ことのは

初めに言葉があった。言葉は神とともにあった。言葉は神であった。と、ヨハネは言う。まことに、言葉とは不可思議なものである。

菊と刀

2016-08-02 12:45:33 | 日記・エッセイ・コラム
これは本の題名である。
アメリカの文化人類学者、ルース・ベネディクトの著作である。
彼女は対日戦に際し、政府から日本研究を委託された。
日本へは来たことがなく、
文献や日本人移民を調査研究し著したものである。
戦争に活かされたかどうかは知らないが、
日本でも戦後に出版された。
・・・・・
その内容をひと言で言えば、
日本は「恥の文化」であり、
欧米は「罪の文化」である、
ということのようだ。
一般的にはそのように流布されている。
もちろん文化のような大きな枠組みを一言で表現するのは難しい。
それに著作に対していろんな意見があるのは世の常だ。
この本にも好意的な意見もあるが批判もある。
私はもともと歴史や文化に興味があったのだが、
この本の内容を知ったとき、
なるほどと感心もし、
外からはそんな風に見えるのかと思った。
どちらにしても、
それほど気には止めなかった。
・・・・・
だが最近なぜか気になっている。
先のフレーズが気になっている。
今の思いに大いに繋がるところがあるのだ。
その鍵は祈りである。
最近なぜか祈りについて考えることが多い。
よく神社に行くせいなのか。
迷いごとが多いせいなのか。
単に歳のせいなのか。
それはともかく、
祈りという鍵で捉えれば、
分かることがある。
なぜなら恥というも罪というも、
その根底にあるのは祈りである。
祈りがあってこそなのだ。
その祈りの向きにより、
罪を意識するか、
恥を意識するか、
に分かれるのだと思う。
・・・・・
彼女も言っていたのだが、
恥を意識するのはどうも少ないらしい。
私の知る限り、
今のところ日本だけである。
だからと言って、
日本が異質だとか、
日本が特別だとは、
思わないが。




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