銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

家畜を殺処分???・・・人間の命を守ることが一番大切でしょう?△

2011-04-25 11:44:39 | Weblog
 これは、原発論議の37です。

さて、私は以下の物を、ほぼ、5千字分だけ、書き上げた15:30に外出し、19時に帰宅して、いま、21:30から、推敲を始めます。特に夜付け加えるところは@@@@罫線で囲みます。どうかよろしく。

副題1、『誰が、実際に、家畜を殺しに行くのですか?』
副題2、『獣医さんが、すでに、行っている?』
副題3、『獣医師会は放射能被害については、どう思っている?』
副題4、『安楽死処分を、どう考えるか? その是非について』
副題5、『一時帰宅が、連休明けとは、何を考えているの?』

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副題1、『誰が、実際に、家畜を殺しに行くのですか?』

 昨日(24日の日曜日)ですか? 家畜を殺処分すると言うアイデアが、どこかから、出ました。『また、また、誰か、甘い人間が、大勘違いをしている』と感じて、私は怒り心頭です。何が一番いけないかというと、誰がそれをやりにいくかが、大問題だからです。

 いわゆる、動物を殺す人は、保健所の職員ですね。捨てられたペットを殺処分しています。いやな仕事でも、誰も引き受けてがいない元ペットたちは世話が大変で、お金も食います。小額といえども税金ですから、殺さないといけません。誰か、精神的に無責任な人たちの後始末を、黙ってやっているのが保健所の職員です。

 かれらは、身分は保証されています。県の職員だとか、市の職員であり、公務員です。肩書きは立派で、給料も安定しているでしょう。だけど、子供にも、友人にも自分がやっていることは秘密にしているはずです。

 そして、これからさき、実際にはどこの保健所の職員を動員するつもりなのですか?
福島県の保健所の職員を動員するのですか? 彼ら本人たちも、避難を勧められたりしていて、やっと、放射能の危険性が分かってきたところだから、どうして、後戻りをして、この仕事を引き受けに行きますか?

 畜舎に依然として、入れこめられていて、飢餓状態で、苦しんで横たわっている牛の映像も見ました。それを、映した記者たちはトクダネ者です。
 だけど、保健所の職員にしてみたら、放たれていてどこにいるかも分からない家畜たちを殺しに行くのは、大変な時間がかかります、それを喜んでやりに行きますか? 「行きたくない」というのは当然でしょう?

 避難者を、家に戻すのに、バスを用意して、しかも、時間制限をして、大切なものを、取りに行くのは、たった、4時間程度です。それに対して、こっちは、どれだけ、時間がかかりますか?
 いわゆる、本末転倒の一典型です。救うべきは人間です。それを、ひたすら主張しているのが私です。

 『誰が発案して、どうして、メディアにこの案が流れるのですか?
 その発案者をメディアはあぶり出しなさい。もし閣僚だったりしたら、大変です。そんなおばかさんには、この未曾有の危機の管理は、任せられません』と怒り心頭だったのです。
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副題2、『獣医さんが、すでに、行っている?』

 と、今、月曜日の、午前11時半に書き始めました。実は朝、6時に寝て、10時半に目覚めたのです。だから、朝ごはんを食べて書き始めたのは、11時半です。ところが
 お昼のNHKニュースが、現地入りをしている白い防御服の集団を映し出し、カメラに向かって、獣医さんが抱負を述べました。

 ちょっとあっけにとられて、疑問符いっぱいになります。

 まず、私が論点を立てたかったのは、階層社会のことです。今回の原発事故で、日本では、いままでは、隠されていた階層社会が、見事に浮き彫りになりました。で、いやな仕事を押し付けられる現場作業員としての、県職員の立場を、同情したのです。

 ところが、彼らより、上の立場の獣医さんが出てきて、統率をするとなると、彼らの心情も変わってくるでしょう。道義的な責任はすべて、獣医さんが負うわけです。そして、獣医さんがついていて、かつNHKのカメラに映し出されるとなると、普段の、捨てられたペットの殺処分より、高邁な仕事となります。プライドが満足させられる立派な仕事となります。使命感に満ちた仕事となります。

 『じゃあ、文句も出ないでしょうね』となると、私の出鼻がくじかれます。
 だけど、獣医さんが、こんなに、手早く出てくるとなると、あの案は、実は大臣あたりからの、思い付きではなくて、獣医師会からでていたのかな?
 そうなると、もうひとつの論点も成り立たないこととなります。
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副題3、『獣医師会は放射能被害については、どう思っている?』

 で、上の二つの論点は、予防的なタイミングを失してしまいました。私が、言いたかったことは、『この大危機に、直面している今、家畜が死のうが、どうしようが、ほうっておけばよい。人間の健康が大切だ』です。それは、変わりはないです。
 
 で、私としては、一応(生物が主体でしょうが)、大学教育としては、基本的な物理と化学を学ぶわけですから、獣医師たちが、放射能被害について、無知だとは思えないのです。
 それを乗り越えて、カメラの前で堂々と、使命感を語る、代表獣医師の顔を、怪訝、以上の思いで見つめるのでした。

 で、さらに考えに考えて、『この人が超・楽観的なのは、勉強不足で、馬鹿だとみなすべきではなくて、獣医師会全体で、この取り組みをしようということになっていて、幹部が、放射能被害を甘く見ているのだ』と結論を付けました。

 で、この殺処分は相当に前から思いつかれていた案だろうとなります。
もしかして、現在の朝のNHK小説に若尾文子さんが出ていること・・・(ご近所で私を抑えせつける役目を担っている、安野夫人が若尾文子に、そっくりであるとは、五年以上前からパソコンの世界では書いていますので、とうとう使われたかと思っていますが)・・・と、
 同じ路線のひとつとして、

 同じ役目を担っている前田家のご長男が獣医師であるから、それも、重要視して、登場させたニュースかとも、かんぐりますが、それは、言い過ぎ(?)というものでしょう。

・・・・と、月曜日の午後三時前には書いていましたが、同日向かった法務局の帰り、夕方の六時前に、辻堂の駅構内で、警官5,6人に待ち伏せをされたので、考えが変わりました。そちらに、ついては後ほど、別の文章で詳細に語ります。

 それで、10時間程度、かばってあげていたのを捨て去ります。安野夫人は、Y夫人という仮名で表し、前田家は、M家という仮名で表していましたが、
 徹底的に身を守る必要も感じますので、一切を実名で表記いたします。今、あじさい畑欺もう事件というものの、証拠隠滅を図られている最中ですので、それも必要です。

 その件につきましては別の機会に、詳細を語ります。新しい情報も、大量に入れられます。感情的な好き嫌い等の、問題としてではなくて、証拠・・・(こちら側にとっての、相手方の悪の証明)・・・もつけて、お話ができるでしょう。今日、それを一万字程度は、書き、数時間さらしましたが、完成すると、三万字を超える可能性がありますので、今日、この文中には、それは入れず、後回しにする決断をさきほど、いたします。
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 元に戻れば、
 ともかくのこととして、獣医師会が、放射能被害を軽く見ているということは確かです。

 そちらを、私は考えないといけないと、感じています。

 この国に統一感がないのは、このケースひとつでも、証明されますが、同じ、ニュース内で、福島県の公園で、あそび時間を、一人一時間以内に制限したそうです。それに対してお母さん代表と、幼稚園・先生・代表が、賛否両論を提出していましたが、

 ともかく、積算放射能が、それほど、怖いものだったら、ここで、勇んで現地に向かう獣医師と、その部下たちの県職員の白い防御復員包まれた姿は、奇妙極まりないものとなります。私には、ただただ、あっけに取られる映像としか見えませんでした。

 これは、あとで、東電社長の資質というところへ敷衍して行きます。ただし、今号ではありません。
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副題4、『安楽死処分を、どう考えるか? その是非について』

 私はつねづね、「日本人離れしている」といわれます。で、この家畜の安楽死処分ということに関しては、原則的には、賛成派です。ただ、アジア的な発想では、韓国の名画『牛の鈴音』でも示されたように、違いますよね。で、私も中間派であって、ペットは違うと感じていますし、もちろん、人間については、複雑です。自分については尊厳死、(死にたいときに、自分で、安楽死を選べる)は、いいのですが、その制度ができたら、安易な殺人につながる可能性があるから反対です。たとえば、手間のかかる老人やら、障害児などが、追い払うために、殺されてしまう可能性がありますので。

 家畜以外は、個々のケースで判断すべきだとなります。

 ただね、以前、坂東真理子さんが、捨て猫が、増えるよりは子猫を安楽死させるべきだとオーストラリアの慣習を書いて、日本中に大反対論が巻きおっこったときに、この小さな世界で、私は抵抗しています。坂東真理子さんに、反論が起きた端緒は、オーストラリアでは、断崖絶壁から子猫を落とす慣習があるのだったかな?

 私がそのときに、展開した文章では、
 鶴岡八幡宮の早朝の境内に、目が開かないくらいの、生まれたばかりの捨て猫がすう引きあって、ラジオ体操帰りの、みなさんが、いろいろ話し合っていたときです。私がすぐそばにいて、二人だけで話し合える形の、一人の紳士に向かって、

 「母は60年以上前には、子猫を川に流していました」と言ったら、目を丸くされて、非難めいた顔を向けられた、エピソードを記し、「当時は、そうするのが普通であり、母は決断の人であり、大物だった」と書いています。

 当時、すでに中流サラリーマンの住宅街であった日吉に住んでいて、経済的には恵まれた方ではあったと思いますが、それでも、猫の避妊手術を、する時代ではなくて、毎年生まれる子猫は、それなりに、貰い手を捜しても限度があるので、川に捨てて一種の安楽死をさせるのです。だから、年上の鎌倉の紳士の、非難めいた視線は、内心では、物ともしませんでした。

 ただ、今にして、感慨が深いのは、あのころは、『いかに、自分の主張をオブラートに包んで表現をしたか』ということです。そして、今はなんと変わったことだろうという、自分自身の変化への驚きです。この放射能被害に関して、東電幹部を豚だとか、馬鹿だと言っているのは、自分でも信じられない変化です。だが、そうせざるを得ないほどあせるのです。あまりにも皆さんが、核燃料を売りつけている側から、洗脳されきっていて、何も知らないことに対して。

 特に放射能って、目には見えませんので、一見すると何も起こらないのです。ですから、獣医さんが現地に入る映像を見ても、まず、ご本人たちが恐怖感を持たないのでしょう。それは、見え見えで、私にも、わかりました。

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 さて、以上は三時までの私の考察ですが、夜の9時のNHKニュースで、農家によっては、愛する家畜を殺処分されたくないと、言っている向きもあると聞きました。

 が、『それは、損害への保障が、確定していないからでもある』と、画面上で、でてきて、なんとも、いえない感じを受けました。
 ごく単純に言えば、嫌悪感ですが、それは、私が今、安全な場所にいるから感じることかもしれないので、はっきりと、それを口外できない思いもあります。

 が、ここで、確実に分かったことは、この措置が、獣医師会主導だろうということです。または誰か大臣の思い付きであろうということです。農家側からの望みではなかったのです。

 だから、今、それを、やる必要はないというのが私の主張です。

 そして、私が、今願っていることは、「人間の命を守るために、政府も自治体も集中せよ」です。そこに一点集中して、私の方は、すべてを考えているわけですから、お金云々を、地元民が問題にするのも、ある程度までで、やめてほしいと思っています。

 『大体の保障をする』と政府も東電も言っているのですから、それを信頼し、ここでは遠くへ早く逃げることです。それ以上に求めるのは、何度も言うように、もう、やめたほうがいいです。今まで原発地元民として、一年に44億もの、税金が下りてきて、過剰に豊かだったわけですから、ここで、損失があるのも、ある程度はやむをえないです。人間禍福はあざなう縄の如しであり、かつ、原発に反対してこなかったという自己責任もあります。

 絶対にもっと学ぶべきでした。過去の例から学ぶべきだったのです。安易に日常をすごしてきましたねと再び、思います。

 そこを、きちんと、彼らが、納得がいくように、説明しないと、東電も政府もだめですね。甘えばかりを助長をさせていて、肝心なことが、ちっとも進んでいません。

 牛や豚を殺しにいく、車が用意できるのなら、地元民が家へ一時帰宅することを最優先して、手配するべきです。『この内閣は、何をやっているのだ』と、一般のケースでは現内閣を擁護する私でさえ、堪忍ぶくろの緒が切れます。

 もし、推察したように、獣医師会のアッピールのために、これが行われるのなら、それは、現在の急務という本質とは、無縁なものだし、やるべきことはほかにあると、感じます。
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副題5、『一時帰宅が、連休明けとは、何を考えているの?』

 ともかく、例の『自宅への一時帰宅』さえ、まだ実行をされていないそうです。馬鹿みたいだと思いますよ。地元民も、自分たちだけで、さっさと決めて実行をしたらいいでしょう。どっちにしろ、一時帰宅もある程度の放射能は浴びるのです。それでも帰りたい人は、自分たちで、共同作業をできる、組み合わせなどを決めたらいいのです。

 誰と誰がどういう風に、どの地域に一緒に、行くかを決めて、「配車をお願いします」と率先して声をあげたらどうですか? または、自分たちの車を、お互いに融通しあって、帰宅すればいいでしょう。
 それから、何度も言うように、逃げたくない人は、もう放っておいたらいいです。だけど、医療費を、後では請求しない、という誓約書は書かせるべきです。

 連休明けからはじめますって、菅首相が国会の委員会でいったのだそうです。それもいらいらしますね。自己責任と、信頼で、地元民自身に、任せればいいでしょう。

 国家という大組織が、何でそんなところまで、かれらの面倒を見なければならないのですか? ほかの県だって問題があるのです。だから、以下のようにはっきり言えばいいのです。

 「放射線量から考えると、あなた方は、遠くへ住んだほうがいいのです。だけど、滞在が長くなりますので、あなた方の大切なものは、持ち出してきてください」というだけで、いいではないですか?
 それ以上の何があろう。

 今は、地元民に対して、過保護です。過保護すぎます。それは、どうしてそうなるかというと、地元民のほうに、よく目というか、逃げることに対して、覚悟の決まらないスタンスがあるからです。それに政府がおもねって いるのです。政府としての態度ではありません。長い間の被・植民地体制で、すっかり、自主性をなくしています。政府そのものが、この件に関しては、迷子の子供みたいです。

 突き放せば、いいじゃあないですか?
 「やりたいようにやってください。危険だとはっきり言っても、帰りたいのなら、どうぞ」で、一時帰宅の件も、将来的な、移住の件も、いいじゃあないですか?

 バスの手配など、国家がする必要もないし、期日を決める必要もないのです。危険性だけはっきり示して、後は、本人たちの自主性や工夫に任せればいいのです。子供じゃああるまいし、自分で考えて行動してください。

 それから、何で連休あけなのですか? 命がどうのこうのという段階で、週休二日制を持ち出して、どうするのですか? 役人、特に国家公務員という頭はいいだろうが、書生中tのあまりない人間を現地に送ることはないのです。現地は現地で再拝させればいいのです。どうし手、こんなに瑣末で、余計な部分まで、でしゃばるのでしょう。出るべきではないところまで出るから、そうなるのでしょう。

 大方針を示したら、「後は、自分たちでやってください」と言ったら、誰も自由に行動して、ちゃんとやりますよ。繰り返しますが、地元民は、意思を持った大人で、子供ではないのです。
 ただ、きちんとした危険性を納得していないから、欲張りになっているのです。

 あまり、欲を張っていると、芥川龍之介描くところの、『蜘蛛の糸』のなかの「カンダタ」になってしまいますよ。せっかくのお釈迦様の糸を、後ろにいた人間たちには、分け与えないと言う発想のために、切られてしまった、惨めなかつ意地汚い人間みたいです。

 私がそこまで言うのには、ひとつの、道理もあるのです。もしですが、大クレーターができるほどの大爆発が起きたら、今展開している議論など、すべてが吹っ飛んでしまいます。それをどうして、誰もが、分からないのだろう。原発の事故とか、核分裂という現象を、甘く見すぎています。

 ただ、きちんと、『相当、長期間、あなた方は、家へは、帰れませんよ』といわないとだめです。『六ヶ月か、九ヶ月で、問題が解決し、家へ帰れる』と思わせているので、地元民が欲を出したり、ぐずぐずして決断がつかないのです。それが政府としての、罪なのです。または、東電などの関係者全員の罪なのです。

 今現在矢、過去よりも未来が、大切でしょう。そのためにはまず健康でしょう。あおれが最優先されるべきです。

 数ヶ月で収束して、帰れると、思わせているから、ぼんやりと、避難所でスキー三昧だったり、お宿を借りている、先の苗代つくりで、満足していることとなる。

 よそ様のことより、自分のことが大切でしょう。保証金がきまらないから、ぐずぐずしているのですか? それって、ものすごいレベルで、本末転倒です。命を守ることが最優先だと、私が総理大臣だったら、大演説をして、説得をしますがね。レベル7の段階でうろうろ、のんびりしているのが、信じがたいです。今の状態は、信じがたいレベルでの、もたもたぶりです。どうしたのですか?
 地元民の態度が、これほど、おかしいことになっているのは、3月11日の最初の避難のときに、「相当、長期にわたるのです」と、住民たちに教えなかったのが原因です。それが、いけないのです。

 それを、勧告するのは、彼ら自身のためですよ。いじめでもなんでもない。親切です。きちんと、教えてあげて、彼らに、逃げる覚悟を決めさせないとだめです。ぐずぐず、おもねって、甘やかしているほうが罪です。

 それが、リーダーたる、役目でしょう。びしっと、本当のことを言うべきです。例え、被・植民地国家とは言え、高給をもらって家、グリーン車にも乗れる、名誉が高い内閣府の人間の、それが役目でしょうに。レベル7だと発表している、この期に及んで、何を隠すことがあろう。

 今日は、ニュースの行方。特に第四号基の、危険性の問題ほか、いろいろありますが、午前二時を超えたので、ここで、いったん終わりと、させてくださいませ。途中まで書いた、件も後日に回します。では、2011年、4月25日、  雨宮舜
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