書く仕事

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瀬名秀明氏著「デカルトの密室」

2006年01月16日 00時33分02秒 | 読書
哲学ミステリーとでもいいましょうか?
人間は物心ついてから死ぬまで,自分という意識を持ち続けて一生を送りますね.
本を読む,コーヒーを飲む,デートをする,仕事をする,常に主語として「自分」を意識して生活しています.
もちろん眠ってる間は一時的に意識を失っているのでしょうが,目覚めればまた自分という意識を取り戻し,昨日までの自分と同じ自分がここにいると信じて今日を暮らしています.
自分が突然他人の意識になることはない.気が付いたら自分が赤の他人になっていたということは統合失調症でもない限り,一生無いわけです.
しかし,例えば宗教的な儀式,例えば仏教のお葬式とか,キリスト教のミサとかを見ていると,なんとなく精神と肉体は別のもので,生物としての人間という物体に人間の精神(心,魂)が「宿っている」という暗黙の考え方があるような気がしますよね.
ならば,なぜ,人間は一生の間,「同じ」自分の精神しか自分の肉体に宿らないのだろうという疑問が起きてきます.精神と肉体が別物ならときどき交換が起こるということがあってもおかしくないのでは?という疑問です.精神と肉体は別物なのか?あるいは不可分なもの,一体のものか?もし,不可分なものなら,肉体が死んでしまえば精神も滅びてしまうわけで,お葬式などまるで意味が無いわけですね.
「自分」という意識は,一体何なのか.それは肉体とは別に存在する「物質」か?それとも,肉体とは不可分のもの,あるいは肉体の,特に脳の中の電気信号の活動が生み出す幻影なのか.

このような疑問自体は多くの人が気付き,不思議に思いながらも日常の雑事にかまけて,普段は忘れて暮らしているのですよね.
前置きが長くなっちゃいましたが,この小説は,この疑問を真正面に問いかけたミステリー小説です.だから,上に述べた自分という意識の存在(存在しないかもしれないけど)に疑問を感じない人にとっては,たぶん退屈以外の何物でもない読み物だと思います.
しかし,一度でもそういう疑問を感じたことのある人,例えば,人が死ぬと,その人の自意識はどこに行っちゃうのかな?と思ったことのある人には,たまらなくスリリングな,どきどきする時間を提供してくれます.
こういう話題って,ある人の説を一方的に聞くだけでは,いくらその説が正しくても飽きてしまいますよね.この小説ではそれを避けるために,主人公である大学教授兼作家と,知能をもったロボットとが,意識をテーマとして,丁々発止の議論をすることで物語を進行させていきます.
この方法をとることで,議論の勝った/負けたという興味が,意識に関する哲学的な知見を飽きさせることなく,読者の「意識」に吸収させることができるのですね.
文章力というか,構成力っていうんですかね?こういう力量のこと.すごいのひとことですね.
だいぶ前に「ソフィーの世界」という哲学ファンタジー小説がベストセラーになりましたが,あの本に夢中になった人は,間違いなくこの「デカルトの密室」にハマってしまうと思います.
あと蛇足ですが,瀬名秀明氏は,かのベストセラー小説「パラサイトイブ」の原作者です.
もうひとつ,この本はある程度,体力的に充実しているときに読むことをお勧めします.疲れているときはちょっときついかな?