Blogout

音楽全般について 素人臭い能書きを垂れてます
プログレに特化した別館とツイートの転載もはじました

シェーンベルク 浄夜(弦楽合奏版)/アシュケナージ&イギリスCO

2007年04月15日 23時44分22秒 | マーラー+新ウィーン
 アシュケナージが指揮業に色目を使い始めた1981年にイギリス室内管とともに収録された演奏。先日のモーツァルトのところで書いたけれど、アシュケナージは指揮でもピアノでも、出来上がった音楽は割と角の丸い、柔和な表情になることが多いけれど、ご多分に漏れずこの演奏もそういう特色をもったものになっていて、ある意味で「浄夜」の女性的な叙情といったものを全面出した演奏といえるかもしれない。第1部で聴こえるウィーン風なソロ・ヴァイオリンもよく聞こえるし、この音楽の主人公である女性のキャラがよく伝わる演奏とでもいったいいか。もっともここでの主人公は、カラヤンやブーレーズのような官能を湛えた悲劇のヒロインという感じではなく、若気の至りで馬鹿なことをしてしまった、少しなよなよとしたそこらいる若い女性というイメージなのだが....。

 ちなみにシェーンベルクの音楽は後年のシリアスな作品の影響なのか、「浄夜」とか「ペレアス」といった純ロマン派風な作品も、非常に厳しい表情、壮絶なまでにドラマチックな音楽として演奏されるのが一般的で、先のカラヤンとブレーズの70年代の演奏などはその究極ともいえる姿を示していたと思うけれど(メータもそう)、この演奏は前述のアシュケナージの穏和な個性という点もさることながら、80年代に入ってこうした「容赦のない厳しさをもったシェーンベルクの音楽」といったイメージがそろそろ溶解し始めたことを、実は物語っている演奏なのかもしれない。先日のストコフスキーのところで、私は「古典化を焦りすぎている演奏」旨のことを書いたけれど、その時のストコフスキーはまさにこういう風に「普通のロマン派の曲」として「浄夜」を聴かせたくて、あの演奏したのではないだろうか....などと、このアシュケナージの演奏を聴きながらふと思った。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« シェーンベルク 浄夜(弦楽合... | トップ | エリック・リード・トリオ/... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

マーラー+新ウィーン」カテゴリの最新記事