特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

ささやかな抵抗

2015-09-23 09:46:21 | 特殊清掃
現場は、木造の古い二階建アパート。
その二階の一室で住人が孤独死、腐乱。
周囲には異臭が漏洩し、窓の内側には無数のハエ。
更には、階下の部屋にまでウジが発生していた。

依頼してきたのは不動産管理会社。
「大至急!」と言われるものとばかり思っていた私は、気を高ぶらせた。
ただ、実際はそうではなかった。
不動産会社としては、一刻も早く部屋の始末に取り掛かりたかったのだが、遺族がそれを許可せず。
周囲に異臭や害虫が発生している状況にもかかわらず、遠方から来る遺族の都合で、現地訪問の予定はそれから数日後となった。

約束の日時。
現場ではなく不動産会社の事務所に来るように言われていた私は、まず、そこへ。
すると、通された応接間には、先に遺族らしき初老の男女がきていた。
そして、二人は私には目もくれず何かを力説。
何やら揉めているらしく、不穏な空気を察知した私は 黙って会釈をしながら示された椅子に腰掛けた。

そこに集ったのは、大家、不動産会社の担当者、遺族二人、そして私。
大方のケースだと、こういう現場では、大家・不動産会社が上手にでて遺族は平身低頭になる。
しかし、ここではそれが違っていた。
遺族のほうが上手にでて、大家・担当者は憮然。
私は、その様を妙に思ったのだが、黙って話を聞いていると、ほどなく揉め事の原因はつかめてきた。

遺族の二人は夫婦ではなく、故人の兄妹。
血縁上は、故人にとって、もっとも近い親族。
そんな二人は自分達の許可もなく、また、遺族より先に警察が故人の部屋に入ったことを怒っていた。
「家族の許可なく勝手に部屋に入るなんておかしい!」
「警察だけじゃなく、大家・不動産会社も勝手に入ったのではないか?」
「そもそも、人に貸した部屋の合鍵を他人(大家・不動産会社)が持っているのはおかしい!」
「警察のあなた方も非常識すぎる!」
二人は、そんなことを言いながらテンションを上げていた。

言われる側の大家・担当者もかなりイラついた表情。
事の経緯を説明しながら、
「この場合、警察に通報するのは当り前!」
「何か疑ってるんだろうけど、部屋に入ったのは警察だけで自分達は入ってない!」
「非常識なのはそっちだ!」
と反論。
どっちが非常識なのか・・・異なる“常識”を振りかざしての攻防に妥協点はみえず、堂々巡りはしばらく続いた。

遺族二人が部屋にある貴重品・遺産のことを強く気にしていることは、そのやりとりですぐにわかった。
同時に、遺族の主張は、常識人を気取っている私にとっては、かなり違和感のあるものだった。
とは言え、机上の論争ばかりしていては何も片付かない。
私は、
「回りのことを考えると一刻も早く部屋の処理を始める必要がありますけど、とりあえず、お二人(遺族)に部屋を見てきてもらいましょう」
と、大家と担当者に提案し、一方の遺族二人には、
「後でトラブルになると困るので、家財を気が済むまで見てきて下さい」
と、遺品チェックを促した。

遺族二人を見送った私は、二人が戻ってくるまで待機することに。
黙っていても雰囲気が煮詰まるだけだし、もともと人の悪口を言うのが好きな私は、
「変わった人達ですね・・・」
「長くこの仕事やってますけど、ちょっと珍しいタイプですね・・・」
と、たまりかけたストレスを吐き出した。
すると、大家も担当者も
「ホント、おかしな人達ですよ!」
と返し、二人への不満をぶちまけ始めた。
そして、話題は、それに関係する故人の身の上にも及んだ。

故人は地方出身で生涯独身。
若い頃に家族間で色々なことがあって、長い間、身内とは疎遠だった。
だからと言って、人づき合いが苦手ということもなく、このアパートに長く暮らし、大家をはじめ他の住人達ともうまくやっていた。
家賃の滞納はもちろん、誰かに迷惑をかけるようなことは振る舞いもなく、贅沢らしい贅沢もせず、平凡に暮し、平凡に歳を重ねていた。

そうして堅実に生きた故人には、預貯金がそれなりの額となって残っていた。
そして、どこからそれを聞きつけたのか、遺族二人は、それを知った。
だから、それを獲得すべく、目の色を変えてやって来たのだった。
生前は放っておくだけ放っておいて、死亡の連絡を入れるにも一手間も二手間もかかったような間柄にもかかわらず、亡くなったら途端、遺産目当てで、まるで親しい家族だったかのように出しゃばってくる・・・
その様を目の当たりにした大家と担当者は、遺族への憤りを覚えると同時に故人に同情もしているようだった。

財布をはじめ、カードや印鑑は警察保管となっていた。
が、預金通帳は警察も見つけられず。
ということは、部屋に置きっぱなしになっているはずで、遺族二人はその通帳の入手したがっていたのだった。
正式に相続人として認められ、所定の手続きを踏めば通帳がなくたって遺産は相続できるはずなのに、欲に踊らされたのか、とにかく躍起になっていた。

現場アパートは不動産会社から歩いて数分のところ。
ゆっくり歩いても10分程度の近所にあった。
二人が出て行って30分くらいたっただろうか、二人は予想よりはるかに早く戻ってきた。
ただ、戻ってきた二人の様子には変化が。
出て行く前の威勢はどこへいったのか、意気消沈気味。
どことなく気マズそうに、肩を小さくして椅子に座った。

二人は腐乱死体現場を甘くみていた。
ニオイも見た目も、「ある程度の覚悟でイケるはず」と考えていた。
しかし、現場の凄惨さは、それをはるかに超越。
あまりの悪臭と無数のハエを前に、家財を確認するどころか、玄関から先に入ることさえできなかったのだった。

結局、現状のままでの入室は不可能。
「何とか部屋に入れるようにしてほしい」
と、渋々依頼。
微妙に立場が変わったことを感じた私は、
「実際に行ってみて、おわかりになったでしょ?」
「回りの方々に迷惑がかかっていることも、回りの方々が困っておられることも」
「こんなこと言ったら○○さん(故人)に申し訳ないですけど、こういう部屋に好き好んで入る人なんていませんよ」
「警察だって職務としてやったわけですし、私だって仕事じゃなきゃ入りませんよ」
と、二人の利己主義に、ささやかな抵抗を示した。
そして、私は、その場で、貴重品・必要品等の滅失損傷等についての免責事項を記した覚書をつくり、大家と担当者を証人に、それに同意した証として二人にサインをもらった。

「さすがに、これじゃ・・・入れないよな・・・」
部屋の惨状は、私の想像をも超えていた。
もちろん、後退するほどではなかったけど、ハエは、部屋が薄暗くなるくらいの数が窓に集り、また、羽音をけたたましく感じるくらいの数が空中を乱舞。
慣れたものとはいえ、それは、私にとってもかなり不気味な光景で、遺族二人が部屋に入れなかったのは当然至極のことのように思われた。

汚染痕は、奥の和室の中央に敷かれた布団に残留。
そこには、腐敗粘度と腐敗液でつくられた人型がクッキリ。
具合が悪くて寝ていて、起き上がろうとして再び倒れたのか、苦しくてジッとしていられなかったのだろうか、上半身が布団の片側に斜めになり、頭部は敷布団からハミ出ていた。
そして、その付近には、大量のウジが徘徊。
ただ、そいつ等と個人戦をしているヒマはない。
私は、周辺に散乱する汚妖服等をウジもろとも梱包し、それから、腐敗液をタップリ吸って重くなった汚腐団を持ち上げた。
すると、私の眼は、敷布団の下に汚畳と同化しかけた異物を発見。
よく見ると、それは預金通帳・・・
手にとって見ると、間違いなく預金通帳だった。
しかし、それは、フツーの状態であるはずはなく・・・
腐敗液にシッカリ浸かって焦茶色に変色し、濡れた状態でシットリ・ヌルヌル・・・
ATMも呑み込まず、窓口でも断られるであろう?“腐敗通帳”と化していた。

「何故すぐに知らせない?」
等と言われたら気分が悪い。
「すぐに知らせたほうがいい」
と判断した私は、作業の手を止め外へ。
そして、不動産会社へ電話し、預金通帳がでてきたことを報告。
そこで待つ遺族二人に現場まで来てもらうよう依頼した。

欲しかったモノが見つかって嬉しかったのだろう、二人は勇んでやってきた。
更に、顔には笑みがこぼれていた。
が、それも束の間・・・
私は、二人の前に現物を差し出した・・・
通常なら、腐敗液をできるだけ拭き取り、“焼け石に水”でも消毒し、布やビニール等に包んで渡すのだが、頼まれもしないことをやって文句を言われたら癪(シャク)に障るので(意地悪な気持ちもあった)、このときは何も手を加えず、素のままで差し出した。
すると、ほころんでいた二人の表情が一変。
あまりの汚さとクサさに驚愕の表情を浮かべ
「コ、コレ・・・何ですか?」
と、わかりきっていることを私に訊き、一向に手を出そうとはしなかった。

故人の意にかかわらず、その遺産は、法に則って然るべき人の手に入るはず。
ただ、その身から出た異臭とハエが遺族を撃退したことや、預金通帳が酷く腐敗していたことを思うと、故人がささやかな抵抗を示しているように思えて、不謹慎とわかりつつも苦笑いした私だった。


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