ブログ 「ごまめの歯軋り」

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読書ノート 金成隆一 著 「ルポ トランプ王国」 岩波新書(2017年2月)

2019年01月01日 | 書評
問題だらけのトランプを大統領に選んだアメリカ社会の問題と課題 第8回

3) アメリカンドリームの終焉(その1) 

本書はニューヨークに拠点を置く筆者の都合から、ラストベルト地帯とアパラチア地方の取材がメインだった。この取材から①なぜトランプが勝ったか、②トランプの勝利がアメリカ社会に突き付けた課題を考えてゆこう。トランプ勝利の理由として「アメリカ社会」に鬱積する不満と不安、そして「トランプの個人的資質」にあるということができる。トランプ王国の支持者の中では明らかにアメリカン・ドリームは死んでいた。ラストベルトでは「アメリカン・ドリーム」は死語に相当し、両親の時代、祖父母の時代の昔話であった。夢を失った地域は活力も失った。ラストベルトやアパラチア地方の若者の薬物中毒やメンタル病が社会問題になっていた。2016年12月8日、ニュヨークタイムズが大統領選挙後に行った調査の記事によると、1940年代生まれの世代が親より裕福になれる確率は92%であった。確率は50年生まれでは79%、60年生まれでは62%、70年生まれで61%、80年生まれでは50%に着実に低下し続けたという。AP通信は階層間の上昇の確率はミシガンやインディアナなどラストベルトでは低かったという。所得の階層を下位、中位、上位の3つに分画して1971年から2011年までの10年ごとの構成率の変化を見ると、中位層は61%から51%へ低下し、下位層は25%から29%に増え、上位層は14%から20%に増えた。つまり中位層が分裂して、下位層と上位層に移動したことになる。アメリカのミドルクラスはもはや多数派ではなくなったということである。よく知られているように格差の拡大も深刻である。トップ1%の超富裕層が全体の富を占める割合が、1930年代に50%を超えたが、戦後から1980年代は次第に格差は減少して30%ぐらいで推移したが、最近21世紀になって再び増加傾向になり45%の富を独占するようになった。1%の超富裕層が国全体の富の約半分を独占しているのである。アメリカの貧困率は13.5%でOECD先進国間では最悪である。さらに「トランプ王国」のケンタッキー州で40%、オハイオ州ヤングスタウンでは38%を超える。アメリカの貧困データは、堤未果著 「ルポ 貧困大国アメリカ」(岩波新書)を参照することでここでは詳細は省く。その理由としてトランプは「自由貿易協定」FTA、NEFTA、TPPを攻撃するのである。しかし自由貿易こそがアメリカの成長の機会であると考える人は2015年調査で58%、脅威と考える人は33%である。トランプのもう一つの攻撃目標は、「不法移民」である。不法移民は福祉をただ乗りをしているというトランプの主張は正しくはない。1986年の移民関連法改正で、実際には多くの不法移民は所得税や社会保険税と支払っている。支払われた税は2016年2月報告で1兆3340億円になる。事実無根の主張でトランプは自由貿易と不法移民への批判を、アメリカの「反エスタブリッシュ」「反エリート」感情に火をつけたのである。トランプは「自由貿易協定からの離脱」、「メキシコ国境に壁を作る」、「不法移民1000万人強制送還」、「テロ国家からの入国制限令」、「関税をかける」などという乱暴な「解決策」を提示するが、世界貿易機構加盟間では最恵国待遇が原則でトランプの主張はWTO協定違反になり、入国制限令は憲法違反になる。トランプ勝利によって、むちゃくちゃな「政策」で一番混乱し損をするのもアメリカ国民である。ハーバード大学教授スティーブン・レビッツキーはニュヨークタイムズ紙に(16年12月)問題提起をした。危機の最大の前兆は「反民主主義的な政治家の登場」と評価した。三権分立で大統領権限を均衡させる憲法の精神が踏みにじられる懸念である。日本では安倍によって2012年より憲法がないがしろにされている。2016年イギリスのEU離脱という出来事も、「西欧型民主主義の終焉」を懸念されている。我利我欲の原始社会への復帰となり、世界協調型民主主義が脆くも崩壊しそうになっている。国連の崩壊も心配される。すると確実に戦後体制は終焉を迎え、再度弱肉強食の戦争状態に戻ることになる。トランプ政権は実行が容易な、大規模インフラ投資や、気候変動枠組みなどの国際的同意の無視、小国いじめをやって人気を維持するだろう。もう一つ忘れてはならないことは、権威主義的なトランプが、移民や難民、イスラム教徒らへの排外的いじめを繰り返して、凋落した白人労働者の感情を利用して当選したことである。この素質は国内の反対派への執拗な迫害となってすでに表れている。黒人差別、イスラム教への偏見を煽る性格は危険なである。人権無視となって現れる。今回の選挙の特徴はトランプのヘイト(憎悪)運動である。日本でいえば「在特」のヘイトスピーチに相当する。イスラム教徒への暴行事件は2016年で91件となり前年度の2倍を超えた。共和党大会が敵意と憎悪で盛り上がる姿は異様であった。トランプは平然と嘘を繰り返すなど、歴史や事実へのこだわりが見えない。これは日本の安倍首相と全く同じ性格である。同じ時期に同じ性格のトップが出てくるのは、これは流行なのだろうか。トランプのメディア攻撃は執拗で、「不正にゆがめられて報道されている」と訴え続け、ギャラップ調査では「メディアを信用する」と答えた人は共和党支持者では14%と過去最低となった。

(つづく)