とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

ランの墓場

2010-08-02 21:57:13 | 日記
ランの墓場



 「来年も咲きますかね?」。園芸店の店先でお客が店員によく尋ねる言葉である。お客は買い求めた鉢物の花の美しさに心奪われ、次の年に夢をつなごうとする。しかし、続いて見事に咲く例は少ない。
 私も若い頃から様々な鉢植えの花を買い求めては次々と枯死させた。庭の隅に目を遣ると、空き鉢の山が非情な私を責めるように見つめている。
 しかし、三鉢のシンビジュウムだけは不思議と三十年近くも我が家の縁側に住み着いていた。ところがこのランは、いつからか分からないが、ウイルスに感染していたのである。ウイルスに感染するとランは手の施しようがなくなる。だから、年々葉が萎縮してバルブが小さくなっていった。しかし花は健気にも毎年密やかに咲いた。

次の画像は「季節の花」よりお借りしました。多謝。






 私はそのランを毎日見ているのが辛かった。また、他のランへの伝染を恐れていた。かと言って燃やしたり、穴に埋めたりするのも気がとがめた。そこで、最後の手段として、小庭の常緑樹の木陰の腐葉土に植えた。そこで数年間生き続けていたが、次第に葉の色が悪くなり、とうとう息絶えてしまった。
「罪なことを……」と思いながら、ある日その株を引き抜こうとして驚いた。しっかり地面に根を下ろしていてどうしても抜けなかった。ランは生き抜こうと必死に闘っていたのである。私は胸が痛んだ。
 だから、私はそのランの墓場を今でもそのままにしている。株を壊してしまう気持ちにはどうしてもなれないのである。
                              (2004投稿)