何度目かのどん底かな。
こんな状態で春が来るのはちっとも待ち遠しくなんかない。
石の上にも3年というけれど7年やって芽が出なかったら、それはもうだめだということではないか。
いっそのことリセットしてしまいたいと思っては、自分を奮い起こす繰り返し。
でも現実が何か変わるわけではない。
久しぶりに起死回生のチラシをまくか?いやその余裕も。
引っ越せない以上、ここでもうしばらく生きるしかない。
でもなぁ・・・・
例えば建物の古さとか場所の悪さなどは自分ではこれ以上どうしようもないけれど、いったいなぜなのか自分なりに考えて考えて考える。
民家で塾っぽくないというのはあるだろうけれど、おやつを出すのがいけないのか、不登校やひきこもりというイメージが強過ぎるのか、それとも・・・この辺りの親はあまり塾とは密着した関係を作りたくないのかな。瀟洒な建物があれば、集団指導の町の塾の方が子どもも親も気楽なのかも。
東京の大学生の家庭教師の時給よりもずっと安くしているつもりだけど、それでもまだ高いのかな。そりゃ1クラスに10人も入れれば安くできるだろうけれども。
でも、それは自分のやりたいこととは違う。
学校から帰ってまた第二の学校へ行くようなものじゃないか。
近所の子が、歩いても来られるようなうちへ来ないで、わざわざ20分以上も車で送っていく町の塾へ通っているのを思うと、正直疎外感が募るな。か~っとくるな。よっぽど魅力ないんだろうな。
今までもそうであったように、二時間の授業のために今日もそれ以上をかけて教材を準備する。
暇なことを周りに悟られないように、部屋ではヒヤリングのCDを常に大きくかけている。(横をもし通る人があれば微妙に聞こえるように)だからうるさい。
でもって更に例のじいさんがいつ来るか、誰が農道を通るのかをCDの音越しに耳をそばだてているので、そんな中で予習するのは正直疲れるわ。
他人から見たらばかばかしいんだけど。いや、自分でもあほくさいんだけど。
道路が近すぎて交差点の真ん中で開業しているみたいだ。
でも人生、明日何が起こるかわからないから、今日できることをやろうと思う。
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