ヌルボ・イルボ    韓国文化の海へ

①韓国文学②韓国漫画③韓国のメディア観察④韓国語いろいろ⑤韓国映画⑥韓国の歴史・社会⑦韓国・朝鮮関係の本⑧韓国旅行の記録

[軍艦島ツアーで考えたこと] 「いつ、どんな立場で見たか」で大きく異なる思い出

2013-03-30 23:48:04 | 韓国・朝鮮と日本の間のいろいろ
 さあ、今日こそは韓国の作家キム・ヨンスのことを書くぞ、と心を決めて取りかかるも、関連で李光洙のこととか、さらにカミュのこととかあれこれ書いていくうちに、昨2012年10月に行った長崎の軍艦島ツアーについて、昨年11月16日の記事で導入のようなことだけ書いてそのままになっていることを思い出しました。
 そこでも書いたように、軍艦島(正式には端島)に行った動機としては「かつてそこの炭鉱で多くの朝鮮人が苛酷な労働に従事していた、という程度のわずかな知識だけ」でした。
 しかし実際に行ってみて、あるいは帰宅後いろいろ本を読んだりして知ったことは、「炭鉱を中心とした歴史、そこで暮らした人々の生活、近代化産業遺産関係等々いろんな切り口があるなあ」ということで、「知れば知るほど本ブログで何をどう書くかを考えると、収拾がつかなくなってしまいそう」というわけで書けずじまいになっていたものです。

 で、とりあえず、思い切っていろいろ集めたネタは省略して、私ヌルボが感じたこと、とくに今、軍艦島の歴史をどうふり返るべきか、ということについて書きます。

 結論から書くと、まず最初に「軍艦島にかつて暮らしていた人の感想は、その人がいつ頃、どういう立場だったかによって大きく異なる」ということです。

 たとえば、島内のどの住居で暮らしていたのか。端的に言えば、「住居の位置の高さと島での地位は比例している」のです。
 中央部の一番高いところにあるのは鉱長の社宅で、島内で唯一の一戸建てです。そして職員住宅、鉱員住宅はそれぞれ1~4級の序列によって日当たりと眺めの良い上の階から下の階に割り振られていました。
 戦時中、朝鮮人の徴用労働者や、中国人の捕虜労働者は、一日中陽の差さない建物の最下階に入れられました。

     
     【高い所の部屋はオーシャンビューでよさそうですが、高層建築群の「谷底」の部屋だと最悪です。】

 時代による違いで、私ヌルボが知らなかったことは、1960年代の高度成長期はこの島に住む人の暮らしは意外にレベルが高かったということです。給与水準が高く、新しい電化製品を早くから買い込んだり、島内には映画館やパチンコ屋等もあり、ずいぶん活気があったそうです。当時の写真を見ると、TVアンテナが無数に林立しています。
 人口は最盛期の1960年に5,267人で、人口密度は当時の東京都区部の9倍以上で世界一だったそうです。そんな超過密の狭い島で、キュークツさとか不便さとか感じなかったのか、と思うのは今のフツーの日本人だからかもしれません。
 とくにその頃島にたくさんいた子どもの感覚からすれば、そこがフツーの世界ですから、そこならではの楽しさがあったようです。
 当時の写真集を見ても、建物を結ぶ階段等で遊ぶ子どもたちの生き生きとした表情が写されています。
 軍艦島クルーズのガイドさんの紹介した「軍艦島グラフィティ」という絵本は、帰ってから調べたら1966年端島で生まれた神村小雪さんさんが描いたものでした。(今は売られていません。)

        
   【今の「廃墟」とはもちろん、昔のモノクロ写真とも全然違う、いいフンイキの絵です。】

 また、「軍艦島を世界遺産にする会」(→公式サイト)の理事長の坂本道徳さんは1954年福岡筑豊生まれで、小学6年生で端島に移住、ということはやはり60年代後半です。1999年に25年ぶりの同窓会で端島へ渡航したことをきっかけに、故郷への想いから2003年NPO法人「軍艦島を世界遺産にする会」を立ち上げました。以後TV出演、講演、執筆活動、軍艦島ガイド等を通じて世界遺産登録に向けて奔走しています。
※上記のサイト中にご自身の紹介ページがあります。(→コチラ。) これを見ると、実に精力的に活動されていることがうかがわれます。
 さて、上記の公式サイト中のネットショップでは関連書籍等が販売されているのですが、たとえばその1つに「軍艦島「住み方の記憶」」という、軍艦島出身者が写真とともに当時の生活を探る本があります。(→コチラ。)
 「軍艦島は人々の強い絆と暖かさで結ばれていた!」というキャッチコピーと、次のような説明文があります。
 廃墟として忘れられようとしていた端島にはこんな暮らしがあり、生き生きとしたコミュニティがあったのだという島の人にしか知りえなかったことを、この「住み方の記憶」を通して写真や当時のエピソード、建物などの解説で少しでもこの島のことを理解していただければ幸いです。
 なるほど。たしかに、60年代当時の島に暮らした人たちにとっては(若干の無意識の美化作用があるにしても)偽らざる気持ちでしょう。また、現在の軍艦島の「廃墟の異様な外貌」だけで興味を持った人たちに対して、過去のようすを知ってほしいというのもわかります。
 
 ところが、歴史をもっとさかのぼると、たとえば明治時代の高島炭坑事件という当時社会問題となり、今も日本史の史料集にも載っている事件もありますが、およそ炭鉱というものを歴史的にみると事故や労働問題がつき物であることは論を待たず、また戦前・戦中は朝鮮人・中国人労働者が過酷な労働に従事したという事実があります。

 軍艦島の場合も「軍艦島は生きている!」(長崎文献社)には、その人数は「朝鮮人500人弱、中国人80人余といわれている」とあります。また、「死亡外国人の数も確定できる資料に乏しいが、1925~45年までの20年間に、窒息、圧死などの事故死63人、島から逃亡した際の溺死など4人が明らかになっている」(長崎在日朝鮮人の人権を守る会)調査資料)とのことです。
 さらに、林えいだい「筑豊・軍艦島―朝鮮人強制連行、その後」「強制連行・強制労働 筑豊朝鮮人坑夫の記録」などの著作や、長崎在日朝鮮人の人権を守る会「軍艦島に耳を澄ませば」(社会評論社.2011年)でかつての朝鮮人労働者の証言を読むと、まったく違う過去の記憶が目にとびこんできます。
 徴用の経緯もさまざまで、中には徴用ではなく自らの意思で端島の炭鉱労働者になった人もいるので、私ヌルボは「強制連行」という誤解を生む用語は使いませんが、14歳で連れて来られた人もいたり、また異口同音に過酷な労働状況、粗末な食事、病気になっても治療が施されないばかりか労働を強要されたこと等が語られています。
 1944年に「村の労務係」の命令で端島炭鉱に連れて行かれて1日12時間石炭掘りをやらされた90歳(2011年)になる韓国人のお年寄りは、「あそこは逃げ出したくても諦めるしかない、監獄のようなところだ」と語っています。そして「世界遺産だなんて、日本人はあの島の歴史を誇れるのか」と問い返しています。
 これもまた、「あの時期」に、「そういう立場」で端島で暮らした人にとっては、当然の記憶のありようです。
※高島炭鉱、端島炭鉱の朝鮮人労働者問題については→コチラの記事参照。
※朝鮮人の徴用労働者もさることながら、中国人の捕虜労働者とはひどいことをしたものだ。ソ連による日本人のシベリア抑留も念頭におきつつ・・・。

 私ヌルボがこれまでにみた軍艦島の世界遺産をめざす地元の人々を中心とした運動では、上述のような「負の歴史」はあまり(ほとんど?)触れられていないように思われました。

 この点について思い起こしたのは、昨年11月ポレポレ東中野で観たドキュメンタリー映画「三池 終わらない炭鉱(やま)の物語」のことです。「闘う主体」の側に立った闘争記録的な映画かなと思ったらそうではなくて、第二組合や会社側の人の証言も映されていました。また1963年の大事故の後遺症に苦しんでいる人が今なお約130人もいることを初めて知りました。多角的な視点から描くことが観る人の理解をより深める好例というべき映画でした。驚いたのは、エンドクレジットに「企画 大牟田市・大牟田市石炭産業科学館」とあったことです。行政が関わる映画は「無難な内容」のものと相場は決まっているのに・・・。上映後の茶話会の場で、熊谷博子監督にその点をお伺いしました。すると、担当の市の職員の方が関係方面への説得・折衝等にすごく奮闘してくださったとのことでした。第二組合の人の証言も入っているのはその人の意向だったとも。三井との関係等で困難なことも多多ある中、お役人の中にも気骨のある方がいらっしゃった、ということです。

 長崎の場合はもちろん三菱です。市や県が炭鉱をはじめとする近代の歴史をなんらかの形でまとめようとすると、当然いろいろとヤバい過去のもろもろも出てきます。そのほとんどは三菱がらみ。
 市や県が、三菱に「気がね」をしてしまうことはないでしょうかねー・・・。あるいは三菱の側はどう考えるのでしょうか?
 歴史のある企業は脛に傷をいくつも持っているもので、要はそれらをなかったこととせず、同じことを繰り返さないためにもきちんと記録に残し、今後に資することです。・・・ということは、別に私ヌルボが言わずとも知れたことですよね。
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韓国内の映画 Daumの人気順位 と 週末の興行成績[3月22日(金)~24日(日)]

2013-03-25 23:56:40 | 韓国内の映画の人気ランク&興行成績
 先週の記事では何も書きませんでしたが、先々週は数日間大阪アジアン映画祭を観に行きました。そんなにガムシャラに観まくったというほどでもなく、計7作品を鑑賞。うち韓国映画が「1999,面会~サンシャイン・ボーイズ」「裏話 監督が狂いました」「離ればなれの」の3作。中で「1999,面会」は物語もさることながら、江原道鉄原の通称・白骨部隊と所属兵士のようす等を垣間見ることができた点はよかったです。軍人百貨店なんて店があるんですね。
         
  【こんなでかい「白骨像」も造られています。映画で初めて知りました。もっと愛嬌があった方がいいのに・・・。】
 で、私ヌルボが観た7本の中でとくにおもしろかったのが「アンニョン! 君の名は」というタイ映画。なりゆきでソウルに来てしまったタイの青年が、たまたまヨン様ファンで旅行中のタイ人女性に出会って、一緒に旅をするうちに親しくなったのだが・・・、というラブ・コメディなんですが、タイからも韓流ファンの女性たちがツアーで韓国にけっこう来てるんですねー。冬ソナの撮影地の南怡島(ナミソム)に行って記念写真を撮ったり等々。で、タイの人たちは雪を見たことがない人が大半だから、それもお目当てのようで・・・。その他もろもろ、他のアジアの国々から見た韓国というのが少しわかって、そこがおもしろかったです。
 また台湾映画「GF*BF」や「ポーとミーのチャチャ」も、日韓の高校と比較してみるといろいろおもしろいです。後者の女性監督とプロデューサーは歴史ある高雄高級中学の同窓だとのことですが、インタビューの場で「昔日本が造ってくれた伝統校」と言っていました。韓国では、日本人が創立に参画した学校でも校史ではそのことが書かれていなかったりしているそうですが(淑明女子大とか)、その高雄高級中学の場合は→コチラの記事によると、昨年(2012年)は創立90周年の記念式典があって、日本統治時代に同校を卒業した日本人卒業生も40人ほど駆けつけて日本語の校歌を熱唱したとか。(台湾との間にも、4月公開の「セデック・バレ」で描いてるように、霧社事件のようなこともあったことは日本人は銘記すべきでしょうが・・・。)

 最近観た映画では、カミュの作品に基づく「最初の人間」。植民地アルジェリアにおけるフランス人として生まれた彼の立場から、植民地朝鮮で生まれ育った日本人との違いについて考えさせられました。
 韓国で日本より先に公開され、評価の高かった「偽らざる者」は、無実の主人公を追いつめていくものの怖さという点で、「それでもボクはやってない」よりもずっと怖い映画でした。「それでも~」の方が「いつあなたも犯罪者にされるかもしれない」と警告しているのに対して、コチラは「あなたも無実の人を犯罪者にする(orしている)かもしれない」と告げているのです。

          ★★★ Daumの人気順位(3月26日現在上映中映画) ★★★

【ネチズンによる順位】

①チスル – 終わらない歳月 2  9.4(22)
②パパロッティ(韓国)  9.4(1190)
③シュガーマン 奇跡に愛された男  9.2(125)
④かぞくのくに(日本)  9.1(63)
⑤Love Letter(日本)  9.3(572)
⑥偽りなき者  9.1(152)
⑦7番房の贈り物  9.0(3613)
⑧ポロロ 劇場版 スーパーそり大冒険(韓国)  8.9(66)
⑨ウォーム・ボディーズ  8.8(1173)
⑩おおかみこどもの雨と雪(日本)  8.8(429)

 新登場はありません。①と⑨はこのランクは初ですが、興行成績の方で既出。
 ①「チスル – 終わらない歳月 2」は、独立系としては思いのほか多くの観客動員で、評点でも実数は少ないものの、高いポイントを示しています。3月5日の記事で書いたことをほぼそのまま再度掲げておきます。この作品は、1948年の済州島四・三事件当時、西帰浦(ソギポ)の洞窟に身を隠した住民の実話に基づいた白黒映画で、言葉も実際に現地で話されている済州島方言が用いられているとか。3月1日に済州で公開されましたが、3月21日からソウル等全国公開が始まりました。四・三事件事件は島民の5人に1人にあたる6万人が政府軍・警察等によって虐殺された事件で、私ヌルボは金石範の大作「火山島」で初めて詳しく知りました。タイトルの「チスル(지슬)」は済州島の方言でジャガイモのこと。住民たちが山に避難する時に温かいジャガイモを分けあって食べたことから。原題は「지슬 - 끝나지 않은 세월2」です。

【専門家による順位】

①チスル – 終わらない歳月 2  9.0(5)
②愛、アムール  8.7(7)
③おおかみこどもの雨と雪(日本)  8.1(6)
④ベルリン(韓国)  8.0(6)
⑤雪男(韓国)  8.0(1)
⑥ジャンゴ 繋がれざる者 7.8(7)
⑦リンカーン  7.7(8)
⑧シュガーマン 奇跡に愛された男  7.7(4)
⑨ストーカー  7.6(6)
⑩偽らざる者  7.6(6)

 専門家諸氏の評価も、めずらしくネチズンと一致して、ここでも①位は「チスル – 終わらない歳月 2」です。
 新登場は⑥「ジャンゴ 繋がれざる者」だけです。日本では3月1日公開。「週刊文春」3月7日号のシネマチャートでは、品田雄吉氏が★4つだったが他の4人は全員★5つの満点。これは年間トップ
 レベルでないの! さっそく観に行かなくては・・・、と思いかけたものの、映画館でポスター等を見て、ちょっと気分が乗らなくて入らずじまい。ま、そのうちに・・・。韓国題は「장고:분노의 추적자(ジャンゴ:憤怒の追跡者)」です。


         ★★★ 韓国内の映画 週末の興行成績[3月22日(金)~24日(日)] ★★★

         韓国映画「恋愛の温度」が1位。リアルな恋愛の姿を描く

【全体】

順位・・・・題名・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・公開日・・・・・・・・週末観客動員数・・・・累計観客動員数・・・・累積収入・・・上映館数
1(21)・・恋愛の温度(韓国)・・・・・・・・・・・3/21・・・・・・・・・・・・・・・・538,871・・・・・・・・・・644,556 ・・・・・・・・4,858・・・・・・・563
2(2)・・パパロッティ(韓国)・・・・・・・・・・・・3/14・・・・・・・・・・・・・・・・329,607・・・・・・・・・・971,244 ・・・・・・・・6,808・・・・・・・428
3(1)・・ウォーム・ボディーズ ・・・・・・・・・・3/14・・・・・・・・・・・・・・・・262,124・・・・・・・・・・924,931 ・・・・・・・・6,656・・・・・・・359
4(3)・・新世界(韓国)・・・・・・・・・・・・・・・・・2/21・・・・・・・・・・・・・・・・202,708・・・・・・・・4,314,737 ・・・・・・・32,198・・・・・・・353
5(新)・・ジャンゴ 繋がれざる者・・・・・・・・3/21・・・・・・・・・・・・・・・・119,741 ・・・・・・・・・143,993 ・・・・・・・・1,062・・・・・・・340
6(4)・・7番房の贈り物(韓国)・・・・・・・・・・1/23・・・・・・・・・・・・・・・・・93,582・・・・・・・12,653,322 ・・・・・・・90,388・・・・・・・231
7(新)・・アンナ・カレーニナ ・・・・・・・・・・・・3/21・・・・・・・・・・・・・・・・・48,739・・・・・・・・・・・61,697・・・・・・・・・・432・・・・・・・246
8(新)・・ONE PIECE FILM Z(日本)・・・・・・3/21・・・・・・・・・・・・・・・・・47,261・・・・・・・・・・・51,510・・・・・・・・・・346・・・・・・・265
9(新)・・ドルフィン ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3/21・・・・・・・・・・・・・・・・・23,956・・・・・・・・・・・25,273・・・・・・・・・・168・・・・・・・197
       夢見るダニエルの勇敢な冒険
10(7)・・リンカーン・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3/14・・・・・・・・・・・・・・・・・21,624・・・・・・・・・・119,324・・・・・・・・・・833・・・・・・・117
       ※KOFIC(韓国映画振興委員会)による。順位の( )は前週の順位。累積収入の単位は100万ウォン。

 今回の新登場は1・5・7・8・9位の5作品です。
 1位は韓国映画「恋愛の温度」。同僚の目を避けて秘密の社内恋愛を続けてきたドンヒ(イ・ミンギ)とヨン(キム・ミニ)は3年目にして別れることになります。ところが、別れようと言った後、すべてが新しく始まります。互いを罵倒しあうこともある一方で、すぐにお互いが恋しくて涙を流したり、面と向かっては「いい人に会って幸せになってね」とクールに言いつつも、家ではこっそり相手のSNSを探ったり等々。ノ・ドク監督は、偶然の出会いから始まる美しいだけのロマンスを果敢に拒否して、現実的な恋愛を映画で描きたかったと語っているそうです。職場恋愛ねー、事例としてはたしかにいろいろありそうな話かもねー・・・。原題は「연애의 온도」です。
 5位は先述の通り。
 7位「アンナ・カレーニナ」、ご存知トルストイの名作をイギリスで映画化。日本でも3月29日(金)公開です。韓国題は「안나 카레니나」。
 8位「ONE PIECE FILM Z」は、日本では昨年暮れ(12月)公開だから、あまり間隔が空いてないですね。韓国題は「원피스 극장판 Z」です。
 9位「ドルフィン: 夢見るダニエルの勇敢な冒険」は、ペルー・ドイツ・イタリア合作のアニメ。世界で1500万部売れたという「꿈꾸는 돌고래(夢見るイルカ)」が原作とのことですが心当たりはなく、調べてみたらセルジオ・バンバーレンの「The Dolphin」という本で、「ドルフィン 海は、夢をかなえるところ」という書名で日本語訳も出ているとか・・・。この映画では、好奇心旺盛なイルカの少年ダニエルが主人公。毎日同じ退屈な日々が嫌になった彼はついに夢を見つけ、未知の世界に冒険に出ます。それぞれに個性的な海の世界の仲間とも知り合いますが、あちこちで剣呑な悪人たちにも会って、息もつけないほどの危険に陥る・・・というお話だそうです。韓国題は「돌핀:꿈꾸는 다니엘의 용감한 모험」。そのまま訳して仮題をつけておきました。日本語サイトにこのアニメの情報は見つかりませんでした。

【多様性映画】

順位・・・・題名・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・公開日・・・・・・・・週末観客動員数・・・・累計観客動員数・・・・累積収入・・・上映館数
1(3)・・チスル - 終わらない歳月 2(韓国)・・3/21 ・・・・・・・・・・・14,436・・・・・・・・・・・・・・・33,395・・・・・・・・・240・・・・・・・・・・78
2(2)・・誰の娘でもないヘウォン(韓国)・・・2/28 ・・・・・・・・・・・・・・1,092・・・・・・・・・・・・・・・31,963・・・・・・・・・245・・・・・・・・・・17
3(5)・・愛、アムール ・・・・・・・・・・・・・・・・・12/19・・・・・・・・・・・・・・・・972 ・・・・・・・・・・・・・・75,460 ・・・・・・・・・578 ・・・・・・・・・・4
4(1)・・光にふれる・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3/14 ・・・・・・・・・・・・・・・・264 ・・・・・・・・・・・・・・14,560 ・・・・・・・・・・98・・・・・・・・・・・5
5(4)・・かぞくのくに(日本) ・・・・・・・・・・・・・・3/07 ・・・・・・・・・・・・・・・228 ・・・・・・・・・・・・・・・4,472 ・・・・・・・・・・32・・・・・・・・・・・8

 今回の新登場はありません。
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[馬鹿でかい手とか、魚とか、カニとか・・・] 韓国のびっくりオブジェのいろいろ② 《巨大系》

2013-03-21 18:45:48 | 韓国の路上芸術・びっくりオブジェ等
 3つ前の記事で、「韓国のびっくりオブジェ」を5種類に分類して紹介しました。
 その1つが「巨大系」です。

 そもそも、私ヌルボが韓国の「巨大系」オブジェに注目したきっかけは、韓国国営放送KBSの日々の放送終了時に「愛国歌」とともに映される映像の一部を見たことでした。下の画像です。

      
        【海から巨大な手が突き出ています。指先のカモメは本物ですけど。】

 動画は→コチラで見ることができます。韓国の名所や、韓国人スポーツ選手の活躍が盛り込まれています。

 最初にこれを見た時、どこの何か全然わかりませんでした。「海」「巨大な手」「KBS」等の韓国語で画像検索したりしてやっとわかりました。
 正東津などとともに東海岸の代表的な日の出の名所、浦項市の虎尾串(ホミゴッ)の日の出公園(へマジ公園)にある造形物相生の手(상생의 손)」です。2000年のミレニアムを記念して建てられました。

          
    【指の間に太陽が入っている時をねらって撮っているところがミソ。】

 高さ8.5m、重さ18トン。すべて青銅で作られています。ドラマ「勝手にしやがれ」の撮影地にもなったそうです。

          
    【陸側の日の出広場にある左手と一対になっています。左手の方は高さ5.5m、重さは13トン。】

       
    【KBS1テレビの人気番組「韓国人の食卓」で浦項を訪れたチェ・ブラムさん。(2011年11月)】

 2011年11月のKBS1テレビ「韓国人の食卓」でチェ・ブラムさんが浦項を訪れた時も、番組の導入部ではこの像をバックに語っていました。新しいわりには、すでに広く知れ渡っているようです。

 この「巨大系」はさらに「アート系」と「非アート系」に大別されます。一応、ですが。(「具象系」と「抽象系」で分けた方がいいかな?)
 前の記事で紹介した仁川国際空港の巨大オブジェや、興国生命ビル前の巨大オブジェはいずれも「アート系」です。
 この「相生の手」は「アート系」なんでしょうが、その大きさと形態から、初めて見る人は芸術性を感じる以前にギョッ!と驚くのではないでしょうか?
 総じて韓国のアートは、内に向かう傾向のある日本のアートに比べると外に突出するようなものが多いように思われます。

 さて、この浦項市といえば九龍浦(クリョンポ)のカアメギ(과메기)が特産として知られています。上記「韓国人の食卓」でも第一に紹介していましたが、サンマの干物のことです。本来はニシンの干物だったのですが近年ではほぼ姿を消したそうです。

    
       【何の魚の尾なのか、よくわかりません。】

 このサンマの尾もなかなかの迫力ですね。高さが10mというこの造形物は、2009年4月浦項市が3億ウォンを投じて浦項空港から市内へと続く空港三叉路に設置した「銀色の豊漁(은빛풍어)」です。しかし「サバだかサンマだかクジラだかわからない」等々の疑問や非難の声が地元からあったようです。たしかにサンマの尾はもっと鋭角に尖ってたはず。
 この造形物は全国から公募して選定されたそうですが、芸術性という点ではいかがなものでしょうか?

 東海岸方面の特産関係の造形物では、ズワイガニ(대게)もよく知られています。
 海岸沿いの国道7号線を浦項から北へ<DAWMロードビュー>を利用して仮想ドライブすると、盈徳(ヨンドク)にもカニの造形物はいろいろありますが、それは端折って慶尚北道北端の蔚珍(ウルチン)。

    
       【ネット上で仮想ドライブ。前方右に何か異様なものが見えるぞ・・・。】

     
       【バルタン星人の襲来、ではなくてズワイガニの造形物。】

 今まさに海から上陸! ・・・ということで、状況によっては仰天しますね。

        
  【これも蔚珍の鳳坪三叉路。盈徳~蔚珍一帯は至るところカニの造形物が溢れているようです。】

 郷土の特産物の宣伝ということで、芸術からは遠ざかっていきますが、同様の趣旨の巨大造形物の代表的なものが下の写真。

         
   【見上げるばかりの高麗人参造形物。忠清南道錦山郡。】

 江華島と並んで高麗人参で知られる忠清南道錦山郡。蔚珍や盈徳でズワイガニ祭が開かれるように、ここでは人参祭が開かれます。そこの巨大なモニュメントは高さ15m

 ますます芸術から離れます。
 江原道の内陸部。九切里駅~アウラジ駅間の廃線になった線路を走る全長7キロのレールバイクは観光客に人気で、私ヌルボのサークル仲間にも行った人たちがいます。

 そのアウラジ駅には、その地の清流に生息するオルムチという魚をかたどった「cafeオルムチの誘惑(어름치의 유혹)」というカフェがあります。

     
         【こんな建物をよく造ったものです。「2尾」が並んでいます。】

 一方、レールバイクの出発点九切里駅には「キリギリスの夢(여치의 꿈)」というカフェが。なぜキリギリスなのかはよくわかりません。
 どちらも写真だけでもびっくり。

     
   【バッタ(메뚜기)じゃなくてキリギリス(여치)。紛らわしいなー。1階がパスタ専門店で2階がカフェ。】

 アート系よりも宣伝用の造形物の方が、人目を引くことが第一に作られているため、びっくりするものが多いですね。

 このシリーズ、次はいつになるかヌルボ本人もわからず、です。あしからず。

※この後の<韓国のびっくりオブジェ>関係記事[2014年5月16日の追記]
 →<韓国旅行中に見た街のモニュメント等>
 →<[高い所に座ったり、空中を歩いたり・・・] 韓国のびっくりオブジェのいろいろ③《フシギ系》>
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ハンセン病と韓国文学①

2013-03-20 21:07:49 | 韓国の小学生~高校生向き小説・物語
 韓国とハンセン病についての一連の記事で、「韓国のタルチュムとハンセン病者のこと」と題した記事を書いてから1ヵ月経ってしまいました。続きがなかなか書けなかったのは、「重い内容」の上、また自分自身どう考えたらいいのか、どう書いたらいいのかよくわからなかったからです。
 具体的には以下の内容からお察しください。

 ハンセン病について書かれた文学、ハンセン病患者によって書かれた文学は日本にも韓国にもいろいろあります。もちろん世界各国にもですが・・・。
 多磨全生園に隣接する国立ハンセン病資料館内の図書室には数多くの関係図書や各種資料が収蔵されていて、館外からのネット検索も可能です。月ごとの新聞・雑誌記事リストも見ることができます。

 私ヌルボ、昨年暮れに行った時に、短い時間だったので韓国関係の開架図書をざっと見ただけてたが、以前紹介した李清俊の小説「あなたたちの天国」(みすず書房.2010)も当然あり、書庫にはその原書もありました。
 初めて見た本としては「知るもんか!」(汐文社.2005)という児童書。4人の韓国作家の短編集です。その中に、イ・ヨンホ(이영호)作の「ポイナおじさん(보이나 아저씨)」という短編が収録されていました。ハンセン病のおじさんと家族に対する差別を目の当たりにした少年の心の機微を描いた作品です。

          

※この作品(韓国語)は、インターネットで読むことができます。→コチラ、またはコチラ
 →自動翻訳

 この作品の梗概は以下の通りです。
 ほとんど外出することなく部屋こもっている<ポイナおじさん>の家の前を通る時、子どもたちは声を張り上げるのです。「ポイナ?(見える?) アン ポイナ?(見えない?)」と、節までつけて。偶然庭に出ているおじさんの姿を見ようものなら、「ポーインダ!ポインダ!(見ーえた!見えた!)」と悲鳴を上げんばかりに逃げまくります。
そのおじさんが「本を書いているらしい」とか「日本で大学まで出た」という話を少年は信じなかった一方、「裏山の麦畑で赤子を食べ、血のりがべっとりついた口を大きく開けて、ワンワン泣いていた」というウワサは信じていました。友だちのひとりが「ポイナおじさんにつかまったら、食べられてしまうぞ。・・・子どもの肝を食べたら、らい病治るって言ってたぞ。ほんとうらしいぞ」と言ったことも少年は覚えています。  
 「ポイナ(보이나)」は日本語の「らい病者」を韓国語にした「ナイボ(나이보)」を逆に読んだ俗語です。
 少年は、たまたまポイナおじさんの2人の女の子たちと話をするようになります。また彼の父は以前からおじさんと知り合いで、少年が「ポイナおじさん」と言うと彼をきつく叱ります。やがてポイナおじさんが引越ししていくようすを少年は駅で目にします。汽車の車掌がおじさんを汽車の外に追い出すと、おじさんは客車の屋根にはい上がります。おばさんと2人の娘も屋根にあがります。少年を見たポイナおじさんは「元気でなー!」と手をふります。娘たちも。そして少年も「ポイナおじさーん!」と叫び、手をふりつづけます。


 ・・・今、この「보이나」とか「나이보」とかの言葉は、ネット検索をしたかぎりでは死語になっているようです。
 ただ少し気になったのは、先に少し引用した「裏山の麦畑で赤子を食べ・・・」という部分。

 今の日本では、差別の意図はなくても、差別を生むおそれがあったり、被差別者を傷つけるおそれのあるような表現は避けられるようになっています。

 たとえばハンセン病関係では有名な松本清張の「砂の器」
 映画化作品も名作との評価が高く、TVでも5回にわたりドラマ化されています。しかし原作も映画やドラマの再放映でも、今は「差別語」についての注がつけられたり、音声が一部消されたりしています。私ヌルボとしては、ちょっとナイーヴすぎるのでは、とも思うのですが・・・。(多数ある「差別語」関連のことわざがほとんど使われなくなっていたりするのも同様。)
 とはいうものの、荒井裕樹弁護士が『砂の器』について批判的に書いている記事はなかなか説得力があると思いつつ読みましたが・・・。

 一方、韓国では、以前の記事でも書きましたが、日本に比べると「差別語」や「差別的表現」のハードルがかなり低いように思われます。
 上述の「裏山の麦畑で赤子を食べ・・・」という強烈な内容の話は、今の日本ではとんなものでしょうか? 
 日本にも、昔から奥州安達ヶ原の鬼婆の伝説のように人間の内臓が薬とされたという物語(や事実!)が伝えられています。
 ウィキペディアの<カニバリズム>の項目を見ると、古今東西の多くのおぞましい事例が挙げられていますが、<朝鮮>に関しても次のような記述があります。

 朝鮮半島でも食人文化は見られ、「断指」「割股」という形で統一新羅時代から李氏朝鮮時代まで続いている。孝行という形以外で直接的に人肉を薬にすることについては比較的遅くに見られ、李氏朝鮮の中宗21年の数年前(1520年代)から広まっており、宣祖9年6月(1575年)には生きた人間を殺し生肝を取り出して売りさばいた罪で多数捕縛されたことが『朝鮮王朝実録』に記載されている。  
 また、韓国独立運動家の金九は自身のももの肉を切り、病気の父に食べさせている。この民俗医療の風習は、元々梅毒の治療のために行われたと推察できるが、後にこれらの病に留まらず不治の病全般に行われるようになり、植民地時代の昭和初期に至っても朝鮮・日本の新聞の記事の中にも長患いの夫に自分の子供を殺して生肝を食べさせる事件や、ハンセン病を治すために子供を山に連れて行って殺し、生肝を抜くという行為が散見される。ただしこの時代の朝鮮人社会でも、すでにこのような"薬"としての人肉食は前近代的で非科学的な奇習と考えられているようになっており、一般的ではなくなっていた。当時の植民地朝鮮で施行された日本法でも禁止されている。


 ・・・うーん、なんともコメントしづらい記事ではあります。
 ヘタしたら「嫌韓」のネタにされそうですが、洋の東西を問わないことのようなので誤解のないよう望みます。

 次の記事<ハンセン病と韓国文学② 高銀・韓何雲・徐廷柱・・・、韓国の著名詩人とハンセン病のこと>では、「この件」についてのこうした「歴史的背景」と関連して、著名な詩人・高銀の作品等を見てみます。

[韓国とハンセン病関連記事]

 → <ハンセン病の元患者、歌人・金夏日さんと、舌読と、ハングル点字のこと>

 → <2005年毎日新聞・萩尾信也記者が連載記事「人の証し」で金夏日さんの軌跡を記す>

 → <ハングル点字のしくみを見て思ったこと>

 → <韓国の「ピョンシンチュム(病身舞)」のこと等>

 → <韓国のタルチュム(仮面舞)とハンセン病者のこと>

 → <ハンセン病と韓国文学② 高銀・韓何雲・徐廷柱・・・、韓国の著名詩人とハンセン病のこと>
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韓国内の映画 Daumの人気順位 と 週末の興行成績[3月15日(金)~17日(日)]

2013-03-19 23:49:38 | 韓国内の映画の人気ランク&興行成績
 この記事のネタとして、「キネマ旬報 2月下旬決算特別号」に載っている2013年の公開映画一覧から韓国映画だけをピックアップして・・・とちょっと考えたものの、相当の分量になるしなー、とそのままやらずじまい。ところがちょくちょく利用させていただいている<海から始まる!?>の昨日3月18日の記事「2013年に観る映画、観ない映画!」に、今年公開予定のアメリカ映画以外の全外国映画がリストアップされているのを発見! 監督名・配給会社名等も入っています。いやー、どなたか存じませんがご苦労様です。
で、私ヌルボ、それをちゃっかり拝借させていただいて、タイトルと公開日だけを下に並べました。

「アウトロー -哀しき復讐-(1月12日~)・「蜜の味~テイスト・オブ・マネー~」(1月19日~)・「チャ刑事」(1月26日~)・「王になった男」(2月16日~)・「僕の妻のすべて」(3月2日~)・「恋は命がけ(不気味な恋愛)」(3月2日~)・「ヨンガシ 変種増殖」(3月2日~)・「愛してる、愛してない」(3月16日~)・「探偵ヨンゴン 義手の銃を持つ男」(3月23日~)・「容疑者X 天才数学者のアリバイ」(4月20日~)・「ハナ 奇跡の46日間」(4月20日~)・「マイPSパートナー」(4月27日~)・「コードネーム:ジャッカル」(5月3日~)・「私は王である!」(5月11日)・「後宮の秘密(後宮)」(5月18日~)・「建築学概論」(5月18日~)・「私のオオカミ少年」(5月25日~)・「ある会社員」(6月1日~)・「3人のアンヌ」(6月15日~)・「嘆きのピエタ」(6月公開)・「10人の泥棒たち(泥棒たち)」(6月22日~)・「ベルリンファイル(ベルリン)」(7月13日~)・「渚のふたり(かたつむりの星)」(夏公開)・「Nameless Gangster(犯罪との戦争:悪者たちの全盛時代)」(夏公開)・「Snowpiercer(雪国列車)」(公開日未定)

 一応まさに申し訳程度に「キネ旬」と照合してみたところ、チョン・ビョンギル監督「殺人の告白(私が殺人犯だ)」が抜けているのを発見しましたが、その理由まではわからず。

 さて、このリストの中から今後の注目作を挙げてみると、観客動員数記録更新作品の「「10人の泥棒たち」、専門家の評価が高い「ベルリンファイル」、ベネチア国際映画祭金獅子賞受賞作のキム・ギドク監督作「嘆きのピエタ」等。ヌルボの個人的好みでは「建築学概論」、そしてハズレのないポン・ジュノ監督の「Snow Piercer(雪国列車)」。後者はバンドデシネ(フランスのコミック)が原案で、韓国映画至上最高額の制作費で、ソン・ガンホ等が出演。(→参考1参考2)。

          ★★★ Daumの人気順位(3月19日現在上映中映画) ★★★

【ネチズンによる順位】

①語る建築家(韓国)  9.6(122)
②パパロッティ(韓国)  9.4(825)
③Love Letter(日本)  9.3(549)
④シュガーマン 奇跡に愛された男  9.2(122)
⑤MBの追憶(韓国)  9.2(872)
⑥かたつむりの星(韓国)  9.1(67)
⑦偽りなき者  9.1(137)
⑧かぞくのくに(日本)  9.0(55)
⑨おおかみこどもの雨と雪(日本)  9.0(411)
⑩デリー・サファリ  9.0(45)

 新登場は②「パパロッティ」だけです。これについては後述します。
 ⑥「かたつむりの星」は久しぶりに再登場。2012年11月の<バリアフリーさが映画祭2012>では「渚のふたり<仮題>」というタイトルで上映されました。今夏には一般公開されるそうです。内容紹介を再掲します。全盲で難聴という重複障害者の青年チュ・ヨンチャンさん日常と、妻のキム・スンホさんとの愛情を描いたドキュンタリーで、「カタツムリのように、ただ触覚だけでゆっくりと生きる」というのがタイトルの意味。スンホさんは脊椎傷害のため背丈は小さいが、ヨンチャンを外の世界へ導こうと手を差しのべる・・・。原題は「달팽이의 별」です。2011年アムスダルダム国際ドキュメンタリー映画祭で長編コンベンション部門大賞、2012年11月ロシア・モスクワで開かれた第6回国際障害者映画祭でも最高賞であるグランプリを受賞しました。

【専門家による順位】

①愛、アムール  8.7(7)
②あなたはまだ何も見ていない  8.6(3)
③おおかみこどもの雨と雪(日本)  8.1(6)
④ベルリン(韓国)  8.0(6)
⑤雪男(韓国)  8.0(1)
⑥アーティスト  7.8(6)
⑦リンカーン  7.7(6)
⑧シュガーマン 奇跡に愛された男  7.7(4)
⑨二つの扉(韓国)  7.6(6)
⑨ストーカー  7.6(6)

 新登場は⑤と⑦の2作品。
 ⑤「雪男」は、韓国製のファンタジー・スリラー。願わない子供ができ、仕事まで失ったヨンス(キム•テフン)は、厳しい現実を避けてが苦しい現実を避けて逃げたところは、学生時代友人と訪れたことがある雪山の中のモーテルです。そこでは、妙な雰囲気の女主人(チョ・ウナ)と、なぜかヨンスに好奇心を見せる正体不明の男2人が彼を迎えます。徐々に過去の記憶を思い出していくヨンス・・・。そこに消えた父親を探して雪山まできた謎の少女アンナ(ジウ)まで現われ、ヨンスはとらえどころのない混乱に陥ります。すると思いもよらない事態が起こり、ヨンスとアンナはわけも分からないまま雪山に向かって逃げることになるのですが・・・。原題は「설인(雪人)」。韓国語ではこういうのか。
⑦「リンカーン」は日本では4月19日公開。もう予告編を観た人は多いでしょう。韓国題は「링컨」です。

         ★★★ 韓国内の映画 週末の興行成績[3月15日(金)~17日(日)] ★★★

         「7番房の贈り物」が韓国映画歴代3位に

【全体】

順位・・・・題名・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・公開日・・・・・・・・週末観客動員数・・・・累計観客動員数・・・・累積収入・・・上映館数
1(33)・・ウォーム・ボディーズ ・・・・・・・・・3/14・・・・・・・・・・・・・・・・423,330・・・・・・・・・・503,758 ・・・・・・・・3,686・・・・・・・475
2(11)・・パパロッティ(韓国)・・・・・・・・・・・3/14・・・・・・・・・・・・・・・・360,304・・・・・・・・・・443,227 ・・・・・・・・3,165・・・・・・・546
3(1)・・新世界(韓国)・・・・・・・・・・・・・・・・・2/21・・・・・・・・・・・・・・・・322,611・・・・・・・・3,960,308 ・・・・・・・29,599・・・・・・・456
4(2)・・7番房の贈り物(韓国)・・・・・・・・・・1/23・・・・・・・・・・・・・・・・180,957・・・・・・・12,485,455 ・・・・・・・89,233・・・・・・・346
5(3)・・サイコメトリー(韓国) ・・・・・・・・・・・3/07・・・・・・・・・・・・・・・・・78,010・・・・・・・・・・489,033 ・・・・・・・・3,664・・・・・・・308
6(4)・・オズ はじまりの戦い・・・・・・・・・・・3/07・・・・・・・・・・・・・・・・・59,091・・・・・・・・・・326,803 ・・・・・・・・2,703・・・・・・・275
7(36)・・リンカーン・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3/14・・・・・・・・・・・・・・・・・57,986・・・・・・・・・・・72,035・・・・・・・・・・512・・・・・・・212
8(新)・・グラディエイター ・・・・・・・・・・・・・・3/14 ・・・・・・・・・・・・・・・・33,651・・・・・・・・・・・35,662 ・・・・・・・・・・242・・・・・・・274
     ローマ英雄誕生の秘密:3D
9(5)・・ジャックと天空の巨人 ・・・・・・・・・・2/28・・・・・・・・・・・・・・・・・26,335 ・・・・・・・・・944,908・・・・・・・・・7,300・・・・・・・173
10(7)・・ベルリン(韓国) ・・・・・・・・・・・・・・・1/30・・・・・・・・・・・・・・・・・16,417・・・・・・・・7,146,701 ・・・・・・・52,217・・・・・・・116
       ※KOFIC(韓国映画振興委員会)による。順位の( )は前週の順位。累積収入の単位は100万ウォン。

 「7番房の贈り物」が「王の男」(1231万人)・「王になった男」(1232万人)を抜いて韓国映画歴代3位になりました。「グエムル 漢江の怪物」(2006)「泥棒たち」(2012)ともに約1302万人ですが、そこまではちょっと無理っぽい?
 今回の新登場は1・2・7・8位の4作品です。
 1位「ウォーム・ボディーズ」が久しぶりに外国映画でトップの座に。ゾンビが出てくるのにホラー映画ではなくアクション&ロマンス。近未来のアメリカ、ゾンビが蔓延しています。人間の脳ミソを食っちゃったりするんですね。主人公はイケメンの(!)ゾンビ青年(ニコラス・ホルト)。人間の少女に恋をして、彼女を守るためにがんばっちゃうのです。イケメンでも、腐っていくのが大きな弱点だなー・・・。韓国題は「웜 바디스」。日本公開は今年9月、なのかな?
 2位「パパロッティ」は、声楽の天才チンピラvs問題教師という構図。ゲンコツと歌の才能に恵まれていた高校生チャンホ(イ・ジェフン)、家庭環境が原因でゲンコツの世界に飛び込みチンピラにはなったものの声楽家への夢は捨てていません。その地方の芸術高校の音楽教師は元は声楽家だったというサンジン(ハン・ソッキュ)。チャンホにとっては兄貴分より恐ろしい存在で、ことあるごとに彼を虫するのですが、やがて・・・。原題は「파파로티」です。
 7位「リンカーン」は前述の通り日本では4月公開。
 8位「グラディエイター ローマ英雄誕生の秘密:3D」は、あのアメリカ映画「グラディエイター」と関係があるのかんと思ったらそうではなく、イタリアのファミリー向けCGアニメでした。主人公ティモはローマの有名なグラディエーター学院に通ってはいるが、「勇者になるゾ!」という強い意欲はナシ。ところが将軍の美しい娘ルシルが現われると一変とがらっと一変。彼女の心をとらえるため勇者になろうと、トレーナーダイアナを訪ねて奇想天外な訓練を受けることになる・・・。観た方の感想を→コチラのブログ記事で確認すると「主人公のダメ男ぶりがまさにイタリア人。自分を突き動かす動機が「好きな女の子」のみなんて、恐るべし恋愛体質。こういうイタ人よくいるーと叫びたくなります。努力や根性の文字とは無縁、安直な解決策に流れるなどなどまさにイタリアダメ男の見本のような主人公なんです。そして、女性群の露出度の高さもこれまたイタリア風です」と相当にボロクソに書きながらも「面白い映画でした」とのことです。予告編(→コチラ)
を見るとやっぱり良くも悪くもイタリアで、韓国とイタリアはよくいわれるように共通するところはあるかもしれませんが、日本人には合わない感じだなー。韓国題は「글래디에이터: 로마 영웅 탄생의 비밀 3D」で、それを訳して仮題をつけました。。

【多様性映画】

順位・・・・題名・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・公開日・・・・・・・・週末観客動員数・・・・累計観客動員数・・・・累積収入・・・上映館数
1(新)・・光にふれる・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3/14 ・・・・・・・・・・・・・・4,733 ・・・・・・・・・・・・・・11,395・・・・・・・・・・77・・・・・・・・・126
2(1)・・誰の娘でもないヘウォン(韓国)・・・2/28 ・・・・・・・・・・・・・・3,504 ・・・・・・・・・・・・・・28,861・・・・・・・・・221・・・・・・・・・・26
3(2)・・チスル - 終わらない歳月 2(韓国)・・3/21 ・・・・・・・・・・・・3,155・・・・・・・・・・・・・・・14,251・・・・・・・・・101・・・・・・・・・・・5
4(3)・・かぞくのくに(日本) ・・・・・・・・・・・・・・3/07 ・・・・・・・・・・・・・・・572 ・・・・・・・・・・・・・・・3,811・・・・・・・・・・28・・・・・・・・・・12
5(7)・・愛、アムール ・・・・・・・・・・・・・・・・・12/19・・・・・・・・・・・・・・・・485 ・・・・・・・・・・・・・・73,681 ・・・・・・・・・564 ・・・・・・・・・・4

 1位「光にふれる」が初登場です。台湾の青春映画で、第17回釜山国際映画祭では観客賞を受賞。昨年(2012年)の東京国際映画祭でも上映されました。視覚障害の少年ピアニスト・ユィシアンは親元を離れて音楽大学に入学しますが、不慣れな所での生活と、彼を無視する冷酷な現実の中で挫折しかかります。そんなある日、ダンサーをめざすシャオジエ(サンドリーナ・ピンナ)に出会って前向きな気持ちが芽生えます。やがて彼女はダンスの国際コンクールに挑戦し、ユィシアンもまた夢に向かって進んでゆきます。盲目の天才ピアニストとして知られ、日本公演もおこなっているホアン・ユィシアン(黄裕翔)が本名のままユィシアンを演じていて、彼の実話を基にした作品だそうです。原題は「逆光飛翔」、韓国題は英語題を音読して「터치 오브 라이트」です。
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[これは芸術か? それとも・・・・] 韓国のびっくりオブジェのいろいろ①

2013-03-15 22:55:59 | 韓国の路上芸術・びっくりオブジェ等
 おそらく、韓国に旅行した日本人の多くが思っていることではないでしょうか?
 何のことかというと、韓国人の芸術センスは、日本人とは違うのではないか、ということ。

 韓国の街や観光地等でよくオブジェというか、モニュメントというか、屋外彫刻といったものをよく見かけます。韓国では一般に「造形物(조형물)」といいます。芸術作品の場合もあり、イベントや各種施設のマスコットや、店や商品の宣伝用の物もあります。公園や博物館等にはいろんな人間とか動物等の人形もあります。
 ところが、それらの物を見て「おどろいた!」ことが何度あったことか・・・。たとえばすごく大きかったり、色がキョーレツだったり等々。
 それらを「芸術」というにはどうも疑問を感じたりもしてきました。(芸術を語れるほど審美眼に自信はないんですけどね。)

 この数年私ヌルボ、自ら韓国のいろんなところで目にしたびっくりオブジェを写真に撮ってきました。あるいは韓国や日本のサイトをいろいろ見て、びっくりオブジェを見つけたら保存してきました。
 
 いろいろ見ていくにあたって、まずは代表的な例をあげましょう。下の画像は今さらとりたててあげつらうこともないかもしれませんが・・・。

       
  【これを「すばらしい!」という人はどれくらいいるのかな? 夜見ると多少はマシに見えますが・・・。】

 韓国観光客の何割かは見ていると思います。
 2005年に復元された清渓川の、竣工1周年に造られたモニュメント。巻貝をかたどったもので高さは20m。「スプリング」というタイトルがつけられています。製作費用は約34億ウォンですと(!)。
 私ヌルボ、最初にコレを見た時、原色の赤と青の取り合わせというセンスのひどさに大失望しものです。
 コチラの記事によると、アメリカのポップアート美術家のクライズ・オールデンバーグ夫妻の共同作品とか。
 ・・・で、韓国のネチズンたちの間でも「韓国的ではなく、非常に異国的」とか「周辺環境と全く似合わない」とかの否定的な意見が出てたそうです。さもありなん。しかし私ヌルボ、今までこういうのが韓国的か、と一人でナットクしちゃってましたが、そーか、アメリカ人芸術家かー。今初めて知ったわー。床柱にペンキ塗っちゃう人たちだからなー。

 次の例。ソウル・金浦空港に着いてすぐ「これはヘンだぞ!」と思った人を少なくとも2人知っています。知人S氏、そして<ソウル情報局>というブログのブログ主さんです。(←ソチラのブログの方が、写真はずっとよく撮れています。)
 2008年ヌルボをガイド役にして初めて韓国の地に降り立ったS氏。金浦空港国際線の手荷物受け取りコンベアのところで目をみはったのがこの人形でした。

       
   【4年以上経った昨年暮れもありました。意外と好評なのかなー???】

 これを見た印象はいかがなものでしょうか?
  A.かわいいと思う。
  B.とくになんとも思わない。
  C.なんかヘンだ、ブキミだと思う。
 上記<ソウル情報局>のブログ主さんは「私はこれを何度となく可愛く感じようとしたのですが、無理でした」と書いていらっしゃいますが、そんなに無理することはないですよ~。(笑)
 ヌルボの場合は、最初はBでしたが、言われてみてCに同意。

 ★2015年4月23日の追記 4月20日金浦空港到着時に見ると、この造形物はありませんでした。昨年12月もなかったかな? で、今は下の写真のようになにもありません。ちょっと寂しい気持ちもなきにしもあらず。(笑)
    

 金浦空港といえば、一昨年(2011年)の国内線ロビーに時間つぶしで行ってみたら、下のような人形が並んでいました。この手の人形は、実にいろんなところで見かけます。

    
  【コチラはあまり大きくない分、ブキミさはあまり感じられません。「ちょっとヘンかな?」程度。】

 また仁川空港では、下の写真のような巨大なオブジェに気づいた人はどれほどいるでしょうか? 「Flying to the Sky」と題される造形物です。芸術性はよくわかりませんが、とにかくその大きさにびっくり!という造形物は韓国にたくさんあります。

     
   【独立記念館のような建物も同様ですが、大きさは国力(権力)と関係があるようですね。なんか「誇示」したいんですね。】

 さて私ヌルボ、貯め込んだ画像をいろいろ眺めてつつ、なんで「びっくり」なのかを考えてみました。そして、およそ以下の5種類に分類されるのではないか、との仮説を立ててみました。
 5種類とは①巨大系 ②ブキミ系 ③幼児系 ④写実系 ⑤フシギ系 です。

 今回は5種類の代表例だけ紹介することにして、あとはシリーズとして順次記事にしていくことにします。

①《巨大系》
 上の仁川空港のオブジェのように、とにかくでかい物です。
 昨年(2012年)暮れ、大通りに面したビルの前の巨大なオブジェにおどろきました。地下鉄光化門駅の上、世宗路の李舜臣像から大通り(セムナンキル)を西に7~8分ほど歩いた左側にある映画館cine cubeが入っている興国生命本社ビル前です。

       
     【赤い帽子をかぶっているのは冬だからだそうです。】
 
 この造形物は、アメリカのインスタレーション作家であるジョナサン•ボロウスキ(Jonathan Borofsky)が興国生命の依頼を受けて製作した"ハンマリングする人(Hammering Man)"と題されたモビール・オブジェです。2002年に造られました。
 高さ22m・重さ5トンもある鉄製オブジェです。この作品は、1980年ニューヨークのポーラ・クーパー・ギャラリーで初めて展示された後、フランクフルト、ベルリン、スイス•バーゼル(スイス)、シアトル等に続いて作られたもので、このソウルのがいちばん大きいそうです。
この"ハンマリングマン"は、ハンマーを持った右手が動きます。1分17秒間隔でハンマーが振り下ろされる、ということは、1日に720~750回くらい。 足の部分にモーターがあり、チェーンによって右手に動きが伝えられるそうです。
 私ヌルボ、このオブジェはすなおに芸術だと思います。
 ところが、この「巨大系」でも「ブキミ系」とかぶってるのがあるんですよねー、困ったことに。なんで困るのかと訊かれても困りますが・・・。それらは後日紹介します。

②《ブキミ系》
 文字通りブキミさが感じられるもの。ま、主観的なものですけど・・・。日本人と韓国人でも違うみたいです。上掲の金浦空港内の人形は、「ブキミ系」&「幼児系」ですね。
下の写真は、鍾路2街を歩いていて、たまたま目に入ったもの。なんかの店の前の造形物です。
         
      【人間がどう組み合わされているのか、よくわかりません。】

 これと似た発想で、たぶん多くの人が目にしていると思われるのが下の造形物です。

     
     【上の人物が下の人物を目隠ししていて、それが数珠つなぎになっています。】

 永登浦のTIMES SQUEREの正面にある造形物です。
 目隠しの連鎖とは何か意味がありそうでもあり・・・。この作品の「芸術性」については、私ヌルボ、意見保留。
 ブキミ度については、もっとずっとキョーレツなのがいろいろあります。

③《幼児系》
 子どもの遊び場等でよく見られます。主に人形なのですが、「ブキミ系」と重なるものが大半です。

  
   【キャッチャーはタヌキかな? 右のピカチュー、なんかヘンじゃないですか?】

 左の写真はロッテモール金浦空港内の子どもの遊び場。ブキミ度は高くないですね。
右は富川アインスワールドのピカチューなんですが、落書きのせいもあってか薄汚れていて、なにか不純な感じ(笑)がするんですけどねー。
 全体的に、色使いが日本と比べると原色が多いみたいです。

④《写実系》
 これは主に原寸大の人物像。芸術系とは限らず、博物館等の模型も含まれます。

       
  【慶尚南道の山清韓方公園。池のほとりで洗濯をしている女性。これはごく自然なんですが・・・。】

 上の写真と同じ池には、下のような造形物も・・・!
 
      
    【うーむ、これはもしかして、韓方のツボと関係があるのでしょうか?】

 コチラは、「ブキミ系」というより「フシギ系」でしょうか? ここには同じような手のひらの造形物もあります。

 「写実系」といえば、皆さんおなじみの像がありますね。
  
      
   【いうまでもないですね。慰安婦少女の像です。】

 コメントをつけるとややこしくなりそうなので、はい次。

   
     【光州の5.18自由公園の野外展示。拘禁された市民たちの人形。】

 こういう人形は博物館等の施設でよく見られますね。日本にもありますが、モノによってはなんか日本とは違うぞ、というものも見受けられます。

⑤《フシギ系》

 どこかフシギ、というのもあれば、これは何だ!?と驚くのもあります。
 説明しにくいので、実例を2つあげます。

    
       【京畿道 抱川市にある山井湖の造形物です。】

 上の造形物もそうですが、「巨大系」とダブる物がいくつもあります。

    
  【昌原市 馬山の3.15国立墓地の彫刻(レリーフ?)。】

 3.15国立墓地とは、1960年3月15日李承晩独裁政権の不正選挙等に抗して憤然と立ち上がり、犠牲になった人たちの墓地です。ということで、ウケねらいのような軽さのない、まじめな作品ですね。
 これら2例は至極マトモですが、「フシギ系」の中にはほとんど「ブキミ系」に近いものもあれば、発想の奇抜さに笑ってしまうようなものもあります。

 今回はシリーズ初回ということで、予告編みたいな記事にしました。
 といっても、次回がいつになるかは自分でもわかりません。

※<韓国のびっくりオブジェ>関係記事
 →<[馬鹿でかい手とか、魚とか、カニとか・・・] 韓国のびっくりオブジェのいろいろ②《巨大系》>
 →<韓国旅行中に見た街のモニュメント等>
 →<[高い所に座ったり、空中を歩いたり・・・] 韓国のびっくりオブジェのいろいろ③《フシギ系》>
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林志弦漢陽大教授によるナショナリズム批判② 民族主義史観に代わるものは・・・

2013-03-14 23:51:14 | 韓国の時事関係(政治・経済・社会等)
 1つ前の記事で、高句麗史をめぐる韓国・中国間の論争は、両国ともに近代国民国家の観点から過去を解釈している時代錯誤的な見方だ、と断じている林志弦漢陽大教授の所論を紹介しました。
 今回はそのインタビューのつづきです。
 彼は韓国の正統的な歴史観である民族主義史観が、政治的に見ても問題があると指摘しています。
 では、それに代わる歴史観はどんなものでしょうか?

 インタビュアーによる地の文と質問は茶色、林志弦教授の返答は青色で表示します。

   《民族主義的なアプローチこそが最も非現実的》

Q.民族国家の枠組みを古代史にあてはめようとする観点自体が学問的に間違ったものだとおっしゃいましたが、次のように反論する人もいます。「歴史を取扱う場合、学問的な正確さよりも重要なのは、それがもたらす政治的効果だ」というものです。要するに、中国という大国が「歴史侵略」攻勢を強めている現在、学問的な当否以前にまず防御の論理を構築すべきだというのです。これをどう考えますか?  
A.よく聞く話です。中国も日本もナショナリズムだから、私たちもナショナリズムで勝負しようという話ですね。おかしな話です。現実的に見てもそれで勝てますか? 人民解放軍や自衛隊と戦って勝てますか? それが「民族のためになる道」なのでしょうか?   
 "高句麗史は中国史"という中国の東北工程の論理と"高句麗史は韓国史"という論理は、表面的には敵対していますが、考え方の枠組みは共通しています。近代国家を過去に投影するという枠組みです。その枠の中で「おまえらは韓国史と主張し、われわれは中国史と主張する」、そこで終わりです。その先に何か解決策がありますか? 力の論理が残るだけです。
 私は、国史という認識の枠組みを解体することがはるかに実用的な解決策だと思います。もしわれわれがそのような国史の枠組みを破ったら、それは東北工程が基盤としている枠組みに対するより根源的な批判になるのです。実際にこれがはるかに説得力があります。
 少しでも歴史的な訓練を受けた人なら当然の見方です。中国の主張を世界の学界が認めてしまうと困るから、われわれも世界の学界で高句麗史が韓国史と認められるようにしなければならないというじゃないですか。なんという田舎者か、ということです。
 事実、世界の学界で、中国がそのような主張すれば馬鹿にされるでしょう。
 世界に向けてわれわれが主張しなければならないことは、東北工程の主張がいかに時代錯誤なのか、中国歴史学がいかに国家権力に依存しているのかを明らかにすることでなくてはなりませんよ。中国の主張に対抗して「いや、高句麗史は韓国史だ」と言うことが、そろって馬鹿にされる道だという事実を知らないのです。彼らは世界の学界に出たことがないのです。逆に「世界の学界はなぜ目を向けないのかわからない」と腹を立てるのですよ。世界の学界を知らないにもほどがあります。


 彼の声のトーンは高まっていた。「世界の学界を見たこともない田舎者」たちに対する非難を聞いていると、その「偉ぶり」に対する拒否感がするはずなのに、それよりもむしろ彼が訴える切実さに関心が向かっていた。インタビュー中"常識"という語を頻繁に使用することにも逆説的にあらわれているように、ポーランドとイギリスで西洋史を学んだこの歴史学者にとって、韓国の歴史学界はまったく彼の"常識"が常識として通じない窮屈な"町内"のようだった。

Q.民族主義史学について相当に批判的ですね。
A.おかしいですよ。最小限の現実感覚さえ持っていません。民族主義は、常に自分自身の力量に対する誇大妄想症があります。  
 例えば第2次大戦の時、ナチスドイツとソ連がポーランドを分割占領した後、ドイツが独ソ不可侵条約を破ってソ連を攻撃しました。するとポーランドのリアリストたちは「しょうがない。ドイツがより危険な敵なので、とりあえず連合軍側についているソ連との関係を回復してドイツと戦わなければならない」と言いました。ところが民族主義者は「いや、ポーランドの主権を守るためには2つの戦線を展開してソ連とドイツ双方に同時に対抗しなければならない」と言いました。後者についてわれわれはただ笑うしかないでしょう。
 いわゆる「北東アジアの中心国家論」がおかしいのと同じですよ。韓国が北東アジアの中心国家だといえば、日本や中国は同調してくれますか? リアリズムの観点から見ても常識的ではないのです。結局こういう発想は中国や日本向けではなく、あくまでも国内用というものです。「やはりわれわれは偉大な民族。金メダルを10個も取る民族」、まあこんな自己満足的な情緒を広めようとするのです。絶えることなく人々を民族主義によって規律するための手段というのみでしょうか。


   《韓国の民族主義が日本の極右派の立場を強めてやっている》

Q.しかし、それがなんで悪いのかという反論もあります。「われわれ」同士誇りを持って生きられるなら、それ自体たんに良いものといえるのではないかというのですが・・・。
A.世界は1人で生きるものではないでしょう。そしてより重要なことは、韓国の民族主義が強まると相手国の極右派(民族主義)もまた強まることです。私はこれを「敵対的共犯関係」と規定します。  
 たとえば、私の日本の友人たちの中に、日の丸・君が代の強制に反対する人がいます。その友人は日本の右傾化や再武装に反対するウェブサイトを開いていますが、以前SOSメールが来たことがありました。「死にそうだ」というのです。
 自分たちのウェブサイトには韓国のナショナリストたちが入って来て、「日本のヤツらは悪いヤツら、独島はわれらの領土」「君が代を歌うヤツは悪いヤツ、太極旗は良いものだ」というふうにめちゃくちゃに荒らしまわるというのです。すると次には日本のナショナリストたちが入って来て同じことをするというのです。「そら見ろ。おまえらが日の丸や君が代に反対した結果は韓国の民族主義を助長するだけだ。おまえらは日本を売り飛ばす売国奴のようなやつらだ」というようにね。
 このような場合、韓国のナショナリストたちは日本のナショナリストたちを打ち破ったのでしょうか? 全然違います。ウェブサイトを運営する友人の立場を弱くしてしまっただけなんですよ。逆の場合も同様です。日本の新しい歴史教科書や中国の東北工程のようなものが私のような人の立地を狭くし、韓国の民族主義を強化させています。両国の民族主義者たちは、実はお互いがお互いを必要とする共犯関係にあります。そういう意味で「敵対的共犯関係」というのです。この輪を壊さなければなりません。


★[ヌルボの付記] この「私が知っている日本の友だち」というのは小森陽一東大教授かな? ウェブサイトを運営というと「子どもと教科書全国ネット21」の俵義文事務局長あたりかもしれませんが・・・。

 「敵対的共犯関係」。少なからぬ感情的反発や論議をよび起こした表現ということは知っている。ここに浴びせられた数多くの非難に対して彼はどのように考えているか。

Q.「日本の民族主義と韓国の民族主義を同一に見ることはできない」という批判が多く提起されています。いわゆる「抵抗的民族主義」を大きく評価し、膨張的民族主義と同等に見ることは行き過ぎだというものです。
A.それについて歴史的非対称性という表現を使うことができると思います。帝国の経験を持った国の民族主義と植民地の経験を持った国の民族主義は、歴史的経験が対称的ではないですね。「レベル」が違うのです。その非対称性は十分に認めますが、問題は、抵抗的民族主義という名の非対称性が権力言説として、あるいは支配イデオロギーとしての民族言説の姿を隠蔽する機能をずっと果たしてきたということです。  
 韓日関係でも、日本のいわゆる良心的知識人たちは日本の民族主義に対しては強く批判しても、韓国の民族主義にはむしろ支持するような発言をするんですよ。それでどんな結果がもたらされたのかといえば、日本の左派が韓国の民族主義を強化させ正当化させることにより、そのブーメラン効果で日本の民族主義が再び強化されるのです。「敵対的共犯関係」にむしろ寄与することになるわけです。


★[ヌルボの付記] 3月10日の記事「ナショナリズムを批判する韓国の少数派学者たち」で、近年日本の「左翼的」な歴史学者等が、林志弦教授や朴裕河教授のような「反民族主義的」な学者と組んでシンポジウム等を開いたり、本を出したりしていると書きました。その契機として、上述のような韓国側からの指摘を受けて、韓国のナショナリズムに批判的な目を向けるようになった日本の学者が増えてきたということがあるようです。

Q.現実的に存在する力の不均衡というのは考慮しなければならないのではないでしょうか? 冷静に考えて、韓国の民族主義というものが中国や日本に実質的な脅威になるとみるのはむずかしいでしょう。
A.少なくとも自分の側を強化させる口実には十分になるでしょう。東北工程に対抗して、キム・ウォンウン国会議員が数年前国会で満州修復という演説をしたじゃないですか。こんな人たちが進歩的な国会議員とよばれて、あるラジオ放送では大統領選挙候補にまで挙げられましたが、あきれたことです。   
 中国の側から韓国を見たら、故地修復が国会でまで話され、陸軍士官学校の校長室に行ったら満州も韓国の地として塗った地図があって中国の将官が驚いたとか・・・。そんなことで中国は東北工程を正当化するでしょう。


   《高句麗史、「辺境史」の観点からアプローチしなければ》

Q.高句麗に一国史の枠組みでアプローチするのが適切でないとすると、どのようにアプローチすることが望ましいと思いますか?
A.私が提案するのは、辺境史(border history)です。研究対象をひとつの国民や民族国家の単位に包摂するのではなく、そこを多様な文化がお互いに出会って交流する場とみる観点です。そこで文化的緊張が生じ、躍動性も生まれる。しかし、実際には200年の間近代歴史学というものが国史の枠組みで組まれてきたため、一朝一夕に完璧な代案が出てくることはないと思います。今はその端緒になるであろう方法をひとつ提示できるだけですね。  
 例えばボーダー・ヒストリーとかフェミニスト・ヒストリーのようなもの。その中でも、高句麗史の研究方法論としては辺境史的観点が適切だと思います。参考までに李成市先生(早稲田大教授)は渤海も辺境史とみています。キム・ハンギュ先生は遼東史というコンセプトで高句麗を見ようとするのです。韓国史でもなく中国史でもなく。


Q.辺境史について、もっと詳しい説明をしていただけますか?
A.まず国家間の境界ということから考えてみましょう。私たちがよくする勘違いで、普通の自然的な境界(山脈や川など)に基づいた現代国家の国境線だけ見て、国民国家の境界とは、とても自然にできるものと思いますが、実際にはそうではないということです。
 境界というものは、近代になって国境線が地図上で確定されるまでは、線として確実に引かれたものではありませんでした。大まかに「あそこまでがわれわれの土地だ」というようなものでした。だから辺境という地域はこちらにもあちらにも属したりしたと見ることができるわけです。
 例えば、満州~韓半島北部地域は、韓半島や満州の騎馬民族や大陸の文化がお互いに出会って交流して融合したりもしながら、独自の文化が生まれたりしているのですよ。まさにそこについての研究を「辺境史」といいます。
 これがひとつの学際学問として座を得て20年にもなりません。1984年度に「ジャーナル・オブ・ボーダースタディーズ」というのが初めて出たのです。「ボーダー・アイデンティティ」(1998年)のような書籍は全部最近出てきたものです。これはもともとヨーロッパで注目され始め学問的傾向なのです。なぜかというとヨーロッパでは領土紛争がひどかったんですよ。
 元来ヨーロッパは地理的な境界が流動的じゃないですか。国境がずっと絶え間なく変化するのです。19世紀のヨーロッパでは領土争いが熾烈でした。ここは元々私の土地である、ここは元々私たちの歴史だというふうに。ところが、そんなような争いは全く歴史的とは言えず、解決もできないだけでなく、政治的に見れば結局は国家権力が大衆を民族主義的宣伝により動員するために利用するに過ぎなかったんですよ。だから辺境史のような方法論が登場することになったんです。
 例をあげると、フランスのノルマンディー地方の場合、ノルマンディー公はイギリス王の家臣でもあったじゃないですか。スペインとフランスの境界に位置するバスク地方も代表的な事例です。バスクはスペインでもなく、フランスでもないというところじゃないですか。
 そして日本の対馬。徳川幕府の家臣であり、また朝鮮王の臣下が正式名称だったじゃないですか。そうすると、日本史の一部とみなされるものについて問題提起をすることができるでしょう。もちろん、だからといって韓国史であると主張しようというのではなく。


★[私ヌルボの注記] 「対馬の領主は・・・朝鮮王の臣下が正式名称だった」とは、ほとんどの日本人にとっては「初耳」でしょう。これについて、ネット内での韓国側の記事にある「史実」を拾ってみました。
・14世紀後半の対馬島主・宗成職は朝鮮礼曹にあてて自己を「東藩」と称した。
・1420年宗貞盛の使者が世宗のもとを訪れ、朝鮮の州郡の例に倣って対馬の州名を定め、印信を賜ることを請願した。
・これを受けて世宗は対馬を朝鮮の属州とすることを決定し、翌1421年には宗貞盛の使者に印信を授けた。(これは朝鮮の外臣になったことを意味する。) 以後、対馬からの使者は敬差官と呼ばれる。(敬差官とは辺境地域に派遣される駐在官。)
・1474年宗貞国は特送宗茂勝を遣わし、対馬が朝鮮に属し、臣下であると述べた。
  ・・・これらの「史実」は一部で<対馬は韓国領>論の根拠とされたりもしているようですが、私ヌルボは未検証につきノーコメント。


 このような観点から済州島も扱うことができるでしょう。沖縄音楽を研究している人の話を聞いてみると、沖縄の音楽が済州島に驚くほど似ているというんです。ここから沖縄と済州の関連性を研究してみることもできるでしょう。
 笑い話でこんな話があるが、済州分離運動、あるいは済州分離党が必要になることもあるでしょう。済州島では外地人が所有する土地の割合が90%を超えたんですよ。だから分離党のようなものを作って、沖縄・済州連合を構成して本土の人々の土地をすべて奪って、久しい間の被支配状況から脱しなければならないというんですよ。済州島は当然私たちの土地?それはいったい誰の立場なのかというのです。
 このように見ると、長期的に見て中国史か韓国史かという式の争いはなくなってしまいます。その根拠を底から根こそぎ覆すのだから。日本の国史に対しても、北海道•沖縄・対馬・九州、一つひとつ辺境として分けてしまった時、日本の国史も順調に解体することができるのです。


★[私ヌルボの感想] 戦前の国史の授業で、教師が坂上田村麻呂の蝦夷征伐の話をしていたら、涙を流していた生徒がいた。教師がなぜ泣くのか訊くと、「坂上田村麻呂の偉大さはよくわかりましたが、私たちアイヌの先祖は征伐された側の蝦夷なんです」と答えた。・・・という話を本で読んだことがあります。

 辺境史。わかるようなわからないような・・・。

Q.辺境史が国史を解体した次の代案であると?
A.必ずしも辺境史だけはありません。教育のような場合にはローカル・ヒストリーですね。私が通っていた忠清道燕岐(ヨンギ)中学校だとすると、燕岐郡の歴史を書くのです。過去のローカル・ヒストリーはすべて中央政府の関連の中でのみ扱われてきました。忠清道に観察使がいつ来たというようにです。そうじゃなくて燕岐郡に住んでいた住民の立場から歴史を再構成するのです。自分が住んでいる地域で、東学農民軍の時官軍が来てどうなったとか、朝鮮戦争の時に国防軍あるいは人民軍が来てどうしたとか、口述史のような方法論で・・・。このようなことが可能なら入試が変わらなければならないね(笑)。今のように1つの解釈だけを教えて覚えさせているような入試制度の下では難しい話です。
 むしろこういう話に最も反発するのが全教組の歴史教師の会などです。今の歴史教師たちがすべてこのような枠組みで勉強したからです。私の本を発行したヒューマニスト出版社の社長は死にそうだと言ってますよ。全教組の歴史教師たちが作った代案教科書も出した会社に、教師たちが私の本(「国史の神話を超えて」)を出したと抗議をするのです。「なんで"こんな本"を出せるのか? 関係を切るぞ」と言って・・・。


 ちょっと適当というか・・・考えは違うと言っても、こんな排他性まで見せる必要はないのに。これまで多く指摘されてきた話をまた確認するようでちょっと苦々しい。開放性や寛容のような徳目と"進歩"というレッテルの間には必然的相関関係があまりないということか。

Q.それらのことからも明らかになりように、ナショナリズムに立脚した国史が強くて社会のヘゲモニーを握っているのが現実です。国史解体という主張が果たして韓国で可能性があるのかという懐疑論もありますが・・・。
A.ヨーロッパの場合を見れば可能だと思います。今、ヨーロッパではこれ以上の国史(national history)を主張する集団が主流ではないでしょう。ところが、それは政治状況とちょっとかみ合っていることもありますよね。欧州連合(EU)と呼ばれる新しい単一システムが席を占めていく過程だからです。見方によっては国史の枠組みをヨーロッパに拡大したと見られる面もあります。そのような限界に対する認識が必要でしょう。
 ところが、200年権力に奉仕してきた国史の枠組みが1日で崩れるでしょうか? 今挑戦が始まったのです。しかしそのような歴史学がどのように機能してきたかを認識し始めたという意味は明白にあるのです。これからはそれに対し絶えず批判的視角を持って代案を模索することが残っています。今少なくとも橋頭堡は確保されたわけですから・・・。東アジアの次元ではそんな橋頭堡さえ確保されていないのが問題なので、今後解決して行かなければならない問題です。


 二時間にわたるインタビューはこう締めくくられた。
 世界史的な観点から見た時、韓国は民族主義がかつてないほど強力な国の一つだ。ワールドカップが開かれると皆が「赤い悪魔」に急変する国は多くない。普段は関心もなかったスポーツ種目であっても、五輪が開かれると"太極戦士"たちの成績が焦眉の関心事になって、彼らが金メダルを "奪った"とかすると、それが大きな関心事となる。独島妄言や米軍装甲車事件のような"民族的自尊心"がかかった問題には驚くほどの政治的団結を見せ、IMF事態のような問題が発生すると、革命が起こるのではなく、ベルトを締めて "国を生かす"ために金を集める。
 悲しいほどのこの強力なナショナリズムの国で、林志弦教授は時宜を得た話だけ選んでしていた。中国の東北工程も韓国の"歴史防衛"も時代錯誤であることは同じであり、日本のナショナリストと韓国のナショナリストは"敵対的共犯"であり、済州島が当然私たちの土地というのは果たして誰の立場なのかと問い返す林志弦教授。彼はまるでゴリアテの前のダビデを連想させた。投石器の代わりに研究結果と論理という武器を手にして、彼は"常識"の種を蒔く闘争をしていた。彼の "常識"が"見慣れぬもの"ないしは "ふらちだ"とされるこの地で。
 トインビーは歴史発展する原因を、いわゆる創造的少数者(creative minority)に求めた。既存のものに対する彼らの新しい発想と行動こそが、歴史の車輪を動かす原動力だということだ。もちろん議論の余地の多い見解だ。はたして"創造的少数"だけが歴史を進めて行くのか、またその"創造的少数"とは、はたして誰なのかも曖昧だからだ。しかしトインビーの見解に傾聴に値するポイントが1つあるとすると、それは"反逆"としか見えない転覆的な声が時としては次の社会の端緒となることもあるという事実だ。そういう意味で、誰もが"イエス"と叫ぶ時、ただ1人で"ノー"を叫ぶ者は、その事実自体だけでも1度は大衆の関心を受ける資格があるだろう。時宜はすでに十分整っているから。


 インタビュアーが、「時宜はすでに十分整っている」と状況を把握した時点が2004年でした。それから9年経った今の韓国社会はどう変わっているでしょうか?
 日本にいて、また政治・社会・学問というとっつきにくいジャンルで、さらには私ヌルボの韓国語レベルの問題(!)もあって、なかなか正確に理解することが難しい面が多々ありますが、今後も継続して「観察」していきたいと思います。
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林志弦漢陽大教授によるナショナリズム批判① 「高句麗史は韓国史でも中国史でもない」

2013-03-13 21:42:43 | 韓国の時事関係(政治・経済・社会等)
2つ前の記事で、高句麗史をめぐる韓国と中国の対立と、その起点の東北工程等について書きました。
 その記事ではとばしてしまったのですが、この争点の背景には、北朝鮮~中国東北部における政治的・経済的なヘゲモニー争い、さらに具体的には北朝鮮の体制崩壊後を視野に入れた(?)中国と韓国とのせめぎ合いといったものがありそうです。

 さて、韓国の政府・国民はといえば、先の記事中の「新東亜」の記事を持ち出すまでもなく高句麗は(そして渤海も)「わが韓民族の国」であることは自明の理といった主張がほとんどです。
 ところが、それを批判する少数派の1人が林志弦(イム・ジヒョン)漢陽大学校比較歴史文化研究所所長です。

 以下、「メディア・オヌル」のサイト掲載の「“高句麗史は韓国史でも中国史でもない”‘国史解体’を主張する林志弦(イム・ジヒョン)漢陽大教授インタビュー」という見出しのつけられた記事を紹介します。
 2004年9月とやや古い記事ですが、最近でもいくつかの韓国ブログ等にも転載されています。
 彼の考え方が端的に語られていることだけではなく、民族主義的な国史教育を受けてきているインタビュアー(ソウル大学生)のとまどったような反応も読み取れます。

 以下、インタビュアーによる地の文と質問は茶色、林志弦教授の返答は青色で表示します。

 最近<高句麗史歪曲>をめぐる論争が国民的課題になっている。ところが正確に言えば「論争」ではなく「声討(성토)」=糾弾か? 韓国人のほとんど皆が同じ話をしている。「ウリ(われわれ)の歴史」を奪っていこうとする中国のヤツらは悪い! 正しいのはただ「ウリ」だ!と。この問題について不思議なことに(保守系代表紙の)「朝鮮日報」も(進歩系代表紙の)「ハンギョレ」も区別がない。どこまでも異口同音だ。 
 韓国の歴史家が皆このような主張をしているのではないのに、マスコミに出る主張はどれも千遍一律だ。
 これは相反する立場を扱わなければならないというマスコミの本分に照らしても不合理だといえるが、それ以前にまず退屈だ。
 何か違う話ができる人物が必要だ。その内容が挑発的であればさらによい。そこで漢陽大の門を叩いた。「民族主義は反逆だ」、「私たちの中のファシズム」などの著作で史学界の論争を主導しており、数ヵ月前に<国史解体>という「過激」な主張で注目を集めた林志弦教授がいる。酷暑の8月19日、漢陽大研究室で林教授に会った。

   《高句麗帰属論争は時代錯誤》

Q.最近中国が東北工程を推進して、高句麗史の帰属をめぐって韓中の論争が浮上していますが、どのように考えますか?
A.一言で言えば、時代錯誤的で非歴史的な争いです。韓国史か中国史かを問うこと自体が話になりません。これは2千年前の話です。当時中国や韓国という実体があったわけでもないのです。あったのはただ高句麗だけです。ところが、その2千年前に存在した高句麗に(近代東アジアの場合)20世紀になって登場した近代国民国家という概念をそのまま投影させてしまうのが今の論争の構図なので、これは時代錯誤です。認識論的に成立しません。最も非歴史的な思考方式に立脚した論理を歴史学者たちが展開している喜劇的な状況と言えるでしょう。

Q.近代国民国家の概念の枠組みで高句麗にアプローチするといけないですか?
A.高句麗史は韓国史だと主張する人たちは、高句麗人が韓民族だからだと言います。しかし、その民族という概念自体が生まれたのはたかだか100余年前なのです。韓半島の場合、民族という言葉が初めて使われたのは20世紀初めだったのです。北朝鮮の歴史学者たちは「朝鮮王朝実録」からも勝手に意訳をして、「民族」という言葉を選び出したりしてますけどね(笑)。 近代になってやっと出てきた概念を古代史にあてはめるというのはお話になりません。 
 1930年頃にポーランドで実施した国勢調査の記録を見ると、今のベラルーシとの国境地域に住む人々に「あなたはポーランド人ですか、ベラルーシ人ですか?」と尋ねたというくだりが出てきます。その回答が傑作です。ただ、「私たちはここに住む人たちだ」だったということですね。
  では、われわれが2千年前にタイムマシンに乗って行ったとして「あなたは韓国人ですか? 中国人ですか?」と聞いてみたら高句麗人は何と言うでしょうか? 当然「何をわけのわからんことを言いなさるのか?」と言うんじゃないですか?
 一歩話を進めると、当時高句麗の支配が及ぶところに住んでいた人々は、自分たちが高句麗の人間と考えたのでしょうか? そうじゃないでしょう。高句麗という名前さえ知らずにいたでしょうし、「高句麗」という実体も認識できなかったでしょう。
 また、19世紀末にフランスの農民たちの社会史的な調査がありました。タイトルは"Peasant being into French man"(「フランス人になった農民たち」)。この調査によると、当時のノルマンディーの農民たちは、ほとんど一生の間、自分が生まれたところから4kmを越えるところを旅行したことがなく、だからフランスという実体を知らないのです。その後義務教育を施し、ドーデーの「最後の授業」のようなものを読ませ、方言を使えなくして標準語を使わせる過程で、彼らが「私はフランス人なんだ」と考えるようになったということなんです。
  国民国家が成立し、中央集権的官僚制が作られて100年が過ぎた社会の農民たちの意識がそうだったとすると、2千年前の高句麗に住んでいた人々は、韓国人や中国人や、さらには高句麗人であるという意識もなかったと見るべきです。ただ私は「ここの人」だと思って住んでいたでしょう。ところがそれらを中国史の一部、韓国史の主役として引っぱり出すのは、近代国民国家とそれを支える権力の立場から彼らの人生を専有してしまうものです。彼らの生活をそのまま受け入れるのではなく・・・。


 高句麗が韓国史でも中国史でもないと言う彼の論理は非常に単純な一言で要約可能だ。「民族」というもの自体が近代になってようやく登場した概念であるため、古代史に適用可能ではないこと。周知のように、このような観点は、民族を超歴史的実在としてみる主流史学とは根本からまったく異なる。

Q.民族が近代以降になってようやく形成されたという主張は、制度教育で教える内容とは大きく異なっているようです。
A.そうでしょう。学校で教える「国史」では、このようなことを言わないからね。でもこれが常識です。考えてみましょう。民族という概念は「私たちは一つ」という構成員の間の同質感をその前提としていますが、身分制、両班常民制が存在していた近代以前の社会で果たしてそれが形成されることがあったでしょうか? 例えばあなた(記者)は両班であり、私は常民であれば、私はあの人は私たちの同胞・同民族という感覚を持ったのでしょうか?  
  この問題については面白い史料が残っています。壬辰倭乱の時にある義兵長(呉希文)が残した記録に「瑣尾録(쇄미록)」というのがあるのですが、そこにはこんな嘆きが出てきます。倭軍が攻めてきたのに、私の部下たちが義兵は集まれと言っても1人も集まらないばかりか、日本軍を歓迎して心配だというのですよ。その時の日本軍の占領政策というのが米を配ることだったんですよ。教科書で教えるように「民族意識が透徹した」民衆だったら日本軍に抵抗してゲリラ戦を展開しなければしたはずなのに、その義兵によるとむしろ歓迎したということじゃないですか? 自分たちを人間扱いもせず搾取するばかりの両班たちが引き下がって、急に米を分け与えてくれるというヤツが入ってきたら、あえて拒否する理由がないでしょう。「異民族が攻めて来るたびに、官民が一致団結して戦った」というのは嘘です。壬辰倭乱の時、日本軍が入ってくる前にソウルの宮城を燃やしたのは奴婢たちであるという事実だけ見てもそうですね。このようなことが、守るものがある集団と守るものがない集団の違いです。
 

★[私ヌルボの付記]  
  ウィキペディアの<景福宮>の説明文によれば、「朝鮮王朝実録」等々「日韓双方の記録が(民衆あるいは国王の放火により)秀吉軍の入城を前に焼失したとしている」とある。しかし韓国ウィキペディアの<景福宮>には、「奴婢文書と略奪の痕跡をなくすために景福宮等の宮殿を難民たちが火をつけたといわれているが、現在これが嘘であることもあるという議論が出ている」として、2008年文化財庁が刊行した「景福宮の変遷」の所説を基に、景福宮は日本と朝鮮・明の連合軍との戦闘により焼失したと説明づけています。たとえば、「王室や官僚たちは早目に避難し、(日本軍の入城以前に)空っぽになった宮廷に、民が侵入して奴婢文書を燃やして宝物も略奪した」という柳成龍の記録は目撃談ではなく伝聞である、として疑問視、というより否定しています。
  これも韓国人として「こうあってほしい」という歴史を必死になって証明しようとする事例の1つでしょう。


A.他の例もたくさんあります。例えば旧韓末、東学農民軍を鎮圧していた官軍の兵たちがその後義兵の下に傭兵として入ったことが実証的に明らかになりました。民族意識があって、風前の灯の状態にあった国を救おうとしたのではないんです。常識的にみて、東学農民軍を鎮圧していた兵たちが義兵になった現象が「民族意識」によって説明されますか?   
  また、文献を見ると、1910年に日韓合邦になった時、地方の両班たちが「恥ずかしくて外に出歩けない」と閉じこもったという記録があります。その理由というのが、倭人たちに国を奪われたからというものではありません。「外に出ると常民たちが兄弟よばわりするのが恥ずかしい」というのです。甲午更張(1894)で身分制が廃止されましたが、それは法的な面だけであって、慣行はそのままだったのです。ところが日韓合邦というのは両班たちにとって世界がひっくり返ったようなものだったのです。これが彼らが嘆いた本当の理由なのです。
  ところが国史教科書では、まるで「是日也放聲大哭」(「皇城新聞」張志淵社長の社説)なので、閔泳煥の自殺だけが韓国の全体的な反応であるかのように描写しています。これについては問題提起が必要だと思います。日韓合邦がよかったということではなく、身分制・両班常民制の社会で民族という概念は成立し得ないという話です。
  これらの例をみただけでも、民族(nation)とは、法の前ではすべての市民は平等であるという宣言があり、身分制が廃止され、近代国民国家と近代市民権が確立された後に初めて現れるということがわかります。常識的な話ですよ、これは。


 文字通り「おもしろい」記録だった。彼は同じ事実(fact)について別の解釈を提示する程度ではなく、最初から新しい事実を出していた。既存の理論とは対照的な結論を導き出して、他の解釈の余地もあまりないような見慣れないものを・・・。

   《国史の出自自体が「作られた歴史」》

Q.そうして見ると、国史自体を民族と結びつけて叙述する今の国史教科書はほとんど最初から最後まで間違っているという話になります。これは、ほとんど"歪曲"レベルになることでしょう。ところが、現実ではその"歪曲"された歴史叙述こそ主流であり、依然として公的に信頼のある"事実"として通用しているのですが・・・。
A.そうなった理由はいろいろと考えられます。史学界の慣習とか閉鎖的な雰囲気とか・・・。ところが、より根本的な理由は、「国史」というもの自体の性質によるのです。国史というものが過去についてのイメージを神話化させて作り出すという属性があるのです。国史自体が韓国や日本といった国家に正統性を付与して、それを正当化する手段なのです。  
 国史つまりナショナル・ヒストリーの一般的な特徴は、今の国民国家を頂点にして、そこに至る発展過程として過去の歴史を見るということです。そのように見る上で、不必要だったり、矛盾していたり、混乱を招く事実はすべて除去されるのです。
 これは他の国の「国史」も同様です。
 ポーランドの例だけとってみましょう。韓国の義兵のように、ポーランドでも1830年「両班」であるシュラフタ(szlachta)が蜂起しました。ところが当時の農民たちは、「両班」の指導者を捕らえてオーストリア占領軍に引き渡してしまったのですよ。
 私たちの場合にあてはめれば、日本官憲が鎮圧する前に、農民が先に鎮圧してしまったのです。ポーランド農民たちは独立を恐れたんですよ。なぜかというと、ロシアの皇帝が農奴解放をしてくれたのに、その「両班」たちが支配していた時代に戻ると農奴制も復活するじゃないですか。
 当時ポーランド農民運動の指導者だった人の回顧録には「農民たちは独立を恐れていた」とあります。ところが私たちが聞いていた話はというと、キュリー夫人がどうのショパンがどうの等々じゃないですか。そんなことはすべて神話化された話ということです。実際とは違います。
  わが国でも翻訳されたベネディクト・アンダーソンの「想像の共同体」では近代の歴史叙述の特徴を「伝道されていること」と規定しています。私たちがいつも因果論的に第1次世界大戦が第2次世界大戦を生み、第2次世界大戦が冷戦を生んで・・・と話しますが、実は逆になっているのです。
 実際の論理クロノロジー(年代記)は、第2次大戦が第1次大戦を生み、第1次大戦が帝国主義戦争を生むということです。なぜなら、現在を正当化する観点から出発するから。今日のすべての歴史的過程を、今の国を作ってきた過程で見なければならないんですよ。
  国民国家が目的とした目的論的記述ですね。ランケは、実証主義に基づく科学的な歴史を確立して実証史学の父といわれますが、実はプロイセン国家を正当化した「御用歴史家」だったという事実が、今日の研究を通して明らかにされているじゃないですか。これはわが国の歴史家たちを別にしては常識的な話です。


  単純に「御用歴史家」が教科書を作ったために生じた結果ではなく、発生論的に見た時、国史というもの自体が体制の正当化のために作られた道具だからという話だ。問題の本質が「胎生的限界」にあると、解決策は国史自体を否定することに帰結せざるを得ないという意味になるから。 

 今の日本の歴史学界には、まさか昔の平泉澄東大教授のような筋金入りの皇国史観の持ち主はほとんど(?)いないし、民族主義の色濃い学者もそんなに多くはないでしょうが、「国益」を重視して韓国や中国に対してマスコミで強硬な主張を繰り返している人はふつうに見受けられますね。
 ※1950~60年代の日共系の間には「反米民族主義」が漂っていて、当時よく目にした日共系全学連の機関紙のタイトルも祖国と学問のために」だった。

 この続きで、林志弦教授はナショナリズムに代わる歴史観や、領土論を展開しています。

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韓国内の映画 Daumの人気順位 と 週末の興行成績[3月8日(金)~10日(日)]

2013-03-12 23:53:03 | 韓国内の映画の人気ランク&興行成績
 「メタンハイドレートの試験採取成功」というニュースを聞いて、以前読んだ大コーフンSF大作「深海のYrr」を思い出しました。映画化されるという話はその後どうなったんだろう?

 先週の記事で、観客動員数と映画自体の評価について少し書きました。その後私ヌルボ自身のオールタイム・ベスト10レベルの作品の興行成績といったものについて考えてみました。
 観た映画をきっちり記録しておくようになってからはまだ10年も経っていません。過去観たすべての映画本数ははたして1000本に達しているかどうか微妙なところですかねー。その中で、これはゼッタイ★5つというのを厳選してみました。公開年順です。
[日本映画] 「生まれてはみたけれど」「隣の八重ちゃん」「路傍の石」「鶴八鶴次郎」「鴛鴦歌合戦」「にごりえ」「七人の侍」「肉弾」「幸福の黄色いハンカチ」「事件」「Love Letter」・・・昔の作品が多いな。アラ、80年代以降は「Love Letter」だけってか!?
[外国映画] 「我輩はカモである」「友だちのうちはどこ?」「芙蓉鎮」「神様こんにちは」「ニュー・シネマ・パラダイス」「ラジュー出世する」「風の丘を越えて 西便制」「ショーシャンクの空に」「イル・ポスティーノ」「アンダーグラウンド」「運動靴と赤い金魚」「猟奇的な彼女」「息もできない」・・・明らかに欧米よりアジアですね。
 ・・・こうしてみると、「世評」&興行成績と一致しているのは「七人の侍」「ショーシャンクの空に」あたりでしょうね。あとはそれなりに・・・。「ラジュー出世する」なんてオールタイムベストに入れるような映画ファンなんてまずいないでしょう。(笑) 観客動員数で最上位ランクに入る作品は、ヌルボにとってはまず無縁だと思います。そんなもんです。

          ★★★ Daumの人気順位(3月12日現在上映中映画) ★★★

【ネチズンによる順位】

①泣くな、トンズ(韓国)  9.6(1277)
②語る建築家(韓国)  9.6(114)
③恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム  9.4(108)
④トゥルー・マッ(味)・ショー(韓国)  9.4(508)
⑤Love Letter(日本)  9.4(543)
⑥善き人のためのソナタ  9.3(454)
⑦かぞくのくに(日本)  9.3(48)
⑧シュガーマン 奇跡に愛された男  9.2(121)
⑨MBの追憶(韓国)  9.2(871)
⑩デリー・サファリ  9.1(44)

 ①②④⑨と、以前このランクの上位に名を列ねていたドキュメンタリーがどかっと再登場。確認してませんが、そういう特集上映があったのかな?
 で、新登場は「かぞくのくに」だけ。かなりの高評価を得ています。韓国題は「가족의 나라」です。

【専門家による順位】

①愛、アムール  8.7(7)
②あなたはまだ何も見ていない  8.6(3)
③ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日  8.3(9)
④おおかみこどもの雨と雪(日本)  8.1(6)
⑤北村(プクチョン)方向(韓国)  8.0(8)
⑥ベルリン(韓国)  8.0(6)
⑦アーティスト  7.8(6)
⑧シュガーマン 奇跡に愛された男  7.7(4)
⑨二つの扉(韓国)  7.6(6)
⑨ストーカー  7.6(6)

 こちらのランクも⑤⑧⑨「二つの扉」が再登場。新登場はありません。
 「愛、アムール」は、先日私ヌルボ、覚悟を決めて観てきましたよ。チラシに書かれた谷川俊太郎の言葉が「私たちは<映画>を観たのではない、<事実>を目の当たりにしたのだ。涙を流す余裕はない。」 さすがに的を射た文言です。厳しい映画でした。いろんな意味で・・・。

         ★★★ 韓国内の映画 週末の興行成績[3月8日(金)~10日(日)] ★★★

         「新世界」が3週連続1位。

【全体】

順位・・・・題名・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・公開日・・・・・・・・週末観客動員数・・・・累計観客動員数・・・・累積収入・・・上映館数
1(1)・・新世界(韓国)・・・・・・・・・・・・・・・・・2/21・・・・・・・・・・・・・・・・508,885・・・・・・・・3,369,635 ・・・・・・・25,270・・・・・・・555
2(2)・・7番房の贈り物(韓国)・・・・・・・・・・1/23・・・・・・・・・・・・・・・・291,892・・・・・・・12,177,985 ・・・・・・・87,088・・・・・・・433
3(22)・・サイコメトリー(韓国) ・・・・・・・・・・3/07・・・・・・・・・・・・・・・・242,314・・・・・・・・・・297,323 ・・・・・・・・2,270・・・・・・・429
4(新)・・オズ はじまりの戦い・・・・・・・・・・3/07・・・・・・・・・・・・・・・・208,952・・・・・・・・・・228,686 ・・・・・・・・1,896・・・・・・・425
5(3)・・ジャックと天空の巨人・・・・・・・・・・2/28・・・・・・・・・・・・・・・・147,474・・・・・・・・・・885,977 ・・・・・・・・6,888・・・・・・・364
6(48)・・ゼロ・ダーク・サーテイ ・・・・・・・・・3/07 ・・・・・・・・・・・・・・・・61,171・・・・・・・・・・・72,222 ・・・・・・・・・・525・・・・・・・258
7(4)・・ベルリン(韓国) ・・・・・・・・・・・・・・・・1/30・・・・・・・・・・・・・・・・・56,401・・・・・・・・7,100,304 ・・・・・・・51,895・・・・・・・287
8(6)・・ライジング・ドラゴン・・・・・・・・・・・・・2/27 ・・・・・・・・・・・・・・・・41,665 ・・・・・・・・・296,010・・・・・・・・・2,079・・・・・・・187
9(5)・・ストーカー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2/28 ・・・・・・・・・・・・・・・・38,428 ・・・・・・・・・343,748・・・・・・・・・2,575・・・・・・・204
10(7)・・デリー・サファリ ・・・・・・・・・・・・・・・2/21・・・・・・・・・・・・・・・・17,266・・・・・・・・・・302,550・・・・・・・・・1,980・・・・・・・168
       ※KOFIC(韓国映画振興委員会)による。順位の( )は前週の順位。累積収入の単位は100万ウォン。

 今回の新登場は3・4・6位の3作品です。
 3位「サイコメトリー」はミステリー(+超能力)。女の子が誘拐され殺害された事件が発生します。管轄署の3年目の刑事(キム・ガンウ)は捜査中偶然に見た壁画が事件現場と同じことに気づき、その絵を描いた男(キム・ボム)を追いつめ、逮捕するのですが、なんと彼は手で人や物を触ると過去が見えるという「サイコメトリー」という能力を持っていたのです。その能力を通して犯罪事件の鍵を絵に描いたのですが、その絵のために事件の有力容疑者になってしまったのです。刑事は、彼の力を利用して真犯人を追跡し始めます・・・。原題は「사이코메트리」です。
 4位「オズ はじまりの戦い」は日本でも3月8日に公開されました。韓国題は「오즈 그레이트 앤드 파워풀」です。
 6位「ゼロ・ダーク・サーティ」は、めずらしく日本より遅れて公開。韓国題は「제로 다크 서티」です。

【多様性映画】

順位・・・・題名・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・公開日・・・・・・・・週末観客動員数・・・・累計観客動員数・・・・累積収入・・・上映館数
1(1)・・誰の娘でもないヘウォン(韓国)・・・2/28 ・・・・・・・・・・・・・・5,371 ・・・・・・・・・・・・・・21,750・・・・・・・・・167・・・・・・・・・・31
2(2)・・チスル - 終わらない歳月 2(韓国)・・3/21 ・・・・・・・・・・・・2,807・・・・・・・・・・・・・・・・8,280・・・・・・・・・・58・・・・・・・・・・・7
3(4)・・かぞくのくに(日本) ・・・・・・・・・・・・・・3/07 ・・・・・・・・・・・・・・・848 ・・・・・・・・・・・・・・・2,494・・・・・・・・・・18・・・・・・・・・・16
4(5)・・Love Letter(日本)・・・・・・・1999/11/20・・・・・・・・・・・・・・・・628・・・・・・・・・・・・・・・37,119・・・・・・・・・281 ・・・・・・・・・・7
5(3)・・ムーンライズ・キングダム ・・・・・・・・1/31・・・・・・・・・・・・・・・・610 ・・・・・・・・・・・・・・33,698・・・・・・・・・262・・・・・・・・・・・5

 今回のこのランク初登場は3・4位の日本映画2作品です。韓国では「Love Letter」は時代を超えた人気といってよさそう。日本以上ですね。大阪アジアン映画祭上映作の「裏話 監督が狂いました」にも「「Love Letter」みたいに雪の上を転がって・・・」とかいうセリフが出てきたような・・・。
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「高句麗の都の平壌は、今の北朝鮮の平壌ではない」という月刊「新東亜」の記事について

2013-03-11 20:43:14 | 韓国の時事関係(政治・経済・社会等)
 今回のブログ記事は、1つ前の記事の続きで、漢陽大の林志弦教授の高句麗史についての見方を紹介するつもりでしたが、最近たまたま「新東亜」2013年2月号の「高句麗の平壌は北朝鮮の地ではなかった」という記事(→コチラ)を読んだので、一応「前提」としてこれについてまず書くことにしました。
  ※自動翻訳は→コチラ

 「契丹の歴史書"遼史"の驚くべき証言」という副題のこの記事の要点は次の通りです。

・"三国史記"の記述を根拠に、韓国の国史学界では長寿王の時、高句麗が北朝鮮平壌に遷都したとみている。 
・しかし"遼史"地理志には、高句麗は広開土大王の時に平壌とよばれた本来の首都遼陽に再遷都したと記されている。
 ・また、高句麗を倒した唐が高句麗の首都平壌に安東都護府を置いたことは"三国史記"等にも書かれているが、"遼史"地理志によるとその安東都護府は遼陽にあったと記されている。つまり、唐に滅ぼされた時の高句麗の首都平壌は、現在の北朝鮮の平壌ではなく、中国遼寧省の遼陽である。
 ・高句麗の平壌を北朝鮮の平壌とするのは韓民族が韓半島だけで住んでいたという「典型的な半島史観」である。それは小中華を自任した朝鮮時代に起こったもので、"三国史記"にもそれが反映されている。
 ・その延長線上で、朝鮮後期の実学者たちが高句麗と渤海史をさらに縮小し、その後日帝はこれを積極的に広めて植民史観を作った。大韓民国はそんな過去の圧迫から逃れられず、大陸史観を回復できずにいる。いまだに"遼史"のような隣接国の史料の記述よりも小さい領域を描いているのは、謙遜ではなく、愚かさに近い。これでは中国は"やった!"とばかりに東北工程を推進するだけだ。中国は万里の長城から東に、どんどんと拡張してきている。

 ・・・いやー、あいかわらずでございます。
 この高句麗の平壌は今の北朝鮮の平壌ではない、という件については、ウィキペディアの高句麗の項目の説明中に「東川王が魏軍が引き上げた後に築城された首都を平壌城というが、丸都山城の別名または集安市付近の域名であり、後の平壌城とは別のものである」とあり、また「平壌付近には当時(245年頃)は魏の楽浪郡が存在するために、平壌城築城記事について丸都城の別名と考えられている」と注記が付されているのを読むと、全然突飛な説ではないのですね。

 この「新東亜」の記事の背景にはもちろん記事中にもある例の1997年以来の<東北工程>があります。それに対抗して韓国では「朱蒙」「太王四神記」「風の国」「淵蓋蘇文」「大祚榮」等々高句麗や渤海を題材にする歴史ドラマが次々と制作されたり、2007年長春冬季アジア大会で韓国のショートトラック女子選手たちが「白頭山セレモニー」をやって問題になったり(→コチラの記事参照)してきました。
 私ヌルボ、2005年に新しく開館した韓国の国立中央博物館に行った時、歴史年表に「三国時代」の後が「統一新羅時代」ではなく「南北国時代」とあるのを初めて見て「あら!」と思ったのもその関連です。つまり韓国としては渤海も韓国史に含めてしまったということです。

 そして今、上記の「新東亜」の記事についてですが、感想としては、この高句麗の首都は遼陽だったという主張は、ヘタをすると「じゃあ高句麗の主な版図は朝鮮半島じゃなくて中国ではないか」という中国を利する根拠にもされそうに思われますが・・・。「威勢のいい」主張の方が読者受けするだろうという判断なのでしょうかねー。
 また興味深いのは北朝鮮の立場。北朝鮮の歴史学界は、平壌が故郷である金日成の家系の正統性を前に出すために古朝鮮と高句麗の首都は平壌であると主張しているとか。
 そういえば、これもウィキペディアの説明文中にありますが、北朝鮮は2000年頃から平壌市と南浦市に所在する高句麗後期の遺跡のユネスコ世界遺産登録を働きかけて、03年には登録される見込みだったが、中国も吉林省集安市を中心に分布する高句麗前期の遺跡の登録申請を行い、結局両遺跡は04年に同時登録という形で決着をみたとのことです。
 ※2011年10月の「平壌市内で高句麗時代の瞻星台(天文台)とみられる遺跡を発掘」というニュース(→コチラ)の真偽のほどはどうなんだろう? (檀君陵まで出てくるところだからなー。)

 この記事についていちばん基本的な感想は、中身は三者三様ながら「韓国も中国も、そして北朝鮮も、歴史をまさに我田引水的に解釈しているなー」という点ではとてもよく似ているということです。
 ・・・ということは、それらの国の歴史学者の多く(?)が国に奉仕する御用学者であるということ。この言葉は、韓国語でもそのまま音読して「어용학자(オヨンハクチャ)」といいます。
 このような歴史解釈・歴史叙述や、それらを唱えている御用学者たちを厳しく批判しているのが冒頭にあげた漢陽大の林志弦教授です。

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ナショナリズムを批判する韓国の少数派学者たち

2013-03-10 23:57:33 | 韓国の時事関係(政治・経済・社会等)
 韓国の朴槿恵新大統領が就任早々日本に対して「歴史を正しく直視」すること、「正しい歴史認識」を持つことを求めています。

 ところが、その韓国自身の「歴史認識」についてみてみると、多少なりとも関心を持ってニュースに接している日本人は、韓国の「民族主義」や「民族的自尊心」といったものの強さに辟易としているのではないでしょうか? 人によってはそれに対して日本人としての民族意識を喚起してみたり「韓国起源説」のようなネタで皮肉ってみたり、あるいはたんに怒りを「嫌韓ブログ」等で表出してみたり・・・。
 このような強烈な民族主義については、韓国の主張にほとんど同調している(ように見える)「左翼」知識人の中にもしかたなく(?)認めているような人もいるようだし、かなりはっきりと批判している人も出てきているようではあります。もちろん「抵抗の民族主義」として積極的に肯定している人は多くいると思いますが・・・。

 今回の記事の結論を先に書いておきます。
 韓国でもこの10年くらいの間に、上記のような戦後長く主流となっていた民族主義に対して異を唱える学者が目立つようになってきた、ということです。

 近年のそのような動きが読み取れる学術的な日本書籍を3点紹介します。いずれも日韓の歴史学等の研究者たちの論文集です。

     

[A] 宮嶋博史・李成市・尹海東・林志弦(編)「植民地近代の視座――朝鮮と日本」(岩波書店.2004年)
  ※→出版社のサイト
[B] 三谷博・金泰昌(編)「東アジア歴史対話 ―国境と世代を越えて」(東京大学出版会.2007年) 
  ※→出版社のサイト
[C] 小森陽一・崔元植・朴裕河(編・著)「東アジア歴史認識論争のメタヒストリー」(青弓社.2008年)
  ※→出版社のサイト

 どれも私ヌルボのような一般人読者が読んでも興味深い論考が多いのですが、とくに「刺激的」なのが[C]です。
 それぞれの本の内容は、各出版社のサイトで見ることができますが、[C]については以下のようなものが並んでいます。

Ⅰ.韓国、日本、東アジア―新たな未来への構想のために
 崔元植:ポスト一九六五年を点検するメモ
 島村輝:「居心地の悪さ」に直面するということ―「日中・知の共同体」プロジェクトの経験から
 金哲:抵抗と絶望
 朴裕河:韓日間の過去の克服はいかに可能か
Ⅱ.教科書問題再論
 俵義文:「つくる会」の歴史歪曲教科書と「二〇〇五年問題」
 李栄薫:国史教科書に描かれた日帝の収奪の様相とその神話性
 小森陽一:日本における憲法・教育基本法改悪の現段階―自閉的ナショナリズムとメディアの壁
 成田龍一:「東アジア史」の可能性―日本・中国・韓国=共同編集『未来をひらく歴史』(二〇〇五年)をめぐって)
Ⅲ.「慰安婦」問題をどうとらえるか
 和田春樹:アジア女性基金問題と知識人の責任
 上野千鶴子:アジア女性基金の歴史的総括
 金恩実:韓日問題を解く第三の道を模索するために
 姜ガラム:韓日社会のなかの日本軍「慰安婦」問題とトランスナショナルな女性連帯の可能性―「二〇〇〇年女性国際戦犯法廷」を中心に
Ⅳ.「靖国」問題を問い直す\t
 高橋哲哉:天皇と靖国
 金鐘曄:記念の政治学―銅雀洞国立墓地の形 成とその文化・政治的意味
 黄鍾淵:朝鮮青年エリートの皇国臣民アイデンティティの遂行―アジア・太平洋戦争期の朝鮮人学徒兵に関するノート
Ⅴ.加害と被害の記憶を越えて―『ヨウコ物語』波紋を契機として
 韓錫政:満洲の記憶
 辛炯基:帰還の物語を再読する―集団的記憶を超えて
 加納実紀代:「日本人妻」という問題―韓国家父長制との関連で
 米山リサ:日本植民地主義の歴史記憶とアメリカ―『ヨウコ物語』をめぐって

 私ヌルボが「興味深い」と書いたのは、教科書問題、「慰安婦」問題、靖国神社の参拝や合祀をめぐる問題のような日韓間の大きな問題や、2007年初め頃報道されて一部で注目を集めた『ヨウコ物語』のような、政治的に「生々しい」問題を取り上げているからだけではありません。
  ※『ヨウコ物語』について知らなかった人は、ウィキペディアの説明のほか、→コチラや→コチラを参照のこと。

 筆者をみると、日本側では上野千鶴子和田春樹高橋哲哉等、「左派」の論客として知名度の高い人たちが目につきます。
 しかし、「なんだ、「反日知識人」たちが書いている本か」と敬遠するなかれ。たとえば「慰安婦」問題関係ではアジア女性基金をめぐる見解や、ナショナリズムとか「国民としての責任」の捉え方等々、各人各様です。
 それよりも注目すべきは韓国側の研究者の顔ぶれ。一般に日本の「反日知識人」の支援を受けている(ように思われている?)韓国内で主流の日本批判勢力ではなく、逆に「親日的」と非難されたりしている人たちが目につきます
 たとえば、知名度は一番高いとおもわれる朴裕河(パク・ユハ)世宗大教授。著書「反日ナショナリズムを超えて」で日韓文化交流基金賞を受賞(2004年度)し、2007年には「和解のために」で大佛次郎論壇賞を受賞して話題になりました。彼女の言説の大略は→ウィキペディア参照としておきます。本書所載の論考でも、独島問題にしても慰安婦問題にしても、韓国側が日本の実像を知らないまま「侵略的で狡猾な日本」「謝罪しない日本」というイメージによって不信感を持ち続けていることが、両国がなかなか寄り合えない大きな原因となっていると述べています。また、そこには「加害者」である日本にはどのように言ってもいいとする「強者としての被害者」という思考が無意識に存在していたとも指摘しています。
 李榮薫(イ・ヨンフン)ソウル大教授も「大韓民国の物語」(文藝春秋.2007)刊行で知られるようになりました。彼についても、→ウィキペディアでわりとくわしく書かれています。(TVでの発言が誤解報道されて慰安婦ハルモニの前で土下座したこと等。) 本書でも、1960年代から長く国史教科書に記述されていた総督府が収奪した土地が「全国国土の40%」という数字には全然根拠がなく、実は植民地時代に日本人が取得した土地は、低湿未墾地を主として全体の10%前後だったこと、あるいは植民地時代日本に「大量の米が収奪された」とされるが、それは「租税」や「供出」によるものではなく、日本の米価は3割ほど高かったことによって大量に「輸出」されたものであり、そのことを教員さえも理解していなかったりする。・・・そんな韓国の歴史教科書の「神話性」を批判しています。

 「正しい歴史認識」という言葉は、「かくあるべきだ」「かくあらねばならなかった」という当為としての認識を意味する場合と、ある時代の歴史事実を、現在の自分たちにとって不都合なものも含めて、ありのまま認める(=肯定ではない)という意味の2通りの解釈があると思われますが、朴槿恵大統領が前者であるのに対して、李榮薫教授にとっては後者なのですね。その結果として、李教授は決して日本の植民地支配を肯定評価しているわけではないのに韓国では批判され、<嫌韓派>その他多くの日本人からは歓迎されたりしているようです。

 本書(「東アジア歴史認識論争のメタヒストリー」)の中でとくに読み応えがあったのは、『ヨウコ物語』問題のアメリカでの受けとめ方等についての米山リサの論考と、金哲(キム・チョル)延世大教授が朝鮮人の特攻隊員戦死者等を手がかりに韓国ナショナリズムを厳しく批判した「抵抗と絶望」と題された論考です。
 前者については、ここでは具体的な紹介はしませんが、思い込みを排した多角的な視点から書かれている点に共感を覚えました。
 金哲教授の「抵抗と絶望」では、最初に韓国のテレビで放送されたという特攻隊員として戦死した朝鮮人青年たちのドキュメンタリー番組のことから書き起こしています。「なぜ彼らが靖国に祀られなければならないのか」と問いかけた番組なのですが、金哲によれば「驚くべきなのは、韓国社会がこのドキュメンタリー番組に対し、いかなる反応もしめさなかったこと」だということです。
 彼によれば、その沈黙は「ある種の奇妙な当惑」に起因しているというのです。「合祀が不当であることはいうまでもない」として、彼らは「帰ってこなければならない」として、だがどこへ?
 韓国社会と大衆が長く慣れ親しんできた「親日(派)」言説では「彼らの死を説明する術がない」のです。彼らは自分の同胞なのか、「反民族行為者」なのか、加害者なのか、被害者なのか?
 私ヌルボによる金哲教授の論旨は以下のとおりです。
 戦後の韓国社会では、身分・職業・地域等々すべて差異や葛藤を「韓国人」としてのアイデンティティにより解消してしまいましたが、その際「日本」は国民的統合のためのナショナル・ヒストリー形成になくてはならない存在でした。そこには道徳の表彰である「抵抗・自主・統合・忠節・純潔」のような道徳の表徴のみが盛り込まれ、「純潔で善良な私」を描き出します。一方それに対する「屈従・事大・外勢・分裂・変節・汚染」といった非道徳の表徴は排除されます。
 誰でも十分に推察できるように、人間は「国民的(民族的)主体」としてのみ生きていくわけではないのに、ナショナリズムの「記憶(or忘却)」はすべての個別的な生と死を「民族(国民)主体」に還元してしまい、それと異なる発話は無視されてしまいます。自らが見たいだけを見、聞きたいものだけを聞くという集団催眠、判断停止。
 金哲教授は「ナショナリズムのこの二分法的世界こそ、帝国主義の最も強力な守り手であり、1日も早く「清算」されるべき「植民地的な残滓」なのである」と痛烈な文言で批判しています。
 末尾の方ではまた次のように記しています。
 数多くの異なる多様な主体形成の可能性を無視、抑圧しながら、ひたすら「国民(民族)的主体」だけを強要する暴力に抵抗すること、憎悪を増幅し、それを通じて自らを維持していく社会体制を拒否すること、「国家」でない他の世界に対する想像力を組織すること――これらの行動のどこかに、「道なき道を歩んでいく」「抵抗の主体」が現れるだろうか。ならば、私たちはおそらく、「韓国」と「日本」という単一の「国民主体」としてでなく、他者をその多様で複雑な存在の可能性として受け入れる平等な連帯、帝国主義の真の「清算」への道を見つけ出すことができるだろう。「私が私に向かって差し出す初めての握手」(尹東柱)、韓国人はいまだそれを始めていない。
 ・・・このくだりには感動したのでつい引用が長くなってしまいました。
 ヌルボ自身、以前ほとんど抗日運動の烈士しか登場しない韓国の国史教科書を見て、日本統治下の厳しい時代状況の中で(「抗日・親日」以前に)日々懸命に生活を営んでいた多くの朝鮮人の姿を、上記の戦死した兵士等のことも含めて歴史を叙述することが「反帝国主義」につながるのに、と思ったことがあります。まさにわが意を得たという思いで読みました。
 金哲教授については、本ブログの過去記事(→コチラ)でも少しだけ記したように、かつての抵抗詩人として著名な金芝河が久しい前から東学に没入してウルトラ民族主義者になっていて、「ファシスト」の傾向さえみられる、と論じている雑誌記事で初めて知りました。その時以来注目してきた韓国文学を専門とする学者です。

 先に紹介した[A]「植民地近代の視座――朝鮮と日本」にも辛炯基延世大教授や李榮薫ソウル大教授が執筆しています。
 その[A]の編者の1人林志弦(イム・ジヒョン)漢陽大比較歴史文化研究所所長は[B]「東アジア歴史対話」に「「世襲的犠牲者」意識と脱植民地主義の歴史学」と題した論考を載せています。主旨は文字通り、韓国人や韓国政府の主張ではふつうに見られるような何世代も前の歴史について、韓国人の被害者意識、日本人の加害者責任といったものは世代を超えて受け継がれるべきものなのか?、という問題提起です。多くの日本人にとっては、「意外な」言説でしょう。続く[総合討論]では、これに対する日本人研究者たちのややとまどったような発言がありました。
 私ヌルボがこの論考の中で注目したのは、林志弦教授が1931年の万宝山事件(→ウィキペディア)の直後、平壌等の朝鮮の都市で、何ら罪のない中国人が100人以上朝鮮人たちに襲撃され殺されたことについて、これまでの研究書に見られる「背後で扇動していたのは日帝」のような「責任転嫁」的な書き方でなく、真っ向から批判している点です。日本の力を後ろ盾にした「第二日本人」として中国人と対峙していたのではないか、というわけです。

 上にあげたような韓国の強固なナショナリズム言説を批判している人々は依然少数派ですが、最近状況が徐々に変わってきているように思われます。
 たとえば、2011年に「インタビュー、韓国人文学地殻変動」(2011)という本が刊行されました。

     
        【部厚い本です、ふー。右は林志弦教授へのインタビューのページ。】

   ※内容紹介の記事(日本語)は→コチラ

 ここに上記の李榮薫・金哲・林志弦各教授等々へのインタビューも収められています。
 ヌルボ思うに、今はまだ少数派であるとはいえ、長く韓国と韓国人のアイデンティティを形成してきたナショナリズムに基づく歴史観に対抗する彼らの考え方が、ここにきて着実に地歩を固めてきたとみられるのではないでしょうか? 「地殻変動」というタイトルを見ると、「地歩を固めてきた」以上のパワーが感じられているのかもしれません。

 次回は、高句麗史の位置づけをめぐる中国vs韓国論争に対する、林志弦教授の独自の見方を紹介します。

 → 「高句麗の都の平壌は、今の北朝鮮の平壌ではない」という月刊「新東亜」の記事について
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韓国内の映画 Daumの人気順位 と 週末の興行成績[3月1日(金)~3日(日)]

2013-03-05 23:54:21 | 韓国内の映画の人気ランク&興行成績
 「新潮」2011年12月所収の阿部和重「Geronimo-E,KIA」を再読。ビン・ラディン殺害計画がバーチャルゲームになっているという内容。「ゼロ・ダーク・サーティ」の問題点が想起されました。

 「文藝春秋」3月号の「俺たちテレビ屋が映画界を救う!」というフジテレビ・日本テレビの人たちの座談会を読みました。たしかに「千と千尋の神隠し」をはじめとするジブリ作品も「海猿」シリーズも「三丁目の夕日」も、つまり近年大勢の観客を集めている日本映画の多くは「テレビ屋」の手がけた作品なんですよねー。しかし、この意気軒昂たる座談会記事を読んで、何か引っかかるものがあるんだなー・・・。

 韓国では、昨年来「泥棒たち」「王になった男」に続いて「7番房の贈り物」も観客動員1200万人を超えようとしています。
 観客動員が多いからといって、それがその作品本来の価値をそのまま表すものではないということは誰もが認めることだと思いますが、そういいながらも注目されるのは商業的観点からばかりでもなさそうです。その作品の「一般的人気」をある程度反映しているのは事実だし、その時代の風潮とも関係はあるし等々・・・。
 動員数に比べると、各映画関係サイトに載っているランキングの方は、まだ映画の価値に近いでしょうね。大方はほぼ似ているものの、それなりの違いがあるのがおもしろいところ。
 自分の価値観とかなり違うランキングもあれば、わりと納得できるランキングもあるのは各種映画賞の傾向と同様です。私ヌルボがしばしば参考にしているのが<ぴあ映画生活>の「クチコミ満足度ランキング((上映中作品)」。
 数日前「王になった男」平均評点90点で1位。(もしあったとしても)ステマだけでここまではいかんでしょう。私ヌルボも90点つけます。投稿してないですけど。(日頃おおいに参考にしている@saruKmovieさんとはめずらしく見解を異にしています。)
 まあ要は、動員数にしてもランキングの評点にしても、自分にとってはひとつの資料にすぎないということ。
 このブログ記事で、観客動員数のランキングだけでなくDaumの人気順位を載せることにしたのも別のモノサシが必要と考えたからです。しかし、同じネチズンの評点といっても、もっとコアなファンの多い韓国の映画雑誌<シネ21>のサイトで「現在上映中の映画」のネチズン平均評点を見るとまた少し違った傾向が見えてきます。今回は、その数値も一応参考として紹介しておきます。

          ★★★ Daumの人気順位(3月5日現在上映中映画) ★★★

【ネチズンによる順位】
   ※[  ]内の数値は韓国の「シネ21」のネチズン平均評点。

①デリー・サファリ  9.5(42) [6.0]
②恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム  9.4(108) [6.80]
③Love Letter(日本)  9.4(537) [8.80]
④善き人のためのソナタ  9.3(452) [8.69]
⑤シュガーマン 奇跡に愛された男  9.2(121) [8.83]
⑥偽りなき者  9.1(124) [8.15]
⑦おおかみこどもの雨と雪(日本)  9.0(381) [8.42]
⑧7番房の贈り物  9.0(3412) [7.64]
⑨ポロロ 劇場版 スーパーそり大冒険(韓国)  9.0(62) [6.0]
⑩世界にひとつのプレイブック  8.9(493) [8.0]

 若干変動はありましたが、新登場はありません。

【専門家による順位】

①愛、アムール  8.7(7)
②あなたはまだ何も見ていない  8.6(3)
③ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日  8.3(9)
④おおかみこどもの雨と雪(日本)  8.1(6)
⑤ベルリン(韓国)  8.0(6)
⑥ストーカー  8.0(5)
⑦赤毛のアン グリーンゲーブルズへの道(日本)  8.0(1)
⑧シュガーマン 奇跡に愛された男  7.7(4)
⑨偽りなき者  7.6(3)
⑩ムーンライズ・キングダム  7.3(6)

 ⑥「ストーカー」だけが新登場。「オールド・ボーイ」(2003)等で知られるパク・チャヌク監督のハリウッド進出最初の作品です。18歳の誕生日に、交通事故で父親を亡くした少女(ミア・ワシコウスカ)が主人公。ところが彼女と母(ニコール・キッドマン!)とともに、それまで存在すら知らなかった叔父(マシュー・グッド)が現れて同居することになるのですが、その叔父というのが何か謎めいているのです。そのうち少女の周囲の人物が1人、また1人と消えて・・・というスリラーなんだそうです。この映画は香港・タイでは2月28日韓国と同日公開。翌3月1日にはアメリカでも公開され、海外計38ヵ国で上映されるとのことですが、あら、日本は入ってないの? えっ、初夏頃? 予告編(日本語字幕)がある(→コチラ)ということは、公開されるということなんでしょうね。

         ★★★ 韓国内の映画 週末の興行成績[3月1日(金)~3日(日)] ★★★

         「新世界」が連続1位。「7番房の贈り物」は韓国映画歴代6位に。

【全体】

順位・・・・題名・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・公開日・・・・・・・・週末観客動員数・・・・累計観客動員数・・・・累積収入・・・上映館数
1(1)・・新世界(韓国)・・・・・・・・・・・・・・・・・2/21・・・・・・・・・・・・・・・・849,367・・・・・・・・2,530,029 ・・・・・・・19,029・・・・・・・604
2(2)・・7番房の贈り物(韓国)・・・・・・・・・・1/23・・・・・・・・・・・・・・・・777,952・・・・・・・11,704,605 ・・・・・・・83,730・・・・・・・577
3(新)・・ジャックと天空の巨人 ・・・・・・・・2/28・・・・・・・・・・・・・・・・545,545・・・・・・・・・・659,847 ・・・・・・・・5,196・・・・・・・507
4(3)・・ベルリン(韓国)・・・・・・・・・・・・・・・・1/30・・・・・・・・・・・・・・・・189,294・・・・・・・・6,997,740 ・・・・・・・51,147・・・・・・・362
5(38)・・ストーカー ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2/28 ・・・・・・・・・・・・・・・165,408 ・・・・・・・・・240,639 ・・・・・・・・1,829・・・・・・・329
6(38)・・ライジング・ドラゴン ・・・・・・・・・・・2/27 ・・・・・・・・・・・・・・・162,564 ・・・・・・・・・217,237 ・・・・・・・・1,525・・・・・・・300
7(5)・・デリー・サファリ ・・・・・・・・・・・・・・・・2/21・・・・・・・・・・・・・・・・83,606・・・・・・・・・・280,563 ・・・・・・・・1,833・・・・・・・263
8(7)・・ヤック:ザ・ジャイアント・キング ・・・2/21 ・・・・・・・・・・・・・・・・33,808 ・・・・・・・・・149,052 ・・・・・・・・・・939・・・・・・・180
9(24)・・スカイフォース 3D・・・・・・・・・・・・・2/21 ・・・・・・・・・・・・・・・・30,991・・・・・・・・・・・43,496 ・・・・・・・・・・295・・・・・・・183
10(4)・・憤怒の心理学(韓国)・・・・・・・・・・2/21 ・・・・・・・・・・・・・・・・18,065・・・・・・・・・・215,985・・・・・・・・・1,590・・・・・・・147
       ※KOFIC(韓国映画振興委員会)による。順位の( )は前週の順位。累積収入の単位は100万ウォン。

 「7番房の贈り物」は23日に1000万人に到達しましたね。1200万人を超えるのは確実。5位「ブラザーフッド」(1175万人)だけでなく4位「王の男」(1231万人)・3位「王になった男」(1232万人)も抜きそうですね。
今回の新登場は3・5・6・9位の4作品です。
 3位「ジャックと天空の巨人」は「ジャックと豆の木」をモチーフにしたアクション・アドベンチャーで、日本では3月22日公開。もう各サイトで情報がいろいろ出ています。この前映画館で予告編を観たなー。韓国題は「잭 더 자이언트 킬러(ジャック・ザ・ジァイアント・キラー)」です。
 5位「ストーカー」については前述の通り。
 6位「ライジング・ドラゴン」は、ジャッキー・チェンが監督・製作・脚本を担当し、もちろん自ら主演したアクション・アドベンチャー。清王朝の伝説の秘宝を巡るトレジャー・ハンターの活躍を描く、というお話だそうです。カンフーアクションにカーチェイスに、まだまだ頑張ってるようです。韓国題は「차이니즈 조디악(チャイニーズ・ゾディアック)」。日本では4月13日公開。
 9位「スカイフォース 3D」は香港・アメリカ合作の3Dアニメ。物語の主人公エースは最強消防救助隊"スカイフォース"のエリート要員。素早く現場を歩き回って火災を鎮圧するが、キャプテンの懸念が現実となって、自分の才能を過信して取り返しのつかないミスをんな仕事を転々。紆余曲折の末、友人の説得で"スカイフォース"に戻ることを決心するのですが、折しもその日の朝、吹雪で雪崩が起きて・・・。はたして彼は無事にチームに復帰することができるか? ・・・というお話。しかし、消防隊員の話は最近多いなー。韓国題は「스카이포스 3D」。日本公開は未定、だと思います。

【多様性映画】

順位・・・・題名・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・公開日・・・・・・・・週末観客動員数・・・・累計観客動員数・・・・累積収入・・・上映館数
1(新)・・誰の娘でもないヘウォン(韓国)・・2/28 ・・・・・・・・・・・・・・8,136 ・・・・・・・・・・・・・・11,604・・・・・・・・・・90・・・・・・・・・・35
2(13)・・チスル - 終わらない歳月 2(韓国)・・3/21 ・・・・・・・・・・・3,348・・・・・・・・・・・・・・・・3,573・・・・・・・・・・26・・・・・・・・・・・4
3(1)・・ムーンライズ・キングダム・・・・・・・・1/31 ・・・・・・・・・・・・・・1,247 ・・・・・・・・・・・・・・32,358・・・・・・・・・251・・・・・・・・・・・9
4(3)・・愛、アムール ・・・・・・・・・・・・・・・・・12/19・・・・・・・・・・・・・・・・650 ・・・・・・・・・・・・・・71,622 ・・・・・・・・・548 ・・・・・・・・・・6
5(2)・・偽りなき者 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1/24 ・・・・・・・・・・・・・・・・513 ・・・・・・・・・・・・・・33,186・・・・・・・・・252・・・・・・・・・・・5

 今回の初登場は1・2位の2作品です。
 1位「誰の娘でもないヘウォン」は、ホン・サンス監督の14番目の作品。この観客動員数は、彼の作品としては出足好調とのこと。カナダへ母を送った女子大生が経験する数日間のことを、日記形式で描いた作品ですが、今回は、いや今回もか、女子大生と監督の教授の間の不倫のお話だそうです。今年の第63回ベルリン国際映画祭招待作。受賞は逃しましたが。韓国題は「누구의 딸도 아닌 해원」です。
 2位「チスル – 終わらない歳月 2」は、1948年の済州島四・三事件当時、西帰浦(ソギポ)の洞窟に身を隠した住民の実話に基づいた白黒映画で、言葉も実際に現地で話されている済州島方言が用いられているとか。公開日が3月21日となってるのはソウル等全国公開がその日。まず3月1日に済州で公開されたということ。この四・三事件事件は島民の5人に1人にあたる6万人が政府軍・警察等によって虐殺された事件で、私ヌルボは金石範の大作「火山島」で初めて詳しく知りました。タイトルの「チスル(지슬)」は済州島の方言でジャガイモのこと。住民たちが山に避難する時に温かいジャガイモを分けあって食べたことから。昨年の釜山国際映画祭で監督賞等4賞を受賞し、今年1月のサンダンス映画祭のワールドシネマ ドラマ・コンペティション部門では審査員グランフリ大賞受賞した作品です。(→関係記事。) ネチズンの評価も高いようです。 ・・・この映画はぜひ観たいな! 原題は「지슬 - 끝나지 않은 세월2」。
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若手女性作家キム・エランが受賞した李箱文学賞は、日本の芥川賞みたいなもの・・・かな?

2013-03-04 23:16:52 | 韓国の小説・詩・エッセイ
 さあ、ゆっくり風呂場読書だ。話題の芥川賞作を読んでみるかなと「文藝春秋」2月号を開きかけたところで、1月号の読み残しを思い出しました。まずそちらからと、読み始めたのが沢木耕太郎「キャパの十字架」。2月3日(日)NHKスペシャルでも同内容のものを放映したそうですが、いやー、おもしろかったですねー。で湯舟に浸かったままイッキ読み。(昨日横浜美術館の「ロバート・キャパ/ゲルダ・タロー 二人の写真家」展も行ってきちゃいましたよ。※3月24日まで。)

 で、日を改めて芥川賞作に再挑戦・・・と思ったけど、ただでさえ気合いを入れないと読み始められない作品ぞろいの過去の受賞作と比べても、今回の「abさんご」は視覚的にも抵抗感があって結局再度延期することに・・・。

 芥川賞については、<芥川賞のすべて・のようなもの>という、歴代の受賞作・候補作と、各選考委員の審査評まで網羅したすごいサイトがあって、これだけで十分おもしろいのですが(とくに審査評)、肝心の受賞作自体は私ヌルボにとって「たいていはおもしろくない」のです。
 個人的に振り返ってみても、少年時代に最初に読んだ宇野鴻一郎「鯨神」(1961年上半期)ほどおもしろく読んだのは以後半世紀ないし、リアルタイムで読んで「うーむ、これは深いなー」と純文学の魅力に感じ入った作品も古井由吉「杳子」(1970年)だけだったかもしれません。
 (「杳子」は、「文藝」に掲載されたものを読んだ時点で友人との間で話題になりました。小説としての評価だけでなく、ひとつの時代の変化を示すものと受けとめた、ということです。)
 その他では宮本輝「螢川」(1977年下半期)・高樹のぶ子「光抱く友よ」(1983年下半期)・辺見庸「自動起床装置」(1991年上半期)・奥泉光「石の来歴」(1993年下半期)・阿部和重「グランド・フィナーレ」(2004年下半期)等は読み応えもあってその後の作品も読んだりしてきましたが・・・。

 で、芥川賞はおいといて・・・、という時にアタマにひらめいたのが韓国の李箱(イサン)文学賞のこと。
 日本の統治期の先鋭的な詩人・小説家だった李箱(이상.1910~37)の名を冠した、韓国で最も権威がある文学賞です。(ウィキの説明は→コチラ。)
 ※どーでもいいけど、賞金が3500万ウォンというのは芥川賞(100万円)よりずっと高額!

 本ブログでも、第34回(2010年)のパク・ミンギュ「아침의 문(朝の門)」、第35回(2011年)の孔枝泳「맨발로 글목을 돌다(裸足で文章の路地を廻る)」については、なんとか原文で読んで、感想等を記事にしました。→コチラ「朝の門」)
(・・・とリンクを張ったところで、「朝の門」の感想が書かずじまいになってることに気づきました。) そして→コチラ「裸足で文章の路地を廻る」

 この李箱文学賞のこれまでの受賞者を見ると、芥川賞作家と比べて、すでに他の文学賞を受賞しているとか、あるいは著作がよく読まれていて知名度が高い作家が多いようですね。上記の孔枝泳など、「え、まだもらってなかったの!?」という感じ。
 昨年第36回(2012年)「옥수수와 나(とうもろこしと私)」で受賞した金英夏(キム・ヨンハ)も、「阿娘(アラン)はなぜ」(韓国2006年→日本08年)、「光の帝国」 (韓国2006年→日本09年)と、めずらしく日本でも発表後ほどなく翻訳書が刊行されている注目作家で、李箱文学賞の方が後追いになっています。(→本ブログの関連過去記事。)
 ※金英夏はそれまで現代文学賞(1999年「あなたの木」、東仁文学賞(2004年「黒い花」)、黄順元文学賞(2004年「宝船」)、万海文学賞(2007年「光の帝国」)と韓国の文学賞をいろいろ受賞した末の李箱文学賞。黒田夏子さんとは対照的ですね。(何度も候補になっている覆面作家・舞城王太郎のような有名作家もいますが・・・。)

 そして今年の第37回李箱文学賞はといううと、1月のニュース(→コチラ)で、を若手女性作家・金愛爛(キム・エラン)「침묵의 미래(沈黙の未来)」で受賞したとのこと。
 「若手」といっても1980年生まれですから33歳。しかしこの賞受賞者の最年少記録だそうです。
 彼女については、2011年4月「毎日新聞」連載の<新世紀 世界文学ナビ [韓国編]>きむふなさんが初回に紹介していました。(→関連記事。) ←10人中、チョン・イヒョンを除く9人が李箱文学賞受賞者です。
 また、本ブログでも<2011年の韓国を代表する本は?>と題した記事の中で彼女のことを少し書きました。
 ヌルボ自身、今までに原文で読んだのは短編の「달려라, 아비(走れ、父ちゃん)」、翻訳で読んだのは「新潮 2010年6月号」掲載の「水の中のゴライアス」だけなので、コメントするにはまだまだ不十分。
 (後者に関係のあるこのブログの過去記事→コチラ、また関係ブログ記事→コチラ
 私ヌルボの信頼度が高いコチラのブログでは「韓国作品はまとめて書くけど、どちらも退屈。ナイフと水を象徴的に扱ったいかにも純文学な退屈さ。長く感じた」と書かれています。

 ところで、先日たまたまNHKラジオ「レベルアップ ハングル講座」3月号のテキストを見ると、そのきむふなさんが申京淑「母をお願い」韓江「菜食主義者」に続いて3月から教材としてとりあげているのが金愛爛「だれが海辺で気ままに花火をあげるのか(누가 해변에서 함부로 불꽃놀이를 하는가)」ではないですか。
 なんとタイミングのいいことで・・・。囲み記事で彼女やその作品のこと等がいろいろ説明されています。李箱文学賞受賞についても書かれています。きむふなさん、いつの時点でこの作品に決めたのでしょうか?

 ・・・とそんなわけで私ヌルボ、昨年末読み終えたチョン・ユジョン「7年の夜(7년의 밤)」の次に読む韓国書は李箱文学賞作品にしよう、と思った次第です。
 ところが今回の受賞作品集は1月後半に出たばかりなので横浜市立図書館にあるわけないし、では金英夏の前回受賞作「とうもろこしと私」でも読むか、と探したら韓国書の書架にナシ。
 結局、未読で最新の作品集で図書館にあったのは第33回(2009年)のもの。その回の受賞作のキム・ヨンス(金衍洙)「산책하는 이들의 다섯 가지 즐거움(散歩する者の5つの楽しみ)」を読むことにしました。

 ・・・ここまで書いたのが数日前。「散歩する者の5つの楽しみ」は20ページ余の短い作品なので、巻末の評論家による作品論等も含め2、3日で読み終えました。
 実はその感想がこの記事の本論だったはずですが・・・。またまた「続きは今度」ですね。

 ★その後「abさんご」も読み終えました。「週刊文春」の阿川佐和子と黒田夏子との対談を読んで「ストーリー性の全然ない話なのか」と思いましたが、読み進むとそうではありませんでした。一応。
 しかし、李箱文学賞作品と芥川賞作品と「どちらが読みやすいか?」、そして「どちらがおもしろいか?」。この難問にどう立ち向かうか、むずかしいなー、うーむ(笑)・・・。
 ※「どちらが読みづらいか?」、「どちらが意味不明か?」、「どちらがよりおもしろくないか?」などと書けないところがヌルボの弱気なところです。(あ、書いちゃった!)
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パチンコファンとT-ARAファンの幸福な出会い(笑) 「海物語with T-ARA」

2013-03-02 23:54:24 | 韓国の音楽
 私ヌルボ、最後にパチンコ屋に入った時のことはよく覚えています。今を去ること25年前、昭和→平成の境目。天皇重態の自粛ムードほぼ一色の中、そこだけは寒さにもめげない熱気いっぱい。ヌルボ自身の「昭和」をしめくくるにふさわしい人生の1コマでした。

 学生時代はわりとよくパチンコに行ってました。
 「パチンコ史年表」(←これはいい!)によると連発式パチンコの復活が1969年か。その頃の台のデザインはよく覚えています。(懐かしいなー。)
 駿河台下のポニーとか人生劇場には景品として本が置いてあったのは、学生街ならでは。私ヌルボもポニーで三島由紀夫「豊饒の海」全4巻をせしめ「遊びと学問のアウフヘーベン(←死語?)だ!」などと豪語(?)したりしてました。(笑)
 その後電動化が進み、ゲームというよりもほとんどギャンブルとなって、めったに行かなくなりました。「コンピューター相手じゃ勝てるわけない」という理由ですが、考えてみればコンピューター相手でなくても勝てるわけはないんですね。

 その後電動化からさらに先端技術の発達にともなって、まさにケータイ同様、この大衆娯楽分野でもパチンコがますます日本独自のガラパゴス的遊戯として進歩発展してきました。
 上記の「パチンコ史年表」を見ると、平成に入ってからの画期的な機種というのが1995年三洋が発売した「ギンギラパラダイス」と、それに続く同社の「海物語シリーズ」(1999年~)。「モデルチェンジを重ねながら、「海物語」は次第にその知名度、人気を確実なものとし、登場から10年が経過した平成21年になった今もなお、パチンコ店の看板、定番機種として不動の人気を確立し続けている」との説明がついています。
 また、ウィキペディアの<海物語>の項目には、このシリーズの系図等々、いろいろ詳しい説明があります。(どういう人が書いてるんだろう?)

 はてさて、ここまでが前おき。
 このパチンコの大人気機種「海物語シリーズ」で「CRA デラックス海物語with T-ARA」という新機種が登場します、というニュースが流されたのが昨年12月。しかし、その記事(→コチラ)を見ても、「大当たり確率約1/99。100%突入のST5回転+時短(20.45.95回転)という王道の甘デジST機種となっている」とか「「デラックスフラッシュ」や「カニばさみ保留予告」など、「CRデラックス海物語」での好評演出はもちろん丸ごと楽しめる」のような専門用語がずらずら出てきて、わからない人の方が多いと思います。

 この「CRA デラックス海物語with T-ARA」ですが、その後すぐに各地のパチンコ店に配備されたということでもないようで、ヌルボの行動範囲のパチンコ店では見かけず。天王町のパチンコ店の電光掲示板では一昨日たまたま下の写真のようなお知らせを見ました。

       

 そして今日。ハングルサークルに行ったら、仲間の一人お酒の好きなT兄(ヒョン)が真剣面持ちで何を見ているかと思ったらその「海物語with T-ARA」のオフィシャル・ガイドブック。パチンコ愛好家でもあるT兄、その研究熱心さには本当に頭が下がります。

        
           【機種の説明のほかに、T-ARAの紹介も入っています。】

 パチンコに全然詳しくない人でも、その「海物語with T-ARA」の製造元の三洋物産のサイト(→コチラ)を見ると、製品情報等々とても詳しくて、これだけでも十分に楽しめます。
 「海物語with T-ARA」の紹介は→コチラ

 開くまで、時間がかかります。まず下の画像が出てきますが、そのまましばらく待ってください。
      
  【「海物語」メインキャラクターのマリンちゃん(左)と、悪い(?)キャラクターのワリンちゃん(右)です。】

 そして待つことしばし「ポピポピポピ♪」という歌声とともにT-ARAの動画が出てきて、続いてあらわれるのが下の画面。

   

 ここでT-ARAの昨夏あたりからの事情に通じている人ならこの画像を見てすぐわかるはず。

 この画面の情報の「FEATURE」のところをクリックすると、あれれ? メンバーは計6人。そして「T-ARA INFO」をクリックすると下の画面。

     
      【下で名前入りで紹介されている6人と上の7人を照らし合わせてみると・・・。】

 ここでは上には7人写っているのに、下で紹介されているのは6人。つまり、昨年7月に「契約解除」となってグループを抜けたファヨンが入っているんですね。(1つ上の写真は後列右端。すぐ上の写真はどれでしょうか?)

 この画面の「OATARI」とか、いろんなとこをとにかくクリックしてみてください。T-ARAが歌っている動画とか、パチンコの大当たりの画面とか、いろいろ出てきて楽しいですよ。

     
      【マリンちゃんたちもT-ARAと一緒に「Roly-Poly」を踊っています。】

 大当りラウンドで出てくる「Bo Peep Bo Peep」のネコダンスの動画はYOU TUBEにもありました。
 
     【T-ARAは2分以上しないと出てきません。】

 パチンコファンとT-ARAファンがどれくらい重なるかは私ヌルボ、わくわかりません。たぶんあまり重なっていないのではないでしょうか? しかし、T-ARAの楽曲のノリのいいリズムはパチンコによく合っているのではないでしょうか?

 上記の三洋物産のサイトを教えてくれたのは同じサークル仲間のなんでも知ってるS氏。そしてさらに今日の授業ではT-ARAの熱烈な「ペン(팬)」=ファンのN先生が一昨日の越谷でのイベントでの抽選で入手したメッセージカードなんかも持って来ていて、いろいろ話が盛り上がりました。

          
    【アルムちゃんは先月高校を卒業したんですね。(韓国の学校年度は日本より1ヵ月早い。)】

     
  【「どれも同じ顔に見える」というT兄(手前の手)に、N先生(向こうの手)が教える。】

     
   【3月20日発売の新曲は「バニスタ!」。ネコの次はウサギダンスですか!?】

 いやー、今日の授業もいろいろ勉強になったなー!

※<「T-ARA、韓国の酒類広告は拒否して日本でパチンコモデル」韓国ネットユーザー非難>というニュースが昨年暮れの「中央日報」に載っていました。→コチラ。「T-ARAの酒類広告禁止を宣言した所属事務所に対し、「酒はダメでパチンコはいいのか」と一部ネチズンが非難したというもので、事務所側は「「パチンコは日本では一般的なレジャー娯楽文化」と強調した」とのことです。

※パチンコと韓国の関係では、2006年に京楽産業から発売された「CRぱちんこ冬のソナタ」がありますね。(→コチラ参照。)
 その他、韓国におけるパチンコのこととか、日本のパチンコ産業と在日韓国・朝鮮人のこととかいろいろありますが、それらについてはそのうち書くことがあるかもしれません。(ないかもしれません。)
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