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■ 『恋愛論』亀井勝一郎(角川文庫1973年改版12版)。ぼくはこの本を1973年の12月に読んでいる。亀井勝一郎は代表作の『愛の無常について』(過去ログ)で知られる文芸評論家。
**恋愛は言葉の機能を、はじめてわれわれに教えてくれるであろう。という意味は、言葉がどれほど微妙で神秘的なものであるかを、恋愛によって自覚せしめられるからである。愛することによって、人はまず言葉を失う。(中略)言いあらわされた言葉は、心の中で思っていることの何十分の一にすぎないことを知らされる。言葉は不自由なものだということを。**「言葉の微妙について」(21頁)
このようなことを自覚する恋愛、なんだか観念的なような気がするけれど・・・。
亀井勝一郎の文庫ではこの他に『大和古寺風物詩』(新潮文庫2002年76刷)が書棚にある。
**いざ大和へ行って古仏に接すると、美術の対象として詳に観察しようという慾など消えてしまって、ただ黙ってその前に礼拝してしまう。**(59頁)
**かくも無数の仏像を祀って、幾千万の人間が祈って、更にまた苦しんで行く。仏さまの数が多いだけ、それだけ人間の苦しみも多かったのであろう。一軀の像、一基の塔、その礎にはすべて人間の悲痛が白骨と化して埋れているのであろう。久しい歳月を経た後、大和古寺を巡り、結構な美術品であるなどと見物して歩いているのは実に呑気なことである。**(70頁)
このような文章から亀井勝一郎が仏像が美術品ではなく信仰の対象だと信じていたことが分かる。
『大和古寺風物詩』は2020.03.10の記事。