ブログ 「ごまめの歯軋り」

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読書ノート サイモン・シン著 青木薫訳 「フェルマーの最終定理」 (新潮文庫2006年6月)

2019年01月22日 | 書評
ラムダλ関数 

17世紀フェルマーによって提示された数学界最大の難問 第10回

5) 背理法 谷山・志村予測 (その2)

1960年代のころ、プリンストン高等研究所のロバート・ラングランスは、谷山・志村予想に込められた内容に衝撃を受け、数学の統一に向けた数多くの予想問題を一つ一つ証明してゆくラングランス・プログラムを提唱し世界中の数学者の参加を呼び掛けた。1970年代にはこのプログラムは数学の未来像の青写真となったが、残念ながら現実的アイデアを持つ数学者がいなくて立ち消えになった。1984年ドイツシュワルツヴァルトで数論研究者のシンポジウムが開かれた。楕円方程式がテーマであった。そこでゲルハルト・フライが何の確証もなかったが、谷山・志村予想を証明することがそのままフェルマーの最終定理の証明につながるという驚くべき主張をしたのである。フライはフェルマーの解A,B,Cがあるなら、並べ替えられた方程式はy^2=x^3+(A^N-B^N)x^2-A^NB^Nという形をとるはずだという。そしてこの方程式は楕円方程式であることを示した。もしもフェルマーの方程式に解があるなら、フェルマーの最終定理は成り立たたず、並べ替えられた方程式が存在するはずだという、背理法を提言した。こうしてフライはフェルマー方程式を楕円方程式に変形することによって、フェルマーの最終定理を谷山・志村予想に結び付けたのである。もしあるとすればフライの楕円方程式が余りに異常な方程式でモジュラー形式に結び付きそうにない。フライの論理をまとめると次のような仕組みになる。
① もしもフェルマーの定理が成り立たたないならば、その場合はフライの楕円方程式が存在する。
② フライの楕円方程式は極めて異常な性質を持つので、モジュラーではありえない。
③ 谷山・志村予想によると、すべての楕円方程式はモジュラーでなければならない。
④ ゆえに、谷山・志村予想は成立しない。
さらに重要なことは、この論理を逆転させられることである。すると次に様な論理展開となり、フェルマーの最終定理の真偽が、谷山・志村予想が証明できるかどうかにかかっているというドラマティックな結論を導いた。
1') もし谷山・志村予想が証明できれば、すべての楕円方程式はモジュラーでなければならない。
2') もしもすべての楕円方程式がモジュラーなら、フライの楕円方程式は存在しえない。
3') フライの楕円方程式が存在しないなら、フェルマーの方程式は解を持たない。
4') ゆえに、フェルマーの最終定理は成り立つ。
フライの楕円方程式はモジュラーでないと証明することに、世界中の数学者は頭を抱えた。この線で動いている数学者の一人にカルフォニア大学バークレー校のケン・リベット教授がいた。1986年バリー・メーザーとリベットが討議して、「M構造のγゼロを加えるアイデアで、谷山・志村予想が成り立てばフルマ―の定理も成立する(すべての楕円方程式がモジュラーになれば、フェルマー方程式には解がない)ことにつながった。こうして数学者たちは、背理法を使ってフェルマーの最終定理に挑戦できるようになった。これまで30年以上も谷山・志村予想に挑戦して失敗してきた歴史を乗り越えたのがワイルズだったのである。楕円モジュラー複素関数の、クライン関数、ラムダ関数、世面体関数、イーター関数、アイゼンシュタイン関数の画像が面白いので参考のために示す。とにかく楕円関数論は面白く今なおホットな領域である。

(つづく)