クラウディオ・アラウという人もあまり聴いたことがない人ですが、年齢的にはゼルキンやルビンシュタイン、あとホロビッツあたりと共通する古(いにしえ)の世代です。私がクラシックに耽溺していた80年代というと、これらの人はほとんど老境に達してレコーディングなども一線から退きつつあった時期にあたりますが、アラウはきっと衰えがなかったんでしょう。幅広いレパートリーを精力的に録音して、新作が目白押しの現役バリバリな活躍をしていました。この演奏はそんな彼が1969年にハイティンクの指揮するアムスと組んで録音した演奏
さて、この演奏、レーベルがフィリップスでオケがアムス、録音が69年ということでオケの音色や感触は案の定、先にとりあげたブレンデルとイッセルシュテットの演奏に酷似しています。楚々と鳴り響くエレガントなサウンドはいかにもアムステルダム・コンセルトヘボウの音、ただ、響きがよりふっくらとして、全体に流れるように感じるのは、指揮がハイティンクなせいかもしれません。ともあれ、この落ち着いた響きはいかにも私のイメージするブラームスにぴったりで、聴いてきて心地よいことこの上ないという感じです。
アラウのピアノですが、オケに寄り添うようピアノを演奏していたブレンデルと比べると、アラウはそれはかなりピアニスティックな響きが濃厚です。良い意味で時代がかったグランドスタイルみたいなものを感じさせるといったらいいか。第1楽章の展開部に入るところで登場するフレーズを、豊かな低音を伴いつつも、カキーンという音色ととも豪快に響き渡らせるあたりはその好例。とにかくこの人、そもそもテンポ自体もかなり遅いですが、ロック風にいうとやや「後ノリ」なリズムでもって、ピアノを弾いているところに特徴がありそうで(その意味ではホロヴィッツとは対照的)、そのあたりからいかにもドイツ流の巨匠というスケール感を感じさせるようです。
そんな訳で、この演奏これまで聴いたものの中では珍しくピアノが主導し、ひっぱっているという感じですかね。これまでだとブレンデルのはオケ主導、レビンシュタインとレヒナーがほどよく調和、逆に両者がせめぎ合って闘争的な演奏をしているという点ではゼルキンという感じでしたから(あくまでも私が受けた印象なので、人によっては全く逆の印象の場合もあろうかと思います)、この曲を「ピアノ付の交響曲」として聴きたい私としては、ちょいと異色な感じがしないでもないです。まぁ、一聴した印象なので、聴き込んでいくとがらりとかわる可能性もあますが....。
さて、この演奏、レーベルがフィリップスでオケがアムス、録音が69年ということでオケの音色や感触は案の定、先にとりあげたブレンデルとイッセルシュテットの演奏に酷似しています。楚々と鳴り響くエレガントなサウンドはいかにもアムステルダム・コンセルトヘボウの音、ただ、響きがよりふっくらとして、全体に流れるように感じるのは、指揮がハイティンクなせいかもしれません。ともあれ、この落ち着いた響きはいかにも私のイメージするブラームスにぴったりで、聴いてきて心地よいことこの上ないという感じです。
アラウのピアノですが、オケに寄り添うようピアノを演奏していたブレンデルと比べると、アラウはそれはかなりピアニスティックな響きが濃厚です。良い意味で時代がかったグランドスタイルみたいなものを感じさせるといったらいいか。第1楽章の展開部に入るところで登場するフレーズを、豊かな低音を伴いつつも、カキーンという音色ととも豪快に響き渡らせるあたりはその好例。とにかくこの人、そもそもテンポ自体もかなり遅いですが、ロック風にいうとやや「後ノリ」なリズムでもって、ピアノを弾いているところに特徴がありそうで(その意味ではホロヴィッツとは対照的)、そのあたりからいかにもドイツ流の巨匠というスケール感を感じさせるようです。
そんな訳で、この演奏これまで聴いたものの中では珍しくピアノが主導し、ひっぱっているという感じですかね。これまでだとブレンデルのはオケ主導、レビンシュタインとレヒナーがほどよく調和、逆に両者がせめぎ合って闘争的な演奏をしているという点ではゼルキンという感じでしたから(あくまでも私が受けた印象なので、人によっては全く逆の印象の場合もあろうかと思います)、この曲を「ピアノ付の交響曲」として聴きたい私としては、ちょいと異色な感じがしないでもないです。まぁ、一聴した印象なので、聴き込んでいくとがらりとかわる可能性もあますが....。