
月探査機かぐやから、最も期待していた映像が届けられました。月から見た地球の映像です。先日の月面の映像に続いて、「地球の出(Earth-rise)」と「地球の入り(Earth-set)」。JAXA(宇宙航空開発機構)のサイトで見ることができます。
「地球の出」は、月の北極付近からの撮影。かぐやが進む方向の地平線(月平線?)に、小さな地球が姿を現し、ゆっくりと昇っていきます。「地球の入り」の方は、かぐやの後ろ方向にレンズが向けられています。望遠レンズを使っているので、より大きな地球の姿を見ることができます。左上に白い大陸、すなわち南極大陸が見えます。南半球が「上」になっているので、一瞬、あれ?と思いますが、考えてみれば、宇宙には「上」も「下」もないんですね。
地球上だって厳密に言えばそうです。球体の表面に立っているのだから、宇宙規模でとらえれば、ある人が「上」を指さしても、他の場所に立っている人が指さす「上」とは、指す方向が違う。ある人の指さす方向をずーっとたどってたどり着く星と、別の人が指さす方向に存在する星は別なのです。考えてみれば当たり前のことかもしれませんが、地球の映像を見て、そんなことを思いました。
ところで、昨晩、NHKでかぐやの特集番組を放映していました。JAXAのサイトでは、いかんせん、小さいサイズの動画しか見られないのですが、テレビだとやっぱり迫力が違いますね。映像を駆使した解説は、とてもわかりやすい。月の不思議や、かぐやの機能について、理解が深まりました。テレビは、こういう番組でこそ、その本来の役割を発揮するんだなと改めて思いますね。
人類史上初めて宇宙から地球を見た旧ソ連の宇宙飛行士ガガーリンは、「地球は青かった」という名文句を残しました。今回の映像で、それと同じ感慨に浸ることができたのがうれしい。地球はやっぱり青い。こんなに美しい星が、ほかにあるだろうかと思うくらい。
宇宙の広大さに比べたら、地球なんてほんとうにちっぽけな星でしょう。そして、そこに住む人間もなんとちっぽけなことか。かぐやの映像をいくら目をこらして見ても、人間の姿を見ることはできない。けれど、小さいからこそ大切にしなくちゃいけないこともある。宇宙に浮かぶ地球という、超マクロの映像を見て、一人一人の人間同士がお互いに大事にし合わなくちゃいけないんだよな、と、なぜかミクロな思いが頭をよぎりました。
「地球の出」は、月の北極付近からの撮影。かぐやが進む方向の地平線(月平線?)に、小さな地球が姿を現し、ゆっくりと昇っていきます。「地球の入り」の方は、かぐやの後ろ方向にレンズが向けられています。望遠レンズを使っているので、より大きな地球の姿を見ることができます。左上に白い大陸、すなわち南極大陸が見えます。南半球が「上」になっているので、一瞬、あれ?と思いますが、考えてみれば、宇宙には「上」も「下」もないんですね。
地球上だって厳密に言えばそうです。球体の表面に立っているのだから、宇宙規模でとらえれば、ある人が「上」を指さしても、他の場所に立っている人が指さす「上」とは、指す方向が違う。ある人の指さす方向をずーっとたどってたどり着く星と、別の人が指さす方向に存在する星は別なのです。考えてみれば当たり前のことかもしれませんが、地球の映像を見て、そんなことを思いました。
ところで、昨晩、NHKでかぐやの特集番組を放映していました。JAXAのサイトでは、いかんせん、小さいサイズの動画しか見られないのですが、テレビだとやっぱり迫力が違いますね。映像を駆使した解説は、とてもわかりやすい。月の不思議や、かぐやの機能について、理解が深まりました。テレビは、こういう番組でこそ、その本来の役割を発揮するんだなと改めて思いますね。
人類史上初めて宇宙から地球を見た旧ソ連の宇宙飛行士ガガーリンは、「地球は青かった」という名文句を残しました。今回の映像で、それと同じ感慨に浸ることができたのがうれしい。地球はやっぱり青い。こんなに美しい星が、ほかにあるだろうかと思うくらい。
宇宙の広大さに比べたら、地球なんてほんとうにちっぽけな星でしょう。そして、そこに住む人間もなんとちっぽけなことか。かぐやの映像をいくら目をこらして見ても、人間の姿を見ることはできない。けれど、小さいからこそ大切にしなくちゃいけないこともある。宇宙に浮かぶ地球という、超マクロの映像を見て、一人一人の人間同士がお互いに大事にし合わなくちゃいけないんだよな、と、なぜかミクロな思いが頭をよぎりました。
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