プラチナ世代のマラソン旅行

時悠人chosan流処世術

★パース旅行事情(3/3):独自の文化圏形成

2011-04-24 08:49:11 | 旅行記

 パースに関する情報は,シドニーやゴールドコースト等の東海岸とくらべ極めて少ない。日本から遠いだけでなく、オーストラリア国内でも主要都市から遠く離れていることと無縁ではなさそうだ。 

008 西オーストラリア州は、全国土の1/3を占める広大な面積に200万人(国の人口の1/10)しか住んでいない。また、東海岸の主要都市と4,000㎞以上離れており、独自の文化圏を形成する土壌が揃っている。「WA(West Australia)はWaite A while(=少し遅れている)」と、皮肉る人もいるほど、町全体がのんびりしている。060

 オーストラリアは検疫が厳しい国だが、WAは一段と厳しく、他州から鉄道で移動した旅行者が、車内検疫で果物を没収された話を聞いた。勿論、自然との共生を旨とする環境保護規制だが、独立国と言われる所以でもある。

 109また、WAは地下資源が豊富で海外からの資本参入が相次ぎ、高い経済成長を維持しており、パースの中心部では、高層ビルの建設が相次いでいる。豊かさの象徴的存在は、街中を走る無料バス(3路線)で、上手に利用すれば実に便利だ。

 反面、電気・水道料金は高いし、土地は高騰の一途で、平均的なサラリーマンが町中に家を構えるのは難しい。日本の年金生活者が、ゴルフ三昧で、楽しく暮らせる町と言うのは、5年から10年前の話。これから移住を考えるなら、最新の情報収集をお勧めする。


★パース旅行事情(2/3):インフレ進行中

2011-04-23 09:36:27 | 旅行記

141  旅行先としても人気が高いパースには、現在、約3,000人の日本人(移住者とロングステイヤーが半々)が住んでいる。退職後の移住やロングステイ、或いは、ワーキング・ホリディでも人気を誇る理由は、総じて次のようなもの。「気候温暖で自然が豊か」、「治安が良く、医療体制が充実している」、「物価が比較的安い」「ゴルフのプレー代が安い」等々だが、私の印象はいささか異なる。150

 住み易さの理由の第一に挙げられる「気候は地中海性気候で温暖」は、むしろ暑いという方が正確だ。今は、秋から冬への移行期だが、滞在中、連日32℃~35℃だった。夏は35℃~40℃超は珍しくなく、日差しは強烈でサングラス・帽子は必需品だ。湿気が少なく日本のように蒸し暑くないので凌ぎ易いが。

146  「治安が良い」は、他の外国と比較しての話しで、夜間、入り込まない方が無難なエリアは存在する。また、物価はシドニーの方が安く、パースは東京並みかそれ以上で高い。日本の食材は十分入手可能というが、品質面でとても満足出来るレベルではない。ゴルフ代は、べらぼうに安いがパースに限ったことではない。

 数年前のガイドブックを参考にしていると、現実との違いに戸惑うと思う。パースは、好景気でインフレ進行中の最前線の町ということを記憶に留めたい。同時に、為替変動が激しく、換算レートは2009年3月で1豪ドル=70円前後だったのが、今は90円前後と20%近く円の価値が落ちている(成田空港で両替した時は、98円)。


★パース旅行事情(1/3):概況

2011-04-22 08:36:29 | 旅行記

174  私と同年輩の方なら、旅行番組の先駆けとも言える「兼高かおる世界の旅」をご記憶だろう。1960年代、ジャーナリストの兼高かおるが世界160カ国、721万㎞(地球180周)をまわり、一人でディレクター、プロジューサーからレポーター、ナレーターまでこなし高い視聴率を誇った。

 その彼女が、「世界一美しく暮らし易い街」と評したことで、西オーストラリア州の州都パースは、一躍、日本人のあこがれの都市になった。言葉が独り歩きしている気もするが、たしかに、スワン川沿いに拓けたパースは、垢ぬけていてホノルルをセンスアップしたような印象を受ける。170

152 どのガイドブックを見ても、「高層ビルが建ち並ぶ近代都市でありながら、イギリス統治時代の面影を残し、重厚で清潔な町並みとスワン川周辺に拓けた緑豊かな広大な公園を持っている」と、似通った記述でその特徴を記している。

 さて、パース市とは、City of Perthと呼ばれる東西4.5㎞、南北1.5㎞の狭い領域なのだが、普通、パースと言えば周辺の30程の市を加えたメトロポリタンを指す(以下パースと呼ぶ)。面積は、東京都の約2倍で、人口は約150万人。また、西オーストラリア州の面積は、日本の約6倍を誇り、人口が約200万人なので、その広大さが窺われる。


★波乱万丈のパース旅行

2011-04-21 09:57:28 | 旅行記

 3月中旬、パースに住む娘夫婦を訪ねる用事が生じたが、東日本大震災でANAの小松~成田線が運行休止になり、羽田便も不安定だった。ようやく4月1日に運行再開したので、4日に成田を発ち、9日に帰国した。

 自然と生態系を維持するため、検疫が非常に厳しいことで有名なオーストラリアは、原発の無い国でもある。放射能汚染に対する警戒心が強く、検疫は従来以上に厳しいと覚悟し、一計を案じた。

 まず、食料品を航空便で送り事前のチェックを受けることにし、携行品は無難な物品に限定した。こうすれば、入国時に余計な詮索を受けないで済む。同時に、携行品の詳細リスト(和名・英訳・数量)を作成し、チェックし易いように物品に英訳の名札を貼付した。それでも、スーツケースの中身は、一品一品入念なチェックを受けた。

 一方、航空便は、成田発のパース直行便を予約していたが、前日になって香港経由に変更された。日本からの直行便は放射能汚染の危険性があるとの理由で、今後、減便される可能性もあるとか。また、「帰路は、成田直行便で大丈夫」と言われたが、帰国前日に香港経由に変更になった。

 しかも、香港からは航空会社が変更になり、成田着の時間も大幅に狂い、成田~小松便の時間に間に合わず、羽田へ移動し帰着する羽目になった。パックツアーではないので、他の人達に迷惑をかけることはなかったが、神経をすり減らしての小旅行だった。

 次回以降、「パース旅行事情」シリーズとして、「聞くと見るとは大違い」のパースの最新事情をご紹介する。


★第36回全国健勝マラソン日本海大会

2011-04-20 09:14:24 | スポーツ

 4月17日、加賀市で「第36回全国健勝マラソン日本海大会」が開催された。2月にハーフの部にエントリーしていたが、3月11日以降、運動する機会が無く、棄権するつもりでいた。が、先週、2週間振りにジョギングを再開したら予想以上に体が動いたので、出場に踏み切った。当日は、時折り、強風が行く手をさえぎる程度で、晴天・気温14度の好条件だった。

 完走はとても覚束ない状態と承知しつつも、15㎞まで足が悲鳴をあげなければ、制限時間(150分)内にゴール出来ると計算し、最後方集団につけ、振り切られないように心がけた。10㎞地点では、設定タイムより4分以上速く(64:03)、気分を良くして折り返した。

 ところが、13㎞から14㎞の上りで、ペースが一気に7分36秒/㎞に落ちた。弱気になり始めた時、スタッフの「ガンバレ!」の声にハッと我にかえった。喘ぎながら坂をのぼり切り、最大のポイント15㎞付近からの下りでペースをあげようとしたが、やはり練習不足は否めなかった。「残り3㎞」の表示板を見て、「まだ3㎞もある」と思う程、足は限界に近かった。陸上競技場へと続く最後の坂で歩こうとしたが、沿道からの声援と拍手に励まされ、何とか持ちこたえた。

 5か月振りのハーフ2時間21分10秒は上出来だが、残り2㎞に15分40秒を要し、ゴール後の充実感は全くなかった。ただ、一夜明けて、筋肉痛が和らいだのが救いだった。なお、10㎞の部に出た妻も1時間4分52秒と不満顔だった。