団塊的“It's me”

喜寿老(きじゅろう77歳)の道草随筆 月・水・金の週と火・木の週交互に投稿。土日祭日休み

ネロリ

2013年04月19日 | Weblog

  週末の朝食後、妻と嫌々ながら散歩に出た。一歩外に出ると、別人になったように好奇心に支配される。晴れ渡り、このところの雨で山の新緑はまさに色のサンプルリストのようにあらゆる緑色系が入り乱れ鮮やかだった。加えて散歩コースに沿って流れる川は、最近町のボランティアによって流れも川原も大掃除され、ゴミが消えた。清流、青空、新緑、花々、飛び交う小鳥。何もかもが私の心をウキウキさせる。

 海に近いミカン農園、農園といっても廃園になったらしい。まったく人の手が入っていない農園だ。ミカンの木々も剪定されていないので、枝が伸び放題になっている。先を歩く妻を呼び止めた。今度は何なのと渋い顔。妻は子どもの頃から、規則をきちんと守る良い子を通したのだろう。さっさとまっすぐわき目もふらずに早足でずんずん歩く。私とは散歩の仕方が違う。散歩は道草こそ王道。あっち行ってチョンチョン、こっち行ってチュンチュンが楽しい。

  ミカンの花は普通5月初旬に咲く。今年は桜が2週間も早く咲いた。まさかと思ったが私はミカンの花を発見した。ミカン畑の中には収穫されずに放置されたままの夏ミカンの実をたわわにつけている木もある。「この匂い、覚えている?」と有刺鉄線の垣根からはみ出すミカンの枝に咲く白い花を指差した。妻はクンクンと匂いを嗅いだ。顔をかしげる。妻はニオイの嗅ぎ分けが不得意である。私はヒントを与える。「チュニジア」「ああ、ネロリ」「ネロリって何?」「チュニジア原産のオレンジの花から抽出したアロマオイル。高いのよ」高い安いはどうでもいいが、ニオイが問題だ。それにしても良い香りである。鼻からシズシズと入り込み、ジワ~と拡がるのが何とも奥ゆかしい。ジャスミンの香りもいいが、ミカンの花の匂いと比べるとちょっとキツイすぎる。

  四季が規則正しくめぐる。早い遅いの誤差はあるが、春夏秋冬の順番は変わらない。歩き回って季節ごとの一つひとつの現象を見つけるのも楽しい。

  家にこもる私を気遣い、休日に妻が散歩に誘ってくれた。このところずっと世の中嫌なことばかり続いている。テロを怒り悲しみ、地震に脅え揺れや音に敏感になっている。本を読む時間が多くなっている。逃避である。現実から逃れようとしている。佐村河内 守の交響曲第一番 HIROSHIMAのCDを流しソファに横になって本を読む。本の世界と交響曲の音の世界への交互移行が心地良い。経験したことのない世界に潜入できる。喜び、悲しみ、恐怖、怒り、安堵、希望、次々に私自身の過去を音に重ねる。

  散歩に出て、ミカンの花のニオイを嗅いだ瞬間、交響曲HIROSHIMAの凝縮された訴えを感じた。作曲できる人間も凄いが自然はもっと凄い。


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