玄関ドアを開けた私は、女性を後ろに置いて一人で部屋に入っていった。
中に充満していた腐乱臭は相変わらずの濃さで、精神的にもかなりの苦痛だった。
臭いの種類には慣れても、悪臭そのものに対する免疫はなかなかできないものだ。
玄関ドアの開閉は、ほんの2~3秒の間のことだったが、その腐乱臭は後ろにいた女性にも届いたはずだった。
「どう感じただろうか」と思いながら、私は中に進んだ。
腐乱臭というヤツは、驚くほど瞬時に身体(服)に付着する。
濃い腐乱臭の場合はアッと言う間である。
その中に、ほんの数十秒もいれば、すぐに「生きた腐乱死体(ウ○コ男)」になれる(なりたくないだろうけど)。
「こんなことになるんだったら、もっと簡単にやっとけばよかった」
部屋を進む中で、自分でやった防臭処置を解くのに一手間も二手間もかかっり、イライラした私だった。
家具や家財道具の配置は、女性が描いてくれた見取り図とほとんど合っていた。
特に、腐乱痕が残るソファーまでが離婚当時のままの場所にあったことが、私に妙な感慨を与えた。
「昔は、二人で座っていたんだろうなぁ・・・」
私は奥に進み、クローゼットの中に書庫を見つけた。
そして、その中の引き出しに貴重品類を探した。
女性が指示した場所そのままに、権利書・預金通帳・カード、そして生命保険証書があった。
「よかったぁ!こんなにすんなり見つかって」
猛烈な悪臭の中に留まっていると、皮膚から鼻腔・肺までが汚染されるような錯覚にとらわれる。
したがって、滞在時間は短いに越したことはない。
目的物がスムーズに発見できると、それだけ早く退却できるので、私にとっても楽なのだ。
私は、それらの貴重品を手早くかき集めて玄関に向かった。
「部屋の模様は、ほとんど図の通りでしたよ」
女性は、少し嬉しそうだった。
「教えてもらった所にありました」
私は、持ち出したモノを女性に渡しながら、野次馬根性が頭を出してきたことが自覚できた。
そして、書類の一つ一つを確認する女性の顔を見つめた。
マンションの権利書は有効。
預金通帳には、ほとんど残金はなし。
生命保険は・・・
突然、女性が泣き始めた。
「?・・・どうしたんだろう」
私は、涙の理由を知りたかったが、これ以上は人間を下げたくなかったので黙っていた。
少しして、涙顔の女性が「中に入る」と言いだした。
私には、それを拒む権利も理由もないので、協力するしかなかった。
ただ、嗅覚と視覚を襲われる中の状況と、「中に入ることは、あまりお勧めできない」旨を伝えた。
それでも女性は中に入りたがった。
その決意は固いようだった。
「仕方ないな、一緒に行くか」
暗黙の了解で、私が先に中へ。
女性は、私が渡した手袋とマスクも着けずに私の後を着いてきた。
「マスクぐらいは着けた方がいいですよ」
「イエ、いいんです」
中は猛烈な悪臭。
普通の素人なら吐いてもおかしくないレベル。
しかし、女性は気丈に私の後を着いてきた。
そして、リビングへ。
「ここです、亡くなられたのは」
私は、グロテスクに汚れたソファーを指さした。
女性は、驚愕の表情を見せた後、また泣き始めた。
「ゴメンナサイ・・・」
雰囲気+悪臭=私は、いたたまれない気持ちになった。
私には、女性の涙の理由を知る由もなかった。
あくまでも憶測でしかないのだが、故人は離婚後に女性を受取人にした生命保険に加入していたのではないかと思われた。
それが、故人が女性に対してできるせめてもの愛情だったのではないかと。
かつては夫婦として、幸せな日々も苦しい日々も共に生きてきた二人。
そして、これがそんな二人の再会となった。
同時に、別れでもあった。
人と人との出会いと別れの妙を噛み締めながら、静かにたたずむ私だった。
公開コメントはこちら
特殊清掃プロセンター
http://www.omoidekuyo.com/
中に充満していた腐乱臭は相変わらずの濃さで、精神的にもかなりの苦痛だった。
臭いの種類には慣れても、悪臭そのものに対する免疫はなかなかできないものだ。
玄関ドアの開閉は、ほんの2~3秒の間のことだったが、その腐乱臭は後ろにいた女性にも届いたはずだった。
「どう感じただろうか」と思いながら、私は中に進んだ。
腐乱臭というヤツは、驚くほど瞬時に身体(服)に付着する。
濃い腐乱臭の場合はアッと言う間である。
その中に、ほんの数十秒もいれば、すぐに「生きた腐乱死体(ウ○コ男)」になれる(なりたくないだろうけど)。
「こんなことになるんだったら、もっと簡単にやっとけばよかった」
部屋を進む中で、自分でやった防臭処置を解くのに一手間も二手間もかかっり、イライラした私だった。
家具や家財道具の配置は、女性が描いてくれた見取り図とほとんど合っていた。
特に、腐乱痕が残るソファーまでが離婚当時のままの場所にあったことが、私に妙な感慨を与えた。
「昔は、二人で座っていたんだろうなぁ・・・」
私は奥に進み、クローゼットの中に書庫を見つけた。
そして、その中の引き出しに貴重品類を探した。
女性が指示した場所そのままに、権利書・預金通帳・カード、そして生命保険証書があった。
「よかったぁ!こんなにすんなり見つかって」
猛烈な悪臭の中に留まっていると、皮膚から鼻腔・肺までが汚染されるような錯覚にとらわれる。
したがって、滞在時間は短いに越したことはない。
目的物がスムーズに発見できると、それだけ早く退却できるので、私にとっても楽なのだ。
私は、それらの貴重品を手早くかき集めて玄関に向かった。
「部屋の模様は、ほとんど図の通りでしたよ」
女性は、少し嬉しそうだった。
「教えてもらった所にありました」
私は、持ち出したモノを女性に渡しながら、野次馬根性が頭を出してきたことが自覚できた。
そして、書類の一つ一つを確認する女性の顔を見つめた。
マンションの権利書は有効。
預金通帳には、ほとんど残金はなし。
生命保険は・・・
突然、女性が泣き始めた。
「?・・・どうしたんだろう」
私は、涙の理由を知りたかったが、これ以上は人間を下げたくなかったので黙っていた。
少しして、涙顔の女性が「中に入る」と言いだした。
私には、それを拒む権利も理由もないので、協力するしかなかった。
ただ、嗅覚と視覚を襲われる中の状況と、「中に入ることは、あまりお勧めできない」旨を伝えた。
それでも女性は中に入りたがった。
その決意は固いようだった。
「仕方ないな、一緒に行くか」
暗黙の了解で、私が先に中へ。
女性は、私が渡した手袋とマスクも着けずに私の後を着いてきた。
「マスクぐらいは着けた方がいいですよ」
「イエ、いいんです」
中は猛烈な悪臭。
普通の素人なら吐いてもおかしくないレベル。
しかし、女性は気丈に私の後を着いてきた。
そして、リビングへ。
「ここです、亡くなられたのは」
私は、グロテスクに汚れたソファーを指さした。
女性は、驚愕の表情を見せた後、また泣き始めた。
「ゴメンナサイ・・・」
雰囲気+悪臭=私は、いたたまれない気持ちになった。
私には、女性の涙の理由を知る由もなかった。
あくまでも憶測でしかないのだが、故人は離婚後に女性を受取人にした生命保険に加入していたのではないかと思われた。
それが、故人が女性に対してできるせめてもの愛情だったのではないかと。
かつては夫婦として、幸せな日々も苦しい日々も共に生きてきた二人。
そして、これがそんな二人の再会となった。
同時に、別れでもあった。
人と人との出会いと別れの妙を噛み締めながら、静かにたたずむ私だった。
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