韓国の宗教については、日本人の目から見ると、共通点もいろいろありますが、驚いたり疑問に思ったりすることもいろいろあります。
とくにキリスト教に関することは、「なぜ信者が多いのか?」をはじめ、私ヌルボも質問されたことがしばしばあります。しかし、韓国オタクではあっても専門的研究者でもなくクリスチャンでもないので、自信をもって答えられないことの方がずっと多いです。
また、自分自身でも、韓国のキリスト教については知りたいことがたくさんあります。
以下、いろんな疑問を列挙してみました。(内容的に、重なっているものが多いですが・・・。)
※カトリックのことは韓国では天主教(천주교.チョンジュギョ)、プロテスタントは改新教(개신교.ケシンギョ)または基督教(기뎍교.キドッキョ)といいます。
Q1.なぜあんなにネオンの十字架が多いのか?
韓国を初めて訪れ、とくに夜の街を見渡した人がすぐ気づき、発する質問がこれですね。見通しの効く場所から眺めると、赤く輝く十字架が数十も数えられるほど。
※<ソウルナビ>にも「ソウルの夜空に浮かぶ赤い十字架」と題した記事がありました。
Q2.なぜキリスト教信者が多いのか?
日本のキリスト教人口は、総人口の約1%。それに対して、韓国ではキリスト教人口が総人口の30%に達しているそうです。
Q3.なぜニューカマーの韓国人は教会に通っている人が多いのか?
これは私ヌルボ自身がこれまで接した中での実感。横浜在住という地域性も多少は関係あるかな?
Q4.なぜ海外布教に出るキリスト教組織が多いのか?
本ブログの過去記事に書いたように、韓国語を話している人たちが大勢(10数人?)いるな、と思ってつい声をかけたら、オンヌリ教会とかサミル教会の人たちでした。
ウィキペディアの<韓国のキリスト教>の説明によると、やはり「海外に対する宣教活動が活発なことも韓国キリスト教の特徴で、2000年にはプロテスタントだけでも10,646人の宣教師156ヵ国で活動していて、この数字はアメリカについで世界2位なのだそうです。海外布教といえば、2007年7月にセンムル教会の男女23人がアフガニスタンで短期宣教中にタリバンに拘束され、牧師と一般信徒各1人(ともに男性)が殺害されたことがありました。どうも危険な所、生活等が困難な所に行くケースもかなり多いようです。
Q5.(Q4と関連しますが)海外布教の牧師を描いたキリスト教関係のドキュメンタリー映画がしばしば一般公開されていますが、その舞台も危険な所、困難な所が多いのはなぜ?
たとえば・・・、
①「なくな、トンズ」・・・トンズとはスーダンの小さな町の名。内乱が長く続く中、貧困や病に苦しむ人々の中で、「トンズの父であり、医者であり、教師であり、指揮者であり、建築家であった」というイ・テソク神父。48歳という短い生涯を終えた献身的な彼の人生を描いたドキュメンタリー映画。
※韓国人(キム・テイさん)の感激ぶり(→コチラ)と、日本人男性2人の冷静な感想(→コチラ)は対照的。
②「召命」・・・アマゾン川流域に住む少数民族バナワ部族の中で暮らす韓国人宣教師夫婦の日常。ネズミや亀の肉(地元では贅沢品)を食べられなくて往生する話とか・・・。
③「召命2:モーケン族のワールド・カップ」・・・タイの沖合に浮かぶ小さな島を舞台に、そこで暮らす海洋民族モーケン族の村で、教師や医者としての活動もしている韓国人宣教師カン・ソンミンさんの生活。若い頃サッカー選手を志したという彼は、タイの少年サッカー全国大会に向けて、村の子供たちの指導もしている・・・。
※やや辛口の対話式映画評は→コチラ。
④「召命3:ヒマラヤのシュヴァイツァー」・・・ヒマラヤの奥地生活30年の、78歳の医療宣教師カン・ウォンヒ宣教師夫婦を描いたドキュメンタリー。
Q6.所属信者が約75万人以上(!)という汝矣島(ヨイド)純福音協会という大型教会(メガ・チャーチ)はどんな経緯で成長したのだろう?
Q7.著名な牧師等が社会的政治的に広く影響力を持つこのと意味(背景等)は?
1989年平壌を訪問して注目され、ソウルに戻って5回目の獄中生活を送った統一運動の推進者・文益煥(1918~94)牧師。あるいは、民主化と人権の伸張のために献身し、2009年2月亡くなった時には多くの韓国民に大きな衝撃を及ぼした金寿煥枢機卿(1922~2009)等については、マスコミでも大きく取り上げられてきました。
Q8.近世後期~近代初頭の、キリスト教に対する日韓の違いは?
江戸後期、日本では蘭学が発達していった頃、韓国では中国(清)に行ってきた実学者の中から西洋の学問・知識とともにキリスト教も受容した人たちがいて、その後弾圧を受けた。彼らにわりと寛大だった正祖(イサン)も、弾圧に乗り出さざるをえなくなったとか。
・・・つまり、かなり日本とはようすが違うぞ。
Q9.さらに歴史をさかのぼって、朝鮮へのキリスト教伝来の歴史は?
Q10.現在相当数のキリスト教組織が脱北者支援に関わっているということは、どんな宗教的・歴史的・政治的背景があるのでしょうか?
本ブログ今年7月8日の記事でとりあげた黄晳暎(ファン・ソギョン)の小説「客人(ソンニム)」>に記されていたように、1880年代、朝鮮で最初にキリスト教(プロテスタント=改新教)の教会が建てられ、布教が進められた地が現北朝鮮の黄海側に位置する黄海道ですが、そんなこととも何か関係があるのかな?
※先ごろ死亡した文鮮明世界基督教統一神霊協会教祖は黄海道の北の平安道定州出身でしたね。
・・・ことほどさように、キリスト教をめぐる状況は日韓の間に大きな差異がありますが、たとえば上記のようなふつうの日本人が抱く疑問に7割ほどは答えてくれる本が今年(2012年)7月刊行の浅見雅一・安廷苑「韓国とキリスト教」(中公新書)です。
先に掲げたQ1~10すべてを解明してくれているわけではありませんが、韓国のキリスト教についてさまざまな角度から叙述し説明している本です。以下、要点をかいつまんで紹介します。
まず、韓国でのキリスト教徒の多さと、その理由について。
日本のキリスト教徒は、新旧諸教派合わせても1%弱であるのに対し、韓国は29.2%で、仏教(22.8%)を凌いで人口比1位。(2005年調査。) 宗教人口(全人口の53.1%)では、仏教43%、プロテスタント(34.5%)、カトリック(20.6%)で、新旧両教を合わせると55.1%にもなります。
では、キリスト教が国家的宗教になり得た原因はどこにあるのか?
本書では、以下の4点に集約しています。
1.韓国の原信仰が一神教的要素を持っていたので、一神教であるキリスト教を受容する下地となった。
※本書では、「韓国の創世神話に出てくる桓因(ファニン)=ハナニム(하나임)は「唯一のお方」の意」と説明しています。「ハナ(하나)」は「一」の意です。しかし、韓国語で神を意味する語はハヌニム(하느님)で、これは「ハヌル(하늘)」=「天」に由来する言葉です。韓国のキリスト教会が神をハヌニムでなくハナニムとよぶようにしたわけで、本書の論理は転倒しているように私ヌルボは思いました。
2.朝鮮王朝の朱子学の理気二元論には、キリスト教の世界観に類似する点があった。
3.儒教の倫理を重視する姿勢が、キリスト教の倫理への接近を容易にした。
4.植民地時代にキリスト教が抗日独立運動の精神的支柱となっていた。
さらに、韓国特有のシャーマニズムや一種の現世利益的な思想が横たわっているとも。
また外部的な要因として、アメリカの影響もあげられています。朝鮮戦争の時に、アメリカに助けてもらったという意識と、アメリカに対する憧れから親米思想が生まれた。
また、選民思想が韓国の人々を捉えたという論はヌルボとしてはありうると思いました。本来はイスラエルの民が神から選ばれたとする選民思想ですが、日本による植民地支配などの民族的苦難を、韓国人はイスラエル的選民思想と重ね合わせて、神は韓国人を自らの民としてお選びくださった、というものです。
他にも、韓国のキリスト教が祖先崇拝をうまく取り入れたこと、キリスト教に似ている東学(天道教)の存在などが挙げられています。
※コチラのブログ管理者さんは、韓国でイエズス会の神父から聞いた話として、社会全体の不安定さが信者の増加の根本的な理由としています。日本軍の占領、朝鮮戦争、軍事独裁政権などによって国内のすべての秩序が崩壊していく中で、人々がキリスト教に心の拠り所を求めたとのこと。
李承晩を始め抗日運動を推進したプロテスタント信徒たちがそのまま戦後のリーダーになったことから、プロテスタント教会は軍事政権に対し寛容な立場を取ったのに対して、カトリックは日本の植民地支配における神社参拝問題に妥協的であったことから戦後支持を失ったが、60年代末から政治の民主化を求める運動に深く関わっていくようになる。警官隊に追われた学生を明洞大聖堂に匿った金寿煥枢機卿に象徴されるように、カトリック教会はこの民主化運動の中で人々の信頼を得ていったという。
韓国で、キリスト教信者の増加が目立つのは、戦後の経済成長期に入ってからだそうです。
第2次世界大戦直後10万人ほどに過ぎなかった韓国のプロテスタント信者は、1950年代には100万人を上回り、以後年平均25ポイントもの成長率を15年に渡って維持して一気に教勢が拡大しました。
それを主導したプロテスタントのメガ・チャーチは現世利益を前面に出していて、アメリカの一部のメガ・チャーチに近いとのことです。
日本へのキリスト教伝来はもちろんザビエル。1549年鹿児島に来航しました。朝鮮半島のキリスト教は、1784年に李承薫が北京で受洗した年を起源としています。
しかし一方、1593年豊臣秀吉の朝鮮出兵(文禄の役)の際に、イエズス会の宣教師セスペデスが、日本から朝鮮半島に渡ったという史実があります。ところがキリスト教が日本の侵略戦争に乗じて伝播したとは韓国教会にとっては心情的に受け入れがたいようで、李元淳ソウル大学名誉教授は、「その後朝鮮社会にも根づいていないし、証拠とされる資料はすべて伝聞によって作成されたもので、これを起源とすることはできない」としています。
※関連で、ジュリアおたあの物語は興味深い。(→ウィキの説明。)
※→コチラのブログでは、「証言」の信頼性や「資料の有無」等について、従軍慰安婦問題との間のダブルスタンダードを批判しています。「信頼できる資料がない」と否定するのなら、慰安婦問題も否定されるべきだ、との主張ですが、ヌルボが思うに、ダブルスタンダードはどっちもどっち。
以上、とくに韓国でのキリスト教信者が多い理由を中心に、本書の一部を紹介しました。それでも、まだ十分納得するには至りません。
しかし、これまで韓国のキリスト教事情について幅広く多様な観点から概観したコンパクトな本がなかっただけに、本書が刊行された意義は大きいと思います。