毎年、今ぐらいの時期になると、仕事が終わって帰宅、風呂に入った後、好きな音楽かなにか映像作品でも観ながら、よく冷やした缶ビールを一本か二本飲むのが、私の「ささやかな楽しみ」である。今年は梅雨が明けたと思ったのもつかの間で、関東は未だに梅雨が続いているような毎日が続いていている(今朝など一足飛びに台風シーズンに突入という感じなのだったし)。なので、夜もジトジトしているのは間違いないが、さりとて、熱帯夜でもないというなんだかすっきりしない状態が続いているせいで、今年の「夜のビール」にイマイチ旨くない(笑)。
などと、いきなり脱線してしまったが、先月の後半だったか、前述の「ビール・タイム」に、久々に「妖星ゴラス」を観た、多分、10年振りくらいである。この作品は「地球防衛軍」「宇宙大戦争」と並ぶSF三部作といってもいいと思うが、この作品はその奇想天外なストーリーもさることながら、「音楽を伊福部先生が担当しなかった」という点でも実に印象深い。担当したのは石井歓という人で、CDのライナーなど読むと直接の門下ではないとしても、少なからず縁があった人らしいし、そもそもこの作品の音楽を石井歓が担当することを推薦したのも伊福部先生だったというから、直接先生が担当していなかったとしても、ある意味お墨付きをもらった上での担当だったといことになるだが....。
で、出来上がった音楽だが、これが伊福部ファンにとっても、ほとんど違和感のない音楽になっているのが凄いのだ。「石井歓は伊福部先生のピンチヒッターが出来てしまうのか?」という感じである。もちろん石井自身がカール・オルフ門下ということで、シンプルな動機のリフレインで音楽の原初的な迫力を表現することに関して、伊福部先生と共通するところがあったとしても、相手は伊福部先生である。たぶん、ここで石井は先生の映画音楽を十二分に研究したのだろう。「ゴジラのテーマ」と相通じる、迫力満点のメインタイトルなど、そうした成果が無意識に出てしまったのかもしれない。また、ハリウッドのミクロス・ローザあたりのドラマチックさも隠し味にもっているような気がする。
という訳で、この作品、伊福部先生とほぼ同じ映画音楽の土俵で勝負して、なおかつ、かなりいい線で先生の音楽に拮抗した音楽を作り得たという点で非常に印象が深い。映画を観ながら、ほとんど伊福部先生だったら、きっとこう音楽をつけるるんじゃ....などと、ほとんど思わせないところが凄いのである。ついでにいえば、「オイラ、宇宙のパイロット」という、「ゴジラ伝説3」で一躍有名になった挿入歌のオリジナル版が聴けるのも、好き者にはお楽しみの一瞬である。
などと、いきなり脱線してしまったが、先月の後半だったか、前述の「ビール・タイム」に、久々に「妖星ゴラス」を観た、多分、10年振りくらいである。この作品は「地球防衛軍」「宇宙大戦争」と並ぶSF三部作といってもいいと思うが、この作品はその奇想天外なストーリーもさることながら、「音楽を伊福部先生が担当しなかった」という点でも実に印象深い。担当したのは石井歓という人で、CDのライナーなど読むと直接の門下ではないとしても、少なからず縁があった人らしいし、そもそもこの作品の音楽を石井歓が担当することを推薦したのも伊福部先生だったというから、直接先生が担当していなかったとしても、ある意味お墨付きをもらった上での担当だったといことになるだが....。
で、出来上がった音楽だが、これが伊福部ファンにとっても、ほとんど違和感のない音楽になっているのが凄いのだ。「石井歓は伊福部先生のピンチヒッターが出来てしまうのか?」という感じである。もちろん石井自身がカール・オルフ門下ということで、シンプルな動機のリフレインで音楽の原初的な迫力を表現することに関して、伊福部先生と共通するところがあったとしても、相手は伊福部先生である。たぶん、ここで石井は先生の映画音楽を十二分に研究したのだろう。「ゴジラのテーマ」と相通じる、迫力満点のメインタイトルなど、そうした成果が無意識に出てしまったのかもしれない。また、ハリウッドのミクロス・ローザあたりのドラマチックさも隠し味にもっているような気がする。
という訳で、この作品、伊福部先生とほぼ同じ映画音楽の土俵で勝負して、なおかつ、かなりいい線で先生の音楽に拮抗した音楽を作り得たという点で非常に印象が深い。映画を観ながら、ほとんど伊福部先生だったら、きっとこう音楽をつけるるんじゃ....などと、ほとんど思わせないところが凄いのである。ついでにいえば、「オイラ、宇宙のパイロット」という、「ゴジラ伝説3」で一躍有名になった挿入歌のオリジナル版が聴けるのも、好き者にはお楽しみの一瞬である。