけでスピードが出ない。車のメカには素人の我々でもミッション系のトラブルであることはわかる。ハザード点滅させてだましだまし運転をし、何とか道の駅「淡河(おご)」に到着。思案したあげくJAFを呼び、最寄りの修理工場まで10数キロを牽引してもらった。そしてその工場でレンタカーを手配してもらい、借りた軽自動車にバイク2台と人間三人が乗って先ほどようやく皆生に着いたところである。エントリーには間に合わなかったので大会側にあらかじめ連絡しておき、なんとか事無きを得た。出だしからこうである。この先が思いやられる荒れる予感プンプンだ。これが厄払いになってくれるといいのだが…

忘れ物

2010年07月16日 22時24分19秒 | トライアスロン
トライアスロン出場の
遠征となると準備が大変だ。
スイム、バイク、ランの
それぞれに必要な物が
こまごまとある。

たいていのトライアスリートは
自分なりの持ち物リストを
作っているんやないかなあ。
シューズやウエットやメットのように
必携の物と
薬類や工具類などのこだわりの物、
あるいはパンツや歯ブラシのように
レースには関係ないけど
必要な物などなど実に
様々あって準備が大変だ。
ところが、今回は応援なので
準備そのものに
それほど神経を使う必要がなく
とても楽チンだ。

応援する選手達のために
あれば助かるけど
忘れがちなものなどを
選んで持っていってあげますかね。

さあ、これから今回の旅の
準備しようと思っている。
忘れ物がないようにと
いろいろ想いをめぐらせてはいるのだが、
なんといっても今年は
そもそも
選手として戦える身体と心を
すっかり忘れている。
もうこれ以上、何を忘れても
平気ってもんさ。

では、明日早朝
いざ聖地皆生へ!

PS
19日までの期間中は携帯での
ブログとなりますが
頑張ってアップしまあす


週末の天気は・・・

2010年07月13日 22時22分39秒 | トライアスロン
doironのデスクの後ろには
社内ランのハブスイッチがある。
これはサーバー同様
24時間365日動いている。
つまり、常にファンの音が
ブーンとうなっているのだ。

このハブが昨日
シャカシャカと
異音をたて始めた。
すわっ、故障か?
と思ったが、社内ランは
正常につながっている。

確認しようとハブを見てみると
どうも異音は他から
聞こえてくるようだ。
では、その発生源は
何かと、音を頼りに
辿っていくと
なんと、その音は
窓のほうから聞こえてくるではないか。

そう、発生源は
窓枠の少し離れたところの外壁に
とまっていた

セミ

今年、街中で聞く最初の
鳴き声でした。

いよいよ、夏も近い。

そして今夜、テレビをチューハイの回った
状態でうつらうつら見ていたら、
気象警報が出るたびに
目を覚まされた。
というのも、あの警報が出たときに
テレビから流れる
ピピッていう音が
我が家の目覚まし時計の
音にそっくりなのだ。

滋賀県、和歌山県に
大雨警報や
洪水警報が発令されたという。
幸い、大阪には出ていないようだ。

しかし、こんな各地で
大雨に関する警報が
頻発するのも
梅雨末期の様相を呈しているようだ。

この週末は、
皆生トライアスロン
今年は、故障のために
出場は断念したのだが
宿の予約・支払いも済ませているので
応援で参加することにしている。

今日HPを見たら
参加選手の名簿も
すでにアップされている。
応援選手のナンバーカードを
チェックしながら
応援に想いを馳せているのだ。

さあ、今年の皆生
梅雨末期の豪雨の中での
開催となるか。
それとも、ドッピーカンの
灼熱の皆生となるか。

選手の皆さん
doironの分まで
がんばってくだされ~

初代doironすぺしゃる

2010年07月10日 22時29分03秒 | トライアスロン

初めてトライアスロンバイクを作ったのは、
今から22年前の夏だった。

その前年からはじめたランニングで
腰を痛め、
リハビリを兼ねてのトレーニングのためだった。

その頃はまだスイムはおぼつかなかったけど、
どうせなら
いつかはやりたいと考えていた
トライアスロンにも出場できるバイクを
と考えて作った。

買った、ではなく
作ったというのも、
当時ようやく一般市民のための
ロードレーサーオーダーシステムが
お目見えし始めた頃だったので、
そのシステムで注文したというわけだ。

まずアルミフレームのサイズを計測した。
ダウンチューブ、トップチューブ、シートチューブの
サイズが決まると、
次にデザインだ。
選んだのは、
緑色に銀色の模様が入ったものだった。

それにネームも入れて、
基本フレームは決まった。

後は、大事なパーツの選択だ。
パーツの国産メーカーのシマノには、
当時から主に3種類のパーツ群があった。
値段の高い方から、
デュラエース、
アルテグラ、
105である。

さすがにデュラは高いし、
初心者には分相応ではないだろう
ということではずした。
で、アルテと105を比較したわけだが、
やはりアルテはデザインがよかったので、
これにすることにした。

そうして待つこと3週間。ようやく
出来上がった初代
doironすぺしゃる号に
エアロバーも取り付け、
シューズはSIDI、
メットはOGKにし、
ようやく秋から乗り始めた。

当時、時を同じくして
ランニング仲間5人が
バイクを作って乗り始め、
後に
doironを含め3人が
トライアスロンの世界に入っていった。

その後2回バイクを作り、
現在は3代目のバイクに乗っている。

2代目はたまのところに嫁ぎ、
初代のバイクはパーツを剥ぎ取られ
納戸で眠っていたところ、
ある日縁談が入った。

最初はI原さんからの
「ロードレーサーをもらったけど、
乗れるように改造したい」
という相談であった。

チャリンコやさんに持ち込み、
doironの余ったパーツを活用して
再生しようと試みたのですが、
どうもうまくいかない。

そこで、
「では納戸で眠っている
doiron
フレームを使えば?」と提案し、
そこに使えるパーツを組み込んだり、
ハンドルをフラットバーに変えたりした。

そして、
そこに最近それを使わなくなったという
友人からいただいた
変速機のラピッドファイアーを組み込み、
ホイールをそのまま移植したりして、
何とか乗れる一台が完成したわけである。

ようやくこうして出戻り娘ではあるけれど、
嫁入りの手はずは整った。
少し点検兼ねて試乗してから
近いうちにお届けしようと思っている。



待っときやあ、I原さん。

ただし、
その嫁いだバイクでの新婚旅行には
必ず行ってくださいね~


リハビリのあり方

2010年06月26日 22時41分27秒 | トライアスロン

アジサイが満開で



夕焼けが見事で



ゴーヤの実が実り始める
この季節。



いつもなら、皆生に向けて
最後の仕上げとばかりに
水泳3キロ
バイク100キロ超を
こなしている時期なのになあ。

今年は、やはり無理でした。

ランにいたっては、先週ぐらいから始め
1キロ、3キロ、5キロ、7キロと
徐々に距離を伸ばし
ようやく10キロを走れるようになってきたばかり。

でもこのことにあまり意味はないね。
休養を決め込んだのだから
もっとせっせとケアしないといけないのだが
どうも、これという
決め手のケアがない。
整骨院もなかなか
合わないときもたまにあって、
行くと、翌日はちょっと
こたえるときもある。
そう、マッサージも
あまりきついと痛いしね。
ストレッチも我流で下手にできないし、
そう考えると
負荷を落として
ゆっくりと運動するのが
一番のリハビリかな、なんて思ってしまうわけです。

実際、動いていないとこける
独楽のようなdoironなので、
そういう運動リハビリが
精神的にも
よかちんなのではあるのですが・・。

もっと、積極的に
ケアしたほうがよいのかな。
でも結局最後は
自分の治癒能力によるしか
ないのではないかねえ。
そうか、
そういう力を喚起するようにすれば
いいのだろう。
うん、きっとそうだ。

日々揺れる今日この頃の
doironなのです。

明日は思い切って
いっちょのんびりと
温泉でも行ってこようかなあ


決断

2010年06月13日 21時50分13秒 | トライアスロン
この週末の練習が鍵だと思っていた。
いつもなら、この時点で
皆生にむけて
かなり身体が出来上がってきていたのに
今年はまだまだ
練習をできる身体にさえ
なっていない。

テコに力点、支点、作用点が
あるけど、どうもその
支点にあたる
腰の真ん中に
グキッとくる痛みが残っている。
今出来ることといえば
皮肉にも自転車に乗ることだけ
という状態だ。

週末に出来た練習は
室内バイクで1時間と
1kmのランのみという体たらく。
それにその痛みだけでなく
ほかのもろもろすべてが
doironにこう囁くのだ。

「皆生は来年もある。
今、無理をすることに何の意味がある?
しっかり身体を戻して
次におもいっきり戦え!」と。

身体の声に耳を傾けながら
この悔しさをバネに
さらにいっそう
復活に向けて頑張ってみよう。

何度も何度も自問自答した結果です。
断腸の想いで
今年の皆生はDNSとします。

これでいいのだ





スイムはというと

2010年06月06日 21時57分53秒 | トライアスロン
ようやく1キロは泳ぎ続ける
ことが出来るようになった。
ただ、相変わらずターンは
こわくて出来ない。

腰をグッと折り曲げて
しかも、ひねる。
ただ浮くだけでも緊張するのに
ターンなど出来るはずもない。
壁が近づいてくるたびに
今度こそはと思うのだが
いざ、となると
ためらってしまうんだよね。

なので、一旦立ち
再び壁を蹴ってスタート。
トライアスロンにターンはないとは言え
こんなにおぼつかない身体で
3キロを無事に泳ぎきる自信はない。

現時点では、皆生は無理である。

バイクを漕げなくても
ランを走れなくても
それは仕方ないが
スイムが出来なければ
命に関わるもんなあ。

それにまた、後日報告しますが
ドッグの結果も
イマイチ芳しくなかったしなあ。

日々、自分の身体に
一喜一憂の毎日である。

こんなに苦しまなくても
いっそ、今年の皆生を断念すれば
それで済むだけのことなのに
どうしてこんなに苦しむんでしょうねえ。

ま、まだ結論を出すのは早い。
とりあえずは、もう少し苦しんでみますか。

事故後初の外バイク

2010年06月05日 21時54分20秒 | トライアスロン
落車以来初めてとなる
オープンバイク、つまり
ジムのエアロバイクではなく
外での実車によるバイクの
練習をした。

バイクに乗るときに
必ずするウォーミングアップがある。
それは、

空気入れ

だいたいロードの場合は
WO、チューブラーに関わらず
7気圧以上の空気圧で
タイヤを膨らませる。
雨の日は滑りの緩和を目的に
接地面積を増やすために
若干低めに設定している。

今日は、絶好のバイク日和。
路面もドライだし、
風もさほど強くない。

ふうふう言いながら
ポンプを操作して8気圧充填。
バイクの準備もアップも完了だ。

乗り始めはさすがに緊張した。
あのときの記憶は
まだ鮮明に残っている。
もし、バイクを漕ぐことしかできない
この身体で、
再度あのような緊急事態に見舞われたら
復帰はずっと先になってしまうだろう。
doironに残された時間は
そんなに無限にあるわけではない。
なので、ひと漕ぎずつ
自分を奮い立たせつつも
慎重にじっくりと漕ぎ始めた。

そうして1キロも行くと
なんとか緊張も解け
感覚が蘇ってきたときには
うれしかったな。
まだまだやれるじゃん、みたいなね。

そこでまず向かったのは
和泉中央へと続く
観音寺の坂だ。

ジムのバイクはそこそこ漕げたが
果たして実際の坂道となると
背中から腰にかけての
負担がどうなるのかわからなかったので
とりあえず試せそうな坂をと考えて
登ってみた。結果は

あかん

平地はハンドルに上半身の
荷重を預けて漕げるが
登りはやはり
思ったよりもハンドルを引き
腰を支点に力が
かかってしまう。

事故現場の検証にでも行くか
と思ってたのだが
山中の現場までは
ちと無理だと判断して、
いつもシーズン初めに
足慣らしで乗るコースに変更。
40キロくらい乗ったところで
カインズカフェに向かったよ。

元気なタマ
生き生きしている
カインズ家の皆さんには
いつも力をいただいてます~。

結局昼過ぎに
70キロくらいを走り終えて帰宅。
久しぶりのバイクは
とても気持ちよかったし
ちょっぴり自信も取り戻した
いい練習となりましたあ。

その後は夕食当番で
久しぶりにカレーを
夏野菜を入れて作り
お風呂掃除、洗濯取りいれもすまし
一日が完了。

あ、そうそう
広告チラシにあった
スポーツドライの
ウエアを目当てにチャリンコで
近所のユニ○ロにも行きました。

ちっともじっとしてない
doironの
それこそ自転車操業の
一日だったのでした~。

一夜明けて

2010年05月16日 17時28分15秒 | トライアスロン
落車後、帰宅してから
壊れたC3POのようになって
病院に行き、
帰ってきてから背中に
湿布を貼ろうとしたが
一人で貼れるはずもない。
仕方なく、布団の上に湿布を置き
狙いを定めてうめきながら寝転び
なんとか貼ることが出来た次第だ。

そのまま寝たきり状態で
全身を覆う痛みのため
悪夢にうなされながら
起きているのか寝ているのか
わからない、悪夢の時間を
布団で過ごしていたこともあって、
夜になって
さあ本格的に寝ようと思っても
そう簡単には寝付けなかった。
寝ることにかけては
天才の名をほしいままにするdoironだが、
さすがに昨夜は
身体と心が疼いて
なかなか寝付けなかった。
横を向いても
上を向いても
うつ伏せになっても
楽な姿勢がない。
腰痛治療のためにと買った
低反発マットも
こんな場合、
果たして効果があるのでしょうかねえ。
布団を敷きなおすような
気力体力はないので
仕方なくそのまま寝ることにした。

以前から、奥さんに
「あんたに処方したら
どれだけ深く寝るのか
わからないので
これは劇薬と同じや」
なので、絶対飲んだらあかんと
言われていた睡眠導入剤を
もうちょっと眠れなかったら
飲んでみるかと思い始めたところまでは
記憶にあるのだが
やはり、さすがに
眠りの天才。

「睡眠導入剤」と考えただけで
眠りに陥ってしまった。
酒の話をしただけで酔う
落語に登場する下戸と同じだ。

眠ったものの、相変わらず
悪夢に次々襲われた。

さすがに、悶々と寝ていたのだろう。
結構うなされていたらしい。
ていうか、呻いていたそうだ。

朝、目覚めのときが
昨夜から恐怖だった。
もう寝たきりのまま
動けなくなっているのでは
とか
下手したら、脳天で地球に
頭突きをしたせいで
脳内出血し
目覚めたらそこは
黄泉の世界なんてことなないだろうな
なんてね。

チュンチュンというスズメの鳴き声と
カーテンの隙間から刺す朝日。
顔を優しく撫でる天使の手?
ん?
グーに顔を舐められてました。

さて、身体はどうか。
おそるおそる寝返りをうってみた。

いける

痛みはあるが、昨日同じことを
しようとしたときに走った激痛ではない。
慎重に身体を起こしてみる。

起きれた。

帰宅後の奥さんに
背中にいっぱい張りまくってもらった
湿布が効いたのかな。

背中を探ると
湿布がグチャグチャになっていたので
不自由ながらも
寝返りをうっていたことが
伺えた。

起きれるとなると
これは出来るだけ
気丈に振舞わねば
奥さんにも心配をかけてしまう。
鈍痛と時折襲う激痛に耐えながら
朝のメダカのえさやりも
グーの散歩もこなしてあげた。

グーのうんち取りには
往生したけどね。

おかげで、
「派手にメットも割ったわりに
軽症ですんでよかったね」だと。
しめしめ、これでもう
バイク乗車禁止令までは
発令されまい。

それから、腰痛ベルトで
腰をこっそり固定して
ショートステイに行くスーちゃんを
送り出し、
地元自治会の掃除にも行き
(ぎっくり腰やねんといいながら
何もしなかったけど・・)
買い物にも付き合ってあげた。
痛みをおくびにも出さず
気丈に振舞うdoironであった。

夕方、おそるおそる
二階からバイクを運び出し
洗ってあげた。
エアロバーの先端が
激しく傷ついている。
が、変形とまでは
行ってないようだ。
心配していたフロントフォークも
無傷であった。
STIにわずかに傷はあるものの
動作には影響はない。
STIレバーのゴムをめくると
泥だらけ。
サドルにも泥がついて
ドブ川のにおいがしている程度。
フレームや走行に影響がある部分は
すべて無事だが
見た目だけではわからないので
近々ショップに持ち込もうと思っている。

思えば、いろんなものが
doironを守ってくれた。
ヘルメット、
バイクジャージ
(肩が破れていた)
エアロバー
草、泥、水溜り
それと、よく見ると
時計にも傷がついている
それらのおかげで
こんなに軽症ですんだのかと思うと
ありがたかった。
割れたヘルメットは
感謝と自戒を込めて
バイク収納庫に吊るしておくことにした。

今日の買い物には
和泉の青空野菜売り場まで
付き合ってあげた。

いつもバイクで走る道を
車で走りながら、
空には昨日、溝の中から
バイク越しに見上げた
青空が広がり、
草木は揺れ
風が心地良い
こんな気持ちのいい道は
やっぱりバイクで
走りたいなと思ったよ。

フレームが折れ曲がることもなく
doironの精神(こころ)も
折れることはなかったようだ。

トライアスロンはどうなるか
わからないけど
バイクはずっと乗り続けたい。

ただし、安全運転でね。