ブログ 「ごまめの歯軋り」

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読書ノート 青山弘之 著 「シリア情勢ー終わらない人道危機」 (岩波新書 2017年3月)

2019年01月11日 | 書評
「独裁政権」、「反体制派」、イスラム国が入り乱れ、米国やロシアなど外国の介入によって泥沼化 第9回

6) 真の「ゲーム・チェンジャー」(その1)

2015年9月30日、4年半をへたシリア内戦に大きな影響を及ぼす、駐留ロシア軍によるシリア領内での空爆が始まった。米国による空爆もロシアによる空爆も問題の国際化(外国軍の干渉)なのだが、ロシアの空爆の方がいかにも当を得た効果を上げた。ロシアがゲーム・チェンジャーとして躍り出たのである。ロシアは当初からアサド政権側について外交、経済、軍事面の支援を行ってきた。ロシアの空爆を導いたのは、2015年3月ファトウ軍によるイドリア県制圧に見られる、トルコ、サウジアラビアの「反体制派」への支援の連携強化によるアサド政権の疲弊であった。もう一つの要因はシリアからEU諸国への難民の流入であった。シリアの移民・難民問題はイスラーム国の圧迫によるものであるが、難民に紛れてテロが全世界に波及するのではという、欧州諸国にとって肉薄した脅威となった。有志連合によるシリア空爆は実質的には米国単独によるものであったが、2015年8月には英国が、そして9月にはフランスとオーストラリアが空爆に踏み切った。人権尊重の姿勢からシリア移民・難民の受け入れを表明し、EU領内には40万人の難民が流入した。2015年11月フランスパリで多発テロが発生し死者130人、負傷者300人以上を出した。イスラーム国に戦闘員として参加しているベルギー人らによる犯行で、欧米諸国はイスラーム国のテロ拡散への警戒を強めたが、12月には米国カルフォニアで、英国ロンドンの地下鉄でテロが起きた。東ヨーロッパ諸国は国境を封鎖し、2016年3月にはEUとトルコの間で難民をトルコに強制送還する協定を結んだ。欧米諸国は移民・難民の流入とテロ拡散という二重の問題に直面するなかで、「人権」よりも「テロとの戦い」の軸足を置くようになった。にもかかわらず有志連合の空爆回数は限定的で2016年になると空爆は影を薄めた。ロシアの空爆の密度は有志連合に比べるとけた違いであった。戦闘機の出撃は1日30回から60回になり、シリア全土に及んだ。空爆対象はイスラーム国だけでなく、ヌスラ戦線、その他イスラーム過激派、「穏健な反体制派」を含むすべての「反体制派」が標的であった。それに対して有志連合の空爆は1日5回程度であった。ロシアの空爆に呼応するようにイランはもアサド政権への軍事支援を強化し、外国人地上戦民兵を増派した。レバノンのヒズブッラーもこれに同調して兵を増派した。パリテロ事件の4日後、ロシアのプーチン大統領はロシア領内から長距離爆撃機によるシリア領内の空爆、そしてロシア海軍潜水艦から巡航ミサイルを過激派拠点に127回の攻撃を行った。一日で522回の攻撃で826カ所の拠点を破壊した。欧米諸国はロシアの攻撃は「反体制派」や民間人を標的にしていると非難したが、有志連合がこれまで「穏健な反体制派」というイスラム過激派を援助してきた実績からすると、力のない批判であった。そしてロシアの空爆は国際法上正統性を有するアサド政権の要請に基づいていたので誰も文句のつけようがなかった。むしろ有志連合の空爆はシリア側の正統な代表の要請に基づかない主権侵害侵略行為であったというべきである。「穏健な反体制派」というわけのわからない組織に対する欧米諸国の援助は「テロとの戦い」において実効性を持たなかった。米国およびフランスは11月半ば、ロシア領内での空爆に対する連絡態勢の構築に合意した。これによってロシアは空爆の承認とフリーハンドを得たことになった。このロシアの空爆の受益者は言うまでもなくアサド政権であった。ロシア軍の制空権の下で、シリア軍はイアスラーム過激派やイスラーム国の拠点を奪還していった。イスラム過激派の退潮で力を得たのは、アサド政権だけでなくクルディスタン移行期民生局ロジャヴァを主導する民主統一党PYDが米国の協力関係を得て勢力を伸ばした。米国はロジャヴァの人民防衛隊YPGに軍事支援をおこなった。こうしてシリア内戦で対立していた当事者であるロシア、米国、イラン、アサド政権とPYDの奇妙な呉越同線が生じ、シリア軍とシリア民主軍は戦況を有利進めていった。「反体制派」は重要拠点を次々と失った。この状況で大きな敗北を喫したに¥のは「反体制派」を援助するトルコであった。ロシアが制空権を握るトルコ国境地帯でシリア軍とシリア民主軍が勢力を伸ばした。2015年5月トルコ軍戦闘機がロシア軍戦闘機を撃墜する事件が起きた。トルコは国境侵犯を主張したが、ロシアはトルコがイスラーム国と協力関係にあると主張し、石油を密輸するタンクローリが国境を通過する写真を公開して反論した。欧米諸国はNATO同盟国であるトルコに対して冷たい対応をとり、トルコ・サウジアラビアが支援してきた「反体制派」の優位は失われた。

(つづく)