透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー

母への追慕の念

2015-11-22 | A 読書日記

**老人が宮子にも梅子にも渇望しているのは母性だということは、第一に明らかだった。有田の産みの母は二つの時に離縁されて、(後略)**(「みずうみ」川端康成/新潮文庫 46頁)

川端康成は3歳のときに亡くなってしまった母への追慕の念断ちがたく、若い女性(亡くなった母親も若かったから当然)に母を求め続けていたんだなぁ・・・。

週末にカフェバロでこのことを居合せたIさんにお話すると、直ちに光源氏と同じですね、との答えが。さすが古文の先生。源氏物語のことは知らないけれど、光源氏も母親を3歳のときに亡くしてはいなかったか、そして何人もの女性と・・・。



臼井吉見の『事故のてんまつ』筑摩書房を再読して、川端康成の作品を読み返してみようと『みずうみ』新潮文庫を書棚から取り出した。ものがたりの輪郭がぼやけている、フレームが分かりにくいとでも言ったらいのか、読みにくい。

**ここでは、小説の地肌は、外部の現実ではなく、主人公の意識である。従って、そこは時間空間の束縛を免れている。私たちは丁度、プルーストの小説におけるように、ふとした小さな物事を転機として、全く異った時間の別の事件に案内される。そうして、その事件(というより、その断片)は、いかにも川端氏らしい抒情的感覚的映像であるから、一編の小説は幾つかの華やかな布地の綴織り(つづれおり)のような面影を作ることになる。**と中村真一郎が「みずうみ」の解説に書いている。

この小説を読み続けるのを止めて、別の小説を読もう。



「みずうみ」を書棚に戻して、「伊豆の踊子」新潮文庫を取り出した。川端康成と言えば「伊豆の踊子」と「雪国」だろうから。

ずいぶん昔の本だ。この頃は文庫本にカバーは無かったのだろう。**私は二十歳、高等學校の制帽をかぶり** **そこで旅藝人の一行が休んでゐたのだ。** 活字が・・・、まあいいか。


 


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。