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学童保育キャンプにて  文科系

2022年09月16日 09時58分08秒 | 文芸作品
 今年も彼は、孫の学童保育キャンプにやってきた。現在六年生の女孫シーちゃんが小学校入学以来、その母親である娘マサさんの要請で、祖父である彼が孫の学童保育一泊キャンプに出続けて来て、もう六年目になる。二人目の孫、男子のセイちゃんも今はご同伴幼児ではなくって、立派な二年生の主役の一人になっている。これは、この四人が出かけていった今年の郡上八幡キャンプで起こったあるお話だ。

 一日目夕食の主菜、鮎の遠火炙り焼き係の上級生らとその下ごしらえに取りかかっていた彼を見つけたマサさんが駆け寄って来て、こう告げた。
「シーちゃんは、あの後プールでバリバリに泳いだよ! プールの端っこじゃなくて、ど真ん中で何往復もしていた!」
 この話を一大事のように伝えに来たのは、この前段に訳があってのこと、こういうものだ。
 子どもらが市営キャンプ施設内の大きなプールで遊び始めたのは、午後二時近くから。集団遊び用の巨大な浮き袋船などもいくつか浮かび、児童個人が持ち込んだ遊具もカラフルな大舞台で、六〇人ほどの子どもたちがプールサイドも含めて激しく行き交い、弾け切っていた。彼は、こんな場面をあちこち観察、鑑賞するのが大好きなのだが、近くにやってきたシーちゃんをふと呼び止めて、一言。
「後でちゃんと泳ぐ機会があっても、あんまりバリバリ派手に泳いじゃいかんよ。向こうの一コースか二コース、隅の方でゆっくりね!」
 彼がシーちゃんにわざわざ注意したのは、こんな理由だ。彼女があるで巨大なスイミングスクールの中で選ばれた数少ない選手コースの一員であって、その側面援助コーチを保育園時代からずっと務めてきた彼として「多くの父母も見ていることとて、目立ちすぎるのは遠慮しといた方が良いよ」と。「分かった!」と応えてシーちゃんは再びプール遊びの渦の中に飛び込んでいったが、側で聞き耳を立てていたマサさんが彼に言葉を返した。
「別に遠慮などしなくて、真ん中で堂々と泳げばいいんじゃない。どうしてあんなこと言ったの?」
 このやりとりはちょっと続いていたが、そこに間もなくシーちゃんがやってきたので、彼はふと思いついて、このやりとりをそのまま彼女に伝えてみた。「僕はあー言ったけど、母さんは『気にせず好きなように泳げばよい』と言っている」。この一言がちゃんと伝わったかどうかのうちに、シーちゃんは何も言わず踵を返して離れていった。はて、結果はどうなるのかと、大変興味深い話が残ったわけだったが、八十一歳になる体がちょっと疲れていた彼は自分のバンガローに昼寝に戻って、自らこの結果を見ることはなく、この続きの場面が夕方のマサさんの彼への報告となったのである。

「真ん中で、長く泳いだの?」
「うん、先生がそこで泳げと指示してたようだし」
「何をどれくらい泳いだのかな?」 
「自由形をバリバリに泳いでたよ。折り返して二〇〇メートル以上はあったかな」
「泳いだのは、フリーだけだったんだね?」
 ここで彼はずいぶんほっとしつつ確認していたのである。
〈真ん中で泳いだのは、先生の指示だったようだし、シーちゃん、僕の言葉も守って、ちゃんと慎んでくれたんだ〉
 水泳の玄人がフリーだけならいくら長く泳いでも、バリバリに泳いだとは言わない。二〇〇メートルほどの個人メドレーとか、バタフライ、背泳などを正しいフォームで泳いで見せてこそ、初めてバリバリに泳いでいたというのである。そして、当然そう言う他人の目を知っているシーちゃんだったから、彼の言葉を守ってくれたと分かったわけだ。

 百匹をこえる鮎が焼けて、子ども、親みんなに行き渡り終わった頃、主食のカレーと一緒に食べているシーちゃんの所へ彼は出かけていった。そして、小さく声をかけた。
「シーちゃん、フリーだけ泳いだんだってね。僕は、その方が良かったと思うよ」
「うん」と、彼に顔を向けて応えたその表情が明るく、一種爽やかさを読み取れたのは、彼の気のせいだったかもしれなが、彼の意思、その内容がちゃんと彼女に伝わっていて、かつ彼女もそれを満足に思っていると感じたものだった。



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