おっさんひとり犬いっぴき

家族がふえてノンキな暮らし

偏見を意識する

2024-05-25 11:36:40 | 日記
 この前から読んでいる「哲学と宗教全史」も、やっと近代へと入った。人類誕生以来の歴史なので、なかなか前に進まない。世界で最初の宗教ゾロアスター教からギリシャ哲学、キリスト教、中国の思想、イスラム教と時代は進む、ルネサンスを経て神様から自由になり、人間の世界へといよいよ現代に近づいた。

 信仰の世界から合理性と自然科学の世界へと時代が踏み出した時、重要な仕事をした思想家がフランシス・ベーコンだ。同時代にはガリレオ・ガリレイ、ヨハネス・ケプラーがいる。共に「地動説」を裏づけた科学者で、人間が神様の作った秩序から自由になり、不合理から合理性へと世界は移り変わっていく。

 フランシス・ベーコンは400年前の人だが、著者の出口さんも指摘するように「現代人への警告にもなっています。とても400年前の言葉とは思われません」というくらい、今でも何も変わらない知恵である。

 そんなベーコンさんは、人間には常に偏見がつきものであるという前提に立っている。人間の性質はラテン語でイドラ(idola)というが、その意味は偶像とか幻影と翻訳されている。アイドル(idol)と語源は同じである。現代のアイドルは、ファンの人たちにとっては理想像であり、偶像化された存在だということだ。

 で、ベーコンさんが警告した偏見は四つ。僕も自戒するために、ここに書き写しておくことにする。

1)人間が本来、自然の性向として持っている偏見。これは、嫌なことは過小評価する、楽しいことは過大評価する、見たいものしか見ないという性質のことだ。
2)個人の経験に左右されて、ものの見方がゆがむケース。パリを旅行していて、たまたま乗ったタクシーの運転手の運転が荒っぽかったことから、パリのタクシーは乱暴だったと狭い視野から全体を見てしまう性向。
3)伝聞による偏見。人混みで耳にした噂話から、事件の真相を誤って理解してしまうケース。週刊誌の記事に踊らされるようなもの。
4)権威の偏見。有名タレントが話したことや権威ある人が説教したことを、何の疑いもなく信じてまうケース。

 ちなみにベーコンさんは偉大な哲学者でもあったが、同時に国会議員もしていた。さらにユートピアを描いた小説家であり、ある説では多くのことが不明のままのシェークスピアは、ベーコンさんではないかという。

 何はともあれ、人間は昔から偏見と闘い続けているとも言える。気をつけていないと、落とし穴にいつ落ちてもおかしくないと思っていた方がいい。



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