私はこのところの猛暑でセミが鳴かないとてっきり思っていた。猛暑の影響がセミたちにも及んでいるのかと懸念していた。今朝7月31日の朝、空気の入れ替えで妻が窓を開けた。元気よく「ツクツクツクツク」「ジーイジーイボアーン」とセミが鳴いていた。何だか安心。でもミンミンゼミが鳴かない。
私は今年の春、住んでいる集合住宅の前の笹とセコイヤの木々の中にいくつもの土の盛り上がりを見つけていた。モグラである。モグラの大群が地下世界で活発に行動しているらしい。土の盛り上がりはゆうに20以上あった。一匹の仕事には到底思えなかった。目に見えない行動は背後霊のようで不気味である。モグラだって生き物なのだから、何かを捕食しているに違いない。ミミズ、セミの幼虫。セミの幼虫は7年間土の中で過ごすという。さぞかしセコイヤの木の下にはたくさんいるのだろう。
去年の夏、セミ、特にミンミンゼミが大量発生して、家の前はまるでコンサート会場の大音響スピーカーの数メートル前にいるような騒ぎだった。幹には何匹ものセミが羽をこすり合わせているのを目撃できた。家の網戸にも何匹ものセミが張り付いていた。今年はこの猛暑でセミたちもさぞかし大音響を引き起こすであろうと覚悟していた。ところがコキイチ(古稀+1=71)を迎えた私の方が、息だけしている休眠引きこもり状態に陥ってしまった。ずっと家にいるので時々窓から外をのぞく。二重ガラスに耳を近づけてセミの鳴き声を探る。聞こえない。静かである。川沿いの道路は、信じられないがウォーキングに励む老人が多く行きかう。そんな彼らを見て、何故この世には同じ老人であってもこんなに個人差が生まれるのかと愚痴も言いたくなる。彼らの挑発にはのらない。“他人をうらやまない妬まない”は私の信条である。私は私、お達者連はお達者連と気を取り直す。
7月28日台風12号がここに最接近した。海岸地帯は大変な高潮大波で被害が出た。3年前まで所有していた海に面した小さな仕事部屋のあったマンションも大きな被害があったと聞いた。すでに終活のために売却してしまった。「もし売却してなかったら」と青ざめた。被害に遭う遭わないを人間が決めることはできない。身辺をできるだけ整理しておこうと思った。
28日は友人に招かれランチのお呼ばれに出かけた。台風が近づいていたのでどうなるかと心配したが、中止のメールが来ないので妻と出かけた。電車を乗り継いで1時間半の町に友人は住んでいる。楽しく美味しい時間があっという間に過ぎた。もっと居たかったが、やはり台風が心配だった。3時に友人宅を出た。駅まで妻と歩いた。風が強く、雨もひどかった。妻は私の孫のサッカー観戦の時買ったカッパを着て傘をさしていた。私はビニール傘。何度も私のコンビニで買った傘がパリのムーランルージュのカンカン踊りで踊り子がスカートをめくりあげるように逆さに開いた。駅構内に駆け込んだ。私は全身びっしょり濡れだった。電車は正常に動いていた。乗り換えて一駅で車内放送。「線路上に倒木があるために当列車はここで安全が確認されるまで停車します」 30分後電車は動いた。
家に5時半ころ到着。タクシーを降りて玄関まで歩いた。そこにセミの抜け殻が数個転がっていた。ふっと嬉しさがこみ上げた。モグラにすべて食べつくされていなかった。
翌朝被害状況がテレビニュースで次々と映し出された。電車も午後6時以降に運転見合わせになっていた。海岸沿いの道路、ホテルの建物、車に被害があった。外はまだ雨が降ったり止んだりしていた。時々陽もさした。そんな中、セミが鳴きだした。まだミンミンゼミの鳴き声は聞けない。ミンミンゼミはどうしてしまったのだろうか。