謎の竹篭
先頭に日傘をさした母親。左手にはハンドバッグ型の竹篭を提げている。竹篭は折り畳み式で竹の骨は黒く染めてあり、隙間は黒い網が巻いてある。その後にあどけない女の子。続いて茶色の柴犬らしき犬。一〇五歳まで絵筆を執った女性日本画家故小倉遊亀氏の「径(こみち)」の絵の素材である。昭和四一年の制作で、求道の精神を描いたと言われている。私の心に染み入る作品の一つである。この絵をどこかの美術展で見て、私は画中の竹篭と同じ物を子どもの頃見たことがあると思った。そうだ。斐川町の竹細工職人の故Nさんが作ったものだ。名画と故郷との繋がりを発見し、私は一人で興奮していた。
そのことが契機になり、その「証拠」探しに強い関心を持ち始めた。幸い、現在県外に住んでいる故Nさんの長男に昨年の還暦同窓会でたまたま会ったので尋ねてみた。「間違いないよ」。そう彼は懐かしそうに言った。私は舞い上がりそうになる心を抑えて、その裏づけを得ようと、所蔵している東京芸大美術館の関係者に確かめた。その方は鎌倉の小倉遊亀氏のご遺族の住所を教えてくださった。私は即刻手紙を出した。すると、養女さんか、お孫さんか分からないが、女性の方から電話を頂いた。「あの竹篭は一品ものではございません。プラスチック製で、お手伝いさんが使っていたものです」。私は愕然とした。プラスチック? そりゃ記憶違いだ。そうに違いない。どちらにしても原型は確かにNさんが作ったものだ。私は必死に「Nさんの竹篭」の世界に取りすがった。しかし、現段階では私の思いはまだ夢にくるまれた謎に過ぎないのである。(2004投稿)
先頭に日傘をさした母親。左手にはハンドバッグ型の竹篭を提げている。竹篭は折り畳み式で竹の骨は黒く染めてあり、隙間は黒い網が巻いてある。その後にあどけない女の子。続いて茶色の柴犬らしき犬。一〇五歳まで絵筆を執った女性日本画家故小倉遊亀氏の「径(こみち)」の絵の素材である。昭和四一年の制作で、求道の精神を描いたと言われている。私の心に染み入る作品の一つである。この絵をどこかの美術展で見て、私は画中の竹篭と同じ物を子どもの頃見たことがあると思った。そうだ。斐川町の竹細工職人の故Nさんが作ったものだ。名画と故郷との繋がりを発見し、私は一人で興奮していた。
そのことが契機になり、その「証拠」探しに強い関心を持ち始めた。幸い、現在県外に住んでいる故Nさんの長男に昨年の還暦同窓会でたまたま会ったので尋ねてみた。「間違いないよ」。そう彼は懐かしそうに言った。私は舞い上がりそうになる心を抑えて、その裏づけを得ようと、所蔵している東京芸大美術館の関係者に確かめた。その方は鎌倉の小倉遊亀氏のご遺族の住所を教えてくださった。私は即刻手紙を出した。すると、養女さんか、お孫さんか分からないが、女性の方から電話を頂いた。「あの竹篭は一品ものではございません。プラスチック製で、お手伝いさんが使っていたものです」。私は愕然とした。プラスチック? そりゃ記憶違いだ。そうに違いない。どちらにしても原型は確かにNさんが作ったものだ。私は必死に「Nさんの竹篭」の世界に取りすがった。しかし、現段階では私の思いはまだ夢にくるまれた謎に過ぎないのである。(2004投稿)