この度、新潟を出て首都圏に住むことになった。通勤ラッシュの電車で体を酷使し、霞ヶ関のコンクリートジャングルを彷徨って霞ヶ関に通うことになるようだ。事実、今日も満員電車で体を潰されて、駅の出口が分からなくて20分ぐらい迷って参ってしまった。
そんな新しい生活、なれない通勤であり、いろいろなことが変化してきているが、一つだけ新潟にいる時と変わらず行っていることがある。それは安い居酒屋を一人で巡ることである。決して友達がいないから一人なわけではないのであしからず。巡ることでその場にいる人達との「一期一会」の出会いがあり、その心は虚飾を全て捨て去ってそこに残る清らかな美しさとも表現できて、まさに「侘び寂びの精神」にも通じていると自分では推測している。
そんな前書きはもはやどうでもいいのだが、要するに何が言いたいのかというと今日も例のごとく赤提灯の店へ行ったという事実である。暖簾をくぐり入ってみれば同じような仕事帰りの人たちでいっぱいであった。皆一様にさっとグラスを飲み干し、足早に家路に着く。忙しいサラリーマンにとってゆっくりとする時間は無いのだ。
そう考えると働くことと余暇(飲み会等)が両立できるようなそんなワークライフバランスが実現できるような社会が必要であると切に感じた。しかしながら変化の荒波にまれながらも忙しなく働くのが現在の日本の労働者の現状であるかと思うと背中の哀愁が目にしみて今日も涙が止まらないのであった。
本日の酒・・・松竹梅
熱燗にして良し
おがわ