ブログ 「ごまめの歯軋り」

読書子のための、政治・経済・社会・文化・科学・生命の議論の場

山口育子著 「賢い患者」 岩波新書(2018年6月)

2019年08月16日 | 書評
  小山市高橋神社 楼門 右守護

患者本人の意思を尊重し、患者・医療者の賢明なコミュニケーションを目指す活動 第3回

1章) 患者・家族の声を聴くー電話相談

辻本良子氏がCOML活動を始めるきっかけは、医療訴訟の弁護士と協力医をつなぐコーディネーター活動をしている時の電話相談を手伝っている時からでした。辻本氏は弁護士に相談に来る患者はごく一部で、一般の患者が意識を変えないと医療は改善しないと思うようになり、1990年にCOMLを立ち上げたそうです。電話相談からスタートし、2018年5月時点で相談件数は6万人弱となる。1995年以降は相談員はボランティアスタッフが中心です。医療という専門的内容の相談を素人が受けられるのかということは常に付きまといますが、COMLでは答えるというより聞くことが大事になります。インターネットや病院の情報提供が進歩している中で、情報が問題なのではなく、情報を理解できない、知らされない理由に問題を感じていることです。客観的な理解に必要な情報は何かを、そして患者がどうしたいを思っているか本音を聞き出す事です。問題解決の方法がない相談もありますが、寄り添って聴くことが第一と考えているそうです。電話相談の平均所要時間は40分です。今の相談センターは大阪にあり、2019年には関東にも相談拠点を始めるそうです。1990年代は医療環境が激しく動いた10年間であった。情報社会となりがん告知は当たり前となり、患者の医療不信という社会背景を反映して、すべてを伝える医療側の姿勢が出来上がりました。副作用や合併症、手術のリスクと処置の説明と同意書の作製、手術の病院ごとの成績(平均生存確率)の公表、リスクの数値化などです。医療事故・ミスによる医療不信感は2003年ー2004年にピークを迎え、COMLの相談件数も月に500件以上となった。相談内容は訴訟と賠償金が中心でした。しかし2007年以降はマスメディアの姿勢も「医療崩壊」という名の、「医師不足」や「救急治療の危機」といった課題に移りました。すると医療訴訟の相談は激減しました。医療事故や医療安全への医療側の態度が変化し窓口や体制が整えられた。2015年10月に医療法が改正され「医療事故調査制度」が始まりました。(社)日本医療安全調査機構に設置された「医療事故調査・支援センター」に、予期できなかった死亡事故事例を報告する義務が医療側に課せられました。院内調査には外部委員が加わりますが、納得できない場合第三者入れた院内調査を申し出ることができます。そして結果を遺族に報告するのです。この制度の前には「カルテ開示」や「証拠保全」によって得られた医療記録を第三者の専門医が検証する制度がありました。これは費用と時間がかかる制度を改善したことになります。それでも死因を究明できると限らない。(解剖と死亡時画像診断Aiという手法もある)現在医療で進められているのは「医療機能の分化」です。医療機関を高度急性期、急性期、回復期、慢性期などに分類される。「2025年問題」という急速な高齢化社会の問題が背景にあります。都市部で高齢化、地方で人口減が進行し2040年にはすべての地域で人口減社会となると言われています。2017年度までにすべての都道府県で「地域医療構想」が策定された。医療と介護を切れ目なく利用する対策が講じられています。医療当事者の利用者である患者・住民が主体的な参加を求められる時代です。どうしたいかを提示するという自覚を持つことです。これは当事者責任・主権と言えるでしょう。
最近の電話相談で最も多いのが症状についてです。患者は情報を理解できていない場合が多いので、その不満が医師に向かいがちです。医療はチーム医療というスタッフ集団からなり、カンファレンスという症例検討や治療方針検討が議論されますので、一人の医師が決めるわけではありません。薬剤師やリハビリ師などの職種についての理解も不十分です。なかでも「説明不足」、「思いを聞いてくれない」、「不誠実な態度」などが医師に対する不満の原因です。中でも家族に対する説明や扱いが問題となります。医療ではいつでも「情報の非対称」と言われ続けています。抗がん剤へのイメージでは、医者は効くといってもそれはガンが治るのではなくがんの増殖を30%ほど抑制することなのです。患者と医師のイメージはかくも異なります。希望をもって抗がん剤治療に臨んだ患者が、散々たる結果になって失望から絶望に変わります。セカンドオピニオンにしても最近は違和感がなく、同じ病院内にセカンドオピニオン室があって有償で受け付けている時代です。アメリカの民間医療保険会社が保険費支払い条件として、二人以上の医師が必要性を認めないと保険を支払わないというルールを決めて以来のことです。日本ではそれが医師の疲弊につながっています。最近医師はパソコンに向かって話すとよく言われます。検査結果は画像と専門医のコメントが映し出されるので、患者も画面にくぎ付けになりますが、高齢者にはその注意力・気力がありませんから「ゆっくり話してくれないと分からない」という不満につながります。医師は患者が理解できたかどうかに意を用いた説明を心がけてほしい。1990年に日本医師会生命倫理懇談会が「インフォームド・コンセント」を「説明と同意」として普及に努めてきたが、25年たった今でも医師の説明が分からないという患者がいることです。「インフォームド・コンセント」とは、どんな患者も知りたいと望めば説明を受ける権利があるという考えが原点です。「情報の非対称」のままでは意思の疎通ができません。医師は長時間説明したといっても患者が理解できなかったことは「聞いていない」ことと同じです。情報の共有に至る「インフォームド・コンセント」の在り方が問われます。最近相談が多いのが「医療費」、「差額ベット料」の件です。医療費については「レセプト診療報酬明細書」を見ること、差額ベット料については入院案内の契約を吟味することです。 

(つづく)