ブログ 「ごまめの歯軋り」

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山口育子著 「賢い患者」 岩波新書(2018年6月)

2019年08月14日 | 書評
栃木県小山市  高橋神社 楼門

患者本人の意思を尊重し、患者・医療者の賢明なコミュニケーションを目指す活動 第1回

始めに

特定疾患ごとの患者の団体や情報交換会は多々ある中で、患者本人の意思を尊重し、患者・医療者の賢明なコミュニケーションを目指す活動団体である認定NPO法人「ささえあい医療人権センター」(COML)が設立された1990年代から今日までの活動の記録である。1990年の医療現場は、患者には情報が閉ざされ医師の治療方針に従うことが当然と思われていました。患者に方も受け身で「お任せします」しか手がないものと考えていた。これを情報の一方通行もしくは情報の遍在、不均衡といわれ、医療側と患者側の勝負は最初から決まったようなもので患者側が太刀打ちできるものではないという構図でした。まして問題が医療過誤になると弁護士が絡み裁判や賠償請求になると、医療側は警戒しました。これは支配―被支配の構図で情報を持っている側が強いのは当たり前という風潮でした。しかし2000年代になると「医療崩壊」という言葉がマスメディアで取り上げられ、まず医療側の方が動き始めました。その背景には医師不信という悲しむべき事態がありました。医療の当事者というと単純には患者、医療者ですが、健康保険を対象とすると当事者には企業と国家が加わります。社会福祉の年金の当事者である労働者と企業と国家との関係と同じです。支配―被支配の構図には「敵対」という言葉しかありませんが、医療に関しては患者は医療者と敵対する関係ではなく、当事者としての患者自らの姿勢を見直し、病気を自分の問題として受け取り主役になって解決してゆこうとする心構えが求められます。「賢い患者」になろうと患者の自覚を促し、「自分が体の責任者」として当事者主権(自分のことは自分で決める)に近い意識を持つことではないだろうか。著者はCOMLの理念として、患者と医療者は対立するのではなく「協働」することだと言います。病気を克服するという共通の目標に向かって、それぞれの立場の者同士がそれぞれの役割を果たすということです。特に生活習慣病が主流となる複数の慢性疾患を抱える患者が多い中、医療者の努力だけでは治療効果は上がりにくい。患者の生活習慣改善努力をしながら医療に参加する心構えが大切になる。医療側の意識改革も急速に進み、医療現場では説明することは当たり前になっています。医師は画像を前に術中でも患者に説明します。エコー・内視鏡検査では特にそうです。患者への丁寧な説明・対応やコミュニケ―ションへの努力が行われています。医療技術の進歩により治療法の選択肢がふえ、患者の価値観も異なる事より、患者も医療者から受ける説明を理解して情報の共通化を図り、医療者と共に考え決めることが求められます。だからこれまで以上に冷静で成熟した患者が増えてゆくことが期待されている。
「ささえあい医療人権センター」(COML)は1990年に故辻本良子氏(1948年-2011年)によって設立され活動を開始した。本書の序章と最終章に筆者(現COML理事長)山口育子氏自身の病気体験(卵巣がん)と筆者による元理事長辻本良子氏(乳がんー胃がん)の看取り体験が述べられています。本書の第1章から第6章までの間には両氏の病に関する記述は一切なく、COML活動の記録に集中しています。病気を抱えての活動及び執筆には必ず個人の病気の蔭が現れて来るものなのだが、そうしたことはしっかり省いて患者全体の在り方についての社会活動に集中されているのは立派というほかはない。「個」より「公」を重視した本書はある意味では杓子定規で物足りないが、それは「個」の問題は一般化できるものではない、それを書くなら別の書でという意味なのだろう。あくまで二人の女性が目指したCOMLの活動の紹介に徹した執筆態度は称賛に値する。

(つづく)