学問空間

【お知らせ】teacup掲示板の閉鎖に伴い、リンク切れが大量に生じていますが、順次修正中です。

社会の精神的安定にとって必要なのは「ビリーフ」ではなく「プラクティス」である。

2022-01-16 | 『鈴木ズッキーニ師かく語りき』
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2022年 1月16日(日)15時40分6秒

「宗教的空白」についてあれこれ考えてみたのは2016年のことで、同年の「新年のご挨拶」で「グローバル神道の夢物語」という妙なシリーズを始めるぞと宣言し、森鴎外の「かのやうに」を出発点に日本人の宗教観を検討してみました。

「新年のご挨拶」(2016年)
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/bd7ebd22440a7d381781be52797bfd0a

そして、その一年間の一応の成果は翌2017年1月3日の「古代オリンピックの復活」という記事に、

-------
神仏分離・廃仏毀釈に悲憤慷慨する松岡正剛氏に対しては、そんなに興奮することもないのになあと同情しつつ、実際に廃仏毀釈に多数の「殉教者」が出たのかを検討してみたところ、「大浜騒動」など浄土真宗関係の「護法一揆」で多少の死者は出ているものの、まあ、実態は酔っ払いの暴動みたいなものが多く、純度100%の「殉教者」は皆無、という暫定的結論を得ました。
また、「真宗王国」の富山藩における廃仏毀釈の経緯が結構面白いことに気づき、これを主導した林太仲と、その養子でパリを拠点に美術商として活躍した林忠正、また富山出身の近代民衆宗教の研究者で、現在でも極めて世評の高い『神々の明治維新』の著者でもある安丸良夫氏等について検討するうちに、安丸氏の「国家神道」論は「ゾンビ浄土真宗」とマルクス主義の「習合」ではなかろうか、などと思うようになりました。

https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/b11b2faf32eea6192d065e73d0231766

などと纏めておいたのですが、結局、同年中は「夢物語」と言えるような話にはなりませんでした。
その後も「宗教的空白」について時々検討しましたが、江戸末期には本当に徹底した「宗教的空白」が存在しており、明治に入ってむしろ、文明国には「宗教」が必要ではないかと考えてキリスト教に入信する人、逆にキリスト教に対抗するために仏教を革新するのだ、といった方向に目覚めた人が増えて、「宗教的空白」の範囲はかなり縮小していますね。
これはもちろん私の発見ではなく、例えば渡辺浩氏の「補論『宗教』とは何だったのか─明治前期の日本人にとって」(『東アジアの王権と思想 増補新装版』、東京大学出版会、2016)には、明治維新前後の頃の「宗教的空白」がいかに徹底したものであったかが具体的に描かれています。

「Religion の不在?」(by 渡辺浩)
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/52635c996a4905b98584c8fff72f46e8
「戯言の寄せ集めが彼らの宗教、僧侶は詐欺師、寺は見栄があるから行くだけのところ」
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/4374da95a1226e9bc0ea736416ba2c70

細かいことを言えば渡辺論文には問題が多いのですが、基本的な認識については私も渡辺氏に同意できます。
そして、武士のみならず上層農民レベルでも、近世の相当早い時期に「宗教的空白」の存在が確認できますね。

『河内屋可正旧記』と「後醍醐の天皇」
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/32c50e451a30bc8476cb288a49b36481
『東アジアの王権と思想』再読
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/3bd3406a87113eb41b992b55eaa44cdf

私は最初は「宗教的空白」が歴史的にどこまで遡れるのか、という観点から調べていたのですが、過去に遡れば遡るほど宗教感情が篤いということではなくて、拡大と縮小の大きな周期があるようです。
もちろんいつの時代にも篤信者と「狂信者」はそれなりの割合で存在しますが、中世まで遡ってみたところ、南北朝期は日本史上「宗教的空白」が特別に拡大した時期ではないかと思われます。

『太平記』に描かれた鎮西探題・赤橋英時の最期(その1)(その2)
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/744791400c717309a7ad7812b9744b66
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/72be48ea101ce58dfed89bf4991db12e
「からからと打ち笑ひ」つつ首を斬る僧侶について(その2)
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/991ec9ad3c8d2402ccd944273dbe413d

南北朝の動乱が終わって以降の「宗教的空白」の変動については未検討ですが、近世に入ると「宗教的空白」は徐々に拡大して、幕末に最も増大する感じですね。
ただ、以上に述べてきた「宗教的空白」とは、磯前順一氏の用語に従えば、「ビリーフ」(概念化された信念体系)が「空白」だということで、「プラクティス」(非言語的な慣習行為)は一貫して、広く薄く継続して来たように思われます。
そして、日本社会に精神的安定をもたらしたのは、少数の「ビリーフ」派ではなく、大多数の「プラクティス」派だろうというのが私の暫定的な結論です。

資本主義は「プラクティス」としての「宗教」か。
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/1039590e0e95bd9c21a8ee30f8ba03fe
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする