ブログ 「ごまめの歯軋り」

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読書ノート 青山弘之 著 「シリア情勢ー終わらない人道危機」 (岩波新書 2017年3月)

2019年01月03日 | 書評
難民を生み出すシリア内戦、「独裁政権」、「反体制派」、イスラム国が入り乱れ、米国やロシアなど外国の介入によって泥沼化 第1回



この本はやたらカッコつきが多い。「独裁政権」、「反体制派」、「人道危機」、「人権」、「民主化」など、筆者は読者に疑問符を投げつけながら、事の本質に迫るように要請しているようだ。これらの言葉は、大概は西欧文明側から投げられた言葉である。そういう理解(宣伝)でいいのか、それでは事は何も解決して来なかったではないかということである。2010年「アラブの春」はグローバル資本主義の圧力の下で、体制打破の掛け声に合わせて進攻したが、シリアでは体制打倒という初期の勝利を収めることもなく挫折した。圧倒的にアサド政権の強権が強かったのである。例えばの話で恐縮なのだが、西欧列強が戦国時代に自分たちに都合のいい政権を建て甘い汁を吸うため、誰を応援し(武器供与、内政干渉)、誰を武力打倒すべきかを考えるに、日本の応仁の乱以降麻の様に乱れた中世日本の諸侯群雄割拠時代に直接・間接に手を出すことを思い浮かべると分かり易い。日本の諸侯をミサイルで脅しても一般庶民が死ぬだけで、何の政治的効果もないし、戦争になればそれは武士の戦に過ぎないと思って百姓は山に逃げるだけで、民主制の何たるか、国の何たるかもしらない民衆の発展段階では、何百年かかっても「自由」、「民主」など理解できなかったであろう。近代国家以前の部族社会が中東の政治状況の本質なのである。民衆はただ逃げるだけ。どこから降ってくるミサイルかは判別もつかない。事の表側は先進欧米諸国の情報合戦に過ぎない。地中海の東岸、文明の十字路と呼ばれる地域に。中東随一の安定を誇る強い国家があった。ダマスカスを首都とするシリアは中東の心臓とも呼ばれた。東アラブの覇権を追求し、アラブ対イスラエル紛争、イラク戦争、レバノン問題に強い影響力を持った。しかし今やシリアにはこのようのも影は消え失せた。シリア・アラブ共和国のバッシャ―ル・アサド大統領が弱体化することで中東情勢は一気に不安定となった。トルコ国境、ヨルダン国境などでは「反体制派」の解放区が広がり、アサド大統領はシリア全土の支配権を失って、アル・カイーダの流れを汲むシャーム解放委員会(旧ヌスラ戦線)、シャーム自由人イスラーム運動などが共生する地方政権になった。イスラム国ISの支配区がラッカ県、ヒムズ県東部などに広がっている。トルコ国境部にはクルド民族の民主統一党PYDが自治政府を打ち立てた。武装集団支配区に過ぎず政府の態をなさない地域が多い。シリアを「強い国家」から「弱い分裂した国家」になるきっかけは「アラブの春」運動であった。2010年末にチュニジアで始まった抗議デモはアラブ諸国に広がり、エジプト、リビア、イエメンでは政権が退陣し、体制は崩壊した。「アラブの春」はシリアには2011年3月に波及し、政府当局はデモに激しい弾圧を加え、「反体制派」は武器を取ってシリア内戦と呼ばれる内戦状態に陥った。アラブの春で体制を転換した国のその多くは今も混乱の最中にある。シリアでは政権打倒という初期の成果もなく、深刻な失敗例となった。その人的・物的被害を実証的に把握することも難しいが、「シリア政策研究センター」が2016年2月に公表した報告書によると、死者47万人、負傷者190万人、国内避難民は636万人、国外移住者(難民)は117万人であった。なおシリアの総人口は2015年で2300万人であった。「今世紀最悪の人道危機」を称されるシリアの惨状は、新聞紙上に流れる情報操作の一環(通俗的解釈)かもしれない。既存の「独裁政権」は「悪」、それに対する「民主化デモ」は「善」という勧善懲悪思想で、後者が前者に勝つのは歴史の必然とする見方である。シリアではアサド政府を「悪」、反体制派を「善」という構図である。しかしシリア内戦が深刻化し表面化した問題は、アラブの春的解釈では説明できず、内戦という国内的要素だけではない。その最たる証拠は、イスラーム過激派の台頭、そしてそれらとの「テロとの戦い」を名目とした外国の干渉である。2014年以降シリア内戦はアラブ社会諸国全体の不安定化をもたらし、周辺各国の動きが急速化したことである。2014年8月米国が主導する「有志連合」はイスラム国を殲滅するとして空爆を開始した。9月にはシリア国内に空爆が及んだ。9月ロシアはイスラーム国、ヌスラ戦線を含む「反体制派」に対する空爆に踏み切った。イスラーム国のテロは欧州で活発化した。ロシアの空爆は大きく事態を転換し、「反体制派」に対するアサド大統領の優位が確立し、アメリカ・ロシアの代理戦争の様相も出てきた。内戦で始まったシリア問題に混乱を再生産しているのは、シリアにとって部外者の外国の要因がゲームの主導権を握ったからである。これを「シリア内戦のハイジャック」という。

(つづく)