団塊的“It's me”

喜寿老(きじゅろう77歳)の道草随筆 月・水・金の週と火・木の週交互に投稿。土日祭日休み

チキンレース?いいえ自損事故

2018年08月02日 | Weblog

 妻は運転しない。運転免許証はある。いつも隣の助手席で私の運転に口を出す。「今道を譲ったのはレディーファースト?」 私たちが住む町には車がすれ違いできない狭い道路が多い。終活で普通車からリースの軽自動車に4年前に変えた。3年リースが終わり、再契約の時、月々のリース料がべら棒に高かった。大企業がやることは、えげつない。リースを打ち切り車を返還した。返す時も「社に戻って車を査定して、清算した後、お知らせします」と言われた。カーリースのテレビのコマーシャルで、リースは簡単で便利と若い女性がアピール。嘘だ。私はリース会社の人に尋ねた。「車返してもまだお金払うの?」「査定結果によってはそういう場合もあります」 日本のリースは、こんなではまず普及しない。アメリカのレンタカーやリースは、実に簡単で便利である。

 車は軽自動車から、半額支払って3年乗った後引き取ってもらう残価設定クレジット方式の日本車にした。私も運転できる限界年齢を予測しながら先のことを決めなければならない。軽自動車の住む町での運転は楽だった。狭い道路でもスイスイ走れた。車幅もまるで自分の肩幅間隔で走行できるとまで錯覚させた。普通車にしてから運転する時の緊張は倍増。それでも半年でずいぶん慣れてきた。

 8月1日夕方、調理を中断して妻を駅へ迎えに出た。いつもより5分早かった。その日も暑かった。朝妻を駅へ送ってずっと家にいた。家は冷房が効いている。車の車外温度計は32度、車内はサウナ状態だった。意識もうろう。判断力集中力いつもに増して鈍い。町はお祭りで山車や神輿が出る。あちこちに通行止めがなされている。橋を渡る。直進するのは、いつも使う狭い道路。右折するとしっかり2車線の普通に走れる道路。直進した。この道は約100mある。交差点を超えて狭い道に入ったと同時に100m先のあちらの交差点から白いベンツが左折してきた。チキンレースか?身構えた。ベンツという現実が気を萎えさせた。私が通過した交差点から10mのところに左折できる道路がある。私は自分の車をその道路をふさぐように寄せて止まった。よせばいいのにパッシングライトで合図してベンツを先に通そうとした。ベンツが動きこちらに向かってきた。こともあろうにベンツは、T字路を右折するとウインカーを点滅させた。ベンツのウインカーは高級感たっぷりに流れる点滅方式。見とれるような美しさ。私の卑屈さがでた。長いものにはいつでも巻かれてあげるサービス精神。モノの値段で勝ち負け決める劣等意識。でも運転していたおばさんには「もっとはやくウインカー出してよ」と腹が立った。ベンツに白旗をあげ、私はT字路から少し前進して元の道路に戻ろうとハンドルを切った。ベンツは目前で止まっていた。バックに入れ後退しようとした矢先「ガリガリガーッ」と音がした。歯科医院の玄関先の駐車させないように立ててあったポールに当たった。ポールはすぐに外れた。車をバックさせベンツを通した。そのまま駅へ向かった。時間通りに妻が改札から出てきた。ドアを開けて、車に乗り込もうとした妻に「車ぶつけちゃった。後ろのドア見て」と伝えた。妻の顔色が変わった。家に着くまでお説教が続いた。私は落ち込んだ。

 私はある意味完全主義者である。車に凹みや傷があると我慢できない。修理すれば残価設定クレジット査定で引き取り価格は下げられることは間違いない。大企業は貧乏人から搾取する。悔しい。そろそろ運転免許証の返上を考えるべきかもと肩を落とす。

 初心に戻ろう。①遠回りしても信号のある交差点を通る。②2車線以上の道路を走る。③自分の車を動かさない。対向車を動かせる。 

 私には毎日持て余すほどの時間がある。『せまいニッポン、そんなに急いでどこへ行く』 近道より遠回り。


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