とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

観音様の絵

2012-06-23 15:22:38 | 日記
観音様の絵




菱田春草(明治7年-明治44年 長野県生まれ)『水鏡』 (明治30年作 東京藝術大学大学美術館所蔵)




山本琴谷 <文化8(1811) ー明治6(1873) 出身  津和野> 作 画題不明

 琴谷は「津和野藩旧藩士の家に生まれる。のち山本姓を名乗る。津和野藩家老で渡辺華山とも親交のあった多胡逸斎に絵を学び、江戸に出て桜間青崖に師事。転じて華山の門に入り山水人物を学ぶ。その後、高久靄崖、椿椿山にも師事。嘉永6年(1853)、津和野藩の絵師を命じられる。元治元年(1864)、藩命により家族を津和野に送り、自身は京阪の間に足を留め、あるいは東海道を漫遊したという。明治維新後は東京に移住。明治6年(1873)、遊歴して信州上田からの帰途に病没した」
                                          (しまねヴアーチヤル美術館)

 春草の観音像は女性をイメージして描かれている。この絵を見ていて、奇稲田姫や木花之佐久夜毘売を私は連想した。水面に映った自分の姿にみとれているナルシシスト的な面も感じる。一方琴谷の像は修行を重ねて悟りを開いた奥深い表情をたたえていて、味わい深い。師崋山から「人物画」では私のレベルをはるかに超えていると高く評価された。そういう目で他の人物画を見ると、飄々とした独特の味わいがあることに気づく。因みに後者の作品は我が家にあるものを撮った写真である。印刷ものかも知れないが時代がかった表装が施してある。


 えっ、最近は仏画を描いておられるんですか。この前の子ども教室のお礼を言いに冴子さんの店にお邪魔したとき、お父さんは仏画、特に観音像を最近描いていると仰ったので私は驚いた。

 そうです。これも昔取った杵柄です。冴子に見て貰っていますが、画像がずれていないようです。

 驚きました。それこそ仏恩ですね。

 したい放題しましたが、まだ仏さんは見放していないようです。

 見放されるどころか仏画でいよいよお父さんは仏陀に近づいていかれたのでは、・・・。

 いやいや、そんなことはないですよ。

 ところで、子ども教室の絵の先生もしていただけませんか。

 絵ですか。まだまだ初心者ですよ。・・・絵なら古賀先生がいらっしゃる。

 そうですか。・・・では、作品を拝見したいですね。

 冴子が店に一つ飾ってくれています。もちろん非売品ですが。

 そうですか。それでは拝見させていただきます。

 どうぞ、どうぞ。そう言われたので、私は遠慮なく展示場に入っていった。すると、冴子さんが入ってきた。

 京子さんのライバルになりそうですよ。・・・やっぱり間違いない親娘ですよ。そう言いながら冴子さんは感慨深げに私の隣に立ち絵を見つめました。

 目すがたがすばらしいですね。生きています。

 こういう絵は目で決まります。

 そうですね。清清しいですね。悟りの境地です。

 私は入り込む隙間がありません。

 そんな・・・。

 いえ、そうです。

 ・・・。

 私は返す言葉を見失いました。しかし、そういう冴子さんの表情には翳りはありませんでした。

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子どもたちと共に

2012-06-20 00:05:04 | 日記
子どもたちと共に




赤松麟(明治11年-昭和28年 岡山県生まれ)作『読書』(明治31年作 東京藝術大学大学美術館所蔵)

 子どもたちと一緒にいると楽しい。いや、何より生きる力を貰う。だから、私はささやかな教室が続けられるのである。未来は子どもたちの中にある。だから、望みを子どもたちに繋ぐ。この作品からもそういう思いを感じ取っている。


 お父さんの工作教室が始まりました。えっ、そうです。目が見えませんが、とにかく始まりました。冴子さんが付き添い兼工作のアシスタントです。その日集まった子どもたちは15名。私は小学校にチラシを持って行って頼みました。長柄さんは近所の子どもたちに働きかけました。参加費無料なので最初にしてはたくさん集まってくれて私たちは安堵しました。お父さんは歩けるのですが、出かけるときは冴子さんが押す車いすに頼っていました。その日も車いすに乗って来てくれました。私と妻はコーディネーターという感じの役割でした。


 今日はたくさん集まってくれてありがとう。これから毎月第1、第3日曜日にこの教室を開きますので楽しみにしていてくださいね。では、早速始めます。先生は目が不自由ですが、見ててください。素晴らしい腕前を発揮されます。それでは先生よろしくお願いします。

 こんにちは。私は目は見えませんが、みんなの顔はよく分かります。少し緊張しているみたいですね。では、起立して体操をしましょう。みんな立ってください。

 先ず手を前から上に挙げて深呼吸をしましょう。・・・そうそう、みんな元気だねえ。次は膝の屈伸をします。・・・そうそう、みんな上手だねえ。じゃ、椅子に座ってください。

 では、今日は竹でトンボを作ります。そうお父さんが言うと、子どもたちは急に笑顔を見せました。

 最初は胴体です。机の上の竹筒を先ず4つに割ります。それから1センチの幅のパーツを1つ作ります。それを削ってでこぼこを作り、胴体を仕上げます。それから2センチのパーツを4つ作り、それを平たく削って羽根にします。羽根は胴体に溝を掘っておいて差し込み、ボンドで固定します。各パーツはサンド・ペーハーでよく磨いてくださいね。組み立ててからは磨けませんよ。
・・・そう言ってお父さんは手探りで竹材を立てて、小刀で勢いよく割き、胴体にとりかかりました。子どもたちはその手際のよさに驚いた様子でじっと見守っていました。


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匠は身近にいた

2012-06-12 22:59:04 | 日記
匠は身近にいた




「径(こみち)」小倉遊亀(おぐら ゆき、1895年-2000年)の1966年の作品。・東京藝術大学美術館所蔵

 
 彼女の71歳の時の作品である。見方によってはユーモラスな母と子と犬の買い物帰りの行列が描かれている。日の光と幸福感に満ちた瑞々しい躍動感と緊張感溢れる作品である。
 何をテーマとしているか。それは、母親の人間の表情を超えた崇高な雰囲気に象徴されている。求道の心である。「径」は仏道の道である。そしてこの絵を絵として成り立たせているのは竹籠である。

 
 長柄さん、「径」という小倉さんの作品知っていますか。私は久しぶりに電話しました。

 今度は日本画ですか。ええ、知ってます。

 そうですか、そうと知ったら話がしやすいです。

 どんな話ですか。

 いやね、あの絵の竹籠のような作品を作るような職人さんを誰か知っていますか。

 竹細工の職人さんですか。

 いや、木工でも陶工でもなんでもいいです。

 何を思いついたんですか。

 ちょっとした工房を始めたいんです。

 ほほう、工房をね。

 そうです。いい場所見つけたんです。

 作ってどうするんですか。

 大人だけではなく子どもたちも集めて物づくり教室を始めたいんです。

 教室ですか。

 いやそういう難しい感じではなく・・・。

 じゃ何ですか。

 ま、要するに芸術村を作りたいんです。

 芸術村?

 そうです。京子さんや冴子さんの画廊のに続く広い物づくりの場を作りたいんです。

 ええ、ええ、何だか分かりかけてきました。二人の活動を盛り上げたいんですね。

 相乗効果です。

 おお、おお、そうですね。そりゃいいことだ。

 長柄さん、「径」の竹籠、手提げ型のやつ、出雲市斐川町の錦織という職人さんが始められたことを知ってますか。

 もちろん知ってます。

 島根だけではなく全国展開で大規模に生産しておられた・・・。

 そうです、そうです、ごく庶民的で安価なんで、一時随分ヒットしてました。

 ああいう感じのものを作り上げたいんです。

 ああいう感じのもの?

 そうです。竹細工だけではなく、全国に広まっていくような細工物の生産です。・・・いや、ごめんなさい。そんな大袈裟なことを考えている訳ではありません。なんと言いますか、いつも手元に置いて置きたくなるような小物でもいいですね。

 そういうものを作る職人さんですか。

 そうです。

 素晴らしいお方がいます。

 えっ、どこにおられますか。

 すぐ近くに。

 近く?

 そうです。冴子さんの画廊です。

 冴子さんの・・・。

 そうです。

 まさかお父さんでは・・・。

 そのまさかですよ。

 えっ!

 お父さんは若いころ錦織さんの仕事を手伝っていました。

 そうですか!

 そうです。

 でも、眼が・・・。

 みくびっちゃいけませんよ。一たび小刀を持つと・・・。

 手先の感覚が鈍ってないんですね。

 何でも作りますよ。

 そりゃ驚きです。・・・絵だけだと思ってました。

 障がい者になっても確かですよ。

 そうですか。頼もしい。じゃ、一度お願いしてみましょう。

 私は、そう言ったもののその時実は半信半疑でいました。


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授乳の聖母

2012-06-06 23:13:55 | 日記
授乳の聖母





「授乳の聖母」モラーレス (1570年ころの作品)

 授乳の聖母像は多々ある。しかし、このモラーレスの聖母が最高のレベルだと私は思う。聖母らしからぬ服装で地味だが、表情が言葉にできないくらい深い慈愛に満ちている。胸を開いていないのもいい。キリストもごく普通の乳児のように描いている。並々ならぬ力量を感じさせる。
 我が家に飾った母子像は、この作品の雰囲気を大切にして、京子さんの母親像を加味したごく庶民的な雰囲気に仕上げてある。恐らく自画像として仕上げたに違いない。私はこの絵を眺めていると不思議と落ち着く。妻は、いままでの詳しい経緯を知らないので、どうしてこんな絵を買ったのかと何度も聞いた。しかし、日が経つうちにそんなことも言わなくなり、我が家にこの絵は住みついてしまったのである。


 何か始めないか。いい空き小屋を見つけたんだ、と私。

 突然何言いだすの、と妻。

 芸術村を作るんだ。

 芸術村?

 そうだよ。二人では無理だから、誰か助けて貰って。

 分かった、京子さんの画廊の近くでしょう。

 そうだ。工房を作って、子どもたちも集めて、いろいろ作るんだ。

 作ってどうするの。

 我々が儲けるとかいうのじゃなくて、相乗効果だよ。

 資金はどうするの、それと、誰に手伝って貰うの。

 資金は要らない。手伝う人はたくさんいるはずだ。

 甘い、甘い、芸術村なんて・・・。

 そうかなあ。

 そんな子どもみたいな話は止めてください。

 そうかなあ。

 ・・・ある日の夫婦の会話です。他愛のない話が私は生まれつき大好きですから真面目に妻に話しました。しかし、その日はそれでその話は終わりになりました。

 
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画廊で見つけた絵

2012-06-04 00:01:54 | 日記
画廊で見つけた絵





 この絵は彼の安井曽太郎の少年時代のデッサンである。いわば彼の原点はこういうところにあったのである。旨い。唸るような作品である。



「庭で描いているクロード・モネ」 ルノワール(1873年制作 ウォズワース・アテネウム  ハートフォード)

 この作品は敬愛する画家への誠実な尊敬の気持ちがあふれ出ている作品である。人物画、中でも女性を描いたものがたくさんあるが、こういう穏やかな心を静めてくれる作品もルノワールは描いたのである。バラが実に鮮やかである。


 私は、冴子さんが始めた「出雲画廊」に初めて出かけ、京子さんの高校時代の作品を発見して驚嘆しました。
 一つは出雲平野の写生画。水彩画の特色を知り尽くした筆運びで、築地松、斐伊川、田植えのすんだ水田を見事に描いていました。この作品は、全国総文祭に出品された作品で、他作を圧倒するインパクトを与えたということでした。
 もう一つは、上掲のルノワールの描いたモネ像の模写でした。これも実作の画風を自分なりに解釈し直した力作で、これが高校生!!と思わせる作品でした。


 この画廊を開くときに京子さんが真っ先に持ってきてくれた作品です。冴子さんは嬉しそうにそう言いました。

 大事にしていた作品を届けてくれたんですね。

 そうです。・・・実はこの店を開くとき、不安がありました。もしかして京子さんは言葉では喜んでいても、心の中では以前のように私を憎んでいるのではと・・・。

 自分の画廊に飾らないで貴方のところに持ってきた。・・・すごいじゃないですか。最大級の歓迎ですね。

 ええ、ほんとに嬉しかったです。涙が止まりませんでした。

 一番奥に飾ってありますね。ああ、その隣に大島俊太郎さんの遺作が・・・。

 そうです。祖父を追い越してほしいという私の願いを込めました。

 追い越しそうですね。そしたら冴子さんどうします。

 この店を譲ります。私は隠居です。それまでここでできるだけのことをしたいです。

 ところで、お父さんの具合はどうですか。

 出雲に帰ったことを喜んでいます。眼は見えませんが、昔のこの辺りの風景はよく覚えていて、私に説明しながら確認していました。

 で、今はどこに・・・。

 デイサービスに出かけています。

 ああ、そうですか。仕事しながらの介護は大変ですね。

 これも私の最後の仕事です。

 冴子さん、最後、最後と言わないでください。これからここで新しい生活が始まるのですから。

 ごめんなさい。

 いえ、私こそ生意気なことを言ってしまいました。

 なんでも仰ってください。

 なんでも、ですか。・・・それでは・・・、ここの店の絵で貴方がお勧めの作品はどれですか。

 と仰いますと・・・。

 生涯の記念に買いたいんです。

 お買いになる。

 もちろん、京子さんの作品です。

 貴方に買っていただくとは・・・。

 年金暮らしの身ですから、分割払いということで・・・。

 本当ですか。

 もちろんです。

 そうですか。ありがとうございます。・・・では、・・・。と言って、冴子さんは私をある作品の前まで案内してくれました。

 これです。

 えっ、これは・・・授乳の聖母像のような・・・。

 そうです。その作品を意識して描いたのだと思います。

 どうして、私にこれを・・・。

 いや、いろいろと京子さんから聞いていますから。


 私は、その作品ならいくら出してもいいとその時思いました。


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