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カクレマショウ

やっぴBLOG

『レ・ミゼラブル』覚え書き(その27)

2006-11-03 | └『レ・ミゼラブル』
第三部 マリユス
第二編 大市民(岩波文庫第2巻p.401~p.417)

世界史など必修科目の未履修問題で、政府は補修の時間を最大50時間まで引き下げることを決定しました。50時間の「受験に関係のない世界史」。そのうち何時間分の題材として『レ・ミゼラブル』を取り上げるのも、決して意味のないことではない…と私は思うんです。

『レ・ミゼラブル』後半の主要人物、マリユス。彼の登場までもう少しユゴーは読者を待たせます。

この章では、マリユスの祖父ジンノルマン氏と、彼と一緒に暮らす長女「ジンノルマン嬢」の人物像が描かれています。

マリユスは、のちに、祖父ジンノルマン氏と喧嘩の末に家を飛び出ることになるのですが、ジンノルマン氏がなぜマリユスを追い出したのか、そしてジンノルマン老嬢がそれにどのように関わったのか、読者にそれをすんなり受け入れてもらうためにだけにこの章があると言ってもいいでしょう。

ジンノルマン氏は、90歳を越える老人。たぶん『レ・ミゼラブル』中、もっとも高齢の登場人物です。ということは、それだけ「歴史」を経験してきているということになります。高齢であるということは、それだけ、生きてきた時代を語れるということです。

ユゴーは、ジンノルマン氏を次のように描いています。

独特な老人で、いかにも時勢はずれの人で、18世紀式の多少傲慢な完全な真の市民であり、侯爵らが侯爵ふうを持っているようにその古い市民ふうをなお保っていた。九十歳を越えていたが、腰も曲がらず、声も大きく、目もたしかで、酒も強く、よく食い、よく眠り、鼾(いびき)までかいた。歯は三十二枚そろっていた。物を読む時だけしか眼鏡をかけなかった。女も好きだったが、もう十年この方断然そして全然女に接しないと自ら言っていた。しかしそれにつけ加えて、「あまり年取ったから」とは決して言わず、「あまり貧乏だから」と言っていた。そしてよく言った、「私がもし尾羽うち枯らしていなかったら……へへへ。」

「フランス革命は無頼漢どもの寄り合いだ」と彼に言わせているように、ユゴーはジンノルマン氏を徹底的に旧時代の遺物として描く。ブルボン家をこよなく賛美し、その支配下でたっぷり懐を暖かくしてきた輩。共和政なんてクソくらえ! ユゴーは、ジンノルマン氏のそんな感情について、おもしろい表現をしてみせます。

時とすると彼は自分の九十歳ということに関連さして、こんなことを言った。「私は九十三という年を二度と見たくない。」

訳者注が付せられているように、「93という年」とは、ルイ18世の処刑が行われるなど革命が最高潮に達した「1793年」という年と掛けているわけです。彼らにとって革命とは、自分たちの生活を脅かすものであるばかりでなく、断頭台への恐怖が常についてまわる厄介な存在だったことでしょう。

さて、ジンノルマン氏には、二人の娘がいました。一人は最初の妻との間にできた子どもで、いまだに結婚していない、つまり今も彼と暮らす長女「ジンノルマン嬢」です。もう一人は、二人目の妻との子で、この娘は30歳ばかりで死んだが、その時彼女は既に結婚していました。夫はナポレオンの軍隊に入っていて、ワーテルローの戦いでは大佐として活躍しました。この大佐こそ、マリユスの父、ポンメルシーなのですが、そのことにはここではまだ触れられません。ただ、ナポレオン軍の大佐というだけで、この婿は、ジンノルマン氏にとって唾棄すべき存在だったはずです。

さて、「ジンノルマン嬢」ですが、腹違いの妹とは10歳違い。その性質も容貌もまったく対称的でした。妹は「かわいい心根を持っていて、…花や詩や音楽に夢中にな」るような娘。姉の方は野心家で、金持ちや地位のある男との結婚を夢見ていた。ところが、妹は結婚したものの、夫と一人息子を置いて先立ってしまい、姉の方は独身を通しながら貞節を装う人生を送ることになります。一つのエピソードが紹介されています。彼女が「生涯のうちの恐ろしい思い出と自称していることは、ある日靴下留めの紐をひとりの男に見られたということだった。」ジンノルマン嬢がどんな人か、このエピソード一つでわかるような気がします。

年とともにその無慈悲な貞節はつのるばかりだった。その面布(かおぎぬ)はかつて十分に透き通ったものにされたことがなく、かつて十分に高く引き上げられたことがなかった。だれものぞこうともしない所にまで、やたらに留め金や留め針が使われた。貞節を装うことの特性は、要塞が脅かさること少なければ少ないほどますます多くの番兵を配置することである。

さてさて、この二人が寄り添って暮らす家には、「なおひとりの少年がいた」。「小さな男の児で、いつもジンノルマン氏の前に身を震わして黙っていた」。その子に対して、ジンノルマン氏はいつも厳しい。しかし一方では、無性にかわいがっていたのです。

それは彼の孫であった。この少年のことはおいおい述べるとしよう。


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2 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

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レ・ミゼラブル (落ち葉)
2006-11-08 02:01:55
高校世界史履修問題から引っ張られて、「レ・ミゼラブル」覚え書を最初から一気に読ませていただきました。
はまりますね。
覚え書でもこんなに長いのですから、これを前文読むのは大変ですね。
続きが楽しみです。
人生の岐路に立ったとき、考えなくてはいけないことがすべて詰まっているように感じました。
そういう意味では、聖書に似ている感じがします。
でも、最近の若い先生で「レ・ミゼラブル」のような人類の財産的古典小説を読んでいる方は少ないのではと取り越し苦労をしてしまいます。
私は古典や歴史の重要性がわかるのは、40歳を過ぎてからでした。
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Unknown (やっぴ)
2006-11-09 00:00:00
落ち葉さん
コメントお寄せいただきありがとうございました。

「続きが楽しみ」とおっしゃっていただき、とてもうれしい気持ちです。まだ半分もたどり着いていないので、気長にお読みいただければ幸いです。

>人生の岐路に立ったとき、考えなくてはいけないことがすべて詰まっているように感じました。

まったくそのとおりです。時代は変わっても、また文化や生活様式が変わっても、人間って行動パターンはそれほど変わらないんだなと、「レ・ミゼラブル」を読むとつくづく感じます。そういうところも、世界史を学ぶ意味の一つと考えてもいいのではないかと思うのですが…。

こんな作品を残してくれたユゴーに感謝しつつ、引き続きたどっていきたいと思っていますので、今後ともよろしくお願いします。

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