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随筆紹介 「パーロクのおばちゃん」   文科系

2018年07月05日 01時25分44秒 | 文芸作品
 パーロクのおばちゃん  H・Sさんの作品です

 年齢を聞かれるとパーロクと答えるおばちゃんがいる。「パーロクって何?」と、一瞬聞いた人が驚くのをおばちゃんは楽しんでいる。パーロクはおばちゃんの造語で八十六歳ということだ。おばちゃんはパーロクより歳をとらないつもりなので来年になってもパーロクで通すつもりだ。野本国子という親が付けた名前が好きでないこともその理由だ。

 おばちゃんは健脚自慢で歩く速さを見ると六十歳だと言っても誰も疑わないだろう。おばちゃんは歌うことが大好き、週一回、歌の広場でシャンソンを歌うのが一番の楽しみだ。福祉施設の二階にある歌の広場の練習時間は九時三十分から一一時まで、声を張り上げて歌う。それが終わると、一階の食堂のカウンター席でランチを食べる。おばちゃんは料理が出来てくる前に中ジョッキのビールを注文。時間をかけて飲む。
 さっきまで仲良く歌っていた歌い手仲間の元お嬢さんの熟女たち三人が、少し離れたテーブルの席に着く、その視線がおばちゃんに集中する。熟女Aさんが、「女のくせに、昼間から剛毅にお酒をひっかける。ほんとに呆れた人がいるものだわ」と、非難する。熟女Aさんは、有名女子大を出て大企業の社長秘書をやっていたことが自慢だ。熟女Bさんは元小学教師。Cさんは絵画教室の先生。おばちゃんより十歳年下の富裕層を自認している人達だ。高等小学校卒で病院の給食補助長の仕事に就き何年もかかって調理師免許を手にしたおばちゃんとはわけが違う。インテリ三人組だ。こういう人たちの常識からおばちゃんははみ出しているようだ。会費を払えば教室では平等のはずなのに、おばちゃんをさげすむAさんを、BさんとCさんが応援している。

「女のくせに……」は、週一でおばちゃんの耳に届く嫌味だが、おばちゃんはカウンター席に座り〈歌った後一番うまいのはビールだ。自前で飲むのだ。好きなものを飲んで何か悪い〉、居直っている。歌の広場は芸大の声学教師を退職した春野夢子さんがボランティア活動で最近立ち上げた教室だ。会費が安いのでおばちゃんの年金でも十分続けられる趣味だ。おばちゃんは歌唱力があり、声がきれいだと夢子さんがほめてくれるから嬉しさひとしおだが、何よりもシャンソンの歌詞の言葉がいいと惚れ込んでいる。だから何を言われてもやめる気はない。練習の後カウンター席でビールを注文するおばちゃんを見つけた三人組の「女のくせに……」が始まった。夢子先生がおばちゃんにスーッと近づいて来た。「今日もいい顔している野本さんは、教室の最高齢の歌い手さん、あなたを讃え、私も戴きましょう。中ジョッキ追加」と夢子さんがよく響く声でマスターに言いつけた。
「パーロクのパワーを祝して」と夢子さんがおばちゃんとジョッキを合わせた。
「ああ美味しい。歌った後のビールは最高だわ。皆様も遠慮なさらずどうぞ」と夢子さん。
 熟女たちの目が点になったが「先生が酒飲みをよいしょするの?」と、夢子さんを非難する言葉は返ってこなかった。夢子さんの気まぐれもまた面白い。どんなことがあっても 歌うことは手放さないぞと、おばちゃんが心に誓った嬉しい出来事だった。


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