おっさんひとり犬いっぴき

家族がふえてノンキな暮らし

十年ひと昔

2024-05-28 11:06:47 | 日記
 90年代がブームです、とか80年代のファッションが脚光を浴びてますといった具合に、昔から10年という単位で時代を表すことが多い。「十年一昔」という言葉だってある。

 僕が今、福島に来て大体10年が経った。その前は大分で10年、その前が東京、埼玉で10年、その前が大阪で10年という具合に、10年区切りで住むところを変えている。最初からそんなに長く住むつもりがないと、あちこちをせっせと見てやろうと思うので、10年も経つと地元の人間よりよほど詳しくなっていることが多い。僕の場合経験から、同じ土地で10年も暮らせば、あまり見るところがなくなるなあと感じているのである。

 おそらく仕事だって同じことばかり続けていては、次第に効率が悪くなって行くのではなかろうか。確かに技術は向上し、同じ作業でもどんどん早くできるようになるということはある。が、その作業に特化することで、別の作業ができなくなってしまい、時代の変化について行けなくなるということはあるだろう。努力の結果、計算機と同じ速さで計算できるようになったとしても、計算自体を機械に任せ、その間別の仕事をするという選択肢だってあるわけだから。

 同じように、僕は政治家の寿命は1期が4年なら、2期8年くらいで引退でいいんじゃないかと思っている。「これがしたい」と立候補し、受かった暁には、是非ともそれを実現してもらいたい。それには1期は短く、2期くらい必要なんじゃないかと思う。仮に2期つとめてもできないとなったら、さっさと辞めてそれができる人と交代してもらいたい。そういう意味で、2期引退がいいんじゃないかと考えている。

 地方に行くと、10期40年町長を続けています、村長をやっていますという人がいる。他に人がいないということがあるかもしれないが、それだって同じ人間がずっと同じ役に留まるというのは、まるで変化に対応していないように見える。やはり強制的にでも、交代させるのが健全な地方の在り方だろう。

 で、どうしてこういうことを思ったかというと、東京都知事選に立憲の蓮舫さんが出馬表明したというニュースを見たからだ。小池さんはすでに2期つとめ、3期目に向けて出馬するようだが、最初に当選した際の公約はほとんど果たされていないという。2期つとめてできないというのは、やれなかったか、あるいはやる気が失せたかのどちらかに違いない。だったら、やはり降りてもらったほうがいいんじゃないかと思う。

 思い返すと、小池さんが都知事になった時というのは、希望の党を作り、人気はピークにあったように思う。確か小池さんが出てくるイメージビデオみたいなのもあったなあ、なんて懐かしく思い出すのだ。あの頃から比べると、時代を引っ張っていく力はもはやなくなっているように見える。
コメント
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