九条バトル !! (憲法問題のみならず、人間的なテーマならなんでも大歓迎!!)

憲法論議はいよいよ本番に。自由な掲示板です。憲法問題以外でも、人間的な話題なら何でも大歓迎。是非ひと言 !!!

掌編小説 血筋が途絶えていく社会  文科系

2021年10月29日 07時43分17秒 | 文芸作品
 
 照明が効き過ぎというほどに明るく、客も賑やかなワインとイタリアンのその店でこの言葉を聞いた時は、本当に驚いた。
「我が国の合計特殊出生率は一・一七なんですよ」
 思わず聞き返した。「一体いつの話なの?」
「確か二年前の数字だったかと……」。

 このお相手は、長年付き合ってきた友人、韓国の方である。最初に訪れた時の東部などは、僕が馴染んだ里山そのままと感じたし、食べ物は美味いしなど、すっかり好きになったこの国。何せ僕は、ニンニクや海産物は好きだし、キムチは世界に誇れる食べ物と食べるたびに吹聴してきたような人間だ。そしてこのお相手は、三度目の韓国旅行が定年直後で、連れ合いの英語教師出張に付いてソウルのアパートに三か月ばかり滞在した時に意気投合しあって以来、何回か行き来してきた仲のお方である。知り合った当時は二十代前半で独身だった彼は、十数年経った最近やっと結婚したばかり。子どもはという話の中から出てきた言葉である。ちなみに、合計特殊出生率というのは、女性一人が一生で出産する子どもの平均数とされている。既婚未婚を問わず一定年齢間の女性全てを分母としたその子どもの平均数という定義なのだろう。

「一・一七って、子どもがいない女性が無数ってこと? 結婚もできないとか? なぜそんなに酷いの?」
「そうなんですよ。我が国では大論議になってます。日本以上に家族を大事にする国ですし。原因は、就職難と給料の安さでしょうか? 急上昇した親世代が僕らに与えてくれた生活水準を男の給料だけで支えられる人はもう滅多にいなくなりましたから」
「うーん、それにしても……」
 僕があれこれ考え巡らしているのでしばらく間を置いてからやがて、彼が訊ねる。
「だけど、日本だって結構酷いでしょ? 一時は一・二六になったとか? 今世界でも平均二・四四と言いますから、昔の家族と比べたら世界的に子どもが減っていて、中でも日韓は大して変わりない。改めて僕らのように周りをよーく見て下さいよ。『孫がいない家ばかり』のはずです」
 日本の数字まで知っているのは日頃の彼の周囲でこの話題がいかに多いかを示しているようで、恥ずかしくなった。〈すぐに調べてみなくては……〉と思った直後の一瞬で、あることに気付いた。連れ合いと僕との兄弟姉妹の比較、その子どもつまり甥姪の子ども数比較をしてみて、びっくりしたのである。
 この後で正確な数字を調べたところでは、こんな結果が出てきた。

 連れ合いの兄弟は女三人男二人で、僕の方は男三人女一人。この双方の子ども数、つまり僕らから見て甥姪、我が子も含めた総数は、連れ合い側七人、僕の方十人。このうち既婚者は、前者では我々の子二人だけ、後者は十人全員と、大きな差がある。孫の数はさらに大差が付いて、連れ合い側では我々夫婦の孫二人、僕の側はやっと数えられた数が一八人。ちなみに、連れあいが育った家庭は、この年代では普通の子だくさんなのに、長女である彼女が思春期に入った頃に離婚した母子家庭なのである。「格差社会の貧富の世襲」などとよく語られるが、こんな身近にこんな例があったのである。

 それからしばらくこの関係の数字を色々気に留めていて、新聞で見付けた文章が、これ。
「とくに注目されるのは、低所得で雇用も不安定ながら、社会を底辺で支える若年非大卒男性、同じく低所得ながら高い出生力で社会の存続を支える若年非大卒女性である。勝ち組の壮年大卒層からきちんと所得税を徴収し、彼ら・彼女らをサポートすべきだという提言には説得力がある。属性によって人生が決まる社会は、好ましい社会ではないからである」。
 中日新聞五月二〇日朝刊、読書欄の書評文で、評者は橋本健二・早稲田大学教授。光文社新書の「日本の分断 切り離される非大卒若者たち」を評した文の一部である。

 それにしても、この逞しい「若年非大卒女性」の子どもさんらが、我が連れ合いの兄弟姉妹のようになっていかないという保証が今の日本のどこに存在するというのか。僕が結婚前の連れ合いと六年付き合った頃を、思い出していた。彼女のお母さんは、昼も夜も髪振り乱して働いていた。そうやって一馬力で育てた五人の子から生まれた孫はともかく、曾孫はたった二人! その孫たちももう全員四〇代を過ぎている。「母子家庭が最貧困家庭である」とか、「貧富の世襲は学歴の世襲。それが日本の常識になった」とかもよく語られてきた。今の日本社会においては、どんどん増えている貧しい家はこれまたどんどん子孫が少なくなって、家系さえ途絶えていく方向なのではないか。

 こんな豊かな現代世界がこんな原始的な現象を呈している。それも、先進世界共通の格差という人為的社会的な原因が生み出したもの。地球を我が物顔に支配してきた人類だが、そのなかに絶滅危惧種も生まれつつあると、そんなことさえ言えるのではないか。
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子や孫がいない少子化国、その訳  文科系

2021年10月29日 07時34分44秒 | 国内政治・経済・社会問題
 
 日本の出生数が1970年代から減少に歯止めがかからず、2019年度が「近年日本史上最少」になったのだそうだ。近年日本史上というのは、統計を取り始めたこの130年でということだ。日本政府はこの対策に努めてきたのだが、その理由は急速な少子化が社会保障などに困難を来すようになるからと説明されてきた。19年度にも内閣府がその原因分析を発表して曰く。「未婚化、晩婚化が原因」なのだそうだ。
 こんなきれいな言葉だけ? そこで、こう問いたい。
「では、その未婚化、晩婚化の原因は何か?」と。

 これに関わると観られるこんな数字を政府は同時に発表している。50歳まで一度も結婚したことがない人の割合「生涯未婚率」が、この25年間で男は20%、女は10%上昇したのだそうだ。現在25歳の人々が生まれた時から今にかけて結婚しない男性が5人に1人も、女性が10人に1人も増えたのでは、確かに子どもは少なくなる理屈だ。が、なぜ男の方が女に比べて、こんなに生涯未婚者が多くなったのか。これを分析しなければ、まともな少子化分析とは言えないだろう。それは、容易に想像はつく。経済力で、選んでもらえない男が増えているからではないのか。この25年と言えば、日本の国民一人当たり購買力平価GDPが、世界順位一桁代前半から31位に落ちたちょうどその期間に当たるのだから。自分が育った父の収入、家計など思いもよらぬほど貧しくなった日本で、さらに低収入の男性は結婚対象にされにくいと見るのが極めて自然な分析になるはずだ。

 晩婚化、未婚化は、この国をこんなに貧しくした政治の責任であると考える。特に安倍長期政権は最長政権と言うだけに、失敗した「三本の矢」、「インフレターゲット2%目標」など、その責任は大きい。失敗続きで延ばし延ばしにしてきた2%目標はいつの間にか語らなくなっているのだし。それだけではなく、この「3本の矢政治」の結末として、GPIFの18年度第4四半期には15兆円の損失を出している上に、現在の株価等官製バブルには同様の損失を出す空売り暴落の近未来さえ待っている始末。そもそも、世界31位まで落ちた国民一人当たり購買力平価GDPを、安倍長期政権は一体どう弁明するのか。それもなしに「少子化対策」などと語っても、何の「やる気」も見えないのである。
 
(19年度に書いた物です)
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「最強の野菜スープ」が好評   文科系

2021年10月29日 06時37分24秒 | 文化一般、書評・マスコミ評など

      野菜スープのアレンジ効用  S・Yさんの作品です

 同人の野菜スープについての資料(原稿)を見て、さっそく真似て作ってみた。
 今までに冬の料理の定番として、似たようなものが食卓に並ぶことはあったが、大鍋でキャベツ、大根、人参、玉葱を味付け無しで煮込んだのは初めてである。
 その大量の野菜スープを冷ましてから大きなタッパーに移して冷蔵庫へ入れる。そして食事時、必要に応じて小鍋に取り分ける。その時々で固形コンソメや顆粒の鶏がらスープで味付け、また和風だしで八丁味噌を入れたり、だし醤油などで雑煮にも。中身も厚切りベーコン、ジャガイモの角切り、コーン、粗挽きソーセージ、鶏肉団子など変化をつけるのが楽しい。時には麺を入れたりして家族にも評判がいい。なにより簡単にたくさんの野菜と美味しいものが食べられるのが一番だ。冷蔵庫で三日ほどは保存がきく。

 このところ周囲に伴侶を亡くした一人暮らしの人が増えた。サークル仲間やご近所、友だちにも多い。そんな年代になったのだとしみじみと感じる。
 友だちなどは「独りは寂しいのと気楽なのが半々ね」「人生の残り少ない時間を、自分で自由に使えるのは嬉しいわ」「気持ちの上で足かせが取れた感じよ」と、彼女らは意外とサバサバとしている。経済的に安定して、不安がないのもあるのだろうが。
 ただ共通して困っているのは、一人分の食事、少ない量の調理法だという。
 そこで私は覚えたての野菜スープの作り方を伝えた。もちろん大いに喜んでもらえた。

 

 というこのスープを紹介した元の作品も、ここに改めて再掲します。

  「最強の野菜スープ」 文科系の作品です    

「この子は野菜を馬のように食べますから、よろしくお願いします」。結婚式前に母が今の連れ合いに改まったように姿勢を正してお願いしていたこの言葉をいまだに覚えているのはなぜなのか。このごろはこれを思い出すことさらに多く、八十路過ぎた感傷も絡んでかしみじみ感じられるのが〈母のこの言葉、何と有り難いものだったことか!〉。八十過ぎてもランナーを続けられ、活動年齢が延びているその原動力がスポーツ好きと並んで間違いなくここにあるようだ。最近このことを何倍も感じ、識り直した。

「野菜スープを昨晩作ってみました。簡単で味付けもコンソメだけで十分ですね。普段は毎日朝食時にファンケルの冷凍青汁を解凍して飲んでいますが、沢山の種類の野菜の栄養を摂るにはこの野菜スープは絶好ですね。両親も美味しいと言って喜んで食べていました。両親へ出すメニューが一つ増えたので助かります。また作り置きしておけば色々アレンジできますね。ありがとうございます。感謝です。」
 嬉しいコメントが返ってきた。僕のある日のブログ記事「最強の野菜スープ」に付けられたものである。三年越しのブログ友。神奈川に住み、十歳程年下の僕と同じランナー、Gさんの日記ブログには、九十歳を超えたご両親の介護日誌も入っている。即、応答した。
「Gさん、この優しい味はいわゆるダシなどの旨味の一種で、日本人も特に好きなもの。フランス料理の野菜と肉で作るミネストローネと同類の味なのも、なんか面白い。ご両親の『喜んで食べていました』も嬉しかった。大根やカボチャは甘さが出るし、トマトは酸味が加わる。タマネギやセロリはその独特の味を加えるし、ね。『作り置きして、アレンジ』の良いのがあったら教えてください」

「最強の野菜スープ」、これはこの六月に手に取ったある本の題名。著者、熊本大学名誉教授・前田浩は抗がん剤でノーベル賞級と世界に知られた権威であって、この本はスポーツマンにとっては格別に大事な大事な活性酸素対策の書である。「はじめに」に書かれているこの書の要点を示すスローガン風の文章と、野菜スープの作り方とを紹介してみよう。
「抗がん剤の研究者だからこそ、がん予防にも力を入れたい」
「野菜スープは猛毒の活性酸素を消去する物質の宝庫」
「野菜に含まれる各種の抗酸化物質が連携して害を防ぐ」
「野菜スープはがん予防に確実につながる」
 こういうスープの作り方だが、前田先生が常備している野菜は、キャベツ、タマネギ、ニンジン、かぼちゃで、これに各季節の緑黄色野菜を適宜加える。例えばそれら五百gほどをざく切り、一口大切りなどにして、重さの三倍(千五百ml)ほどの水を加えて火にかける。沸騰する直前に弱火にして、三十分煮込んで出来上がり。なお、ニンジン、大根などは皮をむかず、セロリやキャベツ、ブロッコリーなどの外側の色濃い葉なども、特に抗酸化物質が多い部分だから、よく洗って全部使う。調味料は入れなくても、好きなものを入れても良いが、僕は固形のコンソメスープの素を水五百mlに一つほど入れ、塩適宜をその日その人の好みに合わせて加える。特にこの液体スープ自身が生野菜の何十倍などという各種抗酸化物質の宝庫なのだそうだ。

 ここで、これらの背景理論を紹介してみよう。人間は運動するが、その時大気から取り入れる酸素とともに活性酸素を吸収してしまう。この活性酸素が人生最凶の細胞老化物質であって、これを中和しないと体中の細胞老化が進み、癌もできる。こういう活性酸素を中和してくれる抗酸化物質こそ、緑黄色野菜などが育むファイトケミカル。これでもって細胞老化、癌も防げるという理屈なのだ。ポリフェノールやカロテノイドを代表とするこれは、普通に野菜を食べるだけなら野菜の固い細胞壁、細胞膜に包まれたまま多くが便として放出されるが、煮込んで細胞膜が破れるとスープに溶け込んでくるのだ。だからこのスープが、細胞老化対策の宝物になるのだ、と。血管細胞の老化を防げば、免疫系強化などにも、いわゆる血色とか若い皮膚とか美容にもなるのだし、老人斑を薄くしたり、白内障や抗癌延命にも効いたという数々の実験結果も書かれていた。スポーツマンは特に、多量の空気と同時に取り込む活性酸素を中和させねばならないということだ。
 
 切り餅二つをチーンしてどんぶりのこれに入れれば立派な食事になる。生ソーセージや生協の豪牛「ヒレ肉の切れ端」をフライパンで焦げ目が付くまで炒めて入れると、香ばしくて美味い酒の肴だ。わがお連れ合いも「これを飲むようになって、よく寝られるようになった」と言いつつ、作り置いたのをどんどん活用してくれるから、上記分量が一日でなくなっていく。スポーツ習慣も加わって、「活動年齢百歳まで」になるかも知れない。

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