イギリス映画の旧作を観る。
少し長いタイトルだが、ゾーイ・ヘラーというベストセラー作家の作品を、リチャード・エアー監督が映画化した。
映画化にあたっては、大手映画会社から独立プロダクションまで、激しい争奪戦が繰り広げられたと言われる。
それを、「めぐりあう時間たち」のスコット・ルーティンとロバート・フォックスのコンビが獲得したのだそうだ。
人間関係を渇望する、孤独な人間の心の闇を描く・・・と言うと、話は少しややこしいか。
現代人の抱える孤独と、強迫観念、嫉妬、妄想、自己欺瞞が浮かび上がる、サスペンス仕立てのドラマだ。
ここでは、孤独は狂気(?)に変り、愛情は嫉妬を招く。
愛に満たされることのない人間は、愛されたいという願望がときに狂気となって、他者の人生までも巻き込んでいく。
少々、怖ろしい物語でもある。
ロンドン郊外の中等学校で歴史を教える女教師バーバラ・コヴェット(ジュディ・デンチ)は、厳格なベテラン教師だった。
同僚や社会に対しても、非常に批判的で、周囲から疎まれていた。
孤立しているバーバラは、或る日、労働階級の子供たちの通う学校に現れた、美術教師シーバ・ケイト(ケイト・ブランシェット)に心ひかれる。
シーバの学校の彼女の受け持つクラスで、騒動が起きる。
偶然通りかかったバーバラが、殴りあう男性徒を一喝し、騒ぎを収拾する。
シーバは、バーバラに感謝する。
シーバに招かれて、バーバラが彼女の家を訪れると、シーバの夫リチャード(ビル・ナイ) 、長女ポリー、ダウン症の長男ベンが出迎える。
そこには、幸せを絵に描いたような、ブルジョワ家族の団欒があった。
バーバラは、一家の生活をシニカルに見つめ、シーバから人生の不満や夢を打ち明けられ、二人の友情を深めていく。
しかし、この女同士の友情は、バーバラが思っているような神聖なものではなかった。
バーバラは、シーバが人妻の身でありながら、自分の教え子の15歳の男子生徒と密会し、激しく愛し合っている姿を目撃してしまうのだ。
しかも、少年は、以前バーバラが叱りとばしたスティーヴン・コナリー(アンドリュー・シンプソン) だった。
二人の関係に気づかなかった自分自身にいらだって、バーバラは、数日後シーバを呼び出し、全てを告白させる。
シーバは、コナリーとの別離を一度は明言するが、その約束は破られる・・・。
秘密を握ってしまったバーバラとシーバの間には、そこから微妙な友情関係が一時的にせよ培われ始める。
“共依存”となった二人の関係が、やがてエゴむき出しの行動を生み出すことになり、シーバの家庭の平和は、音を立てて崩れていく・・・。
物語の、非常に主観的なナレーターを務めながら、その言動や行動に悪鬼のような情念をにじませる老女バーバラを、ジュディ・デンチが貫禄たっぷりに演じる。
そのデンチと堂々と渡り合う女優ケイト・ブランシェット・・・。
ふとしたきっかけで、スタートした不倫にのめりこんで、身動き出来なくなっていくキャラクターを、ブランシェットは大胆に演じている。
この二大女優による、白熱した演技は、スリルにあふれたストーリーの展開とともに面白い。
二人ともが、アカデミー賞にノミネートされた話題作だ。
物語は、あくまでもバーバラの目線で綴られていく。
冷淡で、客観的だと思われていた彼女の語りが、あまりにも事実とかけ離れたものだと分かってくる。
積年の孤独に蝕まれた老女の、いわば妄想と暴走が怖ろしく、醜いほどだ。
幸せな家庭がありながら、男子生徒との不倫をきっかけに、道を踏み外していくシーバのリアリティも怖い。
それにしても、人妻であるシーバの女心をわしづかみにする15歳の少年の心といい、どうしようもなくのめりこんでいく貞淑(?)な妻に、「女」の脆さを見る。
老女のバーバラにも、空恐ろしさを感じる。
疎外感を抱いた人間の、孤独な渇望は、痛烈な苦悩を伴って、直接他者への渇望となり、救いがたい孤絶をもたらすようだ。
このイギリス映画 「あるスキャンダルの覚え書き」は、そんな潜在意識を思い抱かせる映画のような気がする。
音楽(フィリップ・グラス)が、なかなかよかった。