とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

神の生誕

2012-03-31 22:37:59 | 日記
神の生誕



「真珠の女」ジャン=バティスト・カミーユ・コロー (1796年-1875年 フランス 自然主義、バルビゾン派)


 天気       西脇順三郎       

  (覆された宝石)のやうな朝
   何人か戸口にて誰かとさゝやく
   それは神の生誕の日。

 この世に生きる人間は、心のうちに神を潜めて生きている。
 私も神を密かに信じている。仏神水波という言葉の通り、それは仏かも知れない、女神かも知れない。確かに私はそれに向かい毎日祈っている。私の場合、そのお方は現身の女神である。奇跡の人である。フェニックスである。
 コローのこの絵の人物は近所のある商家の女性である。化けている、確かに化けている、いや、いい意味で。もう立派な女神である。「神の生誕」である。京子さんを描いた佐山さんも確かに神を生み出した。

 
 長柄さんから久しぶりに連絡がありました。


 
 いろいろとありがとうございました。京子も佐山さんも順調に滑り出しました。それに・・・。

 ああ、お母さんですか。

 ええ、これは意外でした。・・・帰ってくるなんて。

 私もそう思ったんですが、良かったと思います。・・・ただ、お父さんたちがどう思われるかと・・・。

 そこなんです。家を出たものが元の家に居座ったんですから。

 ・・・私は・・・どう言っていいか・・・。

 京子に考えがあるみたいですから、何とか収めてくれるとは思いますが。

 そうですねえ、そうだといいのですが・・・。



 私はそれ以上言えませんでした。その後で古賀画伯からも電話がありました。



 古泉堂さんから大変な連絡を受けたので、実は長洲画伯にお会いして相談したんです。

 独立展のことですね。

 ええ、そうです。長洲さんは京子さんの絵を高く評価しておられました。

 京子さんは神になったんです。

 神!

 ええ、女神です。

 貴方は面白いことを仰いますね。

 そうですかね。

 まあ、それはそれとして、京子さんがですね・・・。

 京子さんがどうかしたんですか。

 出品はしたくないと仰るんです。

 えっ、そりゃどうしてですか。

 まだそういうレベルではないと・・・。

 えっ、大家が認めているのに・・・。

 それが京子さんのいいところだと思います。しかし全く惜しいです。

 で、どうしようと・・・。

 二人展を開きたいと・・・、これから二人で描きためると仰っていました。

 二人展ですか。


 私はがっかりしながらも二人展という企画が却ってこれからの二人にとっていいのでは、と思いました。

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母の再生

2012-03-28 16:40:40 | 日記
母の再生



「子守をするガブリエル・ルノーと幼いジャン・ルノワール」
ピエール=オーギュスト・ルノワール(Pierre-Auguste Renoir、1841年 - 1919年)

 ピエール=オーギュスト・ルノワールはフランスの印象派の画家。ポスト印象派の画家とされることもある。描かれているジャン・ルノワールは彼の息子で、後映画監督となる。第一次世界大戦に騎兵少尉として参戦。戦後、その療養中にチャップリン等の影響を受け、映画監督を志す。1920年にカトリーヌ・エスランと結婚。1924年、カトリーヌ主演の映画『カトリーヌ』に出資した後、カトリーヌ主演作『水の娘』で監督デビュー。この作品は祖母と孫が描かれているのではないが、今度京子さんが描き上げた作品のイメージに近いものと思っている。家庭的なほのぼのとした温かさが自然に感じられる作品である。



 古賀画伯から京子さんの絵が完成して古泉堂に出ているという連絡があったので、早速出かけた。小雨の降る日だった。50号はあるかと思われる大作だった。作品展に出品してもいいような迫力があった。


 絵柄としては地味ですが、なかなかのものです。こう、肩の力を抜いて描けるということは作者はただものではありませんね。

 そうですか。

 神話とか伝説とかそういう物語にすがって描けば、それが後押ししてくれる強みがあります。

 日常の場面を素直に描いていますね。

 そうです。

 祖母と孫です。そう見えますか。

 少なくとも親子ではない、それでいて、温かさが自然に伝わってきます。

 子どもの表情がいいですね。

 そうですね。お祖母さんも自然でいいですね。お孫さんと過ごす時間をかけがえのないものと感じておられる様子が伝わってきます。

 佐山さんとは随分雰囲気が違いますね。

 ええ、あのお方の絵は意気込みが前面に出ていて迫力がありました。

 古泉堂さん。

 なんですか。

 このお祖母さんどこかで見たことがあると思いませんか。

 えっ!・・・ああ、確かに。

 ・・・。

 そうです、そうです。佐山さんの絵をお買いになったお方・・・。

 この絵の作者のお母さんです。

 えっ!そうですか。

 そうです。実に不思議なご縁ですね。

 驚きました。

 ・・・。

 ところで、これも不思議なご縁ですが、東京のある画家が先日ふらりと店に来られて、この絵を見られたんです。

 ほほー、それでどう仰っていました。

 この絵、独立展に出されるように勧めていただけないか、ということでした。

 独立展?

 ええ、歴史のあると言いますか、権威のある絵画団体です。

 へえー、すごいですね。で、話されたんですか。

 古賀画伯にはお話しいたしました。

 どう仰っていました?

 その画家をご存知のようで驚いておられましたが、作者に話されたどうかはまだうかがっていません。

 古泉堂さん、これは大変なことになりそうですね。

 応募されれば上位入選は間違いないと思います。いや、どう言いますか、長年培ってきた勘のようなものですが。

 入選! お母さん、いや、もちろん作者もきっと喜ばれる・・・というか・・・。

 私はその続きの言葉を呑み込みました。「復活!!」と叫びたくなったからです。

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女性画家誕生

2012-03-24 16:41:47 | 日記
女性画家誕生




コローのアトリエ。「画架の前に座る若い女」( 1865年-68年制作 ルーヴル美術館)

 コローは印象派の若い画家に強い影響を与えたフランス19世紀の風景画家。のちのバルビゾン派の聖地となるフォンテーヌブローの森も早くから描いていた。
 この絵はコローのアトリの様子を知る手がかりとなる作品で、私はそういう点からもよくよく観察している。ストーブ、壁に掛けてある様々なもの、大型のイーゼル。雑然としていて殺風景な部屋に、爽やかな後姿の若い女性が描きかけの絵が置いてあるイーゼルの前に座っている。楽器を下に置いて、じっと絵に見入っている。また、着衣に特色があるし、肩のあたりに光が当たって輝いている。すべて計算しつくした構成である。
 モデルはだれか。想像は膨らむが、だれでもいい。ポイントは絵にいたく関心を持っているような姿である。コローがそういうポーズをとらせたと思われるが、それにしても純真な思いがビンと伝わってくる作品である。この女性は後々女性画家として大成するかもしれない。「真珠の女」という彼の有名な作品のモデルは近所の娘さんだという。すると、私のそういう想像は当たっていないのかも知れない。それにしてもこの自然なポーズはすばらしい。


 その後の京子さん、佐山さんについて・・・。


 畝本さん、佐山さんの母子像が完成しました。

 そりゃよかったです。

 今度はどこへ出すんですか。

 東京です。銀座の画廊です。お世話になっているフランス画廊です。

 へえー、銀座ですか。

 私も迷ったんですが、やはり出すことにしました。全国レベルの評価が定まるとしめたものです。

 そうですね。でも、一点だけで大丈夫でしょうか。

 一作だけというのは冒険です。しかし、もう実力は中堅画家のレベルを超えていますから。

 知名度ということも・・・。

 そりゃ大丈夫です。フランス画廊さんは、新人の発掘に力を入れていますから。

 そうですか。いよいよ銀座、銀座ですか。

 ええそうです。

 京子さんの実力も普通ではないと思っていますが・・・。

 ええ、ええ、そうです。今度お電話したのはそのことなんです。

 えっ、そうですか。

 実はですね。お母さんが今帰っておられるんです。

 あの家にですか。

 そうです。

 お孫さんの顔が見たいということで帰ってこられたんです。

 お母さんがですか、実の・・・。

 そうです。で、そのことがきっかけで、京子さんが始めたんです。

 何をですか。

 絵ですよ。再開したんです。

 でも、京子さん、私には子どもがいてとか話しておられたんですが・・・。

 そうです。その子どもさんが大きな役割をしました。

 というと・・・。

 そうです。お母さんと子どもさんをモデルに・・・。

 モデルは母親と子ども。

 そうです。

 ちょっとイメージが湧かないんですが。

 お祖母さんが孫を抱いている姿です。

 すると、佐山さんの絵とは随分趣が違いますね。

 そうです。そこが面白い。イメージとしては、・・・そうですね、単に抱いているだけではなく、お祖母さんが玩具で孫をあやしているという感じです。

 そういう絵柄であれば、画家の実力がもろに出てきますね。

 畝本さん、いいこと言いますね。そこなんです。京子さんは実に見事にこなしています。

 こなしている?

 軽み、と言いますか、何しろ飄々とした趣があります。

 そう言われてもよく呑み込めませんが、要するに京子さんは普通の実力ではないということでしょうか。

 そうです。案外佐山さんを超えているかもしれません。

 超えている。

 そうです、女性画家の誕生です。

 そりゃ嬉しいですね。・・・私はそう言いながら、京子さんの「・・・やっつます」という言葉を急に思い出しました。

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とっておきの時間

2012-03-20 15:12:45 | 日記
とっておきの時間





ベルト・モリゾ (1841-1895) 「寓話 又は 乳母と赤ちゃん・ "La Fable"・個人蔵」



ベルト・モリゾ (1841-1895) 「ゆり籠」


 モリゾのこういう絵を見ていると、もし・・・、もし・・・、という問いかけをします、自分に。もし、幼いころ母がずっと私の傍にいたら・・・。こういうかけがえのない時間を・・・。
 この絵は、母と子の、とっておきの時間を少しの作為もなく描いた名作だと思います。上は乳母では・・・。いや、そうです。でも、私は母と思って見ています。
 この絵は神話とか伝説とかの背景はなく、解説をしなくてもすっと心に飛び込んできて、癒してくれます。癒しの絵。そうですね。私はこういう絵に憧れます。じっと見つめていると自然に涙が滲んできます。画家も肩の力を抜いて、じっとこの母子を見つめ続けたと思います。
 モリゾは師マネの絵画のモデルとしても知られている19世紀印象派の女性画家です。マネと恋仲ではなったかとも言われています。事実は分かりませんが、マネと結婚はしていません。


 古賀画伯から連絡があり、佐山さんの第3作目は母子像だということを知りました。


 またびっくりしましたよ。

 
 何をですか。


 いえね、すっかり肩の力が抜けてる・・・。


 ということは・・・。


 そうですね。どう言ったらいいでしょうか。もう、自由に生活を見つめて描いています。西洋画の古典に影響されていません。


 すごい変わりようですね。


 ええ、びっくりしました。佐山さん、これからは自然にのびのびと描いていけると思います。


 で、モデルは?


 もちろん京子さんと子どもさんです。


 その話を聞いていて、私も肩の力が抜けてくるような感じがしました。


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