ズック靴
「死を考えながら崖の上で迷っていると、履いていたズック靴が『死んではいけない!』と言ったので、私ははっとしてわれに返り、思いとどまったのです。だからそれ以来ずっとズック靴を履いて全国行脚をしています」。私が勤務していたある高校で開催した講演会でそう仰った方がいる。『金子みすゞの詩を生きる』(JULA出版局)を著し、全国各地で金子みすゞの詩精神を説いている群馬県の禅僧酒井大岳氏である。十年くらい前のことであるが、私はその言葉が今でも心に焼きついている。
その前日に出雲市主催の金子みすゞを語る講演会が出雲市民会館であった。金子みすゞさんの全貌を明らかにした矢崎節夫氏とみすゞ心酔者である酒井大岳氏が、それぞれの熱い思いを語られた。共通していたテーマは命の尊さであった。酒井氏は講演会の冒頭でぐるりと聴衆を眺め回し、突然仰った。「満席ですね。大変な人数です。この人たちがいずれ全部死ぬんですねえ」。すると、どっと笑い声が起こった。屈託のない心からの哄笑(こうしょう)だった。私も思わず大きな声で笑っていた。笑いながら、日頃の心のもやもやが霧消するのを感じた。
最近、残念なことに、子どもの殺害とか自殺などの死を報じるニュースを見聞きすることが多くなってきた。その度に酒井氏の言葉を思い出す。諸行無常をわきまえた上でさらりと生と死を語り、思いやりの心と生きる力をやんわりと胸の奥に渡し届けるその人柄。さすがだと思っている。
ベレー帽にズック靴姿の禅僧の辻説法は、今の世こそ広く求められているのではないかと思うこの頃である。 (2005投稿)
「死を考えながら崖の上で迷っていると、履いていたズック靴が『死んではいけない!』と言ったので、私ははっとしてわれに返り、思いとどまったのです。だからそれ以来ずっとズック靴を履いて全国行脚をしています」。私が勤務していたある高校で開催した講演会でそう仰った方がいる。『金子みすゞの詩を生きる』(JULA出版局)を著し、全国各地で金子みすゞの詩精神を説いている群馬県の禅僧酒井大岳氏である。十年くらい前のことであるが、私はその言葉が今でも心に焼きついている。
その前日に出雲市主催の金子みすゞを語る講演会が出雲市民会館であった。金子みすゞさんの全貌を明らかにした矢崎節夫氏とみすゞ心酔者である酒井大岳氏が、それぞれの熱い思いを語られた。共通していたテーマは命の尊さであった。酒井氏は講演会の冒頭でぐるりと聴衆を眺め回し、突然仰った。「満席ですね。大変な人数です。この人たちがいずれ全部死ぬんですねえ」。すると、どっと笑い声が起こった。屈託のない心からの哄笑(こうしょう)だった。私も思わず大きな声で笑っていた。笑いながら、日頃の心のもやもやが霧消するのを感じた。
最近、残念なことに、子どもの殺害とか自殺などの死を報じるニュースを見聞きすることが多くなってきた。その度に酒井氏の言葉を思い出す。諸行無常をわきまえた上でさらりと生と死を語り、思いやりの心と生きる力をやんわりと胸の奥に渡し届けるその人柄。さすがだと思っている。
ベレー帽にズック靴姿の禅僧の辻説法は、今の世こそ広く求められているのではないかと思うこの頃である。 (2005投稿)